すれ違う人たち
海賊たちはマリエルたちの乗る船に襲い掛かる。
吠え猛るブランドー。
こう書くとなんだか格好いいが、実は―――www
インカレ予選フェンシング競技。
上位に勝ち進むパランタン。
でも相変わらず陽気に(しょうもない)ギャグを飛ばす。
ブちぎれるレイチェル。
こう書くとなんだかいつも通りだが実は―――TTTT
こんなにあちこち大変なのに、ヴァーリのおっさんは通常運転です。
では本編をどうぞ。
八枚の翼と大王の旅
第三話
-1-
「骸骨旗! やっぱり海賊だ!」
水夫が悲鳴を上げる。
海賊船はみるみるマリエル達の交易船に近付く。
鈍重な交易船に比べ、海賊側は櫂を併用する快速艇だ。逃げおおせるはずも無い。
髭や身なりを整える心の余裕も無く、ただ眼をぎらつかせるならず者たちは、ぎらつくカトラスを掲げ威嚇してきた。
「積み荷と金と女を渡せ! そうすれば命だけは助けてやる!」
水夫達もカトラスを構えたが、数に劣り明らかに腰が引けている。
「ブランドーさん!」
マリエルが強い瞳で訴えかける。
「……まあ、相手にできん数では無い」
「殺さないで上げてください」
「はあ?」
「その剣ならできるはずです」
ブランドーは頭を抱えた。
確かにこの斬徹なら向こうの剣だけをなます切りにする事も出来ようが、一体何を考えているのかこの女?
やはり頭がおかしい。
「何とお優しい! やはり聖女様であらせられる! 不肖このクロブ、雷の呪文でお手伝いいたします!」
「……このオフィーリア、姫様の我が儘には慣れております」
道化と副メイド長も同意している。
「このバカ娘がぁっ!」
ブランドーは吠えた。
海賊たちが怯む。
「お、脅かして済まそうったて、そうはいかねえぞ!」
海賊の頭目が叫び返す。
「お主らは鏡を見た方がいい」
ブランドーは八つ当たりに近い怒りとともに背中の斬徹を抜き放った。
海賊たちは息を呑む。
「は、ハッタリだ、あんなもん! 揺れる船の上であんな長物が満足に振れるものか!」
頭目の声に海賊たちは顔を見合わせた。
「囲んじまえ! そうすりゃ手も足も出ねえ!」
頷き、気を取り直す。
舷側にロープが掛けられ、引き寄せられ接舷する。
海賊たちは一斉に雪崩れ込んだ。
水夫たちは生唾を呑み、殺される覚悟を決めた。失禁する者もいた。
「母ちゃん!」
先頭の海賊たちは掲げたカトラスをブランドー目がけて振り下ろさんとして―――
―――刀身の根元から先が無い事に気付いた。
「ば、馬鹿な!?」
海賊たちは白昼夢の中にいるのかと錯覚した。
達人ならば剣で剣を断つ事も適う。
だがただの一振りで四本の剣を一度に断つなど常識で言ってもあり得ない。
先頭の海賊たちは凍り付き、後ろに続いた海賊たちはつっかえ、または横に押し出される。
そこにオフィーリアとクロブの電撃の魔法。
「があっ!」「ぐげっ!」
「驚きました。ただの魔術師協会職員と聞いておりましたが、熟練の戦闘魔術師並みの手際ですわね」
「はあ。自分でも意外です」
そしてブランドーはパニックに陥った海賊の群れに斬り込み、剣を断ち叩き伏せて行く。
さながら嵐の如く。
後は一方的な掃討戦であった。
「ば、馬鹿な? こっちは二十人近くいたんだぞ! それがたったの三人にだと!?」
最後に一人残った頭目は、柄しか残ってないカトラスを手から落とし、へたり込んだ。
海賊たちはそれぞれ縛り上げられた。
ロープをあまり無駄遣いすると航行に支障をきたす恐れがあるので、何人かは裂いた布で縛られる。
「こいつらどうしますか、船長?」
「可哀そうだが、こういう時は縛ったまま海に放り込んでサメのエサと相場が決まってらあな。元はと言えば同業者で同情もするが、こっちだって剣を向けられたんだ。恨みっこなしだぜ」
ブランドーは頷く。
「そう言う事だ、バカ娘。お前の言った事はただの自己満足だ」
「何故ですか?」
「いいか、人の血を覚えた獣はそれに味を占め、また人を襲う事を繰り返す。こいつらも同じだ」
「じゃあ、人の血や盗みの味よりも好きな仕事を見つければいいですわ」
ブランドーは眩暈がした。
待て待て、騙されるな。
「……好きな仕事にありついたとしても、そこで苦しい目に遭えば、また楽をしようと盗みや殺しを始める。お前の言う事は、やはり綺麗ごとだ」
マリエルはしばらく悩んだ。
何か閃いたのか、手を打つ。
「そう言えば、昔京香曾祖母様から聞いたことがあります。大事な夢を叶えたい時は、何か好きなものを断てば願いがかなうって。お茶とか煙草とか甘いものとかお酒とか」
「馬鹿な事を言うな。普通人間は好きなものの為に仕事に励むのだ。そんな台詞は、少しでも余分に民から税を取り立てたい無能な為政者が流した世迷い事よ」
ブランドーの言うそれは一面の真実である。
それを励みに仕事をしている者からそれを取り上げれば、やる気など出ようはずも無い。
奴隷の酷使と変わらない。
だが、願掛けの本来の意味とは―――
「普通はそうだと思います。でも何か悪い事に味を占めてそれを繰り返しそうになる時、お酒とか好きなものを断つ事に比べれば、悪い事を我慢するなんて、何の事は無い。そう我慢できる。罪を犯し、罪に流されようとしている人の為に有る事なんです。そうすれば、きっと悪い事がやめられます!」
「な……」
ブランドーは反論できなかった。
「うう……、俺、酒やめます」「俺は砂糖菓子やめる」「煙草やめる」
「俺、本当は鍛冶屋やりたかった」「山羊飼いやりたかったんだ」「俺は革職人。それも靴屋」
「俺、やり直します」「俺もだ!」
「見習いがきつくても、やめねえぞ、畜生!」「そうだそうだ」
「あんた本当に聖女だ!」
海賊たちは泣き始めた。
周りの者ももらい泣きし、クロブなどは大泣きした。
「そうです! 私もそうだったのです! 聖女様のお蔭でやり直せたのです!」
ブランドーは溜め息をつき背を向ける。
「……下らん」
夜、ハンモックに寝そべり、まんじりとしていたブランドーに、マリエルが声をかけた。
「ありがとうございます」
「礼などいらん。そなたの母との契約故な」
「いえ、そうでは無く」
「?」
「剣で皆を守って下さった事もお礼を言わねばならないのですが、また今回も貴方がともに口添えしてくれなければ、海賊さん達を説得できませんでした。その事のお礼です」
ブランドーはその言葉に頬がカッと熱くなるのを抑えられなかった。
「皮肉か?」
「?」
「俺はまんまと出汁にされたと言う訳だな」
「……違います」
マリエルはわなないた。
「貴方が温かいから、だからみんなの心に響いたんです」
「………それこそ皮肉だ」
「……」
マリエルはそれ以上踏み込めなかった。
これまで人に拒まれても、きっとそれにはその人の理由があるのだと思えばそれ程怖くは無かった。
だが、何故か、今はいかなる理由があろうと拒まれるのが怖かった。
マリエルを守るためにレティーグの腕を切り落とした妹シエラに似たこの男に。
二人はそれ以上言葉を交わす事無く、潮騒の音がただ切なく響いた。
-2-
インカレ(大学総体)予選。
剣道会場。
面を外す堂島は汗を滴らせながら呻いた。
「何故奴がいない?」
フェンシング会場。
その頃一矢は皆と一緒にパランタンを応援していた。
「負けるなーっ!」
「いけーっ!」
「そこそこ、あっ、危ない!」
「おっ、おっ、これは?」
「「「やったー!!」」」
準決勝、パランタンが鮮やかな逆転勝ちを決めて大いに盛り上がる。
パランタンはコートを降りるとフェイスガードを外し、親指を立てた。
「皆さん、御声援テンアンツ!」
「「「………」」」
「即ち蟻が十匹!有難う!」
―――救いようも無く熱が冷めた。
「ギャグにカビが生えとんじゃ!ボケー!」
レイチェルの仁義なき跳び蹴りがパランタンを吹き飛ばした。
「よ、よせ、まだ試合が残ってる!」
可哀そうなのは監督であった。
声援虚しくパランタンは決勝で敗れた。
レイチェルは息が詰まった。
そんなそぶりは見えないが、もし、さっきの跳び蹴りが原因で怪我をして負けたとしたらどうしよう。
パランタンが酷く落ち込んだらどうしよう。
パランタンはコートから降りると皆の元に歩み寄り、フェイスガードを外した。
「いや~、負けましたでーす。皆さん可哀想な私を構ってくださいでーす」
相変わらず陽気にへらへら笑っている。
「む、閃いたでーす」
顎に手をやりニヤリと笑う。
「「「よ、よせ!」」」
皆に戦慄が走る!
「オカマのカマキリがカマを構えて言いました。ねえ、構って。カマーン」
死屍累々。
だがパランタンは違和感に気付く。
いつもなら来るはずのレイチェルのツッコミが来ない。
レイチェルは―――
―――ボロボロと涙をこぼしていた。
「何で笑ってんだよ?」
「な、何でって」
「悔しくないのかよ? 本気じゃないのかよ? 全部笑いごとで済ますのかよ?」
「……」
「お前はそう言う奴かよ? もしあたしがお前が嫌いだって言ったらそれも冗談で流して笑いごとで済ますのかよ?」
レイチェルはびっと人差し指を突きつけた。
「お前なんか、嫌いだ―――――!!」
踵を返し、走り出して行く。
絶対零度に凍りつくパランタンの肩を、エリスロとカロが叩いた。
「追いかけなさ~い」
「大丈夫だ。行けよ」
パランタンは恐る恐る、だが次第に駆け足で―――
―――追いかけた。
「頑張れ!」
一矢はその背に声援を送った。
決勝よりも強く、思いを込めて。
不幸に、『ああ、またか』と、打ちのめされ続けてきたからこそ、
幸せを信じたかった。
「頑張れ! パランタン!」
-3-
一方、ジュデッカでヴァーリ大王たちは―――
―――だらけていた。
「暇よのー」
タライに足ツッコんで団扇を仰ぐ。
「そんなに暇ならあそこで荷担ぎしているバンデルさんとゲラートさんでも手伝ってあげれば」
キーパがジト眼でツッコむ。
「知らん。大体奴ら運動不足にも程が有る。手伝ったらかえって可哀想と言うものよ」
「仮にも王ですよ」
「民草の苦労を知るのも王の勤めよ」
そこに息せき切ってジッタが駆け込む。
「大王! 偽物現るの知らせです! それも今度は大軍ですぜ!」
「来たか」
「大王の予想通りですな」
ヴァーリとグスタフは慌てずのんびりとココナッツジュースを啜った。
―第四話へ続く―
昔の少年漫画の鉄則に、
『引きは「よりによってここで終わるかーっ!?」というくらい凶悪なほどいい』
というのがあります。
一冊の本にまとまる時はきれいにオチが付いてないと困ることも多いのですが、連載物だとなるほど自然とそうなるものだなと自分で書いてて納得することしかり。
次回までやきもきしたってください。
特にパランタンを応援してくれてる貴方達(感謝)。
でも今作のメイン主人公はマリエル&ブランドーなのでそっちのコメントもくれると嬉しいんですが。
どうでしょう皆さん?
それではまた次回。