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9ページ 異変

「……ん」

 気づけば、佳典は居眠りをしていた。

「しまった……うっかりしてた」

 隣にいる愛菜を見ると、愛菜もウツラウツラと居眠りをしている。幸い、症状が出ている様子もなかった。

「そういえば、いま何時だろ」

 時計を見ると、時刻は5時ちょうど。あと1時間で夕食の時刻だ。

「宇井。宇井。起きて」

「ん……」

 愛菜はうたた寝のおかげか少し顔色が戻ったようだ。

「あと1時間で夕食だし、そろそろ目を覚まして動けるようにしとこうぜ」

「もうそんな時間か……。ねぇ、飯島くんと仁美は?」

「そういや、どこ行ったんだろなアイツら」

 仁美の姿も芳史の姿も見当たらない。荷物は置いてあるところから、二人を置き去りにして逃げ出したなどということはなさそうだ。

「案外あの二人できてるとか」

「まさか! それはないだろ! 全然違うタイプだもん」

 愛菜の一言に思わず佳典は噴き出してしまった。おっとり系の芳史としっかり者の仁美が付き合うなんて、バランスが悪すぎるだろう。

「わからないわよ。おっとり系としっかり者で案外バランスが取れてるかも」

「まぁ、芳史の場合しっかり者が彼女になれば安心だろうけどな〜」

「でしょ? 私はかなりオススメだけどなぁ」

 他愛無い会話をしていたとき、不意に隣の部屋から激しい物音がした。

「なに?」

「わかんね……」

 しかし、誰かがいるのは確実だ。本来、佳典たちは2組の教室にいるべきなのだが、その教室は階段に近く、誰かが来たりしたら不安だという女子の意見で5組に勝手に移動したのだ。それを知らない誰かが、2組へ来てもぬけの殻だったので他の部屋を調べまわっているのかもしれない。

「仲間になれそうかな?」

「いや……まだわかんないぞ」

「でも気になる」

 愛菜の意見には佳典も納得できる。ひょっとしたら、頼れる誰かかもしれない。だが、殺意を抱いていないとも言えなくない。しかし、殺意を抱かれる理由は今のところない。薬も所持していないし、こちらはペンライトのみの丸腰だ。

「行ってみよう。誰か、仲間になれる人かもしれない」

 パァッと愛菜の顔が笑みでいっぱいになった。

 それからすぐに教室を出て、4組のドアをこっそり開けて中を見てみた。あいにく夕陽で逆光になっていて、その姿は真っ黒にしか見えない。

「ねー、誰だろあれ」

「静かに。何かぶら下げてるぞ?」

 もう少しドアを開けて見てみようとして、佳典はその手を止めた。

「……るな!」

 愛菜の耳に佳典の言葉が一瞬聞こえた。

「え? 何?」

「見るな!」

 小声だった。何があるというのか気になるが、佳典は手で愛菜の視界を遮って見せてくれない。

「……逃げるぞ」

「え? 何、急に」

「逃げる」

 佳典の意図が読めない。そもそも、仁美も芳史も置き去りで逃げろというのか。

「ムリよ。だって、仁美も飯島くんもまだ帰ってきてないじゃ……」

 ガラガラガラッ、と音がして目の前のドアが開いた。

「飯島くん!」

 芳史は表情一つ変えず、佳典たちを見下ろしている。

「やだなぁ、いたなら言ってくれれば……きゃあ!?」

 佳典は愛菜が全部言い終わらないうちからお姫様抱っこをして走り出した。

「ちょっとやだぁ! 恥ずかしい! 何!? なんなの!?」

「逃げる! 早く!」

 訳のわからないまま抱かれた状態で4組の教室を離れる間際、反対側の出入り口からぶら下がっているものが見えた。それは、間違いなく仁美の姿だった。

「ひ……やあああああああ!」

「見たのか!?」

「いやー! 仁美、仁美ぃぃ!」

 バタバタと暴れる愛菜を押さえつけて、佳典は走り出した。

「落ち着け! 早く、早く逃げるぞ!」

 サッカーをしていたので足には自信がある佳典だったが、愛菜を抱いた状態で走っていたのではすぐに元水泳部の芳史に追いつかれるのは目に見えていた。

「ひゃああ!?」

 階段で芳史が愛菜の足を掴んだ。その目が濁ったような色になっていて人間とは思えない目をしている。

「いや――! 放して、放してぇ!」

「やめろよ!」

 佳典は芳史の腹を蹴り飛ばして転倒させる。

「宇井! 走れ!」

「わ、わか……日暮くん! 後ろ!」

 首を後ろから絞められた。間違いなく、芳史がやっているのだろう。しかし、そのパワーが尋常ではない。

「グウウウ……ア、ガ、ヤ、やめテくれ……息が……」

「やめてよ! 飯島くん! どうしたの!?」

 芳史は答えず、どんどん腕の力を強めていく。

(コイツ……こんなに腕力あったっけ……)

 頭が真っ白になる。意識が遠のく。しかし、ここで負ければ愛菜はこの後間違いなく殺されるだろう。

 そう思った瞬間、佳典は残っている力すべてを振り絞って芳史に抵抗を始めた。

「っりゃあああ!」

 背負い投げなど柔道の時間以外でやったことがない。運動は得意なほうなので、すぐに思い出せた。大きな音と共に芳史が地面に叩きつけられる。

「芳史!」

 芳史はゆっくりと起き上がり、上を見上げた。そしてすぐにジャンプをすると、2メートルほどの高さにある蛍光灯を鷲掴みにして、それを真っ二つに割った。

「げっ!?」

 人間離れした跳躍力に腕力。その芳史の目がどんどん狂ったものになっていく。

「アアアアアアアア!」

「うわああ!?」

 芳史が振り回した蛍光灯で、バサァッと音を立てて制服の背中部分がバッサリと切れてしまった。着ていなければ、背中がそうなっていたかもしれない。

「やめて……やめてぇ!」

 愛菜の叫び声をよそに、芳史は蛍光灯の割れた部分を佳典の目に向けて振り下ろそうとする。

「……あああああ!」

 佳典は力を再び振り絞って思い切り太ももを芳史の股間に蹴りつけた。いざというとき、男子はここを蹴ればなんとかなると佳典は根拠もなく考えていた。

「ヒグッ!?」

 激痛が走ったのか、芳史が怯んだすきに佳典はもう一度背負い投げを入れた。

「あっ……!」

 入れてから落ちていく芳史を見て、血の気が引いた。一瞬、芳史と目が合う瞬間だけ、スローモーションになったような気さえした。

 それからすぐに嫌な音を立てて、芳史が階段から落ちていった。夕闇の中で、変な方向に曲がった芳史の顔が、ジッと佳典を捉えて逃がさなかった。

「あ……俺……俺……」

「……行こう。日暮くん」

 愛菜がそっと佳典の手を引いた。

「宇井……」

「これは……正当防衛だよ。そうだよ。ね?」

 前を向いたまま、愛菜はそう言った。

「待って」

 行こうとする愛菜を佳典は止めて、下へ降りる。見開かれたままの芳史の目を、佳典はそっと閉じた。


「それから……船津も確認したけど、もう……」

 佳典は涙をこぼしながらそこようやく経緯を語るのを止めた。

「俺……俺、芳史を」

「正当防衛だって、宇井は言ったんだろ?」

 輝の一言で、佳典は小さくうなずいた。

「仕方がない。仕方がないんだ、この状況では……」

 輝も唇を噛み締めてそう呟いた。佳典にはわかる。そんなこと、本当は輝も言いたくないことぐらい。

「ところでさ、宇井さんはどうしたの?」

「あぁ……宇井は、人数的にもちょうどいい信頼できるグループに預けてきた」

「誰のところ?」

 稜が心配そうにたずねる。

「アメフトバカのとこだよ」


「ックシューイ!」

 航平が廊下に響き渡るほどのクシャミをしたので、沙耶が呆れた様子で「シーッ!」と注意を促した。

「悪い悪い。誰かが噂してんだよ」

「注意力散漫だよ。気をつけて」

「へいへーい」

 もうすぐ夕食の時間なので、メンバーは全員、あの説明会があった自分たちの教室へと向かっていた。




【死亡者】

女子10番:船津 仁美……飯島 芳史(男子2番)に絞殺される。

男子2番:飯島 芳史……階段から転落、頚椎損傷により死亡。

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