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29ページ 過去

「ウソ……」

 冴子がボソッと呟いた。

「し、死んだんじゃ……なかったのか?」

 慶介が震える声で言う。

「死んでないよ」

 圭人はニッと笑って教室内に入ってきた。全員が立ち上がり、後ろへ下がる。

「だって……だってあんなに血を出して……」

 雅恵が震える。

「バカじゃないの、吉田」

 圭人は鼻で笑った。

「あんなの……」

「血糊だろ?」

 航平がニッと笑う。

「へぇ〜……。大西って、運動バカかと思ってたけど、意外と侮れないね」

「そりゃどうも」

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで血糊だなんてわかるの?」

 沙耶が疑問をぶつけた。

「簡単だよ」

 航平はあっさりと答えた。

「まず、血独特のにおいがしなかった」

「あの鉄臭いにおい?」

「そう。あれだけの血を流して『死んだ』ハズの圭人からは、全然血のにおいがしなかったんだ」

「でも、あの時誰もそれに気づかなかったっていうのか?」

 荘一郎がさらに疑問をぶつける。

「あの状況で、手に血をベットリつけられた状態で血のにおいがするかどうかなんて全然構ったりしないだろ?」

「そ、そうかもしれないけど……」

「そして血のにおいがしなくてもその後必然的に本物の血が流れ出したから、少々においがしなくても何ら問題がなかったんだよ」

「まさか……」

「そう。須藤の予想どおりだ」

「何なの?」

「わかんないか、野口。わずか数分後に圭人の兄弟、速人が殺害されてるんだ」

「あっ……!」

 圭人は相変わらずニコニコしたままだ。航平は圭人をしっかりと見つめながら、話を進める。

「血のにおい、血の色。これは速人が死んだことで、そして圭人に速人が倒れこんだことで全部問題なくなるんだ」

「そんなことって……」

 冴子がカタカタと震えている。

「だけど、その後説明会と称した時間を圭人が静止状態でいるのはどこかでボロが出るかもしれないし、何より圭人はこの事件の首謀者としていろいろ動かないといけないんだ。だから、死体の回収と称して速人と圭人を教室から出して、死んだ速人はどこかに置いておく。圭人は晴れて自由の身、というわけさ」

「……。」

 クラスメイトは言葉を失って誰も喋らない。

「どう? ハズレてるとこある? 圭人」

「ホント……お前って油断ならないヤツだな」

 圭人はクククッと不気味な笑い方をした。

「あーあ。なんであの注射失敗しちゃったんだろうなぁ。あの時うまくいってりゃここにいる全員……」

 圭人の目つきが急に険しくなった。ビクッと全員の体が震える。

「ぶっ殺せたのに」

「……。」

 普段の温厚な圭人からは想像できない恐ろしい目つきに、誰もが動けないでいた。

「動機は?」

 航平が静かに聞いた。

「そこにいる伊藤さんの言うとおりさ。俺は小学校のとき、楼桜中学校を受験して見事に合格(・・)した……はずだったんだ」

 ブルブルと慶介が震え始めた。

「なぁ、旗本?」

 ビクッと慶介が体を跳ね上がらせ、顔を上げた。

「旗本……確か、中学受験ダメだったって落ち込んでたよな?」

「……。」

「なのに、何でかお前、楼桜中学校に嬉しそうに通ってたよな?」

「……。」

「で! 何でか知らないけど〜! 俺、合格したはずなのに落ちてるし!」

「……ッ!」

「どういうつもりかな〜。さっぱりわかんなかったよ」

 慶介や荘一郎、あさひたちはブルブルと震えている。恐怖と後悔から来ているのかもしれない。

「でさぁ……そこから俺の人生メチャメチャだよ。小学校のとき、俺は中学受験のために必死に勉強してた。皆と遊ぶ時間も削って、必死に必死に勉強した。クラスで浮いてたかもしれないよ? でも、合格のためなら何でも我慢できる。実際、我慢して合格したときは嬉しかったよ〜」

 圭人が遠い目をした。

「でも、何でか不合格になっちゃってね。公立の中学校へ行かざるを得なくなった。そしたらどうだよ。小学校で同じだったヤツらがそりゃもう……口で言えないほどのイジメがあってさ。俺も、同じく受験した速人も」

 航平はジッと圭人の言葉を聞き続ける。

「でも、速人は要領がいいからサッサとイジメを切り抜けた。でも、俺を助けてくれることはなかった。自分でいっぱいいっぱいだったんだろうな、速人は速人で。なら、俺は俺さ。そう思ったけど、無理だった。どんどん壊れていった」

 その瞬間、航平の記憶が鮮やかに蘇った。


「やーい、お前みたいなヤツ学校来るな〜!」

「かーえーれ! かーえーれ!」

「やめろよ! お前ら、この子とクラスメイトだろ!?」

 泣いている少年と同じ名札をつけた少年たちが、彼を取り囲んでいた。

「うるさいな! 圭人(そいつ)速人(あいつ)と比べたらどんくさいし、生意気だし。ウゼェ」

 小学校の頃の記憶。まだ、お互いをよく知らない圭人と航平が出会った瞬間の記憶だった。

 次の記憶は中学校。クラスでなじめない圭人を何かと航平は構うことが多かった。

「元気?」

「なんとか」

 けれど、その表情はやはり暗い。

「圭人はさ、自分らしくやってれば一番だと思うぜ」

「そうかな」

「そうだよ」

「そう言ってくれるの、航ちゃんだけだ」

「そう?」

「うん。普通に接してくれるのは、航ちゃんだけ」

「エヘヘ……まぁ、小学校一緒だしな」

「ありがと。俺、航ちゃんがいてくれるだけで十分だよ」

「航平ー! 何してんだよ?」

「あ、(わり)ぃ! すぐ行くから! ゴメン、またな」

「うん……」

 そして一気に、現実に引き戻された。


 あの時、圭人は壊れかけていたのかもしれない。

 そして、進路をどうするのかという話になったとき、圭人はニッコリ笑って言った。


「楼桜高校、受験するよ」


 その時の圭人の瞳に、少し違和感を覚えたのを航平は思い出していた。そして、その違和感を見抜けなかった結果が――いま、目の前にあるのだった。





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