38ページ またね
航平に再び、平穏な日常が戻ってきた。
あの地獄のような2日間は、夢だったのではないかと思えるほどだった。血まみれになったクラスメイト、引きつった、怯えきった表情をしたクラスメイト――。幻だったのではないかと思う。このクラスはひょっとすると、あの2年B組のままなのではないかとまで思ってしまうほどだ。
「航平! おっはよ」
慶介に呼ばれた気がして振り返った。たしかに「けいすけ」だったが、慶介ではない。圭輔だった。
「おう、圭輔。おはよ」
「ん? ちょっとテンション低くね?」
「そんなことねぇよ」
「ホントに?」
「……ん」
見透かされているのにドキッとした。それに誓ったはずだった。もう、わかっていても、伝える。省略なんてしない。思いを、すべて伝える。
「俺のさ」
「うん?」
「俺の……親友たちに、お前の名前、そっくりなわけよ」
「ケイスケっての?」
「うん。旗本 慶介。ソイツ、実はまぁ……俗に言う裏口入学しちゃってて。今回の……俺が巻き込まれた事件の発端になったものなんだけど……」
圭輔が航平の隣に座った。
「うん。それで?」
「もしもさ……慶介がさ、裏口入学なんて嫌だとか、きちんと拒否をしていれば、こんな……ヒドいことにならなかったんじゃないかと思うんだ」
「……。」
言葉が止まらなかった。圭輔の知るはずのない圭人や真奈の名前までどんどん口に出てきてしまう。
「圭人がさ、俺に辛そうな顔向けたときとか、なんで俺は圭人の気持ちをわかってやれなかったんだろう。なんで……真奈の……」
突然、圭輔がギュウッと航平を抱きしめてきた。
「お前さ」
耳元でそっと囁く圭輔の声は、震えていた。
「お前さ……いつもそうやって人のこと考えてくれるような、優しいヤツなんだよな」
「……。」
「だからさ、事が終わってもそうやってお前はずっと悩んでる。苦しんでる」
「ヒグッ……エック……」
航平は嗚咽を漏らし始めたが、クラスメイトのざわめきに紛れて彼らには聞こえていないようだ。
「でも……真奈たちは……」
次の瞬間、圭輔の声が聞き覚えのあるものへと変化した。
「俺は航平を信じてるから」
「え!?」
振り返ると、悠斗の姿が見えた。いや、圭輔の位置に悠斗がいるのだ。
「悠斗……!」
「俺は、航平を、信じてる。航平は、自分の道を信じて……生きて……」
「……わかったよ」
急に航平の心の中からわだかまりが消えていくのがハッキリとわかった。
チャイムが鳴ると同時に、圭輔の顔が普通に戻った。今の光景は幻だったのかと思えるほどに、元へ戻ってしまった。
「どした? 航平」
「……ううん。なんでもない! チャイム鳴ったぜ。座ろう」
「おう」
席へ戻る途中、クラスでも地味で目立たない松木あずさの席に航平の脚がぶつかった。机が揺れて筆箱が落ちる。
「……。」
あずさはムスッとした顔で筆箱を拾い上げると、すぐに顔を背けてしまった。
「チェッ。松木のやつ、愛想悪いんだよな」
「そうなの?」
「昔っから」
「なんで知ってるんだよ」
「俺、中学同じだもん」
「ふぅん……」
その直後、担任が入ってきたので航平は慌てて自分の席に着いた。隣はあずさ。
「……ん?」
ふと見ると、なんとflumpoolのCDジャケットがあずさの机に入っているのが見えたのだ。航平は慌てて適当なプリントの裏にメモを書いて渡した。
あずさはギョッとした様子で航平を見やった。それからメモを見て、嬉しそうな表情を浮かべた。
松木も、flumpool好きなの?
すぐに返事が来る。
「も」ってことは、大西くんも?
返事をする。
うん! ヤバいと思う、あの人たちは。
返ってきた。
あたしも! ねぇ、今度のコンサート一緒に行こうよ!
話してみないとわからない。先入観なんか、捨ててしまえ。航平はそう、思った。
放課後、航平は圭輔たちと一緒に帰りながらメールを打っていた。
「こうへ~、誰にメール?」
敦志が興味深そうに航平のディスプレイを覗き込んだ。
「お、女の名前!」
圭輔がウシシッと笑った。ディスプレイには女の子の名前。
「ひょーっとして……カノジョかぁ!?」
「うーん……。いずれそうなるかな!」
「え!?」
圭輔と敦志が目を丸くした。航平が今度はウシシッと笑いながら、メールを送った。宛先は、浜野 真奈。送信ボタンを押す。もちろん、エラーで返ってくるが気にしない。
続いて、冴子にメールを送った。今度は、嘘偽りなく送る。
逢いたい。
「ヒューッ! 逢いたいだってさぁ!」
圭輔の茶化しに航平は思わず真っ赤になった。けれど、もう気持ちに嘘はつかないと誓ったのだ。
「逢いたいもんは、逢いたいんだよバーカ!」
航平たちの大声が校庭に響く。どこまでも、大きく。
真奈へ。
君の犯したことは、許されるものではないかもしれない。
けれど、俺は君のおかげでいろんなことに気づいた。
君にお返しができるのはいつだろう。
今は無理だろう。
けれど、来世というものが存在するのなら……。
君にお礼がしたい。
一足先に来世への道を歩み始めている真奈へ。
俺もいつか、君の元へ行く。
それまで、待っていてください。
またね。
― 完 ―