微睡み
「ただいま」
玄関の開く音とともに聞こえた声は、いつもより少しだけ疲れていた。
「お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?……それとも、わ・た・し?」
同棲を始めて数年経つが、定番のコレをやったのは今日が初めてだ。ちょっとやってみたかっただけである。彼の疲れた顔が一層濃くなった。
「メシ」
迷う余地なく即答。彼に限って最後の選択肢を選ぶはずがないと分かっていたので、特にツッコミを入れる事なく夕食をテーブルに並べた。
ポツリポツリと会話を零しながら夕食を終え、彼に先程沸いたお風呂に入るよう言った。食器を片付けて、恐らく髪を乾かす事なく帰ってくるであろう彼の為にドライヤーをセットする。我ながらよくできた彼女である。
案の定、彼が髪を乾かしてくることはなかったので、半ば強制的に座らせて乾かしていく。ふわりと新しく買ったシャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。どうやら今回のシャンプーは当たりらしい。今度からコレにしよう。密かに今後の我が家のシャンプーの種類を決定しながら、目の前の男の髪に櫛を通していく。最後に手櫛で濡れていないか確認すれば完成だ。慣れたものである。
「はい、終了」
ポンと猫背を叩けば彼は「ん」と一言言ってドライヤーを片付けに行った。彼が適当にテレビを見ている間にお風呂に入ってしまえば寝る準備は万全だ。私に気づいた彼がテレビを消した。
寝室に入れば、拘って買った大きなダブルベッドがその存在を主張している。我ながら結構気に入っている。大の字になって寝転がれば容赦無く端へ追いやられた。
「ん」
向かいに寝転ぶ彼は、ちょうど私の頭がくる所に腕を伸ばしている。これは、珍しい。今まで同じベッドにこそ寝ていたが、腕枕とかあんまりした事はなかったのに。飛びつくように彼の胸に飛び込んだ所為で苦しそうな声呻き声が聞こえたが、気にしない。そのまま彼の胸に頭をグリグリと押し付ければ、優しい手が頭を撫でた。
「珍しいね、こうゆうの」
「まぁ、たまには、な」
押し付けていた頭を離すと唇を塞がれた。何度も何度も啄むように繰り返されるソレに上機嫌になりつつも、珍しい彼の行動に思考を巡らせる。疲れていたのか、寂しくなったのか、はたまた本当にただの気まぐれか。
「おやすみ」
満足そうに私の頭を軽くポンポンと撫でてそう言った彼を見れば、そんな事はどうでもよくなった。
今日はぐっすり眠れそうだ。




