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さんワン

 翌朝、俺はいつものようにランニングに出かけた。

 今日は休みだが、それ以上に心がウキウキと弾んでいる。

 なぜなら、もしかしたらピスタちゃんに会えるかもしれないという思いがあるからだ。


 あのあどけない顔、もふもふした体、つぶらな瞳。

 ああ、思い出すだけでよだれが止まらない……。

 今日も会えるかなあ。

 会えたらいいなあ。


 そんな期待を込めながら、俺は走るスピードを徐々に上げていった。



 いつものように海浜公園の砂浜に差し掛かる。

 と、目の前から勢いよく駆けてくる子犬が目に入った。


 あ、あれは……。

 あのモフモフムキュンなお姿は……。



 きたあああぁ、ピスタちゃん!!



「おはようございます!」


 俺は勢いよく駆け寄って如月さんに声をかけた。

 とたんにピスタちゃんが前足を上げながら飛びつこうとしてくる。

 リードを引っ張られているので、前足をバタつかせている状態だ。


 ふおおおお、かわいい!!!!

 

 俺は即座にしゃがみこんでそのもふもふな頭をなでなでしてやった。

 するとピスタちゃんは気持ちよさそうに目を瞑って「クゥン」と一鳴き。


 ヤ、ヤベエ!

 これ、ヤベエ!

 ハンパねえ!

 鼻血出るッス!

 衛生兵、衛生兵ーーー!!!!



 俺は胸を抑えながら「ハアハア」と息を荒げながらピスタちゃんの全身を撫でまわす。

 そうしてずっとなでなでしていると、如月さんがそれをジーッと見つめていることに気が付いた。


「あ! すすす、すいません! つい、撫でまわしちゃって……」


 いかん、変態だと思われる。

 自分では普通だと思っているんだが、あの高梨くんでさえも変な目で俺を見るからな。気を付けよう。

 しかし如月さんは特に気にするふうでもなく

「いいんです、ピスタチオも喜んでますし……」

と言ってくれた。

 よかった。


「実は俺、犬を見るとまわりが見えなくなっちゃうんです。両親が犬アレルギーで実家では飼えなかったし、今住んでるアパートもペット禁止で……」

「はあ、そうなんですか」

「犬の散歩とか、憧れるんですけどねえ」


 ピスタちゃんを見つめながらそう言うと、如月さんは「あ」と声を上げた。


「そうだ、じゃあちょっとお願いがあるんですけど……」


 そう言って、俺にリードを手渡してくる如月さん。

 一瞬ポカンとするも、すぐにそれが何を意味しているのか俺にはわかった。


「い、いいんですかっ!?」

「あぁ、はい。思い切り走らせてあげてほしいなって思ってて……」


 うおおおお!

 やっぱりだああああ!

 憧れの散歩だあああ!!


 ………。


 い、いや、落ち着け。

 初めての散歩だからといって、取り乱すな。

 アホだと思われる。

 ここは冷静に、沈着に。


 俺は深呼吸するとリードにつながれたピスタちゃんに目を向けた。

 ピスタちゃんはその愛くるしい表情で「クウン?」と顔を傾けていた。


 か、可愛ええ!!

 ええい、もうどう思われようとかまわん!

 俺はアホになる!


「よーし、行こうかピスタちゃん!」


 俺は「二ヘラ~」と笑いながらダッシュで駆け出した。

 ピスタちゃんも「キャン!」と鳴きながら嬉しそうについてくる。


 如月さんが微笑みながら見送るのを目の端でとらえつつ、俺はピスタちゃんとともに早朝の砂浜を駆け抜けていった。



 ピスタちゃんとの散歩はまさに至福の時間だった。

 多少、砂で足を取られながらも全力で走る俺。そしてその隣を走るピスタちゃん。

 ときたまこっちを見上げる姿がなんともキュートだった。


 少しスピードを緩めると「もっと速く~」という顔をするし、スピードを速めると「わ~ん、待ってえ~」という顔をする。


 くふううう、なんだこれ。

 散歩、最高じゃないか。

 いや、これを散歩と呼んでいいのかわからんけど。

 でもすっごく楽しい!


 ああ、やっぱり俺も犬が欲しい……。



 そんなこんなで散歩を続けること数十分。

 突然ピスタちゃんが走ることをやめて「キャンキャン!」と吠えだした。


「ん? どうした?」

「キャン!」

「何かあったのか?」

「キャン!」


 ピスタちゃんはリードを引っ張りながら逆方向に駆け出そうとしている。

 どうやら如月さんの元へと戻りたがっているようだ。


「もしかして如月さんのところに戻りたいのか?」

「キャン!」


 ひょっとしたらお腹が空いたのかもしれない。

 数十分間、ずっと駆け回ってたからな。腹も減るだろう。


「よーし、じゃあ一旦戻ろうか、ピスタちゃん」

「キャン!」


 俺はピスタちゃんとともに如月さんのところまで駆け戻って行った。



「いやー! 堪能しましたー」


 満面の笑みで戻ってみると、そこにいた如月さんは何やら困った顔をしていた。


「……って、どうしました?」


 尋ねる俺の目に、如月さんの胸の中で震える小さな物体が飛び込んできた。

 その物体はか細い声で「みゃーみゃー」と鳴いている。


「え、な、なんですか?! その子!」


 よく見れば、ピスタちゃんよりも小さな子犬のようだ。

 そして地面には小さな段ボール。

 ま、まさか……。


「如月さん、この子って……」

「たぶん……捨て犬だと思います……」


 はおわ!?

 マジか!!

 やっぱり捨て犬か!!

ま、まさか俺の人生において捨て犬と出会う機会が訪れようとは……。


「ど、どうしましょう……」


 俺はオロオロしながら尋ねる。

 見れば、子犬は如月さんの胸に抱かれながらぶるぶると震えているではないか。

 可哀想に。

 ピスタちゃんは、そんな子犬を見上げながら「キャンキャン」と吠えていた。

 そ、そうか。ピスタちゃんはこの子犬に気がついたんだな。


 でも、どうすればいいんだ?


 こういう場合は、警察か?

 いや、レスキュー?

 保健所……は最終手段だな。


 うーんとうなっていると、如月さんが言ってきた。


「なんだか衰弱しきってるみたいなんで……何か栄養のあるものを与えないと……」


 栄養だとう!?

 こんな浜辺に栄養のあるものなんて……。

 クラゲと貝ぐらいしかないぞ。


 栄養、栄養と考えてハッとする。


「そ、そうだ! この近くにコンビニがありますから、俺がひとっ走り行ってミルク買ってきますよ!」


 栄養といったら、ミルクしかない。

 俺はピスタちゃんのリードを如月さんに手渡すと、猛ダッシュでコンビニに向かった。

 背後から「あ、ちょっと」という如月さんの声が聞こえたものの、俺は一心不乱に駆けだしていた。

 事は一刻を争うのだ。

 はやく子犬にミルクを与えないと、死んでしまうかもしれん……。

 それだけは絶対に阻止せねば。


「うおおおおお、待ってろよ子犬!」


 俺は渾身の力を込めて全速力で突っ走った。

 


 全力疾走すること5分。

 目指すコンビニが見えてきた。

 短距離走並みのスピードを5分も続けたもんだから、足がパンパンだ。

 転がるようにコンビニに駆け込むと、品出し作業中の店員が「ひいっ」と声を上げた。


「ぜーはーぜーはー……」


 つ、着いた……。

 我ながら、よくやった……。

 肩で呼吸を整えながら店員を見つめる。

 すると店員は何か勘違いしたようで、両手をサッと上げて「命だけは……」と言ってきた。

 どうやら俺をコンビニ強盗と間違えてるらしい。


 いやいや、よく見ろよ。

 どう見ても普通のお客さんだろ。

 白Tシャツにハーフパンツはいた、ちょっとそこまでスタイルのお客さんだろ。

 普通じゃない剣幕してるけど。


「ミ、ミルク……」


 俺は絞り出すように声を発した。


「ミルクください……おえ」


 俺の言葉に、店員は「はい、ただいま!」と言って棚から500mlのパック牛乳をいくつか持ってきた。


「こ、こちらでよろしいでしょうか?」


 おずおずと差し出す店員。

 俺はその中のひとつを受け取ると「いくらですか」と尋ねた。


「い、今はこれで全部です……。ですから命だけは……」


 だから強盗じゃないってば!

 どこの世界に牛乳を奪う強盗がいるんだよ! 


 俺はブルブルと震える店員にポケットに入れていた100円玉を2枚手渡すと、

「お釣りは募金箱へ」

と言ってすぐにコンビニをあとにした。


 そして猛ダッシュで子犬を抱いて待つ如月さんの元へと戻った。


 

「お、お待たせしました! 如月さん買ってきました!」

「は、早かったですね……」


 如月さんが子犬を抱きしめながら驚きの表情を浮かべた。

 そりゃ、子犬の命がかかってるんですもの。


「全力疾走しましたから! はい、牛乳!」


 俺は呼吸を整えつつ、コンビニで買った牛乳を差し出す。

 とたんに、微妙な顔つきをする如月さん。

 ありゃ。

 何か間違えたのか?

 もしやメーカー違い!?

 森〇じゃダメだというのか!?

 くうう、しまった。そこまで考えてなかった……。

 また買いに戻らねば!!


 踵を返そうとすると、如月さんは申し訳なさそうに言った。


「え、えっと。ごめん神無月君。人間用の牛乳はお腹こわすから……ちゃんと、子犬用のミルクを与えないと……」

「え!? そ、そうなんですか?」


 し、知らなかった……。

 ミルクといったら牛乳だとばかり……。

 くそう! 神無月亮、一生の不覚……!!


 ガックリと肩を落とす俺に、如月さんは安心させるように言う。


「えと、家に行けば子犬用のミルクもご飯ありますから」


 神の言葉とはまさにこのことだろう。

 俺は顔を上げて満面の笑みを浮かべた。


「あ! それなら大丈夫ですね!」


 それならば、だ。

 善は急げだ。すぐにでも如月さんの家に向かったほうがいいだろう。

 しかし、如月さんはピスタちゃんのリードを引いて子犬も抱いている。

 一人で帰るにはとても大変そうだ。

 そこで俺は提案した。


「どうしましょう、俺、その子犬抱いて如月さんの家までいきましょうか?」


 俺の言葉に「あぁ、はい、わかりまし……」とうなずきながらも、その直後に

「……はひっ!?」

 と素っ頓狂な声を上げる如月さん。


 え? 俺、なんか変なこと言った?


 如月さんは何やら慌てた様子で「だ、大丈夫ですから!」と首をふった。

 

 だ、大丈夫……なのか?

 しかし子犬を大事そうに抱えながら、動き回るピスタちゃんのリードを握る姿は不安しかない。

 正直、子犬が心配というのもある。

 それにすべてを如月さんに押し付けて帰るわけにも……。


 そう思っていると、ピスタちゃんがいきなり何かに反応して突然走り出した。


「え? あ、わっ!」


 子犬を大事に抱えたままの如月さんがとたんにバランスを崩す。


「如月さん!」


 抱き寄せる間もなく、如月さんは子犬をかばう様にして地面に倒れこんだ。

 バサッと砂が舞い上がる。


ぅ……」


 仰向けに倒れながら如月さんは苦痛に顔をゆがめていた。

 子犬を下敷きにせまいと無理な体勢で倒れ込んだらしい。

 ピスタちゃんはリードをぐいぐい引っ張りながら、近くを飛んでいる蝶々に興味を示していた。

 どうやら、蝶々を追いかけようとしたようだ。


「だ、大丈夫ですか!? た、立てます?」


 如月さんはうなずきつつ立ち上がろうとするも、上手く立てないようだった。

 見れば、くるぶしの辺りが赤く腫れ上がっていた。

 どうやら捻挫をしてしまったらしい。

 見るだけで痛々しい。

 これは歩けないな。


 そう思った俺は、その場でしゃがみ込むと如月さんに背中を向けた。


「俺が家までおぶって行きますよ。如月さんは子犬を抱いててください。俺がピスタちゃんのリードを引っ張って行きますから」


 俺の言葉に「いや、あの……」とためらう如月さん。

 ここは無理やりにでも背負って連れていくしかない。


「歩けないんでしょ? 早くしないと子犬が死んじゃいますよ」


 如月さんの胸の中でか細い声で鳴く子犬に意を決したのか、如月さんは「ごめんなさい……失礼します……」と言って背中に覆いかぶさってきた。

 柔らかい感触と、ほのかな甘い香りが鼻腔をつく。


 あ、これはヤバいなと思った。

 子犬のためとはいえ、女性を背負ったのは初めてだ。

 なんだか、妙に心臓がドキドキする。

 顔を見られなくてよかった。

 俺の顔は、きっと真っ赤に染まっているだろう。


「え、と。いいですか? しっかりつかまっててくださいね」

「は、はい」


 俺は如月さんを背負い、ピスタちゃんのリードを握りしめながらゆっくりと歩き出した。

こちらは神無月視点になります。

同じく如月さん視点もございますので、ぜひご覧ください。

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