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12ページ 調査書

 伊藤 紗弓(担任)は教室で調書にしっかりと進捗(しんちょく)状況を記述していた。今後、同様の実験を首都圏の高校、中学校、大学などでも行う予定なのである。この実験結果次第で、今後の対応なども決めていく方針なのだ。

「えーっと……江藤麻衣が成功っと」

 麻衣の調書に「成功」という印鑑が押された。

「それから発症が飯島芳史、北山こよみ、渡部音駆っと……」

 紗弓は笑顔で作業を続ける。すると、ドアを開けて彼女の部下の一人である近藤(こんどう) 大樹(だいじゅ)が入ってきた。

「失礼します」

「はーい。どうしたの?」

「途中経過の報告に参りました」

「ご苦労様〜。あれから発症者は出た〜?」

 紗弓はボールペンを右耳に挟んで背を向けたまま、近藤に聞く。

「現在、3名疑いがあります」

「あらそ〜。ねぇ、次はいつの予定?」

「3時間後ですから、午後11時に」

「で? 次のタイプは?」

「先ほどがKタイプでしたが、今度はDタイプです」

「あらそ〜! おもしろいことになりそうねぇ〜。どこを中心に?」

「職員室を中心に予定しております」

「えーと、どれだけの生徒がいるの?」

「7班が最も近く、次いで4班、6班となっております」

「ふ〜ん……。ますますおもしろいじゃないの」

 紗弓がクスッと笑う。

「それから、リーダーから連絡がありました」

「そう。なんて?」

「構わない。容赦なく、滞ることなく行うように、と」

「……友情も何もないってわけね。わかったわ。下がっていいわよ」

「失礼いたします」

 近藤が部屋を出た後、紗弓は窓の外を見た。赤く光るランプが見える。おそらく、異変は察知されたのだろう。しかし、もう後には戻れない。

「最後まで……必ず」

 紗弓は手に握られたそれを、さらに強く握り締めた。

「失礼します」

「今度は誰?」

「大村です」

「原因はわかったの?」

 紗弓は椅子の向きを変えて別の部下、大村(おおむら)(しん)()(ろう)のほうを向いた。

「ハイ。調査書を見ればすぐにわかりました」

「あら、そんな単純なこと?」

「ハイ。これが共通しているメンバーです」

「どれどれ」

 調査書には生徒の名前が並んでいる。


・大西

・小村

・七瀬

・湯前(圭)

・湯前(速)

・清家

・野口

・桃地


「なるほどね……。意外ね。てっきり別のことが原因だったと思ってたのに」

「劣勢だったのが、むしろ良かったのではないかと」

「ふ〜ん。それで、殺戮タイプはそうだったけど、他のはどうかしら?」

「おそらく、同じような状態になるかと思われます」

「そう……。となると、今度するときにはこれらにも反応するものを作らなきゃね」

「そうですね。リーダーにはお伝えしますか?」

「すぐに頼むわね」

「了解しました。失礼します」

 大村はすぐに廊下を走っていった。

「さぁ……あと2時間50分よ。頑張ってね、みんな」


「安本、顔色悪くね?」

 谷沢(たにざわ) (ゆき)()(男子7番)が安本(やすもと) (もも)()(女子12番)の顔を覗き込んだ。()(むら) (ゆう)()(男子4番)が職員室の中央に周りの机をどけて、司書員休憩室から引っ張り出してきた布団を敷いている。

「うん。平気。少し寝れば、問題ないと思う」

「そっか! 小村が布団敷いてくれてるし、少しでも眠れるといいな」

「うん。ゴメンね、心配かけて」

「仲間じゃん! クラスメイトだし、そんなこと考えなくていいよ」

 幸雄は男子バレーボール部に在籍する快活な少年だ。次期キャプテン候補であり、リーダーシップの取れるタイプ。このような状況でも悲観的にならず、何かと周りに気を配る、本当に良い少年だ。

「安本さん、谷沢くん、布団敷けたよ!」

 悠斗が人懐っこい笑顔を浮かべて二人を呼んだ。

「ほらまた〜。くんはつけなくていいっつってんのに」

「あー、ゴメン! なかなかクセって取れないよね」

「まぁ、そこがお前が小動物っぽいて言われるカワイイとこなのかもな」

 幸雄がクックッと笑うと、悠斗は真っ赤になった。

「男子にそんなこと言われても嬉しくないよ」

「ハハハ! ま、お二人さんちょっと横になっときなよ。俺は様子見るために起きとくから」

「え? いいの? でも……」

 百花は申し訳なさそうに時計を見る。時刻は既に0時15分。いよいよ2日目に差し掛かったのだ。

「いいよいいよ。俺、体力あるほうだし」

「本当に大丈夫?」

 百花は不安そうに幸雄を見つめる。

「何だよ、俺のこと、信用できない?」

 幸雄は寂しそうに笑った。百花は慌てて首を横に振って「そういうわけじゃないけど……」と呟いた。

「なら、安心して寝ろよ。な?」

「……わかった」

 まだ百花は納得がいかないようだ。しかし、悠斗が「谷沢くんなら大丈夫だから」と優しく諭す。

「ホラ、またくん付けだ」

「あ……ゴメン」

「ま、ゆっくりでいいからな」

 幸雄は優しく笑って背の低い悠斗の頭を撫でた。

「じゃ、安本さん。横になろうよ」

「うん」

 百花が先に横になる。悠斗も横になろうと思ったが、少し喉が渇いていたので何か飲んでからにしようと思い、カバンを探してみた。しかし、水筒の中は既に空っぽだった。

「どした? 小村」

「お茶飲もうと思ったけど、なくなっちゃって……」

「なんだ。じゃあ、俺のヤツ飲む?」

「いいの?」

「いいよいいよ」

 幸雄はそう言ってペットボトルを取り出し、わざわざコップに入れて渡してくれた。こういう気遣いができるのも、幸雄ならではの性格だからだろう。悠斗はそれを一気に飲み干して「ありがとう」とコップを幸雄に手渡そうとし――急に胃かどこからか、とにかくおなかから何かが一気に上がってくる違和感を覚えた。

「グエエエエエエッ!?」

 夕食で食べたものが一気に職員室の床にぶちまけられた。さらにその直後、真っ赤な血が口から噴き出て、悠斗の味覚に鉄の味のようなものが広がっていく。

「オエッ、ゲボッ、ゲボッ!」

 悠斗は視界が一気に歪むのを感じていた。目の前にいる幸雄が、妖しげに笑うのが見えた。

「た……に……ざわ……く、た、すけ……て……」

「……。」

 幸雄が何か言っているのが口の動きでわかる。しかし、言葉が聞こえない。誰かの悲鳴が聞こえる。間違いなく、百花だろう。悠斗はゼェゼェと荒い息をしながら幸雄に百花が掴みかかるのを見ていた。

「やっぱり! やっぱり、やっぱり、やっぱりやっぱり! お前は私たちを騙して、殺そうとしてたんだろう!?」

「うるせぇ! この状況だろう!? 誰が裏切ろうと何しようと、やった(もん)勝ちじゃねぇか!」

「私はお前を信用できないと思ってたんだ! やっぱり! お前、何にもないヤツを殺して何も感じないのか!?」

「うるせぇ! お前だって何だ、さっきの目は? 俺と小村を疑ってたんだろう? だったら本領発揮してやろうってだけだよ!」

「この野郎……! 殺してやる、殺してやる!」



 ――何?



 何これ。



 意味わかんない……。



 悠斗は意識が途切れそうになる中、自分の口に指を当ててみた。その指に付着する、真っ赤な血。



 ――あぁ、俺、死ぬんだ。



 百花の声が聞こえなくなった。聴覚が、ダメになったようだ。体が震えている。痙攣(けいれん)だろうか。悠斗にはもう、何もわからなくなっている。目の前で、百花が幸雄に首を絞められて――体が床から10センチくらい浮いている。運動部の男子だから、力はあるだろうけれども、それを女子を殺すために使っている。目の前で繰り広げられる一瞬の出来事は、死を前にした悠斗にも、はっきりと記憶に残った。

 百花が倒れる。涙を流しているが、舌がだらしなく出て。確かめるまでもなく、死んでいた。首には、大きな手形が残っている。幸雄は(さげす)むような目で悠斗を見下ろし、悠斗たちのカバンも持って部屋を出て行った。

(あぁ……俺、死ぬんだな)

 悠斗は力なく笑う。しかし、死ぬ前に、伝えたいことがあった。悠斗は辛うじて動く右手を頼りに、口からどんどん溢れる血を、床に塗っていった。



 悠斗。



 悠斗!



(誰……?)

 目をそっと開けると、目の前に懐かしい顔があった。

「こ……うへ……い」

 航平だった。他に愛菜、沙耶、綾子の顔がある。

「あい……か……た……」

「喋るな! 喋るな! どうしたんだよ、これ!」

 自分で言っていることが矛盾しているのに航平は気づいた。喋るなと言っているのに、どうしたのかを悠斗に問う自分が、矛盾している。

「……茶」

 悠斗はお茶を指差した。

「お茶がどうした?」

「ど……く……か、も」

「毒!?」

 悠斗はハァハァと息を荒げる。視界が完全にボヤけて、もう航平の姿もよく見えない。声だけが聞こえる。

「こ……へ……」

「なぁ! 野口、なんとかならないのか!?」

 沙耶は首を横に振った。綾子も愛菜も顔を背けて涙を流している。

「……!」

 航平は、悠斗の右手下の床に書かれている文字に気づいた。



『ももちさんにおれのきもちつたえて』



 航平は我慢できず、咄嗟に目の前にあるカセットデッキを持ち出した。

「どうしたの!?」

 沙耶が大声で聞く。

「カセットテープ、探してくれ!」

「えぇ!?」

 綾子も愛菜もただ、唖然としている。

「頼む! もう時間がないんだ!」

「わかった!」

 愛菜も綾子も沙耶も、航平の言葉に応じて職員室中を探し回る。

「あったよ!」

「マジか!?」

 綾子が取り出したテープを航平は受け取り、カセットデッキに入れる。巻き戻して、録音のスイッチに手を当てた。

「お前の気持ちは、お前が伝えるんだ。悠斗」

「こ……へ……」

 明らかに喋れない状態なのを承知で、航平は血まみれになった悠斗を抱き上げた。

「録音スイッチ、押すぞ」

「……わか……た」

 しばらく荒い息遣いをした。しかし不意に、悠斗の口調がハッキリとしたものになった。


「俺、桃地さんが、ずっと、好きだった」


 航平が涙を流すのを何とか堪えている姿を、他の3人はただ見つめるしかなかった。ヒューッ、ヒューッと息がますます荒くなる。悠斗は最期に笑って、言った。


「大好きだよ、冴子さん」


 パタリと手が落ちた。航平は黙って録音スイッチを止める。そして、黙って悠斗のまだ温かい体を抱きしめて、声を殺して泣こうとし、ためらうのをやめて大声で泣き始めた。

「うわああああああ! 悠斗……悠斗ぉ!」

 悠斗の涙か、航平の涙かがわからない一筋の雫が、悠斗の頬を伝っていった。航平の親友・小村悠斗が目の前で息を引き取ったのは、2日目突入すぐの午前0時25分のことだった。





【死亡者】

女子12番:安本 百花……谷沢 幸雄(男子7番)に首を絞められ殺害。

男子4番:小村 悠斗……谷沢 幸雄(男子7番)に毒殺される。毒物の詳細は現時点で不明。

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