26ページ 相談
「それで? 話、あるんでしょ?」
「なるべく静かに頼む」
航平はヒソヒソ声で冴子に言った。冴子も小さくうなずく。
「で、なんなの?」
「犯人の話だ」
「犯人? 正直あたし、犯人がいるとかそんな風に思えないんだけど」
冴子は小さく首を振りながら答えた。
「それじゃあ何か、お前は本当にこの日本が俺たちにこんな無駄死にを強いてるとでも思ってるのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
冴子は声を詰まらせた。
「もし……もしもよ? これがテロ事件だとしたら、犯人はいったい何が目的なの? そもそも、犯人ってあの伊藤とかいう女になるってこと?」
「そんな単純なものとは思えない」
航平が首を振る。
「じゃあ何なの?」
「犯人は、伊藤以外に別にいる」
「あの伊藤の仲間も犯人でしょ?」
「それだけじゃない」
「……どういうこと?」
「俺たちの中に、いるってことだよ」
冴子の目が見開かれた。
「そんな!」
冴子の大声にその場にいた全員の視線が集中する。
「ど、どうしたんだよ大声出して」
慶介が心配そうに駆け寄った。
「いやぁ、何でもないよ」
「……なんか怪しいな」
慶介が不審そうに航平と冴子を交互に見つめる。心配そうに綾子と沙耶が近寄ってきた。
「本当になんでもないの?」
沙耶が上目遣いで航平を見つめる。
「絶対、何か隠してそう」
綾子も同じく、上目遣いで航平を見つめた。
「ホント何でもないって。ちょっとさ、俺がチビりそうだから便所ついてきてほしいって言ったんだ。幼なじみのよしみで」
「ちょっとヤダァ!」
沙耶と綾子が顔を真っ赤にした。
「お前さ……こんな緊急時に気の抜けること言うなよ」
慶介も呆れ顔だ。
「へへへ。そういうわけで、俺、桃地と連れションしてくる」
「もう! そのまま帰ってこないでいいよ!」
綾子はプイッと航平から顔を背けてしまった。
「へいへーい。じゃ、行ってきます」
航平は有無を言わさず、冴子を連れ出した。
「ねぇ……なんでわざわざ離れるの? みんな一緒のほうが……」
「それはできない」
「……まさか」
「確証はない。でも、可能性は高いんだ」
航平は間を空けて言った。
「この中の誰かが、犯人の可能性が高い」
冴子はしばらく、口を開かなかった。トイレの前へ来て、ようやく喋り始めた。
「この中以外にも……いるって可能性は?」
「一人だけいる」
「ホントなの、それ」
「あぁ。俺としては……ほぼ、確実にアイツじゃないかっていう目星は付けてる」
「それって男子? 女子?」
「……男子だ」
冴子が口を手で覆った。
「ねぇ……あたしにだけ、教えてくれたりしない?」
「確実じゃないから……」
「でも、何か知ってることを言えるかもしれないわ」
「……わかったよ」
航平は生徒手帳を取り出し、お世辞にも綺麗とは言えない字で亡くなった友人たちの名前を列挙した。そして、上から順番に冴子にとある質問をぶつけていった。
そして、一人だけその質問に合致しない人物が出てきたのだ。
「……どういうことよ」
「そういうことさ。目撃者がいない」
「だからって、犯人っていうわけにはいかないでしょ!?」
「でも、それ以外でどうやって説明するって言うんだ!?」
「それは……」
冴子は黙り込んでしまった。
「でも、あたしはそんなことだけでこの人を犯人なんかにしたくない!」
「じゃあ、別角度からの俺の見解だ。コイツ、すぐに引き払われただろう?」
「そうね」
「その後、膨大な時間が残されていてかつ、目撃されることもないんだ。動くことを、誰にも目撃されない」
「……。」
「どうだ?」
「……そうね。でも、物的証拠が何もないじゃない!」
「そうだな」
航平はあっさりと折れた。
「それを今から探しに……」
その直後、銃声が響いた。
「どこだ!?」
「……あ、あそこ!」
冴子が素早く校庭のほうを指差した。続いて2発連続の銃声。そのまま、誰かが倒れる姿が見えた。
「行くぞ!」
「えぇ!? あ、危なくないの!?」
「そんなこと言ってられるか!」
航平は危険を顧みず、校庭へ飛び出した。アメフトで鍛え上げた脚力で見事に校庭を駆け抜け、その人が倒れている場所へ駆け寄った。そして、目に入ってきたのは――。
「ウソ……」
遅れてやってきた冴子が震えている。
「見るな!」
「ウソよ……ウソよぉ! 真奈あああぁぁ!」
真夜中の校庭に、冴子の悲鳴が響き渡った。同時に、ライトが外から照らされる。
「おい! あそこに生徒がいるぞ!」
「おーい! こっちだ、こっちへ来い!」
男性の声が複数聞こえる。
「な……なんで? 誰、あの人たち……」
冴子も航平も呆然とするしかなかった。それから、赤い灯が見える。どうやら、パトカーのようだ。
「航平……」
「あぁ……蘇我の情報、ウソなんかじゃなかったな」
二人は確信した。これは、国に仕組まれたことなんかじゃない。
テロなんだ、と。
その直後だった。
「んーんー、聞こえますか?」
「伊藤ッ……!」
沙弓の声であった。
「警察の皆さん! そこにいる二人が校庭から出ようとする、あるいはあなたたちが突入しようという素振りを見せた瞬間、校内にいる生存者は全員、殺害します」
殺害します、の部分でトーンが急に下がった。ゾクッと航平の体が震えるのが、冴子にも伝わっていた。
「そこの二人。今すぐ校内へ戻りなさい」
「……戻るぞ」
「嫌よ! ねぇ、航平。行こうよ!」
冴子が外へ走り出そうとした。
「バカ言うな! お前、ケイや須藤、野口たちを見殺しにする気か!?」
「だって……だって、あたしまだ死にたくない!」
「それは他のみんなだって同じだ! お前、自分だけが生き残って嬉しいのか!?」
冴子が倒れて動かなくなった智章と真奈を見つめた。
「嬉しくない……」
「そうだろう?」
航平の声が優しくなった。
「ほら、行こうぜ」
「……わかった。でも、これだけさせて?」
冴子はそういうと航平から離れ、真奈と智章のところへ近寄った。
「ゴメンね。真奈。ゴメンね。七瀬くん」
そういうと、見開かれたままの二人の目をそっと閉じた。
「……行こう、航平」
「あぁ……」
二人は支えあいながら、校舎へと戻っていった。
「大西! 桃地さん!」
みんなのいるところへ戻るなり、綾子たちが駆け寄ってきた。
「さっきの放送、ビックリしたよ?」
沙耶が心の底から心配しているという様子で二人に声をかける。
「勝手なこと、しないでよ!?」
あさひがバシッと二人の背中を叩いた。
「悪ぃ。ちょっと、確かめたいことがあって」
「だからって、俺らに相談ナシで行くなよ」
慶介も怒っているようだった。
「マジ、ごめんって」
航平は何度も頭を下げていた。冴子は本当にこの中に犯人がいるのか?という疑心に少々駆られていた。
「どしたの、桃地さん」
荘一郎が心配そうに声を掛けてきた。
「う、ううん! なんでもない……」
「それならいいけど……」
荘一郎はいまひとつ納得していないようだが、ため息をつくと再び座り込んだ。
「あ……」
夜が明けてきた。まだ、半日程度しか経っていないのだ。悪夢のような夜は終わりを告げたが、悪夢はまだ終わっていない。
冴子は目を閉じて、荘一郎と同じようにため息を漏らした。