5ページ 各教室
4班が自分たちの教室へ向かってから5分が経った。夕暮れ時の学校は暗闇が増えてきて、嫌な感じが漂う。さらに、航平たちのグループは圭人が亡くなったことによって緊張感のようなものが高まっていた。
須藤綾子(女子5番)はさっきから航平の後ろにピッタリとくっついて離れようとしない。気持ちはわからなくもないが、航平はなんとなく落ち着かない。
「須藤」
「な、なに?」
「あのさ……悪いんだけど、野口さんの後ろにいてくんない?」
「え?」
「なんとなく、落ち着かないんだよな」
綾子は顔を赤らめて「ご、ごめんなさい!」と言って慌てて野口沙耶(女子8番)の横へ移動した。それを見た沙耶がクスッと笑う。
「な、なんだよ」
「別に。大西くんって意外とウブなんだなって思っただけ」
航平は沙耶が笑ったのを、初めて見た気がした。ジッと沙耶を見つめていると、沙耶は不審そうな顔をして「なに?」と聞いてきた。
「いや……野口さん、普段から怖い感じするから、そういう風に笑うってちょっと意外」
「失礼ね。私だって人間なんだから笑うわよ」
「ハハハ! まぁ、そうだよな」
航平は沙耶と笑い合った。こんないいヤツと知っていたら、早く仲良くなっておけば良かったと今さら航平は思う。しかし、事態はそれほど平和なものではない。
「あ、それから野口さんっていうの、やめてくれない?」
「なんで」
「綾子は須藤って呼び捨てするじゃない。私も野口って呼び捨てにしていいわ」
「え。なに、その展開」
「だって、曲がりなりにも多くても3日間、一緒にいるわけでしょ」
多くても、という言葉が胸に刺さる。そう、薬を飲んでそれが効果を示さない限り、航平たちは間違いなく、3日後にはこの世を去る。これほど、普通にしていてもだ。
「あぁ……そうだな」
「そういうことで、よろしくね大西くん」
「じゃあさ、お前も大西くんってのやめねぇ? 須藤も」
「え」
二人の声が重なった。
「じゃあ、なんて……?」
綾子が戸惑いながら聞く。
「そうだな〜。大西ってのも男っぽくて嫌だろうし……航ちゃんとか」
「幼なじみじゃないんだから」
沙耶が冷静に突っ込む。
「そうだよ。そんなの、桃ちゃんしか言えなさそう」
幼なじみならそういう呼び方でも確かに違和感はないだろう。しかし、綾子とも沙耶とも初めてまともに話した気がする。航平は迷った挙句、あえて言った。
「航平って呼び捨てにして」
「は……。なんであえて呼び捨て?」
沙耶がポカンとした様子で聞き返した。
「だってさ、今から3人で常に行動するだろ? 絆っていうか、団結力高めておきたいなって感じで」
「……。」
綾子もポカンとしたままだ。
「どうかな?」
「……いいんじゃないの、こ、こ、航平」
沙耶が真っ赤になりながら航平の名前を呼んだ。
「どうだろ、須藤」
「わ、わかった、航平」
綾子も真っ赤になる。ほとんど親交のなかった女子にはなかなかキツいことを言ったかもしれない。航平は今さら、自分の言動に恥ずかしくなってしまった。
「ねぇ、旗本」
廊下を歩く冴子は、真剣な表情をした慶介に話しかけた。
「どした?」
「もうそろそろ……真奈たちの班も出る頃かな」
「そうだろうな」
「引き返したりしちゃダメ?」
「どういうことだ?」
慶介は少し厳しい表情をした。冴子はひるみそうになったが、気丈に答えた。
「仲間を増やしたらダメなんて言われてないでしょ? 真奈とあさひならあたしの友達だし、信用できると思うの。それに、人数が多いほうがいざとなれば……」
「ダメだ」
慶介はバッサリと冴子の要求を断ち切った。
「なんで?」
「考えてもみろ。薬が見つかったときに、4人で誰が飲むかという話し合いはまだ簡単だろう。でも、8人となると話し合いが成立するどころか、話すことさえ困難だろ。それに、8人でゾロゾロ動いてたら、動きにくくて仕方がない」
「それはそうだけど……でも、できることなら皆で助かりたい」
「……オレもそうだけどさ。現実的に、無理なんだよ」
「……。」
冴子はそれ以上、何も返せなくなってしまった。
「よぉ、委員長カップルさん」
「なに?」
南 荘一郎(男子11番)と吉田 雅恵(女子13番)が同時に振り向いた。普段、強気でしっかり者の雅恵はすっかり青ざめている。それに比べ、普段から書記などを務めて何かと雅恵のサポートに当たる荘一郎は顔色一つ変えずにいた。
「オレら、生物室だろ。ひょっとしたら、調理室のヤツらと鉢合わせするかもしれねぇから、気をつけろよ」
「なんで気をつける必要が?」
雅恵が聞き返した。
「メンバー表見てみな」
雅恵、荘一郎、冴子は渡された紙を見た。
「あ……」
冴子が真っ先に気づいたようだった。
「まさか」
「そのまさかだよ」
「で、でも、あたしたちクラスメイトじゃない!」
雅恵がかすかな希望を持ったとでもいう様子で慶介に言った。
「オレたちの武器、サバイバルナイフだろ。渡部がああ言った以上、どんなことが起きるかもわからねぇしな。3班のメンバーには悪いけど、渡部は信用できない」
「でもさぁ、音駆っておっちょこちょいなとこあったから、言ったフリをしただけかもよ?」
「そう思わせるために、そんな演技をしたのかもしれないだろ」
「そんなひねくれた考え方……」
冴子が怒りを押さえ込んだ口調で呟いた。
「オレだって、渡部を信じたいよ。でも……この26人で生き残れるのは10人なんだ。それは……仕方のないことだ」
「……なんであたしたちがこんな目に」
雅恵が泣きだした。冴子が雅恵を抱いて、なだめようとする。
「ソウ」
「ん?」
「オレたち……薬を見つけたらさ」
「うん。わかってる。吉田と桃地が先だ」
「……悪ぃな」
「当たり前だろ」
荘一郎はニカッと歯を出して笑ってみせた。
「ね、ねぇ……」
あさひがクイッと真奈の服の袖を引っ張った。
「どうしたの?」
「下の階からなんか声がする」
「え?」
あさひが覗き込む階段に真奈、清家 彩乃(女子6番)、七瀬 智章(男子8番)が集まった。確かに、下から怒鳴り声が聞こえる。
「誰だろ?」
彩乃が不安そうに呟く。智章が慌ててメンバー表を開いた。
「下は2年の教室だから……江藤のいるグループだ」
「麻衣ちゃん?」
「そういえば、この声麻衣のだわ」
あさひが思い出したように言う。
「なんて言ってるの?」
真奈があさひに聞いた。
「静かに」
彩乃が耳を集中させる。
「ねぇ、お願い! そんなこと言わないで!」
これは麻衣の声だ。
「うるさいねぇ! もう発症してるようなヤツ、お荷物だって言ってるんだよ。さっさと行きな!」
「これ……近宮さん?」
近宮 絢子(女子7番)の声だった。となると、そばにいるであろうと考えられるのは綿岡 景子(女子14番)と曽我 篤志(男子6番)だろう。絢子は楼桜高校でも珍しい、問題児だった。2年の進級もギリギリだったと聞かされたことがある。
「麻衣……咳き込んでたもんね」
真奈が辛そうに言った。あさひも彩乃も答えない。
「ねぇ! お願い……ゲホッ、ゲホゴホゴホ!」
「あっち行けって!」
「絢子! あたしたちも感染しちゃってるんだから、江藤を置いたところで状況は変わらないよ!」
「でも、いざ薬を見つけたときに誰かに襲われたら、コイツ確実足手まといだろ!?」
「でもさぁ! ひょっとしたら食事で江藤が薬をゲットして、治るかもしれないじゃん!」
「だったら何の得があんのさ!」
「それは……」
景子も答えに詰まってしまった。
「ほら……江藤なんか連れていったって邪魔なだけなんだよ」
「……。」
誰も答えようとしない。それは麻衣自身、よくわかっていたのだろう。
「わかった」
麻衣が透き通った声で言った。
「私……一人で行くよ。そのほうが、楽だもん」
「そうしてくれたほうがせいせいするね」
「……じゃあ」
麻衣はトボトボと歩き出した。ゲホゲホと咳が真奈たちのところへも聞こえてきた。景子と篤志は後ろ髪を引かれる思いで、先を行く絢子を追いかけた。
「……!」
あさひが走り出した。
「あさひ!?」
「あたし、麻衣のとこ行ってくる!」
「行ってどうするんだよ!?」
智章があさひの腕を引いた。
「でも、このままじゃ麻衣……麻衣が……」
誰も喋らなくなってしまった。それを狙ったかのように、さらに激しい咳と誰かが倒れる音がした。
「まさか……麻衣!」
あさひが駆け出したので、全員が後を追った。そして、目に入ったのは吐血して倒れこんだ麻衣の姿だった。