ケレン味と洗濯機
これは、近い未来の日本の一部を描写した物語であるかもしれないし、そうで無いかもしれない。
君は洗濯機を信じるか?
洗濯機マンは負けた。
ライバルである電子レンジマンに、目前で敵を取られてしまったのだ。
敵に向けて必殺技「スーパーウォッシングマシンブラスター」を掛ける寸前に、電子レンジマンの「マイクロ波アタック」で獲物をかっさらわれたのだ。
滑稽だった。
彼の放った洗濯機は、既に倒れた敵の横に着弾したのだった。
しかもこれが初めてではない。
何度も何度も、繰り返しなのだ。
彼は自分の力の無さに落胆した。
しかし捲土重来を期し、強くなり克服するために修行することを決意した。
彼は勤め先の電気店に有給休暇を申請し、旅立った。
行き先は彼の師匠がかつていた「在狩山洗浄寺」である。
山奥にある洗浄寺の境内に洗濯機マンが足を踏み入れると、木々のざわめきの向こうから、かすかにモーターの音が耳に入った。
彼はぐっと口元を引き締めて本堂へ向かった。
洗浄寺の主は月立和尚である。洗濯機マンの師匠が修行していた頃からは代がわりしている。
ただ、二人は何度かあった事が有る。
気配を感じたのか、本堂から和尚が顔を出した。
四十歳ほどの、血色のいい人物だった。
洗濯機マンが抱えていた洗濯機を地面に置き、深々と一礼した。
「和尚様。この度は僕のお願いを聞いていただいて誠にありがとうございます」
「いや、お前様の想いに僅かでも力になればと思っておりますよ」
「恐れ入ります」
「では、こちらへどうぞ」
洗濯機マンは、まず旅の垢を落とし、身を清めた。
白い作務衣を与えられ、着替えた。
和尚は次に彼をある一室に通した。
六畳ほどの部屋の中には、書写に使われる小さな机がいくつか並んでおり、
実際に一人の若い僧が毛筆で写本をしている所であった。
洗濯機マンがチラリとみると、若い僧は洗濯機の説明書きを書き写しているのだった。
和尚が若い僧に命じ、洗濯機マンの為に写本の用意をさせた。
洗濯機マンは机の前に正座し、墨をすった。
彼は思う。
そういえば、こんなに単調で静かな時間は久しぶりだな、と。
和尚は夕のお勤めをする為に去った。
今日は晩の食事の時間まで、写本を続けるのだ。
筆にたっぷりと墨を含め、書いた。
「説明書をお読みのうえ、正しくお使いください」
「使用の前に、安全上の注意を必ずお読みください」
彼はふと思った。
自分は初心を忘れてはいないだろうか、と。
続けて書いた。
こんなことも書いてある。
「子供にのぞかせてはいけない」
「湿気の強い場所に置かない。水を掛けない」
そう。その通り。
だが、僕の注意はまだ足りなかったのではないか。
彼は自問自答しながら、写本を続けた。
早い時間の夕食になった。
洗濯機マンは修行の為に訪れたとはいえ、お客様ではある。食事の用意という仕事は免除された。
全く会話を交わさない食事の後は読経の時間だ。
読経と言っても、彼らの聖典は取扱説明書である。
最新の洗濯機を目をつぶってでも操作できるように、取説の全てを暗記するのである。
本堂に静かに僧たちが並んで座り、声を上げる。
「電源プラグは根元まで差し込みましょう。感電の原因となります」
「次の様な洗濯物は、縮み・型崩れ・色落ち・損傷につながりますので、洗濯も乾燥も避けてください」
「子供が中に入らない様に、ロックはきちんとかけましょう」
等など、だ。
洗濯機マンも、その日課は普段欠かしていない。
自分が使うものを熟知しないでおいて、その道のプロであるとは名乗れないのだ。
きっと、この様な基本は、あの電子レンジマンでさえわきまえているはずだ。
しかし、自分はもっと上を目指さないといけない。
「お前には見どころがある」
と言ってくれた今は亡き師匠の名にかけて。
寺院の朝は早い。
洗濯機マンも僧たちとともに起き、朝のお勤めをした。
食事の後は、またも写本や読経だ。
洗濯機マンは、修行が進んでいる僧たちの修行を見る事になった。
それは本堂で行われていた。
本堂には、仏像とともに、昭和初期に製造された古い洗濯機が安置されていた。
それは、この寺院を開山した偉い僧侶が使用したもので、現在ではこの寺院の本尊にもなっている。その僧侶こそが、洗濯機マンの師匠の師匠なのだ。
そして、本尊に対面して、洗濯機がいくつも並んでいる。
概して大きめの物ばかりだ。
延長コードが伸び、ホースが外に繋がれた。
何が行われると言うのか。
洗濯機マンはごくりとつばを飲み込んだ。
僧が何人か列をなしてしずしずと歩んできた。
彼らは本尊にまず額ずき、目の前の洗濯機に額ずいた。
そして洗濯機に入り込んだ。
手伝いの僧が、次々に洗濯機の電源を入れ、「スタート」ボタンを押した。
ぐううん、がたん、ぐおおおお。
モーター音が本堂に響く。
ここに到着した時に境内に響いていたのはこの修行の音だったのか、と洗濯機マンは得心した。
全ての洗濯機が稼働を始めた。
修行僧たちは目をつぶり、両手を合わせながらグルグル回っている。
手伝いの僧が洗濯機マンの横に来て解説した。
「これはですね、心頭滅却するための修行の一つなのです。洗濯機と一体になり、洗濯物と同じ気分を味わう。そこに自我は有りません。この修行が完成すれば、心身ともに清浄となっている事でしょう」
洗濯機マンは目を見張り、感動した。
素晴らしい。
そして悔恨の念が芽生えた。
どうして自分はもっと早くここに来なかったのだろう。と。
数日後、洗濯機で回される洗濯機マンの姿があった。
やがて、彼はカッと目を見開いた。
「そうか、そうだったんだ!」
更に後。
東京に怪人「るんるん婆」が現れ、脅威となった。
東京都知事が各ヒーローに救援要請を出した。
むろん、その中に洗濯機マンの姿もあった。
怪人は抵抗したものの、ヒーローたちの攻撃の前に後退を余儀なくされた。
それを追い詰めたのは、洗濯機マンと、そのライバルである電子レンジマンであった。
電子レンジマンは余裕である。
なぜなら、洗濯機マンが必殺技ムーブを開始したと同時に自らの必殺技、マイクロ波アタックを掛ければいいからだ。
技の開始から敵への到達まで、電子レンジマンの技の方が圧倒的に速いのだ。
(今日も俺がイタダキだな。のろまの洗濯機マンよ)
電子レンジマンは待った。
ライバルが動き出すのを。
(また同じパターンでぎゃふんと言わせてやる。洗濯機マンの奴、泣くかもしれないな)
そう思いながら。
洗濯機マンが動いた。
洗濯機を掴んで、技の名前を叫ぶ。
「超級洗機爆!」
(なんだと!)
電子レンジマンは動揺した。
あわてて「マイクロ波アタック」を発射したが、焦ったせいで「るんるん婆」から大きく外れた場所に着弾した。
逆に、洗濯機マンの洗濯機は、確実に「るんるん婆」の急所に命中。敵は爆散したのだった。
少し経ち、ようやく息を整えた電子レンジマンが訊いた。
「貴様、今の、何語だ?」
「中国語だ」
「何故?」
「元の僕の必殺技の名前が長すぎる事に気が付いたんだ。これなら一瞬で言い終えることができる。それなら、もしかしたら君のスピードに勝てるかもしれない、とね」
「く、やるな……。どうやら、弱点だったプライドの高さを克服したようだな」
「ああ!君のお陰さ!」
「ふん、まあいい。張り合いが出ると言うものだ……ではまたな」
電子レンジマンが踵を返した。
洗濯機マンが手を振った。
「さらばだ。電子レンジマン!」
今日も日本の平和が保たれたのであった。
頑張れ、洗濯機マン!戦え!洗濯機マン!!
ハッピーエンドでした。