4ページ 説明会
「えっとぉ〜、はい、説明会ね。えーと、席順はっと……」
紗弓は紙を広げて、生徒たちの座席を確認し始めた。
( 黒 板 )
宇井 船津 南 桃地 佐々木
日暮 飯島 吉田 旗本 安藤
北山 野口 須藤 小林 浜野
渡部 大西 湯前(圭) 清家 七瀬
蘇我 江藤 湯前(速) 谷沢
近宮 綿岡 安本 小村
「なるほどねぇ。うん! わかったわ」
紗弓はポイッとその紙を放ってから、既に事切れた圭人と速人兄弟の遺体を見つめた。
「ちょっと〜」
紗弓が手を叩くと入口のドアを開け放って男性が入ってきた。年齢は、航平たちとそれほど変わらないだろうか。
「あのね〜、ちょっとあの二人邪魔だからどけてくれない?」
「邪魔……!?」
航平は愕然とした。さっきまで普通に呼吸して、喋って、一緒に勉強していた仲間がモノのように扱われている。しかし、慶介が「何も言うな!」と言わんばかりの目線で航平を睨みつけたので、動けないまま圭人と速人の遺体はあっという間に教室から出されてしまった。
「はいはぁ〜い。ではぁ、今から説明しますね〜。まずぅ、グループ分けをします〜。いろんな部屋があるから、いろんな環境で過ごしてもらって、どんな影響があるかをしーっかり、調べますからねぇ」
「……。」
悪い夢であってほしい。航平は何度も何度も自分の頬をつねってみるが、どれだけやってもやはり痛みは伝わってくる。
夢じゃない――。
それはどんな言葉よりも残酷に、航平の胸に響いてきた。
「はいはぁ〜い。じゃあ〜、今からグループ分けの紙を配りますからねぇ」
前から順番に、紙が配られてくる。しかし、綾子の後ろ――圭人と速人は既に退場してしまったため、空席になっていた。綾子の視線の先には、不安そうに一人座る安本 百花の姿があった。しかし、百花のところへ行くには速人と圭人が作った血だまりを歩かなければならない。そこを歩くと、確実にピチャピチャと血の音がする。女子には、耐えられない音だろう。
「須藤さぁ〜ん」
ビクッと綾子が体を震わせた。
「早くしなさ〜い」
綾子が涙目になって立ち上がるが、そこから足を踏み出せない。
「須藤さん〜」
コツッ。嫌な音がする。
「ヒッ」
綾子の後頭部に銃が押し付けられた。
「早くしないと〜」
「待てよ!」
航平は我慢できず、叫んで綾子の持っていた紙を強引に奪った。
「俺が行く」
「あらら〜、紳士ねぇ大西くんは」
「須藤はもういいだろ?」
「そうねぇ。じゃあ須藤さん、座っていなさい」
綾子は震えながら座った。座ってから振り返り「ありがと……」と呟いたのを、航平は聞き逃さなかった。
「安本」
震える百花に紙を手渡す。
「頑張ろうな」
「……。」
百花は小さくうなずいた。
「はい〜。ではぁ、グループ分けの紙を見てください〜。でも、席順に適当に割り振っただけですけどね〜」
航平は親しいクラスメイトとなっていないか必死になって紙を見た。
1:宇井/舟津/日暮/飯島
2:南/桃地/吉田/旗本
3:佐々木/安藤/北山/渡部
4:野口/須藤/大西/湯前(圭)
5:小林/浜野/清家/七瀬
6:曽我/近宮/江藤/綿岡
7:湯前(速)/谷沢/安本/小村
親しいどころか、よりによってそりが合わないと思っている野口がいた。もう一人は綾子。そして、圭人だった。
「……。」
圭人がいるはずの席を航平は見つめた。涙が自然と出てくる。圭人とは、そんなに親しくもなかった。けれど、彼の優しいところは女子でなくとも好意を持てた。確か、北山こよみと宇井は彼のことを好きだと言っていたような記憶もある。しかし、彼はもういない。
「それではぁ、1班から3日間過ごしてもらう教室を発表します〜」
紗弓は黒板に1班から順に指定場所を書いた。
1:1年2組教室
2:生物室
3:調理室
4:美術室
5:3年3組教室
6:2年5組教室
7:職員室
「それからぁ、さっき対抗薬の説明したけどぉ、あれに関して補足があります〜。実は〜、各校舎に3つずつ、薬を置いておきました〜。つまり〜、3日間の食事がえっとぉ、今日は夕食からだから7つと3つで合計10名分、薬があります〜。いまいるのは26人だから、10人は助かる計算になりますね〜。まぁ、薬の効果は完璧じゃないですけど〜」
全員の目が輝いた。自分は助かるかもしれない。そんな、淡い希望を抱いた。
「それでぇ、薬はその3つに関しては誰が飲んでも自由です〜。見つけ方も自由〜。これが何を意味するかわかる〜?」
「……。」
誰も答えない。
「それじゃあ質問〜。はい、渡部くん」
音駆の表情が歪んだ。何を質問されるか、だいたい想像がつくからだ。次第にみんなの表情が疑心暗鬼に近いものへ変わるのを、航平も音駆も感じ取っていた。
「渡部くんが薬を見つけました〜。ところが、それを見た綿岡さんが、包丁で渡部くんを襲いました〜。なんと! 渡部くんは銃を持っています〜。さぁ、綿岡さんは首に向かって包丁を今にも刺しそう! どうする〜?」
音駆は小さく何かを呟いた。航平と音駆の真後ろにいた篤志、前にいたこよみが顔を歪ませるのを、慶介は見逃さなかった。
「なぁに? 大きい声で〜」
「撃つ」
全員の視線が音駆に集中した。
「はぁい! そうねぇ、大正解!」
「!?」
航平は驚いて紗弓を見た。その顔は本当に嬉しそうだった。
「だって〜、綿岡さんは何も悪いことをしていない渡部くんを襲ったの〜。渡部くんは身の危険を覚えるわよね〜。じゃあ、撃つしかないわよね〜。はい! 正当防衛!」
「……。」
誰も何も言わない。言えないのだ。
「っとうわけで、皆さんには危険が及んだときのために各グループにひとつずつ、武器をお渡しします〜。それが銃か、ライフルか、カッターナイフかバットかなんてのは知りません〜。まぁ、グループで仲良く使ってくださいね〜」
それから紗弓はいろんな説明をした。食事はこの教室で朝食は8時、昼食は12時、夕食は18時に行うということであった。水道、ガス、電気は平常どおり使える。死にたくない人は薬を探すか、食事のときに当たるのを祈ること。食事の際に当たった薬は、いかなる理由があっても他人に渡さない。他人の薬を奪わない。薬を渡したり、奪ったりしたときは処罰を与える。それ以外は各グループ、個々人に任せるということであった。
携帯電話、パソコンは一切通じないという。しかし、念のためということで紗弓は全員の携帯や電子機器をすべて没収した。
「はぁい! ではぁ、1班の4人の人から出発してくださ〜い」
宇井、船津、佳典、飯島 芳史の4人が教室を出て行く。
自分たちはウイルスに感染している。
絶望の2文字が、航平の頭をよぎった。直後、聞きたくない音が聞こえた。
「ゲホッ……ゴホゴホ」
航平が振り向くと、真後ろにいる江藤 麻衣が咳き込んでいた。航平は無意識のうちに口と鼻を手で覆っていた。篤志、絢子、百花、景子の4人も同じ行動を取っていた。しかし、麻衣は特に気にしない素振りを見せた。
(俺もあと3日かもな……)
自虐的なため息が出た。
絶望の3日間が、始まる――。