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「え……!? この中に……?」
冴子が口を手で覆いながら呟いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
沙耶が遮る。
「どういうことよ。湯前くんは……圭人くんは、犯人じゃないの?」
「正確に言えば、圭人はこの中にいる誰かに指示されて、いろいろと小細工やってただけだ」
「小細工?」
綾子がそれは何なのか、という表情で航平のほうへ近寄った。
「まず、谷沢や音駆、清家がなぜ豹変したように殺人を犯したか、が疑問だ」
「そうだな」
慶介がうなずく。
「アイツら、普段は温厚でいいヤツらだったもん。いくらこんな状況だからって、人を殺すようなヤツらじゃないと……俺は今でも思う」
「だろう? だとしたら、なんでアイツらはこんなことをしたんだと思う?」
「さ……さぁ」
そこには慶介もよくわからない点が多いようで、首をかしげた。
「まず、異変は初日の1限後だったかな。俺と悠斗がトイレへ行った頃だ。あの時……いま思い出してもちょっと萎えるけど、悠斗が急にその……俺の服脱がしてちょっと変なことしようとしたんだよ」
「やだぁ! 何それ!」
さすがにあさひが耐え切れなくなったのか、顔を赤くして声を上げた。
「それだけじゃない。その後、宇井と稜がその……キスしてるのも俺は見た」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
稜と愛菜が同時に悲鳴に近い声を上げた。
「二人とも、記憶にないだろう?」
「あるわけねーじゃん、そんなの! なぁ、宇井」
ブンブンと首を上下勢いよく振る愛菜。
「ただ、俺は見たんだ。あれは間違いなくお前たちだった。その後、誰かに殴られて俺も意識飛んだけどな」
「……じゃあ、あたしたちが眠っちゃったのって……」
「眠ったんじゃない。記憶がなかっただけで、多分教室でみんな同じようなことしてたかもな」
顔を赤くする圭人と紗弓以外の12人。
「でも、なんであたしたちそんな変なことしちゃったのかな」
綾子が不思議そうに首をかしげた。
「それも谷沢たちが発狂したのと共通点があるんだ」
「え?」
「これはあくまで俺の推論だけど……」
圭人の表情が固まる。
「あれ、フェロモンか何かじゃないの?」
紗弓と圭人の目が見開かれた。
「あれ? 図星かな……湯前くん? 伊藤先生?」
「……。」
二人とも答えようとしない。
「フェロモンって……あの、フェロモン?」
冴子が航平に聞く。
「そう。生物で去年の暮れかな。やっただろ? フェロモンは動物とか微生物が体内で生成して体外に分泌後、同種の他の個体に一定の行動や発育の変化を促す生理活性物質のことだったよな?」
「うん……」
「あれがもし、人間に反応するように改造されてたりしたら、どうだ?」
「そんなの可能なの!?」
冴子が大声を上げる。
「おそらくは、ね」
「でも、フェロモンなんて誰が……」
篤志が震える声で呟いた。
「俺、一度見たことがある」
「何を?」
「金田が……アメフト部の顧問の金田が俺に言ったんだ。『コイツはきっと世紀の発明だぞ!』とか言って。いつもてきとうな金田のことだから俺、放っておいたんだけどな。アイツ、そういえば初日にちょっと変なトコあったんだ」
「そういえば……私にも『しっかり頑張れよ』とか今まで声かけたことなかったクセに、言ってきたわ」
沙耶がふと思い出したように言った。
「つまり。金田とこのクラス……つまり、首謀者が繋がっていた可能性がある」
「そんな……。でも、なんで先生は止めなかったの!?」
あさひが声を荒げる。航平は明確な答えをズバリと返した。
「脅されてたんだろ」
「誰に!?」
「そりゃあもちろんアナタですよね? 伊藤先生」
紗弓がビクッと体を震わせた。
「誰とは言いませんが……事件前に、あなたを職員室付近で目撃した人がいます」
「……。」
紗弓の顔は完全に慌てふためいているものであった。
「あなた……金田先生に何か吹き込んだんでしょ。まぁ美人な部類に入るあなたですし、金田先生もまだ28で元気でしょうから、いろいろ何かつけ込むような真似、したんじゃないですか?」
「……。」
何も言わないが、表情がすべてを語っている。
「そうして伊藤先生や圭人は『ある人物』の指示に従って、事前準備をしたんだ。クラスメイトのうち2人がいろいろと携わってするんだから、物事は比較的スムーズに進む。それで、多分金田先生と伊藤先生、あなた途中で入れ替わったでしょ」
「そんなのできるの!?」
雅恵が呆気にとられた表情をした。
「見ろよ。補習の日程」
すると、見事に初日は担当が金田で埋め尽くされていた。朝礼から生物に始まり、実験など延々金田の授業が続いている。
「ちょっと待ちなさいよ。あたしたちに配られた時間割と違うじゃない」
沙耶が自分の時間割を取り出した。
「2時間目は古文だし、3時間目は英語よ!?」
「そう。でも、ぶっちゃけた話、すぐこんな状況に陥るんだ。補講だから他の先生は時間どおりに来る必要なんざ全然ないから、遅れてくるだろ? その間に伊藤が忍び込んで、まるで金田先生がこの事件に巻き込まれずに済んだかのようにして出てくれば、見事に監禁状態はできあがりってわけさ」
「そんな……」
沙耶が信じられないという表情を浮かべる。
「事件までの過程はいま話したとおり。事件の原因はフェロモンだ。そしてまだ一つ、わかっていないことがある」
「それって……」
「そう。もう一人の犯人だ」
「……。」
全員の中に緊張が走る。
「圭人」
ビクッと圭人が体を震わせる。
「お前、知ってるんだろ?」
「……ッ」
「言ってくれ」
「……!」
「圭人!」
「湯前くん!」
冴子が叫んだ。しかし、航平の答えを求めるのとは少し意味合いが違うような叫びであるように航平は感じた。
「冴子!」
ビクッと冴子も体を震わせた。
「お前も……見たんだろう!?」
「イヤよ! あたし、信じないから!」
「見たんだろ! 俺だって見たんだ! あれは紛れもなく……!」
「やめて! やめて!」
「冴子!」
次の瞬間だった。乾いた音が3発響いた。1発目で圭人が、2発目で冴子が、そして3発目で航平が崩れ落ちた。
「きゃあああああああああああ!」
雅恵が悲鳴を上げる。
「……っ! テンメェェェ!」
航平が右腕を撃たれた状態にもかかわらず、立ち上がった。そして、その視線の先には――。
「キミが悪いんだからね……。ゆ・の・ま・え・くん!」
浜野 真奈(女子9番)が煙を吐く銃を構えて、教室の入口に立っていた。