37ページ 迎え
「……。」
JR天竜川駅前で航平は緊張した面持ちを浮かべて待ち合わせをしていた。あと4人。既に冴子、綾子、荘一郎、沙耶、あさひ、篤志は揃っていた。
「お待たせ」
次の電車でやって来たのは雅恵だった。
「久しぶりだな!」
航平は快活な声に、緊張した様子だった雅恵も笑顔になる。続いて2本後の電車でやって来たのは輝と稜。そして最後に愛菜がやって来た。
11人はバスに乗って目的地へ移動する。愛菜が航平に聞いた。
「3ヶ月弱かかったんだね」
「なんせ、あんな状態だったしな」
「体は大丈夫かもしれないけど……精神的にちょっと心配だって」
「そっか……」
一方、あさひは冴子と話をしている。
「冴子は行ったことあるの?」
「うん。航平とね。でも、面会謝絶だった」
「そっか……」
篤志が稜に聞く。
「何か罰、受けるのかな?」
「そりゃあま……警察はそんなに優しくないだろうな」
輝が引き取る。
「まぁ、少年院くらいは覚悟してもらわないとって感じらしい」
「……。」
誰もが言葉を失った。その時、バスのアナウンスが響いた。
「近藤大学病院前、近藤大学病院前です」
バスが停まったので運賃を支払い、航平たちは病院の前に立った。
「何時頃だったっけ?」
綾子が航平に聞いた。
「聞いた話では、あと20分くらい後」
「……もうすぐだね」
航平は小さくうなずき、直後に不安に襲われた。自分の提案したことは本当にコレで良かったのだろうか。みんなの古傷をえぐるようなことはしていないだろうか。これをキッカケに、また事件を思い出して不快な思いをさせるだけではないか。
不安だけが心を渦巻いていく。しかし、何もしないまま、あの時のままのように気づかないフリをするのは嫌だった。
ガストでの冴子の話。冴子は涙を流しながら言った。
「あたしね……。真奈から相談受けてたの。でも、部活が忙しいとかテスト前だからとかで、春休みになったら一度話ゆっくり聞くから! ゴメンねっていつも交わしてて……。あたしが……真奈の話、聞いてあげたら何かが変わってたのかなぁ……」
航平は「真奈は何か具体的に言ってたのか?」と聞いた。
「ううん。聞いて欲しいことがあるって言われただけで……まさか、校長とのあんな話だなんて想像もしてなくって……。今さらだけど、ちゃんとそれ言ってくれてたらあたし……剣道の竹刀持って校長室に殴りこみに行ったのに……」
震えながら泣く冴子をそっと航平は抱きしめた。
「冴子が悪いんじゃない……。そんなに、自分を責めるな」
「でも……でも、私、真奈のことなら何でも知ってる。真奈の一番の理解者だって思ってた……バカみたいだよね」
「……俺も」
航平は圭人の顔を思い浮かべた。
「俺も、そう思ってた」
「真奈のこと?」
「それもそうだけど……全部」
「全部?」
「うん」
悠斗のことをどれだけ知っていた? 慶介のことをどれだけ知っていた?
冴子のことをどれだけ知っている? 母親のことは? 父親は? 弟は?
隣のおばさんのことは?
何より、自分のことは?
知らないフリをしているだけじゃないか。
知りたくないだけじゃないか。
それで親友。
友達。
家族。
彼女。
彼氏。
そんなこと言えたものじゃない。
「俺たちさぁ」
航平は自分に言うように、そっと冴子に言った。
「結局、相手のことをちょっと仲良くなったりしたくらいで全部知ったような気持ちになるんだよな。そりゃ人間だもん。全部、その人のことを知るなんてこと、無理だと思う」
圭人の顔が浮かぶ。あの時、圭人のことを最後まで知ってあげてたら、何かが変わったかもしれない。
しかし、今となってはもう遅い。けれど、変えていくことはできるはずだ。
「悲しいこと、苦しいこと、辛いこと。そんなことにずっと苛まれてたら、きっと、堪えきれなくなって……それこそ、狂った……狂気になっていくんだろうな」
「……。」
「伊藤も、圭人も、真奈も……結局、苛まれていたんだろうな。それを、俺たちが気づいてあげられなかった。伊藤は難しかったかもしれない。だって、毎日一緒にいたわけじゃないんだから。でも、圭人の狂気も真奈の狂気も俺たちが気づくことは十分にできたはずだ。毎日、一緒にいたんだもん」
「うん」
「今からでも遅くない……。だから」
そして今日がやって来た。全員に声を掛けた。正直、航平と冴子だけということも覚悟していた。しかし、生き残った全員がこうして駆けつけてくれた。
「ありがとな」
航平がつぶやく。
「全然お礼言われるようなことしてないぜ」
篤志がニッと笑った。
「そうそう」
綾子が笑う。
「あたしたち、これから本当の友達になるんだもん」
初めて雅恵が口を開いた。
それから30分弱、航平たちは病院の前でその人物をソワソワと待ち続けた。やがて、看護師二人につかれてその人物は出てきた。看護師にペコリとお辞儀をする。その直後、男性3人が圭人の傍に張り付くようにして歩き出した。
「航平……!」
冴子がギュッと航平の袖を握り締める。
「あんな……され方じゃ、あたしたち……」
沙耶が悔しそうに唇をかんだ。
「近づけない」
荘一郎の言葉に航平はハッとした。
近づけない?
違う。
近づかないんだ。
「え?」
「航平!?」
航平は気づけば走り出していた。その姿に気づいた刑事が制止しようとするが、俊敏な航平を遮ることはできなかった。
「圭人!」
「……大西……くん?」
風が吹いた。刑事も雰囲気を察知したのか、一番年配らしい男性が航平を放そうとする若い刑事二人を制止した。
「……。」
沈黙が続く。冴子たちも、そっと歩み寄る。そして、航平がニコッと笑って言った。
「退院、おめでとう!」
「……え?」
「おめでとー!」
「おめでとさん!」
圭人が明らかに動揺している。
「そんな……俺……退院を祝福されるほど……の人間じゃ……」
泣き始めた圭人を、航平は強く抱きしめた。
「今度はさ」
「何?」
「今度はさ……少年院から、出てきたら」
行き先は知っていても、省略しなかった。わかっていても、伝える。省略なんてしない。思いを、すべて伝える。航平はそうしていくと誓ったのだ。
「真奈たちのお墓参りに、行こう」
「……行っていいの?」
圭人が涙をポロポロとこぼす。
「いいとか、悪いとかじゃない。行こう」
「うん……うん……!」
航平もいつの間にか、涙が溢れ出ていた。
「そろそろ……」
刑事が航平の肩を叩いた。
「はい……」
圭人が付き添われて、やがて黒い車に乗せられた。エンジン音が聞こえる。発車直前、航平は叫んだ。
「圭人!」
ハッと圭人がこちらを向いた。
「また来週な! 俺、絶対行くから!」
「わかった!」
そう叫ぶ圭人の顔は、教室で見せる笑顔よりもずっと、綺麗だった。