立ち上がる人たち
失意に沈む一矢。
英明はただ淡々と説く。
バンデルとゲラードは願った。
玉座に戻る事無く、このままの日々が続けばいいと。
だが彼らは目にする。
難民たちの危機を。
しかし連れてきた手勢は余りに僅か。
それで何を成せると言うのか?
そしてマリエル一行の前に立ちふさがるのは、痛覚のない見上げるような怪物であった。
そして彼らは立ち上がる。
八枚の翼と大王の旅
―第6話―
-1-
「一矢?」
一矢は祖父英明の呼び掛ける声で我に返った。
気が付けば道場には自分と英明しかいない。
座禅を組んだまま、他の門弟達が帰った事にすら気付かなかったのだ。
「ゴメン、ぼぅっとしてた。」
「……傍から見てもわかるぐらい覚触の悟りが崩れておる」
「………」
「シエラさんと何かあったか?」
「……なんでもないよ。ただ、ちょっとやる気が出ないだけ」
「フム。疲れておるのは確かの様じゃの」
「うん……」
「一矢。歩法、風巻流水車輪旋足の口伝初法を言うてみよ」
「あ、えーと? 前足擦りて橇が坂を滑るが如く、後ろ足駆けるは車輪が坂を転がるが如く、ただ楽に坂を下るが如し」
「行いにおいて楽は正しき、楽を求めるも正しき。何も行わぬ楽を求めるは自己憐憫と言う煩悩の苦痛にまみれた堕落」
「……」
敵わない。
一矢の心の内など、祖父は当に見抜いているのだ。
「座禅をするのも辛いほど疲れておるなら、大の字に寝転がり、衣の肌触りを、物音を、空気の流れを、己の血潮を、骨の声を、ゆっくりと、しっかりと味わえばよい。休むもまた行いと思いて修めよ」
一矢は転がって、言われるままにした。
つくづくと感じる。
ああ、自分はこんなにも疲れていたのだ、と。
祖父の言葉の温もりが緩んでいく細胞の一つ一つに染み入る。
「お前は寺に入らぬと言うから、ワシが一つ仏法の話をしてやろう」
「……」
「乱暴に言えばの、仏法における大事な言葉である『諦め』とは、『禅』とほぼ同じ意味じゃ。『諦め』の字を書いての通り、言動、即ち、行いを、統べる(帝)。心のぜい肉を引き締め治める事。『禅』もまた、余分な怖れや執着を捨てれば、衣一つ(単つ)、着の身着のままで意外と人間自由自在に生きていけるという事。板前であれば包丁一本、大工であれば鋸一つ(昔の大工は釘を使わなかった)、百姓であれば鍬一本、漁師であれば釣竿か銛か網一つ、書家であれば筆一本、武士であれば太刀一つ、そして僧や君主であれば『徳』一つ。掛け替えの無い一つ、それさえあれば、どこに行こうと意のまま思いのままに生きていける。それが『諦め』、それが『禅』じゃよ」
「じいちゃん……」
「じゃからの、それを諦めたら目の前が暗くなるような、そんな掛け替えの無い一つなら、無理に諦めんでもいいではないか? その彼氏とやらが彼女をが不幸にする様なら、隙あらば奪ってやる。それくらい格好悪いが格好良くても良い。いずれ他の掛け替えの無い一つが見つかるかもしれんが、それまでは未練がましいが男らしくても良い。そう思わんか?」
「……。」
一矢は大きく呼吸し、立ち上がる。
目には再び光。
「よし。また一つ肚が据わったな」
英明は相好を崩した。
-2-
バンデルとゲラードは食材と、兵からの要望のあった嗜好品の買い出しの為、わずかな連れを伴ってサンガの街のバザールを訪れる事となった。
「大王!」
「何じゃい? キーパ」
「やばいですよ、サンガの街は最近難民が流入してきて、地元民との間で緊張が高まっているって言う話です。バンデル王とゲラード王が危険じゃないですか!?」
「そいつは大変だ! このジッタ、すぐに手勢を集めます!」
「ほほう」
ヴァーリは不敵に笑う。
「それは面白いものが見られるかもしれんな」
「他人事だと思って何を呑気な!?」
「フン。言うておくが、余は此度血が流れるのを面白がってはおらぬ。説教するな。ぶーたれるぞ」
自分が説教好きなのはこの際棚に上げるヴァーリだった。
「では行ってらっしゃいませ」
グスタフはのんびりと一同を見送った。
「煙草にカードにサイコロに女優の姿絵。贅沢は出来んがこんなものかの」
「ゲラードも随分砕けたものよの」
「からかうな、バンデル」
「砕けついでにお主もこの肉巻を食うてみよ。この味付けは兵に受けると思わんか?」
「うーむ。これはなかなか」
「そうであろう。このスパイスの加減が絶妙なのだ。しかもこの値段で売っているという事は、自分で作ればなお安く上がるに違いあるまい」
「……お主も随分砕けたではないか。お互い様よ」
「なあ」
「何だ?」
「いつまでもこんな日が続けばよいのう」
「言うな。余共はいずれ玉座に戻らねばならぬ」
「分かっておる。分かっておるが……」
「………」
王二人だけでなく、荷運びと護衛についてきた僅かな騎士達もまた、しんみりと黙り込む。
「おや?」
「何か向こうが騒がしいのう?」
そちらに足を向けたのは、ただの興味本位と、すぐに帰る気になれない気分、それだけの事に過ぎなかった。
――だがそれがすべてを変える事となる――
「これは何の騒ぎだ?」
居並ぶ人々に問いかける。
「難民どもが食べ物を盗んだんだとさ」
「領主が直々に処罰するってんで、みんな見物に来てるんだよ」
難民たちが暮らすテントやバラック。
その前に、酷く痩せ、枷を嵌められた、盗みを働いたであろう難民の少年少女を引き立てる領主と兵士。
「……可哀想に」
「軽い処罰で済めばよいがのう」
バンデルとゲラードは心を痛める。
昔はこんな事を思う余裕も無かった。
他人よりも自分の方が余程可哀想に思え、それに構う者もいなかった。
それ故余計に自分ばかりを憐れんでいた。
それ故に逆に増々自分に構う者がいなくなっていったのだが。
しかし今、彼ら自身は気付いていなかったが、居並ぶ人の少なからぬ者が、彼らの貌を見、言葉を聞いて、畏敬の眼差しを送っている。
(身なりも良いし、ひとかどの貴族か大商人に違いあるまい)
「皆よく聞け!」
しばしの静寂は領主の声によって破られた。
「今よりこの盗みを働いた罪人たちを斬首に処す!」
余りの処罰の重さに皆がざわめく。
普通は子供が手に抱えれるくらいの食料を盗んだ所で、余程の常習で無い限り、鞭打ちの刑か一から三か月程の投獄だ。
「この者たちは卑しき者である!」
民衆は息を呑み、ざわめきはひそめられた。
「この者たちが戦で故郷を焼かれ追われたは、この者達が前世で悪行を重ねた故、悪霊に祟られた故である。かくも卑しき者達に慈悲の必要は無く、むしろ我らが街より石を持って追わねばならぬ害である! いわば斬首にて余分な痛み苦しみ無く罰を与え命を終わらせるは、せめてもの情けと知るが良い!」
領主は兵に命じて少年少女を跪かせ、剣の柄に手をかける。
バンデルとゲラードは思うよりも早く、その足が勝手に駈け出していた。
「「王様!」」
ジッタとキーパは叫んだ。戦士達も息を呑んだ。
「間に合うたか」
ヴァーリは我が子を見るがごとき笑顔を見せた。
「見よ、あれこそが真の王が生まれる、その瞬間ぞ」
「「待てい!!」」
二人の王のそのあまりの迫力に、領主の剣は僅かに抜かれかけたまま止まった。
「お主は嘘を申しておる!」
領主は苦虫を噛んだ。見れば身なりも立ち居振る舞いも良く、卑しからぬ身分の男達だ。うかつに兵に命じて取り押さえさせれば後々面倒になりかねぬ。
「これは異な事を。私は誓って嘘などついておりませぬ。貴方がたが彼等に情けをかける気持ちは分かりますが、いわれのない非難は困ります。もしその弁を通されると言うならば、彼らが悪霊に憑りつかれていないと言う証明をして下され」
領主は自ら上手く取り繕った事にほくそ笑む。
「できぬでしょう?」
「……確かに彼らが悪霊に憑りつかれておらぬと言う証明は出来ぬ」
「しかし、お主が嘘をついていると言う証明ならできるぞ」
「なに……!?」
「お主は善意から嘘をついた。領民を守るためにな」
「お主がこの者を斬首に処するのは、難民に対する見せしめに他ならぬ。二度と難民が物を盗みを働かぬ様に、そしてあわよくば難民を追い払うために」
「何故そうするか? それはお主がこの難民を養えぬと見切りを付けたから。そして難民を追い出しても自らが領民に非難されずに済む様に、もっともらしいこの難民達を差別しても良い言い訳をでっち上げたのだ」
「な、な、な…………」
領主は金魚のように口をパクパクさせた。
「何故わかる?と、言いたいようであるな」
「余らも為政者の端くれであるからよ。余らも父祖からそうせよと教えられ、そうしておったからな」
「そうして臣民を、そして己自身をも騙しておった」
「故に汝がなしておる事も良くわかる」
「まあ、何も我が身可愛さだけでは無く、領民も難民を見捨てた事で良心が咎めずに済むようにとの計らいでもあろう」
「だが、それでもやはり、領民も、お主自身の良心も傷付くのだ」
「只無力を認めたのならば、お主も、領民達も、その悔しさからもっと領地を豊かにしようと励もう」
「だが差別に逃げれば、人は都合の悪い事が起きれば、すぐに『卑しい者』や『悪い者』『敵』の所為にして逃げる癖がつく」
「自分達が不幸なのはみな『卑しい者』の所為、もしくは自分が『卑しい者』である所為とな」
「それは幸せになろう幸せにしようとするその者の心を、意志を奪っているに等しいのだ。良心を損なうとはそう言う事なのだ!」
「……そうして後ろめたさを誤魔化すために嘘を重ね、いずれ誰も自分自身さえも幸せに出来ぬ己をこそ憐れみ蔑むようになる」
「……余らもそうであったから、誰よりもよく知っておる」
己が人生のすべてを、虚ろに飾る事無く蔑む事無く偽る事無く、ただ仁愛を以って明るく照らす時、その全ては味方となり、真の武(戈【殺生や醜い諍い】を止める行い)となる。
明王の悟りである。
「確かに盗みは卑しい行いであろう。盗まれた者も生業を立て食うていかねばならぬのだから、それは叱られねばならぬ」
「だが卑しい者などおらぬ! 考えてみよ、もしお主が盗まねば飢えて死なねばならぬとしたら、たとえお主一人ならば諦めて死を選べようとも、盗まねばお主の家族が死ぬとなれば!」
「お主が重過ぎる罰を下そうとした事も、また卑しい行いであるが故に叱った。だが、そうせねばならぬ理由も良くわかる」
「……だから、どこにも卑しい者などおらぬ……」
「……おらぬのだ……」
「あ、あ、あ、あぁぁ………」
領主は腰を抜かし、ただへたり込んだ。
兵士達も、一歩も動く事は無かった。
領民達も、難民達も、誰を責める事も無かった。
誰一人、傷付け合う事は無かった。
ジッタやキーパや騎士や戦士達は男泣きした。
「ほれ見ろ、面白いモノが見れたであろう」
そしてヴァーリはいつものように呵々大笑した。
-3-
一方、マリエル達一行。
小男バロウズはテーブルを挟んでクロブの差し向かいに座った。
護衛の男達は後ろで無言直立不動の構えだ。
二人は賢者の石を闇取引する同業者である事を確認するための、駄話に見せかけた、暗喩と符丁を散りばめたやり取りを交わす。
やり取り自体に問題は無かったが、バロウズはしきりによそ見をした。
正確に言えば、奥のテーブル席に座るマリエル達女性陣三人に、舐めまわす様な好色な目を向けている。
「いい女じゃないか。余程羽振りがいいと見える」
「こちらのスポンサーの要求を叶えて下されば、貴方も直にそうなりますよ」
「それほどの取引か?」
「ただし条件は有ります」
クロブの言葉にバロウズは顔を歪める。威嚇の意味合いもあろうが、実際不快だったのだろう。
「……言ってみろ」
「最近の石には粗悪品が多い」
「嘆かわしい事だ」
バロウズは大げさに肩をすくめる。
賢者の石にはグレードがある。
当然、内包するマナの濃いモノほど高級品だ。
言い換えれば、マナに冒され石化病がより顕著に進んだ組織ほど高級品であり、逆に大してマナに冒されていない生身に近い組織ほど粗悪品という事になる。
それでもそれが死体から採取された石なら問題としてまだましだった。
生きた人間から無理矢理、しかも生身に近い部分まで切り取られれば、容易に出血多量で死に至る。
「無論、私から買えばそんなものは掴ませんさ」
「勿論、貴方を信用していない訳ではありません。ですが、今回スポンサーは、最上級品を、それも大量に必要としている」
「………いいだろう。時間をくれ」
「ところが時間もあまりない」
「ふざけているのか?」
「いいえ。ですからこちらが狩人と会って、加工される前の腕や足を直接買い付けたい。貴方はその紹介をしてくだされば、十分な仲介料を支払う用意がある」
そう言ってクロブは懐から大粒の宝石を、無造作にいくつもテーブルの上に並べた。
バロウズは息を呑み、震える手を輝く石に伸ばした。
「おっと」
クロブは宝石を手元に引き寄せる。
「渡すのは、紹介が終わってからです」
バロウズは二日待つように告げて去っていった。
すると興業の他はやる事が無く、稽古ぐらいしか時間を潰すに有意義な事も無い。
ルーフェスは懸命に剣を振るった。
「腕の使いがなっておらぬ。肘にも刃筋があるのだ、ちゃんと立てよ」
ブランドーは寝そべりリンゴを齧りながら口を挟む。
「し、しかし、子供の頃は雑巾を絞るようにせよと教わりました」
「……それは本来、腕の見かけの外側をこじるのではなく、力の流れを絞るのだ。流れを聴けぬお前にはまだ早い」
「……師匠」
「何だ?」
「僕はあと何千回素振りをすれば、師匠の斬徹のような大きな剣が振れるのでしょうか?」
「さあな。もしかすると一生振れぬかもしれぬ」
「そんな?」
「別に意地悪を言っている訳では無い。俺がこの斬徹を使うのは、俺がこの長さの得物しか振れぬからだ」
「そんな馬鹿な、師匠程の達人ならば、何が得物でも無敵でしょう?」
「ならば、そもそもお前が得物に拘る必要もあるまい」
「それは……」
「お前は十二だったな。ならば五つ六つほどの子供より足が速かろう」
「それは当たり前です」
「だが、五つ六つほどの子供と同じ素早さで足を動かせるか? お前が三歩動かす間に、向こうは五歩は動かすぞ」
「あ……」
「もし子供のなりで向こうも達人で短い剣を持っていれば、懐に入って俺が一度剣を振る間に二度三度と振れる。そうさせぬためには俺は自分が自在に扱える剣の内で最も長い剣を振るしかない。身の丈に合った剣が結局は一番の剣だ。今のお前が斬徹の長さの剣を振るっても、逆に剣に振り回され体を痛めるのがオチであろう。どうしても振りたければ、お前の背丈が俺程に伸びるのを、竜にでも祈る事だな」
「体を痛めるのは覚悟の上です!」
「愚か者!」
ブランドーの一喝に、他の事をしていた一同も驚き集まった。
「旦那、大人気ないぜ! もっとやる気を認めてあげろよ!」
「旦那、相手は子供なんだから」
グレガンだけでなくイシュヴァーナまで諌めに回る。
だがマリエルは、
「いえ、ブランドーさんが正しいと思います」
とのんびりと告げた。
「だって、意味も無く体を痛めたら、折角大好きな剣を嫌いになってしまいます。心は好きでいようとしても、体が嫌いになってしまいますよ」
「な……」
それはブランドーの言わんとする事そのものでは無かったが、さりとて違う事でも無かった。
一同が妙な沈黙に包まれていると、その沈黙を破るざわめきがやって来た。
「おっ、いたいた」
「兄貴、あれがその歌姫ですぜ」
「おほぉっ、ホントに話に聞く通りのマブじゃねえか」
それは雲を突くような巨漢だった。
ブランドーよりも二回りも大きく、これまた巨大な戦斧を肩に担いでいる。
「どうだ? 俺の女になれよ。いい目を見せてやるぜ」
「おととい来てください」
オフィーリアが立ちふさがり、雷撃の呪文を放つ。
―――だが―――
「効かねえなあ」
巨漢は何も応えた様子が無い。
手下たちが哄笑する。
「兄貴には痛覚がねえんだよ」
「だから手加減もねえ! 兄貴の戦斧は岩だって真っ二つだ!」
「謝るなら今の内だぜ!」
「女と金を置いてさっさと失せな!」
他の者が怯む中、ブランドーはのっそりと立ち上がった。
「ちょうど良い」
リンゴの芯を投げ捨て、巨漢の眼前に立ちはだかる。
「ルーフェス。痛みを無視する、感じぬ事がいかに愚かしいか教えてやろう」
―第7話に続く―
難民を助けたはいいがその後に困るバンデルとゲラード。
「ど、どうしたらいいのだ?」
「ですよねー」
「落ち着け。お主ら王であろうが」
心労でやつれていくシエラ。
ついでに頑張れマリエル一行!(注:今作本来の主人公たち)
次から次へと☓◎△!
第7話を乞うご期待!




