3ページ 血溜まり
「んっ……」
痛みを堪えて航平が起きると、そこは2年B組の教室だった。しかし、全員がうつ伏せになって眠っている。
「音駆、音駆……」
眠気と痛みが残る中、航平は隣に座る音駆を起こした。
「ん……あ、航平」
「なぁ、俺たちなんで全員寝てんだ?」
「え……寝てた? 俺……」
音駆が起きると、確かに異様な風景が広がっていた。勉強虫の沙耶も、委員長の雅恵も眠っている。
「篤志は?」
音駆の親友、曽我 篤志。彼もまた、机に伏せて居眠りをしていた。
「篤志、篤志……」
航平も心配になって慶介と悠斗の様子を見に行った。
「ケイ、ケイ!」
揺り動かすとすぐに慶介が目を覚ました。
「おう……どした、航平」
慶介も眠そうな目を摩って体を起こした。
「わかんねぇ。オレ、目覚ましたら全員この状態だもん」
「いま何時だよ」
「えっと……あれ?」
していたはずの腕時計がない。どこかで外したのだろうかと考えてみるが、そんな覚えもない。
「時計どっか行ってる。お前、持ってねぇの?」
「あ……ちょっと待てよ。俺、懐中時計持ってるわ」
慶介はゴソゴソと懐中時計を探すが、見当たらない。
「おっかしいなぁ……ねぇぞ」
「と、とりあえずオレ悠斗を起こしてくるよ」
まだクラスの大半が眠っている。さっきの悠斗の奇行はいったいなんだったのだろうか。目が普通ではなかった。もちろんそれは、宇井と稜にも言えることであったが、とにかく悠斗がああいった趣味はないことを祈るばかりだ。
「悠斗……悠斗」
「う……ん」
「起きろよ。いつまで寝てんだ」
「あ……航平?」
悠斗は頭を抱えながら周囲を見渡す。
「アレ? 俺たち……トイレにいたのになんで?」
「わかんねぇ。オレが目を覚ましたら、みんな寝てた」
「なんだよそれ……」
悠斗はとりあえず、隣で眠っている湯前 圭人を揺り起こした。そういえば圭人は教室にいた。宇井と稜が出て行ったことや皆が眠りだした一部始終を見ているはずだ。話を聞くにはちょうどいい。
「圭人、圭人」
悠斗が揺り動かす。しかし、よほど深い眠りに落ちているのか答えがない。
「オレに任せろって」
航平は耳元で「ワッ!」と大声を出してみた。その声で数人が起きたが、圭人は応答がない。
「……圭人?」
ゆっくり動かす。しかし、相変わらず答えがない。明らかに様子がおかしい。
「圭人……起きろって」
航平がドンッ、と冗談半分で背中を押した瞬間――。
「きゃああああああああああ――っ!?」
目を覚ましたばかりの清家 彩乃がかん高い悲鳴を上げた。
「え……あ、あぁ……」
航平の左手にベットリと血がついている。
「うああああああああああああ――!!」
航平のほうへ顔を向けた圭人の顔。鼻の穴や目、口、耳。顔の穴という穴から血が噴き出て――絶命していた。
「ひっ!?」
冴子とあさひが目を覆う。
「見るな!」
慶介が真奈、冴子、あさひを隠した。圭人の双子の弟、湯前 速人が圭人に駆け寄る。
「圭人! 圭人!? 圭人ぉ!」
しかし、当然ながら圭人の応答はない。
「はいはいはーい! 静かにして。どうしたの〜?」
ギョッとして振り向くと、見たことのない女性が立っていた。
「あ、あなたは?」
須藤 綾子が女性に聞く。
「あぁ、あたし? あたしの名前は伊藤 紗弓。皆さんのこれからの補習を全日程担当することになったの〜」
「ぜ、全日程を?」
男子クラス委員の南 荘一郎が聞き返す。
「そー! というわけで……あら〜?」
血まみれになった圭人にいま気づいたかのような顔をした。紗弓はコツコツと靴の音を立てて圭人の死体に近寄る。
「先生! 兄貴が、兄貴が――」
「う〜ん……早くも発症したか〜」
クスクスッと紗弓が笑った。
「は……発症?」
七瀬 智章が何を言っているのかわからないという表情で紗弓に聞く。
「そ〜。あ、言うの忘れてたわ。えっとね、まぁ簡単に言うと、アンタたち2年B組は国家から選ばれしクラスなの〜」
「こ、国家?」
冴子が思わず聞き返す。慶介が「絶対にそれ以上喋るな」と真奈、あさひ、冴子に忠告した。
「そ〜。みんな聞いたと思うけど、新型インフルエンザが猛威を振るうかもしれないってニュースは知ってるわね〜?」
「……。」
「どう? ほら、谷沢くん」
「!?」
名乗ってもいないのに名前を言い当てられた幸雄は焦りの表情を浮かべた。
「あ〜、もうみんなのことくらいしっかり把握してるから〜」
紗弓は一瞬で幸雄の疑問を吹き飛ばした。
「で、知ってる?」
「はい……」
「それでね〜。あなたたちのクラスはいわゆる感染爆発を起こした際のシミュレーションを行うために、実験クラスに選ばれたの〜」
「じっ、実験?」
「そ〜。パンデミック実験第1号。学校施設で起きた際のシミュレーションよ〜」
紗弓がニヤッと笑う。その笑みに航平は鳥肌が立った。
「さっきみんなが眠っている間に、ウイルスを吸入してもらったの〜。この新型ウイルス、速い人だと1時間程度で発症するんだけど、ちょっと湯前圭人くんは予想外の速さだったわ〜」
ザッと圭人の死体から全員が引いた。速人だけが離れず、動かなくなった圭人のそばに留まった。
「はいはいはーい。いずれにしてももう圭人くんは死んだの〜。それに圭人くんが血を出した以上、皆もウイルスに感染しているから遅かれ早かれ発症するの〜。それで〜、3日間で発症しなかった人は〜、なんでかっていう検査をしてもらうから〜、今から3日間、頑張って生きてもらいます〜」
「……。」
わけがわからない。航平の頭が真っ白になる。
「あ、そうそう〜。今回のウイルス実験で対抗薬の実験もしたいから〜、食事のときに毎回1名、薬をランダムで与えます〜。ただし〜、誰にでもこれを飲む権利ありますから〜、意地でも生きたい人は薬、ゲットしてね〜。はい、じゃあ詳しい説明するから座って〜」
全員が呆然とした様子で席へ着く。しかし、速人だけは座らない。
「速人くん〜」
「いやだ……圭人……圭人……」
「速人くん〜。早くしないと先生、怒るわよ〜?」
「やだぁ! 先生、お願い! 圭人を治療して!」
「……。」
「先生! お願いします!」
しかし、次の瞬間パン!と乾いた音がして速人の眉間から血がブワァッと吹き零れて、そのまま圭人に折り重なるように倒れた。
「きゃああああああああ!」
綿岡 景子が悲鳴を上げると同時に、紗弓がもう一発天井に向けて発砲した。
「静かにしないと〜、先生、速人くんみたいに顔に穴開けちゃうよ〜」
シィンと教室が静まり返る。景子の足元に、速人の血が流れ血溜まりになっていた。
「はぁい。じゃあ静かになったので皆さんに説明を行います〜」
悪夢の3日間が、いま、始まった。
【死亡者】
男子12番 : 湯前 圭人……新型ウイルス発症により死亡
男子13番 : 湯前 速人……伊藤紗弓 (新任) により銃殺