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8ページ 発狂

「よし……誰もいないみたいだぞ」

 輝は階段を覗き込んで誰もいないことを確認すると、こよみの手を引いて女子トイレへと向かった。

「北山さん、着いたよ」

「ありがとう……」

 今の状況は普通ではないが、それでも女子トイレに男子が入るなどということは考えられないだろうと輝は考え、外で待つことにした。その間も、誰かが近づいてこないかという緊迫感は取れるはずもなく、落ち着かない時間が過ぎていく。

「遅いな……」

 顔を洗うにしては時間が長い。まさかクレンジングや洗顔をするはずもないだろう。それに、水がずっと流れっぱなしというのも不自然だった。

「北山さん?」

 しかし、応答がない。意を決して輝は女子トイレのドアをゆっくり開けた。

「な……」

 その輝の目に入ったのは、カッターナイフで今にも手首を切ろうとしているこよみの姿だった。

「や、やめろよ北山さん! 危ない! なに考えて……!?」

 カッターナイフを取り上げようとして目が合った拍子に、こよみの表情が異常だということに輝はようやく気づいた。

「北山……さん?」

「な……んで」

 次の瞬間、ヒュッと鋭い音を立ててカッターナイフが輝の前を通過した。ヒュウッと空気を切る音が聞こえた気がした。

「落ち着いてよ北山さん! やめてって……やめて!」

「なんで邪魔をした!?」

 普通じゃない!

 咄嗟にそう判断した輝はトイレを飛び出した。調理室に向かって懸命に走るが、スポーツをやっていないはずのこよみがまったく輝と距離を離すことなく、追いかけてくるのだ。

「待て! 待てぇ!」

 息が切れる。普段からやはりスポーツをやっておけば良かった。高校に入って辞めたことが悔やまれるが、今はそんな後悔をしている場合でもない。とにかくこよみを撒かなければ、自分が殺されるかもしれない。初めて恐怖というものを感じた瞬間でもあった。

 階段を駆け上がり、調理室にたどり着いた。いったんここへ入って鍵をかけて、音駆と稜に事情を説明したほうがいいだろう。そう考えた。

「音駆! 佐々木! 助けて、助けて!」

 しかし、応答がない。「待てぇ!」というこよみの声と走る音が迫ってきた。

「音駆! 開けて、開けて、開けて! 助けて助けて助けて助けて!」

「見ぃつけた!」

「ひっ!」

 輝はドアを必死にドンドン叩く。もう30メートル先にこよみが見える。

「助けてよ! 開けてよ! なんで答えないのさ! 音駆!」

 ドアを強く叩こうとしたとき、ガラッと調理室のドアが開いた。

「音駆!」

「……入れ」

「ありがとう!」

 寸前のところで音駆はドアを閉めて、こよみが入ってくるのを防いだ。輝は息を荒げつつ、とりあえず音駆に礼を言った。

「ありがと……助かった」

「いや……」

 落ち着いてから輝は少し、先ほどと違う臭いが立ち込めていることに気づいた。鉄の臭いに近い。しかし、少し違う。

「……え?」

 輝の手に、生暖かい液体が触れた。

「ひ……うああああああああああああああ!」

 額から血を流して、稜が倒れていたのだ。

「稜! 稜ッ!」

「ウ……あ、んどう……く……ん」

「どうしたんだよ! 音駆、何があっ――」

 ガァン!と音がして、輝の隣にあった椅子が異様な形にへこんだ。

「ね、音駆……?」

 音駆の目が妙な光を宿しているように見える。サッとカーテンがめくれて、夕陽が音駆の顔を照らし出した。その音駆の顔にはベッチョリと稜の血らしいものがついていたのだ。

「わあああああ!?」

「エモノ二匹目……いただきま〜す!」

 寸前で音駆が持っていた鉄棒をよけた。

「な、ど、どっからそんなもの……」

 よく見ると、椅子や机の脚がグニャグニャに曲げられている。

「こ、これ……音駆が?」

 稜は小さくうなずいた。

「嘘だろ……人間の力じゃない……」

 ドォン!と音がして調理室のドアが吹き飛んだ。

「それはあたしの獲物! 邪魔をするな!」

 こよみが入ってきた。音駆がこよみを睨みつけ、自家製の鉄棒で襲い掛かる。こよみはこよみで、どこから持ってきたのか消火器を持っていた。

「くらえぇぇぇ!」

 こよみが消火器を一気に噴射させる。音駆が素早くそれをよけ、鉄棒をこよみに振り下ろすが、こよみは消火器でそれを防御し、さらにカッターで襲撃をかける。目の前で繰り広げられる、常軌を逸した戦闘を見つつ輝は逃げるなら今しかないと思って、重傷を負った稜を背負って調理室を静かに出た。

「佐々木? 佐々木? 大丈夫か?」

「う……ちょっと、頭殴られてスゴいガンガンする……」

「とりあえず保健室行くぞ」

「うん……」

 ちょうど保健室が近いので、輝はこっそりと階段を使って保健室に下りた。幸い、鍵が掛かっていなかったために簡単に侵入できた。

「どうしよう……。でも、どの薬使ったらいいかなんてわかんない。えっと、えと……」

 悩んでいる間にも稜の額からは血がとめどなく溢れる。もう相当量が出血しているだろう。これ以上の出血は危険だ。

「どうしよ……あぁ、もうわかんねぇよ!」

 思わず大声を出してしまった。直後、入口のほうから誰かの声が聞こえた。

「誰か……いるのか?」

「!」

 バッと入口を見ると、誰かが立っていた。

「だ、誰だよ?」

「日暮……だ」

「ヒグ? 俺だよ、安藤!」

「輝か……そこでなにやってんだ?」

「……佐々木が怪我したから、手当てしたいんだけど、やり方がわかんなくて」

「怪我?」

「うん。ちょっと……いろいろあって」

 ようやく佳典が室内へ入ってきた。その佳典も、制服がスッパリ背中を切られていた。幸い、怪我はないようだった。

「ヒグ! そ、その背中……!」

「心配すんな。怪我はない」

 佳典はその後、要領よく手当てを進める。止血をし、包帯を巻いた。10分もすれば顔色が悪かった稜も落ち着いてきたようで、「あ……ヒグじゃん」と声を出した。

「よっ。怪我なんかして……大丈夫か?」

「なんとか」

「そっか。良かったよ」

「もう少し……休んでていい?」

「当たり前だろ」

 佳典の笑顔に安心したのか、スゥスゥと稜は寝息を立て始めた。

「それより、なんでこんな怪我したんだ?」

 佳典は輝に小声で問うた。輝も輝で、佳典に聞きたいことがある。

「ヒグだって。背中思い切り切られてるし。それに、他の子たちはどうしたのさ?」

「……。」

「確か、芳史だって一緒だったろ?」

「芳史は……」

 一瞬言葉を詰まらせた後、静かに佳典は言った。

「俺が殺した」

 輝の耳はその言葉を捉えた後、一瞬聞こえなくなった。

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