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「……。」
「大丈夫? 愛菜ちゃん」
「沙耶ちゃん……」
顔色の悪い愛菜に沙耶が声をかける。
「いろいろありすぎたもんね。夕食はたくさん食べた?」
「それなりに。やっぱり、食べないと元気出ないし」
「そうよね。綾子は? 食べた?」
「もうおなかいっぱい。強いて言えば、もう少し温かいのを出してほしかったかな」
「アッハハ! 綾子って意外と肝据わってるの?」
沙耶が笑う。綾子は「まぁね! 美術で絵を描くとき、けっこう大胆な色彩とか使うこととかに慣れてるせいがあるのかも」と笑った。
そんな女子3人が元気な中、航平は一人がなかった。
「大西くん」
愛菜が心配のあまり、航平に声をかけた。
「さっきから元気ないけど、大丈夫?」
沙耶と綾子もそばにやって来た。
「そうよー! 大西、夕食前まで元気だったくせに。急にどうしたのよ?」
綾子がバシバシと航平の背中を叩く。
「らしくないなぁ。ほら、運動部の男子って私の中ではもっと元気なイメージあるんだから、元気出して!」
「……うん」
3人はいまひとつ元気の出ない航平を見て同時にフゥッとため息を漏らした。
「ねぇ、何かあったの?」
沙耶の一言に航平はドキッとしてしまう。
「べ、別に何もねぇよ。大丈夫」
「ホント?」
綾子がさらに追い詰めるような一言を吐いた。もちろん、彼女たちに悪気などないのだが、一言一言が航平を責めているかのように聞こえる。
「ホントだよ。もし何かあったら言うし」
「そう? ならいいけど……」
そう言い終えようとした綾子の言葉を遮って、愛菜が口を開いた。
「ウソついてる」
航平の体がビクッと跳ねるように動いた。
「どういうことよ、愛菜ちゃん?」
沙耶が愛菜の顔を覗き込んで聞く。航平の顔が青ざめているように綾子には見えた。
「でも、私からは言いたくない。大西くんの口から、直接聞きたい」
「……。」
航平は口を開こうとしない。沙耶と綾子は呆然と愛菜と航平を見つめる。
「ねぇ……何か隠してるの?」
沙耶が不安そうに航平に聞く。航平はギュッと両手を握り締め、俯いた。
「大西! なに隠してるの!?」
綾子が堪えきれず、大声を上げた。沙耶が興奮する綾子をなだめようとする。
「やましいことがないなら、言えるんじゃないの!?」
「綾子、落ち着いて」
「あたしたち、仲間になれたんじゃなかったの!?」
「綾子。とりあえず座ろう」
沙耶に促されて、綾子はようやく椅子に座った。愛菜はそれでもなお、航平から目を離さない。
「ねぇ……航平くん」
沙耶が優しい声で続けた。
「本当に何もないの? 何かあるなら、言ってほしい。何もないなら、そのままでいい。でも、本当に何かあるんなら、今すぐ言って」
沙耶はそっと航平の大きくゴツゴツした手に自分の手を重ねた。
「もし、あるのに隠すことなんてしないで。私たち、長くても発症するまでは一緒にいるわけでしょう。だから、少しの時間だけど隠し事なんてしてほしくないの」
「の……ぐち」
「ね?」
「……わかった」
航平はスッと立ち上がり、3人から見える位置に立った。それからすぐに正座をして、突然地面に頭を伏せた。
「ちょ、ちょっと!?」
綾子が驚いて身じろぎする。しかし、航平は気にせず続けた。
「ゴメン!」
「ど、どうしたの?」
「俺……俺……夕食のときに、薬……当たったんだ」
全員がその言葉を聞いて、黙り込んだ。航平は10代になって初めて泣きそうになり、声が詰まる。
「本当は……持って帰って、教室で野口や宇井、須藤に相談して誰かに譲ろうって考えた。でも、ふと伊藤と目が合って……アイツ、俺に銃をチラつかせやがったんだ」
沙耶もその銃は目撃していた。しかし、その銃が誰に向けられていたのかまでは想像つかなかった。
「譲ろうって考えたけど、よく考えたら譲ったヤツも譲られたヤツも殺されるって……そう思い出したら急に怖くなって。でも、薬を飲むと急に皆を裏切ったような、自分だけ助かるんだ、のうのうと過ごせるんだって思うと……辛くて」
気づけば、嗚咽が漏れ出していた。泣くのなんて、本当に久しぶりだった。
「だっ……から、ココにもいづらくって……っ」
「大西……」
綾子がようやく声を発した。
「ゴメンな、みんな……。俺、俺……」
「やっだなー! 大西、暗〜い!」
バッシーンと派手な音を立てて、航平は倒れそうになるほど強い勢いで綾子に胸を叩かれた。思わずよろけてしまう。沙耶がその姿を見てクスクスと笑う。
「そうだよ、航平くん。暗い暗い! せっかく薬、当てたんだから、これでもう安心じゃない」
「野口……」
「だって、これで安心して毎日過ごせるでしょ? いざとなれば、救護だってしてもらえそうだし」
そのいざというときは、沙耶や綾子、愛菜が発症するときであるということを指しているのは誰もが承知している。
「だいたい、これであたしたちが薬当たらなくなったってわけじゃないんだから〜! ハイ、もうウジウジした雰囲気はオシマイ!」
綾子がパンパンと手を叩いた。愛菜がクスクスと笑い、航平の肩をトントンとつついた。
「ね? 私たち、仲間なんだよ?」
「宇井……」
「仲間に、隠し事なんてナシ! OK?」
「そうよ」
沙耶が鼻をすすりながら続けた。どうやら航平からもらい泣きをしたらしい。
「もっともーっと、私たちを頼りにしてもらわないと!」
「野口……」
航平の口から自然と言葉が出た。
「みんな……ありがとう」
「いえいえ!」
全員が同時に返してくれた。こんなことがなければ、こんな状況でなければ、本当に楽しい場所なのに、と航平は考えてしまった。しかし、こんな状況に陥らなければ、沙耶が本当は優しいしっかり者であるだとか、愛菜が実は芯が強い人物だとか、綾子がサバサバしたタイプだとかはわからなかっただろう。
「絶対に……全員、生きて帰るんだ」
航平は誰にも聞こえない声で、そう誓った。