22ページ 記憶
「やーい、お前みたいなヤツ学校来るな〜!」
「かーえーれ! かーえーれ!」
航平の前にいるのは、小学生くらいの子供たちだった。男子が5人、女子が4人。どこかで見たことのあるような雰囲気をした子たちばかりだ。その先にいるのは、1人の男の子。けれども、顔はハッキリわからない。
「やめろよ!」
その子を庇うようにして現れたのは、少し大柄な少年だった。後を追うようにして、3人ずつの男女が男の子の周りに出てきた。
「クラ……メ……だろ!?」
「うるさいな! ソイツ、アイ……と比……キ……」
会話が聞き取れなくなる。やがて、彼らの姿がかすむようにして消えていった。次に出てきたのは、中学生の頃の自分の姿だった。不思議なことに、自分がいるにも関わらず、目の前に中学生の頃の航平がいる。
「元気?」
航平が彼に問い掛ける。
「なんとか」
そう答える少年の姿はよく見えない。逆光のせいかどうかはわからないが、どうやら声変わりはまだのようで、航平に比べて高い声をしていた。けれども、聞き覚えのある声。
「……はさ、自分らしくやってれば一番だと思うぜ」
肝心の名前が聞き取れない。
「そうかな」
「そうだよ」
しかし、間違いなく中学生のときにそのような会話をした覚えはあった。それが誰なのかはよく思い出せない。
「そう言ってくれるの、航ちゃんだけだ」
「そう?」
「うん。普通に接してくれるのは、航ちゃんだけ」
「エヘヘ……まぁ、小学校一緒だしな」
「ありがと。俺、航ちゃんがいてくれるだけで十分だよ」
すると、校庭のほうから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「航平ー! 何してんだよ?」
「あ、悪ぃ! すぐ行くから! ゴメン、またな」
「うん……」
学ラン姿の自分が降りていく。ようやく少年の顔が確認できそうになったところで、彼は校庭のほうを振り向いてしまった。
(なんとか……顔を見たい)
航平はそう思い彼のところへ近寄ろうとした瞬間、聞こえてきた言葉に耳を疑った。
「死ねばいいのに……」
(え!?)
さっきまで聞こえていた声とは明らかに違う、低く殺意のこもった声。
「みんな死んでしまえばいいのに……」
航平は唾を飲み込み、思い切って彼の顔を見ようと走り出した瞬間、吸い込まれるように画像が消えていった。
「――ッ!」
「あっ! 起きたよ!」
航平が目を覚ますと、目の前には桃地 冴子(女子11番)がいた。他に、綾子、愛菜、沙耶、あさひと見慣れた顔。それから女子委員長の吉田 雅恵(女子13番)、南 荘一郎(男子11番)の姿があった。
「桃地……」
「大丈夫なのか?」
慶介が顔をひょっこり出した。
「俺……どうしたんだっけ?」
「トイレ行くとか行ってフラフラ歩いていったら帰ってこなくなってさ。そしたら、桃地たちがお前が倒れてるのを見つけて、連れて来てくれたんだ」
「そうなのか……」
慶介はかなり嘘を入れて航平に説明した。実際には何らかの原因で自我を失いかけた航平が冴子を殺害する寸前だったのだが、そんなことはまさか言えるはずもなく、このような理由にしておいたのだ。
「誰かに」
航平は微かな記憶を辿りながら呟いた。
「襲われたような気がして……」
「襲われた?」
それは冴子たちも知らない事実であった。
「誰に?」
「わかんないんだけど……男だったように思う」
全員が不思議そうに航平を見つめる。
「あの伊藤とかいうヤツの部下とか」
綾子が妥当なラインの容疑者を挙げた。
「そうね……。アイツらならやりかねないかも」
沙耶も納得する。しかし、雅恵は納得行かないようだった。
「何のために大西くんを襲ったのよ、それじゃ」
「それは……わかんないけど」
「航平?」
航平の顔色が悪くなるのに気づいた慶介が声をかける。
「お前……何か隠してないか?」
ビクッと航平の体が震えた。
「隠してるの?」
冴子が航平の体を支えながら問う。
「そ、そんなこと……」
答えに詰まった。あの記憶はなんだったのだろうか。けれども、曖昧なままで慶介たちに言えるはずもなく、航平は首を横に振った。
「ないよ」
「……そうか」
慶介も納得したようには見えなかったが、今の航平の状態を考えてそれ以上は問い詰めなかった。
「外が明るくなってきた」
愛菜がホッとしたように優しい声で言った。
「もうすぐ朝食ね……」
雅恵がうんざりした様子で言う。また紗弓に会わなければならないと考えると気分が重くなる。
「みんな……元気だよね?」
「当たり前だろ!」
荘一郎が落ち込む沙耶の背中をバシッと叩いた。
「このクラス、体育会系多いもん! ちょっとのことじゃへこたれないよ」
「そうね〜。文化系の南がこれだけ元気なんだもん」
あさひがクスクス笑いながら言うと、荘一郎が赤くなった。
「そこ、赤くなるトコかぁ?」
「なっ、なんでもないよ!」
航平はいつもどおりの様子を見せるクラスメイトを見て、少し安心した。あの記憶が頭から離れなかったけれども、このような日常を見ることができると心も落ち着いてくる。
その時だった。
ブーッ、ブーッ!
「な、何!?」
「あ、俺だ……」
なんと、慶介の携帯電話が震えていたのだ。
「え!?」
沙耶が驚いて目を丸くする。
「携帯、通じるの!?」
「……ホントだ!」
慶介も慌てて携帯電話を手にする。見たことのない番号ではあったが、誰かから連絡が来る状態であることに全員が感激し、早く電話に出るように慶介に促した。
「もしもし!?」
「あ、もしもし! 俺……蘇我だよ!」
その声の主は蘇我 篤志(男子6番)だった。




