6ページ 看取り
「麻衣!」
あさひが麻衣のところへ駆け寄ると、既に麻衣は息を荒くしていた。視点も合わない。
「だ……れ?」
「あたしだよ、あさひ!」
「あ……さひ……?」
「そうだよ! 真奈と七瀬、彩乃もいるの!」
「あぁ……そ、そうなんだ」
「ねぇ、七瀬! なんとかならない!?」
「……。」
智章は首を横に振った。
「そんなあっさり言い切らないでよ! ねぇ、なんとか助かる方法があるかもしれないじゃない!」
「わかってたら……とっくに試してるさ」
智章が拳を強く握り締めた。
「麻衣? 聞こえる?」
真奈が麻衣の手を握った。まだ温かい。
「だ……れ……? 見えな……い」
「私。真奈」
真奈は麻衣の頬をそっと撫でた。血で汚れた頬が少し、綺麗になる。
「あ……真奈か……」
麻衣は苦しそうに息をしながら、しっかりと真奈の名前を呼んだ。
「麻衣ね……多分、もう、長くないよ」
その一言に誰もが耳を疑った。あさひが真奈を無理やり引き剥がそうとする。
「ちょっと! 真奈、正気!?」
「正気よ! でも、事実でしょ!? ごまかしてたって、何にもならない!」
「……真奈」
普段おっとりしている真奈が声を荒げたので、あさひは驚きを隠せなかった。それは智章たちも同様だ。
「麻衣。最期がね、近いと思う」
「……あたしも……そ……おも……う」
ゲボッと血を吐く麻衣。真奈の制服が血で汚れた。
「ホン……トにウイ……ルスなのか……なぁ」
「うん……これ、どんなウイルスかは全然わかんないけど……ほら、ドラマであったでしょ? あれとそっくり」
「ハハ……参ったな……。あたし、あんな……の、フィクショ……ンのせか……いと思ってたのに」
ゲホゲホと咳き込むたびに血が出てくる。彩乃は耐え切れず、目を覆った。さすがのあさひもこれには参りそうだが、真奈は気丈にも麻衣を抱き続ける。
「麻衣……。最期に、言いたいことない?」
「え……?」
「後悔していることとか、ない?」
麻衣はしばらく息を荒くしながらも、何かを考えているようだった。
「な……い」
「本当?」
「あるけ……ど、もう……意味な……い」
麻衣が小さく首を振った。真奈が同じように首を振る。
「そんなことないよ? 何でも意味がないことなんてないの」
「あ……たしが、死ぬのにも……意味……ある、の?」
智章が悔しそうに唇を噛み締めた。
「あるわけないだろ、そんなの」
しかし、真奈の言葉は違った。
「あるよ」
彩乃が耐え切れなくなって、真奈の頬を叩いた。乾いた音が廊下に響く。
「いい加減にしてよ! いったい、あたしたちが死んでなんの意味があるの!?」
「……。」
「なんとか言いなさいよ!」
智章が必死になって彩乃を抑えようとする。真奈はひるまず、強い目でこう言った。
「あの伊藤とか言う女……。私たちが国家から選ばれたって言ったよね。覚えてる?」
「あぁ……」
あさひと智章がうなずいた。
「ってことは、この日本っていう国が、1億何千万という人たちを守るために、私たちを実験台にしているの。私たちの死は、大事な人を守るかもしれない……」
「……。」
彩乃は何も言い返せなくなってしまった。
「麻衣。麻衣には、弟さんと妹さんがいたよね?」
「う……ん……」
「麻衣は……死んじゃうけど、麻衣が発症するまでの経緯とかを、国がちゃんと解明してくれるはずだよ? だから、弟さんや妹さんが万一、この新型ウイルスの病気になっても、きっと助かると思う。それに、治療薬の実験も兼ねてるしね」
それを聞いて、麻衣の顔がやわらかくなった。
「そ……か。あた……し、死んでも意味な……いと思っ……てたから……それ聞いて……こわくな……くなったかも」
「うん……」
「真奈……最期……に、おねが……い」
「何?」
「……。」
「え?」
もう話す力が残っていないようだった。麻衣は携帯電話を取り出した。
「ありがとう」
最期に麻衣はそう言った。ピチャン、と音を立てて麻衣の手が血だまりに落ちた。
「麻……衣?」
彩乃が麻衣を呼ぶが、麻衣は答えない。
「……ダメ」
真奈が首を横に振った。
「そ……んな」
麻衣が手渡してくれた携帯電話を真奈は開いた。メインディスプレイには、音駆がギターを弾いている姿が写っていた。
「わかったよ、麻衣」
真奈はそっと、血で汚れた携帯電話をポケットにしまった。
【死亡者】
女子2番:江藤 麻衣……新型ウイルス発症により死亡