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「ん……」
音駆が気づいたのは、真奈たちを襲ってからおよそ30分後のことだった。真奈、あさひ、智章、彩乃の4人が心配そうに見つめている。
「渡部くん! 良かった!」
真奈は音駆が目を覚ますなり、思い切り抱きついてきた。
「わぁっ! ちょ、ちょっと浜野さん!」
ニヤニヤと智章やあさひが見つめている。
「大丈夫? 体、どこも痛くない?」
「う、うん……大丈夫だけど……ここ、どこ?」
「覚えてないのか?」
「全然」
智章とあさひが複雑な表情を見せた。音駆は戸惑いながら「っていうか、いま何時?」とまで聞いてきたのだ。完全に記憶がないようだ。
「今は……午前1時よ」
あさひがそう呟いた。
「1時!? あれ? そういえば北山は? それに、安藤と佐々木も一緒だったんだけど、知らねぇ?」
「……何も知らないのか、本当に」
「そうだけど……どういう意味だよ、七瀬」
「いや……別になんでもない」
智章は言葉を濁した。
「とりあえずさ、汗すっごいかいてたみたいだから、水でも飲みなよ!」
あさひがペットボトルを差し出した。音駆は笑顔で「サンキュ」とそれを受け取り、水を口に含んだ。
20分後、疲れを取るために交替で睡眠をとることにした。まずは、真奈、あさひ、音駆の3人が寝ることになった。彩乃と智章は真剣な表情で話をしている。
「ねぇ……渡部くん、本当に何も覚えてないんだと思う?」
「あれは演技できるほど巧妙な性格してないからな。単純明快、わかりやすいヤツだ」
「じゃあ……」
「言わないほうがいいな」
沈黙が続く。
「信用はできる?」
智章が心配そうに彩乃の顔を覗き込んだ。
「そ、それは大丈夫。それに、いざとなれば皆がいるし」
「そっか。よかった」
智章はホッと安心したような顔をようやく見せた。普段は温和な智章だが、この状況に陥ってからは、なかなか笑えずにいた。
「なんかさ、清家さんといると落ち着くな」
自然に言葉が出て、自分でも驚いた。しかし、彩乃はそれほどこの言葉を真剣に捉えなかったようで「そう?」とすんなり返してきた。
「うん。出席番号近いのに、あんまり話したことなかったし」
「そういえばそうだね」
またしても、沈黙。さっきの自分の一言で空気が悪くなったのかと智章はヒヤヒヤしていた。しかし、そうではないようだ。
「あの……さ……」
彩乃が小さい声で沈黙を破った。
「な、なに?」
「私……ホントは……」
「うん……」
智章の手を、彩乃がギュッと握り締めた。色白で、繊細なイメージを抱かせる小さな手。少し、震えているのは気のせいだろうか。
「私……七瀬くんが好きなの」
智章の心臓がトクン、と小さく鳴った。
「マ、マジ……?」
「こんなときに、ウソつくと思う?」
「ううん……嬉しいよ」
智章は優しく彩乃を抱きしめた。しかし――次の瞬間、あっという間に意識が飛んでいった。後頭部に衝撃が走ったような気もするが、それが本当かどうかを考えようとしていたときには意識が既になくなっていた。
「……。」
だらしなくもたれかかる智章。彩乃はそんな彼の体をゆっくりと寝かせ、立ち上がった。
「……この、悪魔」
彩乃はスヤスヤと寝息を立てる音駆のそばで、音駆を見下ろす。その目は限りなく、感情がないに近い状態であった。
「悪魔……悪魔……」
ブツブツと操られているかのように、彩乃は繰り返す。それから、音駆の持っていた鉈(あさひがわからないように、隠してたそれ)を持ち上げる。
「悪魔は……成敗しましょうね」
彩乃が鉈を振り下ろそうとした瞬間、真奈が目を覚まし、寸前でその鉈を椅子で受け止めた。
ガキィィン!と音がして鉈が食い込む。
「やっぱり……何か変だと思ってた」
真奈はニコッと笑い、彩乃に問い掛ける。
「彩乃ちゃん……もう、あなた彩乃ちゃんじゃないよね?」
「……何言ってるのかな?」
「……。」
真奈はゆっくりと後ろに下がる。そして、あさひの体を揺すった。
「何よ〜……気持ちよく寝て……」
のんきなことを言い出したが、あさひはすぐにその言葉を止めた。
「ど、どしたの、清家さん?」
「別に〜? この部屋に、悪魔がいるから排除しようとしただけぇ」
「……わかる? 普通じゃない」
真奈はそっとあさひに言った。あさひが小さくうなずく。
「とりあえず、あさひは渡部くんを連れて逃げて」
「わかった。叩き起こして持っていくわ。真奈、アンタは?」
「彩乃ちゃん、自分の意思で動いてるとは思えない。ひとまず、あそこで倒れてる七瀬くんを何とかする。合流は……職員室で」
「OK。気をつけてね」
「もちろん……行くよ!」
あさひがすぐに音駆を強引に叩き起こし、すぐに腕を引いて走り出した。武器が椅子にめり込んで丸腰の彩乃には、なすすべがなかった。
「どうして……どうして悪魔の味方をするの?」
「なんでって? それはね……」
真奈がニヤッと笑って叫んだ。
「アンタが悪魔以外の何者でもないからだよっ!」
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