17ページ 合流
「ねぇ……何か聞こえなかった?」
綾子が沙耶の袖を引いた。
「そう? ねぇ、航平くんは聞こえた?」
「いや。俺は何も」
「気のせいじゃないの?」
沙耶はもう一度耳を澄まして廊下の奥のほうの音を聞き取ってみた。
「何か聞こえるよ」
愛菜も反応する。
「ホント?」
「どれ」
航平と沙耶も一緒になって音に集中する。
「……るぞ!」
男子の声だった。
「誰かいるわ」
沙耶が緊張した顔に変わった。
「こっちに来る……」
愛菜と綾子が手を合わせて震え始めた。航平は沙耶も後ろに下がるように指示し、誰が来るかを見届けることにした。
「走れ! 速く!」
「ダメ……足が、足が痛くて」
「しっかりしろよ! 運動部なんだろ!?」
航平の目に映ったのは、小林あさひと渡部 音駆の二人だった。そしてその後ろに、もはや常人でないことは一発でわかる谷沢 幸雄がいた。
「音駆! 小林!」
その声に二人は一瞬足を止めた。
「こっちだ! 急げ!」
音駆が暗闇の中からなんとか航平の姿を探し当て、そちらへ向かって走り始めた。
「小林! 航平がいるぞ!」
「ウソ!?」
「ウソじゃない! こっちだ!」
「キャーッ!」
今まであさひのいた場所に幸雄が構えていた斧が突き刺さる。
「こっちだ!」
「ヤベェぞ、航平! 幸雄のヤツ、狂ってる!」
「そんなの見りゃわかる! いいか、とりあえず撒かなきゃダメだ。走るぞ!」
「わかった! 小林、OKか?」
「だ、大丈夫……」
あさひは頬を叩き、気合いを入れなおした。
「野口、宇井、須藤! 走るぞ!」
「わかった!」
6人はほぼ丸腰に近い。斧を持っているのはかなり長身の幸雄だ。男子は音駆と航平だけだが、文化部の音駆に腕力はそれほど期待できないだろう。そう考えた航平はとりあえず逃げるしかなかった。
「おい、散ったほうがいいんじゃないか!?」
「バカ言え! 女子2人を男子1人が守りきれるハズねぇだろ。それより、最悪の場合戦闘になる。そのときに6人いたほうが有利だ」
「OK」
やがて、愛菜が息切れしてスピードが落ちてきた。
「キャッ!」
愛菜は足がもつれて転倒してしまった。
「宇井!」
航平が足を止める。
「航平!」
ドンッと音駆があさひを突き飛ばした。
「何すんだよ!?」
「俺が宇井を助ける」
「一人でできるわけねぇだろ! 俺も加勢する!」
「バカ! ここで万が一、俺ら二人とも殺されたらどうすんだ!?」
「でも……」
「宇井! 立てるか!?」
音駆は航平の返事を聞かずに、愛菜の元へ駆け寄る。
「……!」
幸雄が斧を振り上げた。
「チクショッ!」
「きゃっ!?」
音駆は愛菜を思い切り突き飛ばした。小柄な愛菜はすぐに吹っ飛んで、壁に激突する。
「立てるか!?」
愛菜は小さくうなずいた。
「行け!」
愛菜が立ち上がり、航平の元へ駆け寄った次の瞬間だった。
ドン!と音がして音駆の右肩に激痛が走った。
「ぎゃああああああああっ!」
「音駆―!」
航平が近寄ろうとするが、幸雄の威圧感に押し潰されそうになり、足が止まった。
「アグッ……ハッ……クァ……ッ!」
「音駆!」
「ク……るな!」
音駆の顔色がどんどん青ざめていく。
「やめろ! 谷沢、やめてくれ!」
しかし、航平の必死の声も幸雄には届かなかった。
薄れいく意識の中で、音駆は今はもういない、北山こよみの顔が浮かんできた。
ゴメンな。俺、そんなつもりはなかった。でも、そんなの言い訳だよな。うん。わかってる。え? こっち来たらぶっ飛ばすって? いつからそんな乱暴になったんだよ、お前……。
「音駆――ッ!」
壁に激しい血痕が付着した。ベチャッ、と音がして、だらしなく音駆の体が床に寝転んだ。
「……音駆―――ッ!」
「大西! 逃げなきゃ、逃げなきゃ!」
綾子が航平の背中を叩く。しかし、目の前で音駆を殺害された航平は動けずにいた。沙耶、綾子、愛菜、あさひの悲鳴に近い呼びかけも聞こえない。
「航平!」
不意に、聞きなれた声が耳に入った。航平はバッとその声がしたほうを振り向いた。幸雄の背後に、旗本 慶介が立っていた。
「いくぞ!」
「え!?」
幸雄の足の間をすり抜けて滑ってきたのは、銃だった。
「俺の班の武器だ! 使え!」
「で、でも……!」
航平は当たり前だが、銃など使ったことがない。
「俺には無理だよ!」
「バカ野郎! 今すぐ対処しなきゃ、小林や宇井たちが死んじまうかもしれねぇぞ!?」
「……!」
航平は震える手で、銃を構えた。ゆっくりと迫る幸雄に、照準を合わせる。
「……っ!」
手が震えて、思うように引き金に指が行かない。しかし、引かなければ自分の身が危ない。
「へへへ……死ねぇ!」
幸雄が勢いよく斧を振り下ろしてきた。
「航平――!」
慶介の声が響き渡ると同時に、航平の手から銃が無理やり奪い取られた。そしてその直後、パァン!と乾いた音がし、幸雄の左こめかみに穴が開いたのを航平は目撃した。
銃を奪い取ったその人物は、沙耶だった。