ベルゼウス山隠れ里攻防戦
怪物たちの戦いぶりは、まさしく悪夢であった。
それは指揮官にとって理想の軍隊であり、ひとたび敵に回れば悪夢以外の何物でもない。
まさしく大軍同士であればあるほど勝ち目が無い。
カイネルは堪らず笑い出した。
たった七十の兵のうち半数を越す者が、やはり石化の病で体が欠損している。
百の怪物は前進する。
人々はその告白と懺悔に、沈黙に固まる。
謹賀新年明けましておめでとうございます。
本年もまた無事毎月連載を続ける事が出来、皆様に再会できて感謝に絶えぬ豊福です。
今回は最終決戦前哨戦、隠れ里編でございます。
マリエルと旅の仲間たちがいかに戦うか、しかと御見届け下さいませ!
それでは本編をどうぞ!
八枚の翼と大王の旅 ―第二十二話―
-1-
ジュデッカ大陸、大王の陣。
ザーダーン王国の残党本体の到着はまだ当分時間がかかるが、王子サマンドと、王城警備長改め、王国騎士団長ダガランは、早馬でヴァーリ大王の元に一足先に馳せ参じた。
サマンドとダガランは馬から降りると、片膝と片手を衝いて大王に礼を施す。
だが、自己紹介もそこそこに、
「是非、我々を旗下にお加えください!」
と、切り出す。
「おっけ~」
ヴァーリのあっさりと軽々しい承諾に、ジッタとグスタフ以外の者は総ゴケした(可哀想に)。
「「は?」」
サマンドとダガランは呆然と固まる。
「嫌か?」
「いえ、滅相も無い!」
「ありがたき幸せ!」
「それはそうと、早馬で帥等を呼んだのは他でもない。怪物どもの戦いぶりを聞きたかったからよ。間者から魔法で聞いてはおるが、やはりお主らから直に聞きたかった」
「ははっ、何なりと!」
怪物たちの戦いぶりは、まさしく悪夢であった。
当初、王国軍は辛勝を目算していた。
怪物の数は王国軍より多いとはいえ、籠城戦であれば、時間はかかれどもそれを覆せると。
城壁に囲まれた王都と、ダガランの前任の騎士団長が預かる出城に、それぞれ立て籠もり、怪物が王都を攻めれば出城から出た兵が後背を討ち、逆に出城を攻めれば王都から出た兵がその後背を討つ。
日本の歴史上でも、大阪城と出城真田丸の史実にあるように、時間さえかければ数に勝る敵でも撃退し得る、優れた戦術である。
だが――――
「あのような完璧な軍隊は見た事が有りませぬ」
「一糸乱れぬとはまさしくあの事です」
たとえ後方を衝かれようとも、怪物軍が動揺する事は一切なかった。
方陣、横陣、縦陣、魚鱗、鶴翼――――
状況に応じて的確に、戦術書に有るあらゆる陣形を、まさしく戦術書の理想とするままに、一切の遅滞も列を崩す事も無く、不利になろうと微塵も乱す事無く、瞬時自在に操る怪物軍に、王国軍は為す術も無かったのだ。
「大王の軍は少勢ながら強く、相手がたとえ怪物でも少勢なら引けを取ったりはしませんでしたが………」
「正直、例え大王の部下がすべてあの強さでも、統制の難しき大軍同士の戦いとなったれば、怪物軍に勝つ方策を非才な我らが身では、思い浮かべる事が出来ませぬ」
野戦では到底勝ち目がないと悟り、ひたすら城壁に頼っても無駄であった。
城壁の上から、いくら矢や石や煮えたぎった油を浴びせようとも、首を刎ねぬ限り死なぬ怪物には、何の痛痒も与えなかった。
痛みを感じぬが故に踏み台にされても構わず、彼ら自身の身体が梯子となり、登り襲い掛かる。
そうして王国は陥ちたのだ。
「………完璧に戦術書の理想の形通りに動く軍隊………」
セントゥリウスが呆然となる。
それは指揮官にとって理想の軍隊であり、ひとたび敵に回れば悪夢以外の何物でもない。
何故なら、軍隊と言ってもそれを構成するのが人間である以上、事実上それは不可能だからだ。
人間には身体に、そして何より心にも個性がある。
足の速さにも戦闘力にも差があれば、怒りに任せて無謀に突撃する者も、臆病に逃げ出す者もいる。
訓練をすればその差は多少均せるが、その個体差が有る以上、戦術書の理想通りになど動くはずが無い。
故に、大軍になればなるほど、普通の人間の軍隊は弱い者に合わせて鈍重にならざるを得ず、その癖、ひとたび趨勢が不利になれば、崩れるのは呆気なく、一瞬だ。
まさしく大軍同士であればあるほど勝ち目が無い。
「怪物の数は? あれから間者の報告は?」
「王国中の石化病、賢者の石の患者を捕え、日に日に増えているそうです」
キーパの答えに目の前が昏くなる。
「何だ何だ、暗くなりおって!」
ヴァーリはセントゥリウスの背中をどやす。
「だから言うたではないか。戦術書など知った事か、余らは戦争ごっこをすればよいのだ!」
「はあ?」
「思う存分、面白がって楽しめばよい。戦術書だの兵法書だのは、人殺しばかりして大軍を動かすのに無精がる様になった怠け者の書いたモノぞ。戦争ごっこの様に、兵の個性ありのままを楽しめばよい。ただそれだけぞ!」
「はああ?」
「………大王、怠けまくってましたよね?」
キーパが突っ込むがヴァーリは聞いちゃいない。
「では、新入りの皆も含めて、思う存分遊ぼうではないか! グスタフ、ジッタ、付いて参れ!」
「ははっ!」
「ひゃっほう!」
「だ、大王、お待ちを!」
「わ、我々も行きます!」
「と言うか、一体どういう事なのですか~?」
皆が嵐のように軍議室を去った後、
「………まあ、なるようにしかならないよねー」
キーパは、のんびり椅子の上に正座して茶を啜った。
-2-
ジュデッカ大陸の港街。
つい先ほど接岸した大型の蒸気船から、騎士と魔道士からなる軍団が溢れる様に、だが整然と桟橋に降りる。
その堂々たる精軍の威容に、行き交う港街の人々は、時に足を止め唖然と見やっていた。
「では、我々はここでお別れですね」
魔道士カーツが、魔法騎士団団長カイネルと別れの握手を交わす。
「うむ。ここから我々の目指す大王の陣はまだ遠いが、君達の目指す古戦場は近い。私の代わりにシエラザード姫殿下と、カズヤ殿の事をよろしく頼む。後で礼は如何様にもしよう」
「本当? じゃあ、僕はベッフェルのお店で高級スイート食べ放題!」
「私は王城通りのブティックでドレスの一着でもいただければ~」
調子に乗るロレンスとメイシア。
カーツは二人の頭を容赦なく叩く。
「そこはみんな宛に差し入れ一つで満足するとこだろ!」
「「ひどい~」」
「いやいや、それくらいで済むなら安いものだ。あの二人は私の命の恩人。なら彼等を救う君達もまた私の恩人という事になる」
「ほれ見なさい。流石団長は太っ腹よ」
「隊長がけちんぼなんですよ」
「カイネル様、こいつらは甘やかすとつけあがるんです!」
「まあまあ、それくらいにしたまえ。向こうから来る空の馬車の列は、君達用に手配したものだと思うが? 急いだ方がいいのではないかね?」
「はっ、すみません!」
「「や~い、叱られた~」」
「お前らも叱られたんだ!」
「くっ、はっはっはっははは」
カイネルは堪らず笑い出した。
何の事は無い、歳を食っているはずの自分より、若い彼等の方がずっと余裕がある。
自分も、もっと肩の力を抜かねばな。
「有難う。武運を祈るよ」
若い3人は、はじめ何に感謝されたのか分からず怪訝な顔をしたが、シエラ達を救いに行く事と勝手に解釈し、恭しく礼を返す。
「「「任せてください、団長達こそ、御武運を!」」」
-3-
ジュデッカ大陸ベルゼウス山、隠れ里。
怪物の数はおおよそ百。
対する隠れ里の兵は七十。
たった七十の兵のうち半数を越す者が、やはり石化の病で体が欠損している。
だが、欠損しているが故に戦えるのだ。
病を抱えてもまだ戦える者はいたが、賢者の石が付いたままの彼等が万一敵の手に落ちて、怪物を生み出す苗床にされる訳には行かず、柵の中に残してきた。
怪物達にとり、目前の七十は充分に制圧できる数と踏んだ。
だが、兵力を分散すれば被害が甚大になる数でもあった。
兵力集中、分散の愚を犯さず。
戦術の教科書通りの判断である。
それは合理的な判断であったが、軍師ズーの賭けに勝たしめさせる、失策でもあった。
百の怪物は前進する。
七十の兵も早足で迎え撃つ。
十も数えれば両軍は激突するだろう、その時―――――
七十の兵はいきなり足を止め、一斉にしゃがんだ。
立っていたのは、後ろのクロブやオフィーリアや里の魔法使い。
怪物達に対して普通の攻撃魔法は効果が薄かった。
理由は、首を切るか核を破壊せねば再生する、不死性ゆえである。
その報告を、オフィーリアも通信魔法で受けていた。
ズーはそれを聞いて策を練り上げたのだ。
賢者の石を湯水のように使い、風の戦術級大魔法、『死神の大鎌』は放たれた。
巨大な真空の刃が、愚かしくも整然と鶴翼の陣形に並んだ怪物達の首を、ごっそりと刈り取って行く。
三分の一を越す怪物が、形を失い土に還る。
だが、残り三分の二の怪物は構わず、陣形を魚鱗に変え、突撃する。
いまだ同数近くになったに過ぎず、戦闘力は死に難い怪物の方が上。
しかも1体でも勝ち生き残れば、賢者の石でまた増やせる。
被害と言うものを、まるで机上の数字にしか見ぬ冷徹さであった。
両軍がぶつかる。
ほとんどの者は、腕肘に括り付けた盾(彼等の多くは片方の手首から先が無かったからだ)で、怪物を受け止めるのに精いっぱいだ。
辛うじて反撃しても、付けた傷は瞬く間に塞がって行く。
ズーに予めそうなる事を言われていなければ、たちまちの内に心挫けていただろう。
だが、やはりこの二人は違う。
ザッパの剣は、『滲み突き』で正確無比に頭の、時に胸のコアを衝き砕いて行く。
そして、ブランドーの剣は時に一振りで、二体、三体の首を同時に綺麗に宙に舞わせる。
「生き物には違いないでしょうが、人ではない分、情けが起きず楽ですな」
「まったくだ」
軽口を叩く余裕、どころか、実際に彼等の言葉も剣もいつもより明らかに軽い。
「続きましょう!」
ルーフェスも果敢に斬りかかり、負けじとグレガンやイシュヴァーナも奮起する。
奥義を伝授されたからと言わば言える。
奥義を伝授された事により、型の意味がより深く理解できた。
空ぶったりしくじっても、相手が付く隙を想定して罠が仕掛けられている。
その事が、より剣を思い切ったものとしたのだ。
クロブ達と後ろに控えるマリエルの歌は、不思議と戦いの喧騒にあって尚響き、いや増した。
兵達は、まるで女神の祝福を受けたように、自分達も身体が軽くなるのを感じる。
怪物たちは自分達が不利になりつつある事を悟った。
前面の十体を捨て石にし、四十体を後退させ、戦術と陣形の変更を図る。
だが―――
「今だ!」
ズーが軍配を揮う。
「やれやれ、人使いが荒いですねえ」
クロブが大魔術の疲労に苦しみながら、それでもどこか楽しそうに減らず口を叩く。
次の戦術級大魔法が発動する。
怪物たちの横路と退路を塞ぐように、巨大な土壁が地面からせり上がる。
予めズーの指示で戦場の数か所の地面に、魔方陣を埋めて仕込んでおいた。
縦に間延びした陣形は、囲いの出口にしか戦力を配せない、各個撃破の餌食となる最悪の手となる。
ズーはまたも賭けに勝ったのだ。
袋のネズミとなった怪物たちは、次々と狩られて逝く。
お蔭で兵達は、疲れた者、傷付いた者は、後ろの者と交代するゆとりさえ持て、結果として一人の死者を出す事も無かったのだった。
帰ってきた兵達を、領民達は笑顔で、ある者は歓喜の涙で迎えた。
特に指揮を執ったズーと、大魔術の中心となったクロブには、領主からの最大の賛辞が贈られる。
人々は、二人に惜しみない感謝の声を送る。
ズーとクロブは、だが、喜びを浮かべず、苦汁の決意を込めて口を開いた。
「感謝しなければならないのは我々の方です」
「私達は貴方がたに償いをする権利を与えられ、些少ですがそれを果たす事が出来ました」
「何故なら、我々はかつて、貴方がたをただの賢者の石として狩り、その命を刈り取った罪人だからです」
「それは、いくら償っても償いきれません」
人々はその告白と懺悔に、沈黙に固まる。
「だが、もし許されるなら、これからも、この里で、償いの道を生きさせて欲しい」
「そして、真に称えられるべきは私達ではありません」
「我々を悔い改めさせてくれた、マリエルとブランドーをこそ、どうか讃えて欲しい」
人々の視線がマリエルとブランドーに集まる。
そして、拍手と歓声が沸き起こった。
-4-
アフリカ大陸、暗黒の谷。
ここでもまた、籠城する難民達と、国連の兵士達。
ヴァースキは険しい顔で、峡谷の入り口を見据える。
やってくるのは2つの騎影。
一矢とシエラである。
「どうだ?」
ヴァースキは声をかける。
「怪物の軍勢が一両日中にはこちらに辿り付きそうです」
一矢の報告にヴァースキは顔をしかめる。
「数は?」
「おおよそ二百ですね」
「クソっ! こっちの援軍はまだ来ないのか? このまま先に怪物に峡谷の入り口を塞がれたら、我々は飢えて死ぬしかないんだぞ!」
「心配するな」
シエラは悪戯めいた微笑みを浮かべて、峡谷の奥を指差す。
「我々の援軍はあちらから来る」
「―――馬鹿な! あっちは只の行き止まりだぞ?」
―第二十三話に続く―
「いや、民間人の君達を利用している、狡い大人は、我々の方だと思ってね」
「まあ、そうですね。たかだか自分の為に人を利用する人は信用できません」
「そうですね、彼等はルーズです」
「だが、どう励ませば?」
「だ、大王、兵と親しむは平時においては大事ですが、今はそれどころではっ!?」
「ああ、延々これが続くだけで、確か後は出たとこ任せだよな」
「援軍は間に合わなかったな」
「くそっ! 間に合え間に合えー!」
「お願い~!」
以上、次回予告でした。
てな訳で次回は最終決戦前哨戦の最後、一矢達の暗黒の谷の戦いとなります。
さて、いつもならこれから延々と、今話の解説だの武術ヲタクの蘊蓄だの書く処ですが、流石に大規模戦闘は描写がすべてで、解説など野暮と言うものと思っておりますので、今回は無し。
なに? お前が解説書きたくないだけだろうって?
うん(身も蓋も無い)。
大体ゴブ○レやマジ○ペじゃないけど、大規模戦闘は勝つべきものが勝って偶然の余地が少ないと筆者も思っていますので、逆に解説すると無味乾燥(ミクロマクロ論とか、カオス環境と個人、カオス環境と集団の影響力の逆転現象とかでその事自体の解説は出来ん事は無いがしない)で面白味が無いですよ。エモ(士気)ももちろん重要な要素ですが、そんなん本編で描くべき事でここで書く事じゃねえええ!
ふう、これで字数が稼げた。上手く誤魔化せたぜ(おい)。
それではまた来月、次話をお楽しみに。
筆者も来月も皆様に会える事を楽しみにしております。
それじゃあ、まったねー。




