19ページ 誤算
「どうするんですよ、この子」
伊藤 紗弓はため息をついてその人物――綿岡 景子の遺体を見下ろした。
「誤算だ」
少年はゼェゼェと息を荒くしながら答える。
「そんなことはわかってます。この子を殺した人物の説明、いるでしょう」
紗弓は冷たく言い放った。
「……。」
少年は頭の中で何度も考える。
どうする。誰が殺ったことにすればいい? 何しろ、鉈で殺したんだ。何も動きがないほうが妙だろう。誰をでっち上げるのか。
生徒名簿を開いてみた。
「……。」
「どうするんです?」
「ちょうどいいじゃないか」
少年は不気味な笑みを浮かべた。紗弓も思わず鳥肌が立つ。教室で見たときとはまったく表情が異なる。まさしく「狂気」を持った表情だった。とはいえ、紗弓もそんな彼の考えに賛同し、いまこうして下で指示に従っているのだ。この狂気は今後、どこへ向かうのだろう。
「どうするつもりなんです?」
「君は同じことばかり聞くなぁ。いいだろう、その疑問の答え、出してあげるよ……」
少年は注射器を取り出した。
「それは?」
「刺激を投じてみようと思うんだ」
航平たちは幸雄と音駆の遺体を安置してのち、今は第2音楽室に逃げ込んでいた。
「え? 本当か、それ」
慶介が驚いた声を上げた。
「ほぼ、間違いないと思う」
航平がうなずく。
「そういえば、おかしいと思ったんだ」
あさひがウーンとうなりながら考えた。
「だって、ウイルスにあたしたちが感染したんなら、この中の誰かが発症しててもいいよね?」
「そういえば……そうね」
綾子ももう一度考え直す。いま、ここには慶介、航平、綾子、沙耶、愛菜、あさひの6人がいる。この人数はクラスのほぼ4分の1が揃うことになる。さらに、既に亡くなった幸雄、音駆も加えると4分の1を越すことになるのだが、この中で発症をした様子のある者はいなかった。
「その代わり、急変するヤツが多すぎる」
幸雄はおそらく、何らかの原因で様子が急変した一人だろう。
「多分……音駆もそうなんだろうな」
慶介が呟く。北山こよみを殺害したのは音駆と考えて良さそうだ。しかし、音駆は正確にそのことを記憶していなかったことを考えると、衝動的なものであるにしても不自然さが残る。
「それに、宇井が目撃した飯島の凶行も理解しにくいものがあるだろ」
「そうね……。普段の飯島くんから考えられなかった」
愛菜が思い出すように震えながら言った。
「だろう? 飯島、幸雄、渡部。この3人にいったい何があったのかが鍵に……」
急に航平が黙り込んだ。
「どうしたの?」
「いや……」
しばらく考え込んだ様子になる航平。
「どうしたの?」
「悪ぃ、ションベン行ってくる」
愛菜、綾子、あさひ、沙耶の顔が真っ赤になった。
「もう! 大西くん空気乱しすぎ!」
愛菜が大笑いした。つられて沙耶も笑う。
「ゴメンって! すぐ戻るから」
航平は立ち上がるとすぐにトイレへ向かって走り始めた。
「……よし」
航平は暗闇に紛れて自分の姿が慶介たちからはよく見えないことを確認して、途中で右へ曲がり階段を上がり始めた。
「あそこだ」
ちょうどこの辺りだろう。彼の姿が見えたのは。見間違い、あるいは非科学的な存在などでなければ、であるが。
「……気のせいか」
航平はフゥッとため息を漏らしていま来た道を戻ろうとした。
「ふぐうっ!?」
突然、鼻に何かを押さえつけられた。
「う……あ……」
頭がガンガンする。航平はそのまま冷たい廊下へと倒れこんだ。グイッと強引に制服をつかまれ、さらに何か光るモノが見えた。意識が朦朧として目がよく見えないが、タイミングから考えても、先ほどのあの人物である可能性が高い。
「ひ……!」
注射器のようなものが見えた。まっすぐ、航平の腕を狙っている。
「あ……あぁ……!」
抵抗する暇もなく、注射器は深々と航平の左腕に突き刺さった。




