10ページ 葛藤
「は〜い、皆さん集まりましたね〜」
夕食の時間。航平はまたこんなヤツの話を聞かなければならないのか、と心の中で舌打ちをしながら紗弓を睨みつけた。
「は〜い、では〜夕食の前に皆さんに大事なお知らせです〜」
ゴクッと全員が息を呑む。わかってはいても、聞きたくない内容だけに緊張が走る。間違いなく、説明会のときよりも空席の数が増えているのだ。
「残念なことに〜、発症者が1名出て死亡しました〜。他にもいろんな騒ぎがあって、数名亡くなってます〜。え〜、では、亡くなった人のお名前読み上げますね〜。まず〜、女子2番の〜江藤麻衣さん」
あさひの目に、血まみれになった麻衣の姿が浮かぶ。涙が自然とこぼれ落ちてきた。
「次に〜、女子10番の船津仁美さ〜ん。それから男子2番の飯島芳史く〜ん。えっとね〜、もう死んじゃったから言うけど船津さんは飯島くんに殺されました〜。それから、飯島くんも殺されました〜」
「先生」
雅恵が手を挙げた。
「はぁいなんですか〜、委員長さん」
「飯島くんは……誰に……」
「あぁ、それね〜。ちょっと伝えるの問題なのぉ」
「どういうことですか?」
紗弓はニッと妖しく笑った。航平の背筋がその視線を捉えてゾクッと震える。
「だってね〜、飯島くん。ここにいる誰かに」
佳典から大量の冷や汗が出ている。大丈夫だ。自分の名前は出されないハズ。誰かという言い方をしているのだから。しかし、佳典はみんなが自分のことを知っているのではないかと不安になるばかりだった。
「殺されちゃったから」
教室の中は静まり返る。けれども、緊張の糸は張ったままだ。むしろ、強くなったと言えるかもしれない。
「まぁ、誰が殺したかなんて言いません〜。不信感が生まれるだけだからね〜。えっと、あぁそうだ。まだいたわね」
空席はあと二つ。それが誰なのか。そして何を意味するのかをクラス全員が理解していた。
「女子3番の、北山こよみさ〜ん」
「あ……」
稜と輝が同時に声を上げた。それっきり、二人は呆然と前を見つめるばかりで動きもしなかった。
「えーと、これも誰が殺したとか言いません〜。ただ、空席が一つ余分にあってそれは誰がいないのか、みぃんなわかってるものね? だから、あえて言いません〜」
沈黙が続く。紗弓はクスッと笑い、話を続けた。
「えーと、質問とかないですか? なければ、夕食に入ります〜」
紗弓の部下だろうか、武装した航平たちよりも少し年齢が上と思われる男たちが5人教室に入ってきた。思ったよりも丁寧な動きで弁当が配られる。いい匂いが漂い、こんな状態というのに航平の胃袋は食べ物を要求していた。
「はぁい、それでは〜、いただきま〜す」
「……。」
「いただきまーす!」
「……。」
「食事の挨拶もできないのかお前らは!」
突然、紗弓が声を荒げてチョークをぶちまけた。愛菜の席にチョークの破片が散り、愛菜の髪の毛が白く汚れてしまう。
「は〜い、では、いただきま〜す!」
「いただきます……」
ボソボソッとあちらこちらから食事の挨拶が聞こえ、箸が割れる音が響く。航平はふと、母親がいつも「いただきますを言わなきゃダメよ!」と言っていたことを思い出した。それから箸を袋から出そうとして、何かが入っていることに気づいた。
「……!」
薬だった。まさか、自分が最初に薬を当てるとは思ってもみなかった。できることなら――冴子に譲りたい。しかし、食事の際に受けた薬を譲ったり奪ったりすれば、間違いなく二人とも殺されてしまう。
「……。」
自分を見る視線に気づいた。紗弓がスッと銃を胸ポケットから出し、ニヤリと笑っている。航平は慌てて薬を置いて食事を始めた。しかし、ほとんど喉を通らない。周囲の席にいるクラスメイトはほとんど気づいていないようだった。
半分も食べないうちに航平は食事を終えた。このまま、薬を隠し持っておくこともできるだろう。けれども、それで自分が発症した場合、遅かれ早かれ死んでしまうのだ。もしそうなれば、冴子のことも慶介のことも、クラスメイトも助けることができない。
「ゴメンな……みんな」
そう呟いて、航平は薬をそっと手に取り、水と一緒に飲み込んだ。