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八枚の翼と大王の旅  作者: 豊福しげき丸
8/31

道を探る者たち

ルーフェスは楽士の興業をしながら師匠ブランドーと先生クロブの言葉の意味を探る。

そして奏でられたセッションは―――


バンデルとゲラードに襲い掛かるハニートラップ。

2人の王と女達の騒動の行方は?

そして鼻をほじるヴァーリ大王おい


道に迷うシエラを茶室に招く英明。

茶の道は彼女に何を指し示すのか?


そしてマリエル一行はついに密猟団の元へ―――


人は皆、道を探る。


てな訳で今回のライバルは楠先生の音楽マンガ『エイト』と山田先生の茶道マンガ『へうげもの』。

文章でしか書けないものを書けたかどうかドキドキですね。

それを評価して下さるのは皆様です。

では、本編をどうぞ。



 八枚の翼と大王の旅―第8話ー

 

 -1-


(最初は嫌味にならない程に華やかに)

 ルーフェスはクロブの教えを思い出しながら鈴を鳴らす。

 客達の耳目がこちらに引きつけられたのがわかる。

(次はもっと聞きたいと思う気持ちを焦らすように穏やかに)

 鈴を鳴らす勢いを抑える。

 もっと激しく演奏したい気持ちの流れを表面下に抑え、穏やかな音と共に沁み至らせ、客のもっと聞きたいと思う気持ちの流れが同じくらい高まるのをじっと待つ。

 客の気持ちと自分達の気持ちを合わせるために、曲の抜きやサビは存在し、演奏の流れがある。

 今日ほどその流れが、まるで触れそうなほど意識できた事は無かった。

 ――そう、もっと聞きたいよね、僕たちはそれを待っていたんだ――

 サビに入る。

 クロブの演奏がいつもと違うアドリブを始める。

 より華やかで繊細で巧みなそれは、激しくも曲そのものの流れを壊す事が一切無い。

 負けじとブランドーもアドリブで張り合う。

 二人のそれは自由闊達奔放自在でありながら、己の身体の流れを一切壊さず引き出す剣技そのものであり、魔力の流れを一切壊さず引き出す魔法そのものであった。

 有為と無為とが絡み合い、自由な深い意識とそれが磨き上げる鮮やかな無意識の技術とが寄り添い合う。

 ――これが、師匠が、先生が、マリエル様が言いたかった事なんだ――

 マリエルの歌声にも、いつも以上の伸びとキレがある。

 イシュヴァーナのステップもいつも以上に軽い。

 楽しさが、喜びが、嬉しさが、溢れ出ている。

 気付けば自分も、まだ練習でしか奏でた事の無い複雑な拍子で鈴を鳴らしていた。

 湧き上がる万雷の拍手とアンコールの声。

 その日の客は夜遅くまで、ほとんど誰も帰る事が無く、店じまいまで新たな客が増えるばかりで、入りきれない者が店の前に黒だかりとなった。

 

 頼(頼り切って心が有難味を感じぬ無耳盲目になる事)に非ず、無頼(無縁無法を気取る事)に非ず。

 鳥虫葉波、唱和の如し、天地人風調和の如し。

 ―武術における『癩』の心得―


 -2-

 

 一方、大王の陣。

 荒れ地の開拓が軌道に乗ると、様々な人が集うようになった。

 同じように故郷を追われた難民、食い詰め者、様々な物を売りに来た商人。

 中にはこんな者もいた。

「メンサー子爵の娘でエレッセです」

「サンフィス男爵の娘でサトラです」

 ジュデッカの浅黒い肌の、艶やかな美女二人である。

「「王様たちの高い志を聞き及び、ささやかながら助力したいと思い、馳せ参じました」」

「好きにするが良い。仕事はいくらでもある」

 ヴァーリは鼻をほじりながら鷹揚と言うより、ぞんざいに受け入れた。

 エレッセとサトラは目配せを交わす。

(大王の奥方は大層な美姫で他の女に興味を示さぬとは事前に知る通り。やはり標的は残る二人の王)


 エレッセは厨房に入り、バンデル王の手伝いを始めた。

「料理は母に厳しく仕込まれました。お役に立てれば幸いです」

「それは心強い」

 バンデルは鷹揚に受け入れた。

 サトラはゲラードの買い出しや取引を手伝った。

「母方の祖父が商人でしたので、算術を始め幾らか仕込まれております」

「それは有り難い」

 ゲラードも鷹揚に受け入れた。

 二人は甲斐甲斐しく働いた。バンデルとゲラードは最初これを喜んだ。

 だが丸一日を過ごすと、ある事に気が付いた。

「のう、ゲラード」

「お主も気付いたか、バンデル」

「「はあ」」

 二人は盛大に溜め息をついた。


 三人の王は大王の幕舎で酒杯を交わしていると言う。

 エレッセとサトラはそれぞれ己の領地で醸す最も高価な酒を持参して、是非酌をしたいと申し出た。

 ジッタは、

「バンデル王とゲラード王は是非お受けしたいとの事だそうだ」

 と受け答え、これを通した。

 エレッセとサトラは内心ほくそ笑む。

(王と言ってもちょろいモノね)

 ジッタは二人の後姿を見ながら笑った。

「まあ、大王のお説教の犠牲者だな。ありゃ」


「ささ、どうぞ。御一献」

「ご遠慮なさいますな」

 酒宴は暫らくは和やかに続いたが、バンデルとゲラードは顔を見合わせると揃ってため息をつき、重く口を開いた。

「演技はそろそろよかろう」

「お主ら、御父上や御兄君に何を頼まれて参った?」

「……お戯れを」

「そのような事は有りませぬ。自らの意志で参りました」

 エレッセとサトラは取り繕ったが、その頬は微妙に引きつっている。

「そう申すか?」

「だが少なくとも、エレッセが料理を好きではあるまいし、サトラも商売が好きではあるまい」

「余共も真の好きか相手に合わせたおべっかかぐらいは分かる」

「まあ、最近分かるようになったと言うべきかの」

 王達は皮肉気に口の端を歪めた。

「何を申されます?」

「そんな、酷い」

 二人は泣き真似をする。

 だが二人の王が動じる事は無かった。ただ憐みがあった。

「余共は昔、臣民に嫌われる事が怖かった」

「故に自分の心に蓋をして、偽りを申して、虚勢を張って、人の語り望むような王らしい王であれば、嫌われぬと思うておった」

「だから自分の心を偽るおべっか使いを、己と似たもの故に味方だと思うておった」

「お主らは昔の余共や余共の取り巻きだった者によく似ておる」

 エレッセとサトラは言葉に詰まった。

「別に責める積りはない」

「下心なら下心で申してみよ。それを叶えるとは限らぬがな」

「何がわかる……」

「お前等みたいな何不自由無い王様なんかに何がわかるって言うんだよ!」

 二人の豹変した態度と罵りに、バンデルとゲラードは、すぐに二の句が継げなかった。

 すると黙って聞いていたヴァーリが口を開いた。

「図星を刺されて切れたか」

「「な・・・」」

「当て推量でよければ、もっと言うてやるぞ。親の言うままに本当は好きでも無い事をやっておったのに、ほめられ、また、たまたま容姿も良く、もてはやされたもので調子に乗っておった。だが好き合った男が出来て付き合ったは良いが、程なくして別れた。それはそうよの、相手の男はお主らの真心を嬉しがらせようとしておったのに、お主らは己の心を偽って相手に合わせるばかりで、真心を持とうとしなかったのだからな。なのにお主らはもてはやされておったが故に、周りの『相手の男が悪い』と言う言葉を鵜呑みにした。そして己を慰めてくれる男にほだされては付き合い、また同じ過ちを繰り返して別れ、徒にそれを繰り返した。やがて付いたのは遊女悪女、娼婦の悪名よ」

 エレッセとサトラの顔は最早屍蝋の色であった。

「経験豊富故に男をたぶらかす手練手管が無い訳では無い。だからお主らの父兄はその筋の手駒としてお主らを扱うようになった。お主らはそれを嫌がりながらも、傷物故そうして生きるしかないと諦めておった。細かく違う事はあるかもしれんが、大筋はそんな所であろう」

「う・・・・・・・」

「うわああああ」

 二人は泣き出した。

「嫌なら自分の好きな事をして生きればいいではないか」

「ここでは誰もそれを咎めたりはせぬ」

「駄目だよお」

「好きな事なんて見つけられなかったものぉ」

 王達は二人を慰めたが泣きやまぬ。

「ではいっそ娼婦も良いではないか。男と沢山付き合うぐらいだからナニは好きであろう」

「だっ、大王?」

「それはあんまりな!?」

 口の端から泡を吹くバンデルとゲラード。

「古来ある国では娼婦は神殿を建て奉られる程の神職であった。またある国では武芸者や芸能者と同格の芸を修める者、芸者とも呼ばれて尊敬されておった。何故だか知っておるか?」

「知りませぬ」

「蛮族ゆえの奇異な風習かと」

「不勉強よのう。まあ良い。エレッセ、サトラ、お主らはここにいる戦士どもを見てどう思う」

「た、たくましい」

「偉丈夫」

「正直に申せ。お主らが付き合った貴族や豪商と比べ、暑苦しい、がさつ、脳筋ゴリラと、ちらっとぐらい思うたであろう?」

「………」

「実は…」

「わはははは、良い良い。では魔法使いどもはどうだ?」

「キモい」

「ヲタク」

「わはははは。それはそれで良い。だが、それだけで済ますのは、お主らの心が気持ち悪かろう。だからよけい相手の所為でも無い所まで相手を気持ち悪く思うのだ。それこそ言葉が足りぬというもの。言葉とは、己の真心のために尽くすものぞ」


 エレッセとサトラにはそれぞれ専用の天幕が与えられた。

 そして見目良い二人が娼婦として商売を始めると言う話が立つと、たちまち長蛇の列が出来た。

 ただし、これに付いては大王より触れが出された。

 たった二人では皆の相手など出来ぬ。

 故にいくら金を積もうと二人には気に喰わぬ相手を叱り拒む権利がある。

 これを破り無理に犯した者は大王自ら公衆の面前で例の刑を執り行う。

 当然ながら皆は震え上がり、行儀の良い客となった。

「この筋肉馬鹿、態度が横暴すぎる! もっと礼儀を考えてから出直してきな!」

「キモい、その顔色の悪さでナニするなんざ百年早い! もっと運動して健康になってから出直してきな!」

「ガタイは格好いいんだから、上品になったらきっといい人できるよ」

「熱心に勉強するぐらい真面目なんだから、顔色良くなったらきっといい人できるよ」

「ガタイがいいって褒められたから、一生懸命体を鍛えたんだよね」

「頭がいいって褒められたから、一生懸命勉強したんだよね」

「「だから、手のかからない、いい子って褒められたんだよね。なのに」」

「体力しか取り柄の無いがさつな子になって」

「頭ばかり回って屁理屈を言う子になって」

「「昔はあんなにいい子だったのにって言われて、裏切られたって、親なんて自分の都合ばかりで身勝手だって思ったんだね。だから自分を粗末にしちまった」」

「あたしもそうだったからわかるよ」

「でもきっといい人が出来るって信じるんだ」

「「だからその人の為に自分を磨いて出直してきな!」」

「あんたがいい男になったら」

「惚れた女の前で恥かかないように」

「「ナニの仕方ぐらい教えてやるよ」」


「粋でいなせで気風良し、並みの男より男前。それが真の娼婦、真の芸者ぞ」

「……大王は我々の時もそうでしたが、何故そうも人を見る目が御有りになるのですか?」

「余共は今まで人に騙されてばかりで、ちっとも人の事が見れませんでした」

「余は人を見る目など考えんし気にせん」

「「は?」」

「考えた事も有るが性に合わなんだからやめた」

「「はあ?」」

「人など皆それぞれ違うし、他人が悪党と言おうが善人と言おうが、事情が有れば嘘を付くのも人を騙すのも裏切るのも当たり前ではないか。そんなものをいちいち気に病んで、騙されたの裏切られただの、人を見る目が無かっただの言うのも、他人の手柄なのにせせこましく俺には見る目が有ったなどと言うのは、女の腐ったのみたいで気分が悪い! ちまちまして性に合わん! 嘘を付かれたくなければ本当の言葉に肚の底から有難うと言い、嘘を付かせぬ! 騙されたなら罠ごと吹っ飛ばす! 男は気合ぞ! 前進制圧、気に喰わん現実をねじ伏せるのみ!」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」

 あんたはどこぞの聖帝様か。

 グスタフとジッタは真っ白になった二人の王の肩をそっと叩く。

「大王はアホでうつけ故に大王になるしかなかったのです。自分がして気分いい事しか考えられませぬ。天災の様なものですから、あまり深くは考えなさりますな」

「だから言ったっしょ。男の中の男、ドアホウだって」

 後ろでキーパも灰の様に白くなっていた。

「……もうヤダ……、この人達………。」


 -3-

 

 ある日、シエラは英明の茶の席に招かれた。

 以前より京香から、シエラに茶の極意を授けて欲しいと頼まれていたので、今日、それを教えると言う。

 シエラは気が重かった。

 今の自分に茶の極意など授けられても、それが身に付くとは到底思えない。

 半ば凍りついた心で、気も虚ろ散り々に数寄屋造りの茶室の狭い入り口に身を屈めて入る。

 まるで牢獄の中に入る囚人の様だと、己を自嘲した。

「ようこそ」

 シエラは目を見開く。

 雨戸が外され障子が張り替えられ、柔らかな明るい光に満たされた室内。

 英明の温和な物腰と笑み。

 シエラは自分が今まさに産道から生み落された赤子になった様な錯覚を覚える。

 席に着くと、英明は縁に淡い口紅を差した様な、腹に頬に朱が差した様な自然釉がのった、備前焼の茶碗に茶を点て始めた。

 赤ちゃんのような茶碗だ。

 シエラは愛おしくそう思った。

 ざらざらとした、それが却って人肌の心地よさを感じさせる茶碗を手に取り、茶を口に含む。

 ちょうど良い温もりが胸に染み入る。

 姉マリエルと一緒に居る時のような安らぎを感じた。

「素晴らしいお点前です」

「それは何より」

「……私には無理です」

「何がですかな?」

「これが茶の極意だと言うのならば、マリエル姉様ならばすぐに会得するでしょう。姉様はまさしくこの安らぎを人に与える人だからです。でも……、私には無理です」

「………何か心得違いを為されている様ですな」

「?」

「茶の極意とは安らぎを与える事ではありません。無と空を与える事です」

「??」

「貴女は御自身の価値を如何様にお考えですか?」

「……それこそ、無価値です」

「何故?」

「私は本ばかり読んでいたせいでしょうか、記憶力だけはいいのです。それだけなら斉藤にも負けないぐらい。でも、自分で問題の解き方を考え出さなければならない事は酷く苦手です。本当の意味で問題を解決したり、地位や名声に依らず身近なの人の心を動かしたり、そう言った事は一矢や姉様の方がずっと、比べ物にならないくらい上手です。だから、一矢には姉様の方が……」

「ならば一矢も無価値ですな」

「いえ、そんな事は無いと言ったばかりですが」

「すでにお聞き及びと思いますが、一矢はもう、超が付く運動音痴で泣き虫でへたれでした。それはもう、儂も先代剣人でさえも匙を投げたくなるくらいで」

「だから、それを努力で覆したのですから、一矢は凄いではないですか」

「努力だけで覆る程、武術も現実も甘い物ではありません」

「……では、何故?」

「ちゃんと有ったのです。一矢には一矢の武術の才が」

 己の骨格を、蒼(風、木)、白(空、金)、黄(地、土)、黒(水)、緋(火)の五色七本の軸の太さを、風車水車地車のそれぞれで歩く時の爪先の上げる幅と踵の位置を、0.01ミリの単位で、物によっては更にその三分の一刻みで把握する事が出来たのだ。

 本来ならば厳しい修行と長い年月の末に辿り着く事を、幼い内に会得してしまった。

 そこからの上達が早かった事は言うまでも無い。

「人には人それぞれの武の才が有り、才の無い者などおらぬ。言い伝えられていた事を、先代と儂は一矢より身を以って教えられたのです。ですから、貴女がいくら貴女を卑下しようと、貴女の才も価値もあります」

「……」

「昔、ある所に情け深い女がおりました。その女は毛布を作るのが大変得意でした。人は皆その女の所に毛布が欲しいとやってきました。どんな悩みがあってもその毛布で寝ると気分が良くなると褒められ、女は有頂天になりました。ある日、暑い夏の日差しの中、長い長い旅をしてきた男が、女に一杯の水を所望しました。ですが女は聞く耳を持ちません。『あなたの悩みはこの毛布で解決します』男は水を貰えませんでした。男は仕方なく女の言う事を信じて毛布を羽織り、また旅を始めました。ですが、男は程なく日差しと毛布の暑さに倒れました」

「それは酷く馬鹿な事ではないですか」

「貴女の行いがそうでないと?」

「っ……」

「マリエル様に潤いが無いとは言いませんし、貴女に温もりが無いとは言いません。これは例えです。ですが人が思う是非もいい悪いも損得も、理想も夢も法律も戒律も理屈も行き過ぎた正義も、失敗の記憶も成功の記憶でさえも、実は恐怖怯懦や見栄虚飾や強欲我欲と同じ、亜なる心。本来の意味では『悪』です。今目の前にあるしたい事必要な事、素直な心での喜怒哀楽、自然な心が四『善』なのですよ。悪もたまには必要ですが、悪に悪を重なれば、それがたとえ理想でも悪辣となり、更に重ねていけば邪悪となる」

「私は………」

「そうは言うても、人の世はしがらみで満ちております。赤子の時は気付かなくても、歳を重ねるにつれて息苦しい程にこうした方がいいだの損得だの義理人情だのでみっちり。ですから茶の極意とは無と空を与える事なのです。その人が己の道を進み歩める様に」

「私の、道……」

「利休のわびさびを好む者もあり、織部のひょうげさびを好む者があり、遠州の綺麗さびを好む者がある。そしてまたそこに哀しみ物足りなさを感じれば、己の愛を注ぐ。それが真その者のわびさび。私は私の好きに、素直な心で生きております。貴方も貴方の素直な心でお生きなさい。いい悪いを考えるのはその次その後で構わない。それが無と空を与える事。安らぎはその結果に過ぎんのです」

「……でも、それは悪い事なのです」

「もし止む無く悪い事をするならば、許されようとするのではなく、許し許される悪い事をしなさい。四善一悪、これ即ち五つの吾の心、即ち悟り。悪も重ねぬ可愛いものならば、たまには必要なのですよ」

 シエラはその後、ずっと黙っていた。

 只黙然と、京香に教えられた作法を記憶通り完璧にこなし、茶室を去った。

「やれやれ」

 英明はごま塩頭を掻く。

「茶のみで語れれば良いものを、儂もまだまだ未熟よのう」


 -4-

 

 マリエル一行にまた話は戻る。

 バロウズは約束通り密猟団に会える手筈を付けてくれた。

 クロブは報酬の宝石を一つ一つ手渡したが、最後の一つになって、

「そう言えば、私の女達を奪おうとする不埒な奴らが居ました」

 手を止めた。

 バロウズの眉がかすかに引きつる。

「誰の差し金か教えて下さるのなら、残りの一つもお渡ししますが、知らなかったという事にするのならば、諦めてください。それで手を打ちます」

 バロウズは目を見開き、汗を流す。

「残念だが、知る訳が無い」

 そして渋々手を引っ込める。

「諦めるとしよう」

 やり取りが何の事か気が付いたのは、もちろんブランドーと、そしてオフィーリアとイシュヴァーナだった。

「良いのですか? 後で恨みに思われませんか?」

 オフィーリアが確認する。

「いえ、これが二つ以上ケチれば恨みに思われたかもしれませんが、一つならば、油断ならぬ敵に回せぬタフな相手と思わせる事が出来て、ちょうどいいんです。もう私達に手出しはしないでしょう」

「……勉強になりました」

「あんた、ホントに見かけによらず大したやつなんだねぇ」

「イシュヴァーナさんにそう言ってもらえるのは嬉しいですねぇ」

「旦那にゃ負けるけどね」

「そりゃ仕方ありませんね」

「けっ、宝石一個値切るのが何でそんなに偉いんだ?」

 何もわかっていないグレガンがぼやくが、

「最初に会った時のバロウズの女共を見るもの欲しそうな目付きに気付かなかったのか?」

 ブランドーが鬱陶しそうに口を挟む。

「それがどうし……、あ。」

「クロブは俺とは違うやり方でマリエルを守った。だが、日頃、麗しの君は俺が守ると言っている癖に、お前はその事にさえ気づかなかったようだな」

「くっ……」

「よくわからなかったのですが、大丈夫です。グレガンさんはいつもグレガンさんの明るさで皆を守っていますよ」

 マリエルがほんわかと口を挟む。

「……ううっ」

 グレガンは泣き出しそうになった。

「それならルーフェスでもできるな」

「……ぐっ」

 グレガンは泣きが入りそうになった。

「大人気無いですねえ」

 クロブがボソッとこぼす。

「まあまあ。それでは姫様の身の回りの世話を手伝ってくれますか?」

「いいんですか!?」

 オフィーリアの助けの手に顔が輝く。

「まあ、有難うございます!」

 マリエルも喜ぶ。

 ブランドーは無表情に動かない。

「……墓穴」

 クロブはこっそりと呟いた。

 

 一行は旅を続け山中に分け入る。

 やがて鬱蒼とした林の中、密猟団の宿営は有った。

「数が多いな」

「これを相手にするのは少し骨が折れそうですね」

 以前の海賊の倍以上はいる。

 バロウズから渡された割符と合言葉を示すと、一行は一際大きく豪奢な天幕に連れて行かれる。

「これこれは、遠路はるばるどうもようこそ」

 その中に居たのは、荒くれの山賊の首領では無く、歴然とした品格ある貴族の男だった。

 

 ―第九話に続く―


という訳でいつもより分量長めな後半戦第一回目でした。

今回茶道マンガで『へうげもの』をあげましたが、西森先生の『お茶濁す』も名作でしたね。

メインヒロインに告白できない主人公をサブヒロインが叱り飛ばすラストシーンは、まさしく『無と空を与える』名シーンでした。

今回のオチでもあるのでライバル作品としての紹介が後になってしまった事をお詫びします。

って偉そうなのをさらにお詫び(苦笑)。


で、次回の話ですが、予定通りしばらくマリエル一行のお話がほとんどになるでしょう。

大王サイドは文章量縮小。

地球サイドもしばしお休み。

堂島君の出番はどうした? と言うか地球サイドが再開したらすぐ出て来る予定(本当か?)。


「貴様、その足さばき、どうやって身に着けた?」

「風巻剣人、と名乗る御仁からです」


ではまた次回第十話でお会いしましょう。


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