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13ページ 疑念

 航平は動かなくなった悠斗の目をそっと閉じた。

「航平くん……」

 沙耶が航平の肩を叩く。

「ゴメン……取り乱しちゃって」

「……!」

 まだ声が上ずっている。我慢しているのが誰の目にも明らかだった。

「ダメだよな! 男のクセにメソメソしてちゃ……」

 沙耶がギュッと航平を抱きしめた。

「ちょ、の、野口!?」

「……泣いていいんだよ?」

「……。」

「ガマンすることなんて……全然ないんだから」

「ありがと……う……」

 航平の目からまた、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 午前1時。ようやく航平が立ち上がった。

「落ち着いた?」

「うん。ありがとな、宇井と須藤も」

「あたしたちは全然何もできてないよ〜。お礼なら沙耶に言いなよ」

「野口にはさっき言ったし」

「そっか」

 綾子が呆然と悠斗と百花の遺体を見つめる。

「これ……誰がやったんだろう」

 綾子の一言に、全員の表情が険しくなった。

「悠斗のグループは……安本さん、谷沢、それと……速人」

 百花にも首を絞められた跡があった。明らかに他殺である。速人はクラスメイト全員の目の前で伊藤に殺害された。となると、残るは――。

「谷沢で決定ね。この二人を殺したのは」

 沙耶が冷静に言う。沙耶はカバンから大きな布を取り出した。

「何、その布」

 愛菜が不思議そうに聞いた。

「これ? 裁縫用に」

「そんなのいつも持ち歩いてるの?」

「うん」

「おっかしぃ! 沙耶ちゃん、不思議だねぇ」

「ちょっと笑わないでよ、愛菜」

「ゴメンゴメン。どうするの? そんなの」

「ちょっとね」

 沙耶は机に置いてあった大きなハサミでその布を裂いた。正方形に切り取られた、2枚の布。沙耶はそれを片手に、悠斗と百花の遺体に寄り添った。

「……。」

 1枚目を百花の顔にかけ、そっと手を合わせた。航平たち3人は、ただ黙ってその様子を見守る。

 沙耶は2枚目を悠斗の顔にかけた。同じように手を合わせる。しかし、明らかに百花より合わせる時間が長かった。綾子と愛菜も手を合わせる。航平も同じように手を合わせようとして、沙耶のほうを見たときだった。

 一粒の涙が、沙耶の頬からこぼれ落ちた。

「……野口?」

「な、なに?」

 振り向いた沙耶の頬に、涙が流れた跡はなかった。航平の気のせいだったのかもしれない。

「いや……ありがとな、それ」

「いいのいいの。私、いちおう寺の娘だしね」

「え? 野口ってそうだったの?」

「やだ、大西、知らなかったの?」

 綾子が驚いた様子で航平に聞く。

「あ、あぁ。いま初めて知った」

「じゃあ、あたしの家が何してるか知ってる?」

「え? 須藤ん家? お前ん家もなんかしてるのか?」

「やだなー! あたしん家は、パン屋やってるの!」

「ほら、小麦色ベーカリーって知らない?」

 愛菜がゴソゴソとカバンから袋を取り出した。なぜカバンにパン屋の袋を入れっぱなしなのか航平は気になったが、あえて聞かなかった。

「やだぁ! ひょっとして常連!? 愛菜ちゃん」

「そうだよ〜。よくね、百花ともそこで会って……」

 ハッと気づいたように愛菜が口をつぐんだ。そして、続く沈黙。

「……なぁ」

 航平がしばらく続いた沈黙を破った。

「おかしいと思わないか?」

「何が?」

「考えてみろよ、野口。なんで、伊藤は携帯電話を没収したんだ?」

「そりゃあ外部との連絡を絶つため……」

「でも、アイツはパソコンも携帯も通じないようにしたって言ってるんだぜ?」

「万が一に備えてじゃないの?」

「じゃあ須藤。お前、携帯の電波が通じないって確認した?」

「そ、それは……」

 綾子は黙り込んでしまった。航平自身、携帯電話の電波が普通であったかどうかは確認せずに差し出している。誰も、本当に電波が遮断されているのかどうかがわからない。

「それから不自然な点がまだいくつかある」

「次は何?」

「発症者だよ。この実験が開始されてから、ウイルスに発症したのは何人だ? 宇井」

「えと……圭人くんでしょ、それから……多分、咳き込んでたことから考えると江藤麻衣(えとちん)も……かな」

「じゃあ宇井。続いて質問」

「何?」

飯島芳史(よっしー)湯前速人(はやと)、北山、船津、安本、悠斗の6人はなんで死んだ?」

「えっと……それは……。ほ、他の人に……」

「そうだよな」

 それ以上言わせないために、航平は愛菜の言葉を遮った。

「実験開始からもう一日経ってるのに、発症して……死んだのが二人だけなんだ」

 『死ぬ』という言葉を出すのに、かなり抵抗がある。たった数時間で、8人ものクラスメイトが死んだのだから。

感染爆発(パンデミック)なら、新ウイルスで抵抗もないんだろ? それに時間は3日間。もっと早く、症状が出てもいいんじゃないか?」

「そ……そういえば……」

 沙耶が不思議そうに首を傾げた。

「体もダルくならないし、咳も鼻水もクシャミも熱も出ないね」

 綾子も不思議そうに首を傾げる。愛菜もよくわからない、という表情をしている。

「どうなんだろう」

「え?」

「これ……本当にパンデミックの実験か?」

「……どういうこと?」

「パンデミックの実験じゃなかったら……何なの!?」

 綾子がイライラした様子で大声を上げた。沙耶が「静かに! 落ち着いて」と冷静にさせる。

「わかんねぇ。ただ、怪しい点が多すぎる。まだあるんだ」

「他に何が?」

「谷沢は、普段からとても冷静だ。ほら、去年の林間学校で谷沢、悠斗、吉田、船津のグループが行方不明になったろ?」

「そういえば……あれは大変だったねぇ」

 沙耶がゾッと身を震わせて思い出した。

「あの時、委員長の吉田ですら取り乱したのに、谷沢は冷静にコンパスとか地図とか使って、宿舎までたどり着いただろ?」

「あぁ。あれにはあたしも驚いた。谷沢くんって、普段から黙ってるからなに考えてるかわかんないけど、意外としっかり者なんだって思ったの、覚えてる」

「そうだろ? それは悠斗、船津、吉田の3人も感じたらしい。空腹で参りそうだったらしいけど、なんでかチョコを持ってたって言うし」

「遭難したときとかのために、チョコを持っとくといいとは聞くよね」

 綾子がウンウンとうなずく。

「そうだろ? そんな冷静な谷沢が……なんでこんなことをしたのかも疑問だ。それに、よっしーもそんなことをするようなヤツじゃない。アイツ、船津を殺したらしいけど……」

「じゃあ……なんで谷沢くんも飯島くんも、そんなことを?」

「それがわかんない。ただ、ウイルスのせいでもないし……急変したみたいな感じだ」

「何か……理由があるのかしら」

 沙耶は懸命に考えるが、それ以上考えは浮かんでこなかった。

「ダメだ。わかんない」

 綾子はギブアップして床にゴロンと寝転んだ。視界に、横たわったまま動かない悠斗と百花の姿が目に写り、すぐに起き上がる。

「それに……」

 航平はまだ引っかかる点があった。

「それに?」

 沙耶たちが続きを聞きたそうにしている。しかし、これを言えばすべてがおかしくなりそうだと思い、航平はこう言った。

「いや、多分オレの思い過ごしだわ」

「そうなの?」

 愛菜がまだ少し疑っているような目で航平を見つめた。

「ホントだよ。何かあったら絶対言うからさ」

「約束よ?」

「わかってるよ、野口」

 航平が立ち上がる。

「そろそろ……移動しない?」

「え?」

「オレ……ここはちょっと辛いかも」

 3人は何かを察したらしく、すぐに立ち上がった。

「行こうか」

「……うん」

 4人は職員室を出て、ひとまず食事前にいた教室に戻ることにした。航平は部屋を出る直前、もう一度悠斗のほうを振り返った。

 月明かりが、胸の上で手を合わせる悠斗と百花を優しく照らし出す。今にも、起きて航平を追いかけてきそうな気がしていた。


 ――俺は航平を信じてるから。


「え?」

 どこからか、悠斗の声が聞こえた気がした。

「どうしたの? 航平くん」

 沙耶の声にハッとする。気のせい……なのだろう。

「いや……行こうか」

 航平はそっと、職員室の戸を閉めた。





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