33ページ 血縁
「あっ、いっけなーい。大事なこと言うの、忘れてた」
緊迫した空気が漂う中、真奈は一人あっけらかんとした声で話している。
「何だよ……」
「あのねぇ、ウチの校長だけど」
ゴクリと唾を飲む音が今にも聞こえてきそうだった。
「もう、死んでるから」
「……。」
誰も何も言えなかった。もう、死というものに対して感覚が鈍っているのかもしれない。さっきまで一緒に話し、行動していた慶介が青白くなった顔をこちらに向けている。校庭では、彩乃と智章が横たわっているはずだ。
「なんで……なんで校長先生まで?」
愛菜が恐る恐る聞いた。
「アイツこそ、断罪されるべき人間だったからよ」
「どういうこと?」
「アイツ……そこにいる旗本や小林、宇井や吉田からお金を巻き取って合格させてたんだよ!」
「な……」
沙耶と航平、冴子だけが愕然とした表情になった。他の全員はすべて、その事情をしっているのだろう。
「お金を払えば合格できる。欲に目がくらんだんだろうね。旗本や小林、宇井や吉田の家からバンバン高額のお金が送られてきたもの」
真奈は鼻で笑いながら沙耶と航平、冴子以外の全員を一瞥した。
「それにしたって……何も殺すことはないじゃない!」
沙耶が悲鳴に近い声を上げる。
「バカなこと言わないで! 気持ち悪い……」
「気持ち悪いって……ど、どういうこと……だ?」
航平は意識が朦朧としているのを感じていた。それを察知した沙耶が慌てて駆け寄る。
「待って。浜野さん。桃地さんと大西くんの手当てをさせてくれない?」
「……いいわ。あなたたちは計算外だったから」
冴子と航平をそっと座らせると、沙耶はそばにあった救急箱(おそらく、この部屋にいる誰かがどこからか持って来たのだろう)から必要な治療具を出し、要領よく手当てを進めた。
「ゴメンな……」
「困ってるときはお互い様よ。はい。これでもう平気でしょ?」
沙耶は短時間で完璧に治療を済ませた。
「済んだ?」
真奈の声が一瞬、優しくなった気が航平にはした。
「えぇ」
「じゃ、話の続きね」
「あぁ……気持ち悪いって、どういうことだ?」
「黙ってたけど……私ね……」
本当に言いづらそうな表情を浮かべる真奈。痛々しいほどに、その表情は暗くなっていた。
「……あの校長……私の、叔父なの」
「え……?」
「私も……いわばコネでこの学校に入ったようなものだった」
「そ、んな……」
誰もが突然の告白に言葉を失った。
「試験も何もナシで、すぐに入れてもらえてた。良かったじゃない?って自分で勝手に納得させて、ずーっと黙って過ごしてきた。私だけなら迷惑かけてない。問題ない。そう思ってた。でも、実際は違った」
真奈の声のトーンが自然と下がる。
「汚いお金の流れ。歪んだ友人関係。そんなのがこの学校には渦巻いてた。私が汚いお金の流れを知ったのは中3のとき。高校入試終了直後よ。叔父が下品な笑顔で……北山と江藤の両親からお金を受け取ってるのを見てしまったの」
「……。」
「もちろん、それを見た私が無事なはずもなく。叔父からは口止めをさせられ……口止めだけじゃ信用できない……カラダまで売れとか言われて……もう、言いたくもないようなこともされたわ。それだけならいいけど……ううん。良くなかったのかもね。とにかく、それ以外にもいっぱい、いろんなことをされた」
チラッと航平を見る真奈。
「ねぇ、大西くん」
「何だ?」
「あなた……以前、私に『浜野さんは誰とでも仲良くできるね』って言った……よね?」
「あぁ……」
「違うの。あれは、私が合わせてただけ。合わせなければ、何をされるかわからなかった。ホントのコトをバラすからって……。言わば、言いなりの生活よね。私に自由なんてなかった。校長に縛られ、友人なんていう化けの皮を被ったヤツらに縛られ……私って、何なんだろう? そう思ってたときよ。伊藤さんに会ったのは」
「……。」
「浜野さん」
沙耶が尋ねる。
「何?」
「伊藤と……浜野さんの関係は?」
「……知ってどうするの」
「べ……別にどうってことはないけど」
「ま、いいか。この際だから、教えておいてあげる」
真奈はクスッと笑って紗弓のほうを見つめた。
「今でこそ名前は違うけど……伊藤さんはね、旧姓を……」
「私から言うわ」
紗弓が遮った。
「わかった……」
「私の旧姓は……常松。常松 紗弓よ」
「それって……!」
冴子が口を覆って言った。
「そう。私は……この腐った学校の校長の娘よ」
全員に衝撃が走った。