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35ページ 追想

思い出すのは、君のはにかんだ笑顔――。




 思い出すのは、君の優しい声――。




 最期に思い出すのは、君の……。





「……。」

 目を覚ますと、そこはフカフカの布団の上だった。

「……。」

 体を動かすと、足に少し痛みが走った。腕も包帯が巻かれていて、頬にはガーゼが当てられていた。

「……冴子?」

 冴子が隣のベッドでスゥスゥと寝息を立てていた。周りを見渡すと、見知ったクラスメイトがみんな(といっても、助かった人数だけ)がベッドに横になっている。冴子、輝、稜、綾子、篤志、あさひ、雅恵、荘一郎、沙耶、愛菜。これで、全員だった。

 紗弓の姿も、圭人も、そして真奈も見当たらなかった。

「ふぅ……」

 航平は痛む体に少し無理をさせ、立ち上がった。病室を出ると、まるであの学校のように暗く長い廊下が続いていた。今は何月何日で、ここがどこの病院なのかを知りたくなった航平は、当てもなく廊下を歩いていった。

 目の前に、集中治療室の文字が目に映った。航平はまるで誘われるように、その部屋に近づいていった。

「……!」

 たくさんのチューブを付けられていたのは他でもない、圭人だった。

「助かった……のか」

 あの瞬間、何が起きたのかわからなかった。ただ、自分は絶叫するしかなかったのは覚えている。閃光。次の瞬間、爆発音が鼓膜を破らんばかりに響き渡った。航平が立っている目の前の床に閃光が走った直後、亀裂が走った。その亀裂が大きくなり、轟音を立てて真奈と紗弓のいる床が崩れ始めた。

 どうやら、南校舎の北側に爆薬が仕掛けられていたようだった。もちろん、真奈にそのような芸当ができるはずもない。恐らくは、紗弓の仕組んだことなのだろう。

 当然ながら、航平たちも無傷ではいられなかった。爆風でほぼ同時に吹き飛ばされ、強く体を打ったのは覚えている。意識を失ったのは、自分が最後だったように航平は記憶していた。冴子が一番、真奈に近い位置にいたのだが、瀕死の状態だった圭人が彼女をかばってくれたおかげで重傷は避けられたのだ。

「……頑張れ」

 航平は圭人に力強く語りかけた。

「頑張れ。速人、浜野、みんなの分まで……俺たち、生きようぜ……」

 航平は涙を一筋こぼしながら、そう呟いた。

 それからしばらく歩いていくと、待合室らしい場所に突き当たった。航平はそこに置かれていた新聞に手を伸ばした。

「あ……」

 航平たちの学校で起きた事件について、詳しく語られていたのだ。新聞の日付は3月24日。どうやら、事件から既に2日以上が経過しているようだった。航平は記事に目を通す。


 生徒14名、教員1名の計15名もの死者を出した静岡県天竜川市の私立楼桜高等学校立てこもり事件から2日が経過した23日夕方、静岡県警は倒壊した校舎から伊藤紗弓容疑者(23)の遺体を発見した。伊藤容疑者は今回の事件の首謀者とされており、静岡県警は被疑者死亡のまま、同容疑者を書類送検した。

 また、行方不明になっていた同校校長・常松赤司さん(59)の遺体も校長室から発見されている。伊藤容疑者と共に事件を計画・実行したいとこにあたる同校の女子生徒(17)の遺体も発見され、女子生徒も同日、被疑者死亡のまま書類送検された。


「……。」

 真奈の名前は伏せられた。それだけでも、航平は救われた気分になった。しかし、その先の名前の羅列が航平の胸を締め付ける。


【今回の事件で亡くなった方(敬称略)】

飯島 芳史(17) / 小村 悠斗(17)

谷沢 幸雄(17) / 七瀬 智章(17)

旗本 慶介(17) / 湯前 速人(17)

渡部 音駆(17) / 江藤 麻衣(17)

北山こよみ(17) / 清家 彩乃(17)

近宮 絢子(17) / 船津 仁美(17)

安本 百花(17) / 綿岡 景子(17)

常松 赤司(59)


 また、事件の一部に関係したとして同校教諭・(かね)() 和寿(かずひさ)容疑者(40)を静岡県警は逮捕している。


 航平はそこで新聞を閉じた。

 サワサワと外から風の音が聞こえる気がした。

「……。」

 航平は気づけば泣いていた。なぜかはわからない。ただ、無性に泣きたくて仕方がなかった。

「ホントにこんな解決方法しかなかったのかよ……」

 事件前。2月の中旬だ。ちょうどバレンタインを挟んだ、修学旅行。次々と想い出される。悠斗が、あさひのことを少しいいと思っているだとか、初恋の話だとか、とりとめのない話をした。

 冴子が、残念ながら溶けてしまったチョコレートを持ってきてくれた。もちろん、男子全員向けの義理チョコと、航平用の本命チョコ。航平は照れながらもそれを受け取った。そのすぐ後に「私、思い切り義理だから……」と顔を真っ赤にしてチョコを渡してくれた、真奈。

「真……奈……」

 初めて航平は彼女の名前を呼んだ。しかし、もう彼女はこの世にいない。

「逢いたい……。みんな……悠斗……慶介ぇ……!」

 涙が枯れるまで航平は泣き続け、いつのまにか、眠りに落ちていた。






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