ー第二話ー マリエル旅立つ
ついに旅立つ事となったマリエルとブランドー。
彼らの旅の道先案内人は、意外なあの人物だった。
一方、一矢とシエラの仲は、周りの思惑と裏腹に……
そして、ヴァーリ大王は……周りが気をもむだけ無駄なんちゃう?このおっさん。
今日もみんなをやきもきさせるぜ!(おい)
八枚の翼と大王の旅
第二話
-1-
これは夢だ。
部屋中に散らばる破かれた譜面。
そんなものはもう無い。
ずっと昔にそれは燃やされ綺麗に片付けられてしまったものだから。
破かれた譜面から滲み出る心の血と痛み。
やがて何もかも枯れ果てる。
その出来事から心はだんだんと何も感じなくなっていった。
「貴方は魔法に才能があるのだから」
無責任な言葉。
「君に魔法の才能は無いね」
無責任な言葉。
「魔術師協会の仕事に就くといいよ。安定した仕事だから」
無責任な言葉。
人の無責任な言葉に言われるがままに生きてきたのだ。自分が無責任に生きて何が悪い?
どうせ何も感じないのだから。
残った感覚はただこの火傷の痛みだけ。
嫌だ、焼かないでくれ。
もう何も残っていなくても死ぬのは嫌だ。
ドラゴンが咢を開き、業炎が猛り狂う。
嫌だ、あの譜面の様に燃やされるのは嫌だ。
それだけは嫌だ。
嫌だ、誰か、助けて――――
「大丈夫ですか? 酷くうなされてましたよ」
魔術師クロブが目を覚ますと、そこには聖女と謳われるクロースリアの金の髪の美姫、マリエル王女の姿があった。
目と正気を疑う。
こんな饐えた匂いのする牢獄に居ていい人物では無い。
「こいつが道連れだと?」
連れ添う男が虎の様な目をクロブに向ける。
「クレア殿も何を思ったか知らんが、どう見ても怯えしか残っておらん只の抜け殻だな」
剣豪たるブランドーの見立ては常に過たぬ。
言われたクロブ自身がその通りだと空虚に頷く所だ。
物事をありのままに見る達観とは、この男の眼を言うのかもしれない。
だが――――
「大丈夫ですわ! 冒険に行くと聞いて胸をときめかせない人なんていません」
二人の男は顎を落とした。
やはりこの娘は本物のアホだ。ブランドーはまたも眩暈を覚える。
「貴方だって自分が魔法を使えると分かった時、憧れた冒険の旅に出れると思った事があるでしょう?」
マリエルはクロブの手を握った。
ブランドーが眉をしかめる。
クロブは狼狽えた。確かに思った事は有る。だがそれは子供なら一度は夢想する流行り病のようなもので――――
「賢者の石」
ブランドーは冷や水を浴びせた。
「ジュデッカで違法に狩る者がいる。お前なら密売人や狩人に詳しかろう?」
「………おっしゃる通りで」
「私のような石化の病を抱えた者が、手を足をもがれているんです。当然少なからぬ人々が死んでいます、どうか力を貸して下さい。正義の冒険者に、憧れの冒険者になって、貴方自身を救って下さい」
「………」
「偽善だな」
ブランドーは鼻息を吹く。
「だがお前のしてきた事のツケは払え。さもなくば怨嗟の声を鎮めるために精々むごたらしく処刑されろ」
「確かに………。他に道は無いようですね」
クロブはのろのろと立ち上がった。
牢獄を出ると、マリエルは泣きそうな瞳でブランドーを見つめる。
この女泣きながら文句でも言うつもりか? ブランドーは戦慄する。
「有難うございます。きっと私一人ではあそこまでうまくクロブさんを説得できませんでした」
拍子抜けの答え。
「分かればいい」
素っ気なく返す。
すると今度はマリエルは満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
「……」
わからん。調子が狂う事この上無い。
-2-
王都から二つの大陸を隔てる南のアスピズ海へと向かい、最近出来たばかりの蒸気機関車と言うものに乗る。
貸し切りの貴賓車両に乗るのは僅かに4人。
「皆様の身の回りの世話をさせて頂きます、副メイド長のオフィーリアと申します」
三十路あたりの毅然とした黒髪の才女がスカートをつまみ首を垂れる。
「過保護にも程がある……」
「タイグライト様の仰る事ももっともですが、せめて足手纏いにならぬ者をと選定いたしましたところ、私しか適任がおりませんでしたので」
「ブランドーでよい。確かにそこらの者より使える様だが、身を守るまでに留めよ。それ以上は面倒を見ぬ」
「心得ております」
「ばあや(メイド長)ったら、気を利かせてくれたんですね」
「ベルノとランカの不始末を繰り返す訳には行きませんので」
「「?」」
「こちらの話です」
「まあよい。それについて詮索はせぬが、運んできた大きな荷物は何だ? バカ娘の着替えだのなんだのとぬかせば、今すぐ窓から放り捨てるぞ」
「いえいえ。贅沢はさせるなとクレア様からのお達しです。むしろその逆、自前で旅費を稼ぐための物です」
オフィーリアが覆いの布を取ると、いくつかの楽器が現れた。
「姫様ははっきり言って歌しか取り柄がございません」
「はい。歌は得意です」
ブランドーはマリエルの皮肉を気にする事の無い能天気な笑みにまたも眩暈した。
「それ故我々は身分を隠す為、旅の楽士一座と名乗って旅をする事となります。幸いな事にブランドー殿は葦笛の名手との御噂」
「無聊の手慰みよ。それで飯を食っている訳では無い」
「御謙遜を。葦笛に最も近いのはこの笛ですので、港に着くまでの間、これで様子を見てくれませんでしょうか?」
「まあ、よかろう」
「クロブ。貴方には火傷を隠す為のこの道化の仮面と、そうですね、カスタネットかジンバルはどうでしょうか? 道化ならばリズムを外しても御愛嬌で済ませますし――――」
皆が物言わぬクロブに目を移すと、
クロブは見詰めていた。
「それは一番難しい八弦リュートですよ。クレア様も何を思われて用意されたのでしょう? 素人が手を出せる物では――――」
クロブは雷に打たれたかのように震え、涙を落とした。
「……これがいい。練習ならする。だからお願いだ……」
「出会えたんですね、恋人に。ようやく再び出会えたんですね」
マリエルはもらい泣きした。
クロブは赤子を抱くようにリュートを掻き抱き、長い間嗚咽し続けた。
ブランドーは寝台の上で薄目を開けた。
リュートの僅かな爪弾く音が響く。
クロブはリュートの胴に布を詰め、皆の就寝の妨げにならない様に気を遣いながらも、ひたすらに練習を繰り返していた。
それはまるでまさにマリエルの言うように、詩人が恋人に送る詩を何度も何度も書き直している様に見えた。
久しぶりの八弦リュートだったのだろう。最初はたどたどしかった。
だがやがて、技術は未熟だが、それに命を賭ける者のみが宿す、何かを匂わせ始めた。
ふと子供の頃を思い出す。
ただただ剣を振るのが楽しく夢中になっていた頃。
別段今怠けている訳では無い。
だがそれは虎が強いのが当たり前で、牙を磨き爪を研ぐのが当たり前。そんな何かだ。
(俺は一矢とカロと戦うのをあれほどまでに恋焦がれているだろうか?)
言い様の無い何か。
それは敗北感に近かった。
(俺は何のために剣の腕を磨く?)
-3-
汽車は終点の港町ミレーユに着いた。
宿屋に入り、夕食を済ませると、ブランドーは一人夜の街に出る事を告げる。
「私もご一緒していいですか?」
やはりマリエルはアホだ。
「いいか。荒くれ者が夜の街に繰り出すと言えば、お前など近寄る事も出来ぬガラの悪い酒場に行き飲み明かし、博打を打ち、気に入った娼婦がいれば買う。そう言う事を言うのだ」
「いろんな方がおられるのですね。是非お話をしてみたいですわ」
ぷっつん。
「現実を知れ! このバカ娘! 脳味噌が無い力も無いくせに見た目だけはいいお前などを連れて行けば、女はやっかみ、男も自分の連れている娼婦よりも上玉を連れているとやっかみ、どれだけトラブルが起こると思うのだ!」
「そうです! 姫様がそんな下等な者達の所に行かれてはなりません!」
ぷっつん。
「下等だと? 分かり易く見栄を張り意地を張るのだ。お前ら貴族の陰湿な見栄よりよほど清々しい! 見栄の為に殴り合いの喧嘩になるのと、見栄の為に税と言う泥棒で領民から搾り取るのとどちらが上等だ? ふざけるな!」
オフィーリアは口を噤んだ。
だがマリエルは穏やかで神秘的な笑みを浮かべた。
「やっぱりブランドーは優しいのですね」
ブランドーはまた眩暈がした。
「俺は優しくなど無い! お前らが現実を知らぬだけだ!」
いささか乱暴に部屋のドアを開けて立ち去る。
酒は不味かった。
酒の味が悪いのではない。程良く猥雑な店の感じもむしろ好む処だ。
だが酒をしみじみ味わえぬくらい気持ちが荒れている。
ここまで荒れた気持ちを鎮める術をブランドーは剣以外知らなかった。
盃を置き店を出て空地を探し当てると、斬徹を抜き放ち心の赴くままに振るう。
荒れた気持ち故に剣も荒れ、骨や筋が軋みを上げる。
弱い者は自分は努力している、頑張っていると言って、軋む声を聞いても聴かず誤魔化し、ただ無理を重ねる。
故に余計に弱くなる。
鍛える事と己を無意味に苛む事は違う。
全力を以って、しかして軋みなど毛程も許さぬ程、丹念に流麗に、刃の上に立つが如く、己が刃そのものになるが如く、全霊を以って研ぎ澄ます。
己を偽れば死あるのみ。
ようやく興が乗り己を取り戻したと思った頃、誰かが近付く気配を感じる。
道化の仮面。
クロブだった。
何を思ったかブランドーの動きに合わせて剣舞曲を弾き始める。
面白い。
ブランドーは剣速を上げる。
クロブは付いて行ききれず、幾度も音を外す。
だが弾く事を止めぬ。
力の差をありありと感じ、打ちのめされているはずなのに、弾く事を止めぬ。
ブランドーは何か急に馬鹿馬鹿しくなった。
剣舞を止める。
クロブも剣舞曲を止めると、拍手を送った。
「まことに剣豪であらせられる。私などの遠く及ぶ所ではありません。どうかいつまでも背中を追いかけさせて下さい」
追従には聞こえなかった。
「子供か、お主は」
呆れた。
(俺はなりのでかい子供相手にむきになっていたのか。下らん)
思えばマリエルも子供ではないか。
-4-
楽士一座のふれこみで宿に泊まっているのに、演奏せぬ訳には行かない。
食堂には昼飯を食いに来た客が溢れかえっていた。
マリエルは正体を隠す為に髪を赤く染めている。
「シエラちゃんとおそろいの色なんですよ」
大層自慢の妹らしく、自分も彼女のようにあちこちの旅に出たかった願いが叶った、と喜ぶ事しきりであった。
「まあ、こんなアホでは余程の者を供に付けねば周りの物も外に出すのを許すはずもあるまい」
その言葉に、オフィーリアはブランドーを睨み付けたが、口では何も言わないまま目を逸らす。
クロブがリュートを爪弾く。
オフィーリアが大小の太鼓を叩きリズムを刻む。
ブランドーは悠然と旋律を合わせる。
マリエルの声が伸びやかに響く。
客たちはいつしか食事を口に運ぶ事すら忘れていた。
曲が終わった後、宿を静寂が支配する。
拍手と喝采がそれを破る。
一行は宿の主が専属の楽士になってくれと懇願するのを苦労して断る羽目になった。
「まあ、確かに路銀に困る事は無さそうだ」
ブランドーは安堵したが、
「これで旅が続けられますね!」
マリエルの能天気な喜びように、また眩暈がした。
「大変良かったですわ」
「お役に立てれて幸いです」
オフィーリアとクロブもまた能天気な喜びようである。
「………」
さっさとジュデッカで用を済ませてこの連中とおさらばしないとアホ菌がうつると思うブランドーだった。
『では一年も保たぬと?』
『残念ですが、今の石化の進行具合では、肺、心臓にまで届くのは時間の問題です』
『あたしが、姫様に酷い事を言ったから。あたしほど病が酷くないじゃないなんて言わなければ!』
『お前の所為じゃないよ』
『残りの時間は本人の望むようにさせるのが一番かと』
『王族が見聞を広める旅に出るのは代々の慣わしでもありますな』
『シエラ様には慣わし故と伝え、残り寿命の事は伏せるべきかと』
『まこと、わらわの娘は手のかかる子ばかりよ』
-5-
ジュデッカ中を噂が駆け巡る。
「ヴァーリ大王の精兵どもが西の山賊を退治したそうだぞ」
「話が古いぜ。こないだは闇奴隷商人をぶっちめたそうだぜ」
「あんまり活躍するから偽物も出たってよ」
「すぐに本物に捕まったらしいがな」
「名を騙ってろくでも無い事してたらしいからな、いい気味だぜ」
「ミンチにされて魚のエサになったとか」
「いやいや、命を奪うのは流儀じゃねえらしいからな。命は助けられたって噂を聞いたぜ」
「その代り、ヴァーリ大王が直々に『どうせ名を騙るなら本物になって見せろ』って連中を地獄のしごきに遭わせてるとか」
「性根が治るまで、死んだ方がましな目に遭ってるらしいぜ」
「くわばらくわばら」
ジョッキを傾ける男達の格好の肴となっていた。
「順調に広まってますね」
キーパが片頬を付きながら言う。
噂をする男達の卓の、まさに隣の卓では素知らぬ顔でヴァーリ達がジョッキを傾けていた。
「事前に間者に何組も偽物役をやらせて、あちらこちらの公衆の面前で捕まえて見せた効果は有ったようですな」
グスタフがしたりと頷く。
「まあ、余等が活躍し過ぎれば騙りが出るのは時間の問題だったからの」
ヴァーリがジョッキを飲み干しげっぷを漏らす。
「事前に釘を刺したと」
「だがまあ、良い騙りが出るのも予想しておった。義侠心は有っても実力の伴わぬ者をスカウトして鍛え直すのも策の内よ」
「地獄のしごきの話を聞いて止める者と、逆にアピールする者とはっきり分かれましたな」
「流石巨獣と戦ってきた戦士の末裔だけあって、結構筋のいい奴もいます。鍛えがいがありますぜ!」
ジッタが拳を掌にぶつける。
「ホントにしごきやってるんだ……」
「結構結構。なりたい自分になるために頑張る。男の子はそれでいいのだ」
ヴァーリは呵々大笑した。
-6-
高橋理大に絶世の美女入学する。
噂は学内を駆け巡り、シエラには交際を申し込む男達が群がった。
「君、背が高いね。やっぱり君より背の高い男がいいんだろう?」
在る時は背の高いハンサムがよって来た。
「別にそんな事は無い」
次の日から背の低いハンサムが執拗なアタック。
「俺と付き合ってくれ!」
「「「あ~あ~」」」
パランタン達の嘆息。
「姫様より強い男じゃないと!」
レイチェルのフォロー。
「柔道部です!」「空手部です!」「剣道部です!」
「「「あ~あ~」」」
パランタンたちの嘆息。
「姫様より知略に優れた人とかじゃないとね~」
エリスロのフォロー。
「将棋部です!」「経営戦略部です!」「学業首席です!」
「「「あ~あ~」」」
パランタン達の嘆息。
「その上面倒見のいい、性格のいい人で無いと駄目でーす」
パランタンのフォロー。
「部長です!」「委員長です!」「ネトゲのギルマスやってます!」
「「「あ~あ~」」」
パランタン達の嘆息。
「おいおい、全部満たす奴なんて二次元にしかいねーって」「オタ女なんじゃね?」
「分かる分かる!」「この漫画の主人公なんてそんな人でねー」「このラノベも~」「このアニメの主人公もお勧めよ」
シエラにヲタク女子の友達が出来た。
「「「あ~。ま……いいか」」」
「あのでーすね、姫様」
「はっきり言っちゃえば~」
「大事な一言を言えば、面倒なんか無くて済むんだぞ!」
「……私にその一言を言う資格があるだろうか」
「「「………」」」
「少なくともその勇気は…無い」
一矢は専門学校に通いながら、忙しい毎日を送っていた。
地球とラ・フォーロ・ファジーナのエネルギーと環境問題を解決するためのアイディアを実現するために試行錯誤。
福島で活動する大学生、大城実朝とネットで知り合い、色々話し合うようにもなった。
だがそんな事や修行や勉強ばかりでも息がつまるので、趣味としてアナログゲームにのめり込んだりもした。戦術や戦略を考えるのは面白い。そっちの方でもシステムエンジニア専門学校に通う椿颯人と言う友達を見つけ、それなりに楽しんでいる。
充実はしている。
それでもシエラと会うのが少ない事は辛かった。
一矢がそんな事を思っているとスマホが鳴った。
パランタンからのメールだった。
『この前借りた漫画、姫様に話したら面白そうだと言ってましたでーす。これから大学に来て姫様に渡して貰えませんかねー?』
一矢は笑みを抑えきれず、『了解』と返した。
手に入れたばかりのバイクで高橋理大に向かう。早く一年が過ぎてシエラを後ろに乗せれるようになればいいのにと思いながら(法律で免許を取ってから一年間は二人乗りの許可が下りない)。
大学に辿り着き、指定された教室に入る。
「すみません、エネルギー工学科のシエラザードさんに会いにきたんですが」
「シエラさんなら古賀教授に呼ばれて、ついさっきラボに行ったわよ」
「何の用? てか、あんた誰?」
「高校の同級生です。頼まれた本を貸しに」
バックパックから漫画を取り出す。
「ああ、『焦げパンマン』か」
「でもシエラさんって、それよりもっとこの眼鏡美形の漫画の方に夢中なのよね」
「参ったなあ。この眼鏡美形って、僕に似てるじゃん」
その男は確かに眼鏡の似合うハンサムだった。
「漫画は僕が渡したげるから、君、帰りなよ。他の学校の生徒に長居されても困るよね。わかるだろ?」
一矢は苦笑で応え、漫画を渡した。
一矢が教室から立ち去ると、シエラのクラスメイト達は笑った。
「姫様に付きまとう他校のストーカーを追い払う、俺達ってば親切ー」
「………参ったなあ、俺ってシエラさんの好みのタイプじゃなかったのか……」
一矢は肩を落とし呟いた。
その漫画の眼鏡の主人公が智謀と知略を以って好きな女の子と周りの人達を幸せにして行くストーリーを一矢が知るのは、それより大分後の事であった。
-7-
ゴールデンウィークがやって来た。
斉藤と吉田と景山も久しぶりに集まって、シエラ邸でバーベキューパーティーが開かれる。
肉とドリンク(内緒でちょっぴりアルコールも)と馬鹿話が、初夏直前のまぶしい日差しの中行き交う。
だが―――
「んん?」
おかしい。斉藤たちはそう思った。
シエラと一矢がほとんど会話をしない。たまに目を合わせてもぎこちない。
吉田と景山が「おい! 連れションすっぞ」と言って強引に一矢を物陰に連れ込む。
「おい? どうした、何があった?」
「シエラさんに何かいけない事でもしたか?」
掴みかからん勢いで詰め寄る。
「いやあ……それが」
一矢は頬をかいた。
「「何だ?」」
「シエラさんとちょっといい雰囲気かもって思ってたのは、どうも俺の思い込みか勘違いだったみたいだ」
「「はああ!?」」
宴が終わり、人は三々五々と散っていく。
「は~。酔っちゃった。シエラさん、今夜は泊めてね。いいでしょ?」
残った斉藤がシエラの肩を叩く。
「ああ。構わない」
「よーっし! 朝までガールズトークするわよ!」
「ふふふ」
「あら、今日一番の笑顔ね」
「そ、そうか? そんな事は無いと思う」
「まあ、とにかく、シエラさんに会うまでの一矢って、格好悪い奴だったのよ」
パジャマ姿で二人ベッドに腰掛ける。
「そ、そうなのか?」
「半端にお人好しで、人の尻拭いとか押し付けられる役回りって言うか。冴えないやつでね。ガン○ムとかG○Mとやらのロボットヲタクだし」
「べ、別にそれが格好悪いとは思わないが」
「でも中学の頃の一矢は、それなりの奴だったのよ」
「? 剣道で活躍したのは高校からでは無かったのか?」
「普段は人のいい奴なのに、ムカつく奴がいたら相手が教師だろうが番長だろうが喧嘩を売る。のんびりしてるくせに大事な時には真っ先にムキになって頑張る。そーゆー奴だったの。ちょっとファンもいたのよ」
「い、今でもファンはいるのか?」
「ほとんど高校生のあいつを見て幻滅したみたいね。ギャップってやつ」
「そ、そうか」
「まあ、お父さんの事があったから無理ないかって思ってたけど、事態はもっと複雑だったのよ」
「?」
「英明さんの前の道場主は剣人さんって言うのは知ってる?」
「知っているとも。私の曾祖父母の大事な知り合いだからな」
「剣人さんの風巻本家の血の繋がった男の曾孫は一矢だけなの。でも一矢は道場を継がないし、道場から随分離れた所に住んでいる。何でだと思う?」
「そう言えば……」
「はあ……。ここから先はアタシも吉田も景山も聞いてゲロ吐きそうになっちゃった重い話だから覚悟して聞いてね」
「構わない……。聞きたい」
「英明さんの奥さん、つまり剣人さんの娘さんは一矢のお母さんを産んですぐ亡くなったの。それで英明さんは周囲の勧めで風巻分家の娘さんと再婚して、大志君のお父さんを産ませたわけ。道場存続の保険としてね。でもそれだけじゃあ、一矢が道場を継がない理由にならない」
「なら、どうして?」
「一矢のお父さん、徹也さんの家は名家だけど、いわゆる戦犯の家でね、家名を名乗り続ける事が出来なかったの。だから同じ名家の風巻の婿養子になったの。そこまではよくある話。問題は徹也さんのお母さんも徹也さんを産んですぐ亡くなって、やっぱり御祖父さんが再婚した事。御祖父さんは前のショックもあって、次の体の弱い奥さんをすごく大事にしたの。でもその分、徹也さんは、淋しい思いをしたそうよ。そしてその分も剣に打ち込んで、一矢のお母さんと結ばれた。でも家庭ではいつも御祖母さんが大事に扱われ、金銭的事情で働かざるを得なかったお母さんは沢山辛い目にあった。当然嫁姑の仲なんてうまく行く訳が無い。でも、大人になってやっと継母と仲良くなって、自分も家庭を省みれないほど忙しかった徹也さんも、御祖父さんや御祖母さんに上手く意見できなかった。同じ痛みと苦しみを知っているから、英明さんも強く意見できなかった。だから徹也さんが死んだ時、一矢はお母さんたちと一緒に家を出ざるを得なかった。小学生の頃の一矢は弱っちいくせに、いい恰好しいって言われてたの。いつも演技してるみたいって。たまにぼーっと悩んでるみたいな事があったから、周りが『家で何かあったの?』って訊ねると、『何も問題ないよ。だって誰も悪い人いないもの。家族みんないい人だよ』って答えてたわ。ただの莫迦か、さもなきゃ子供なのに薄気味悪いぐらい物分かりの良すぎる子。いい恰好しいじゃなくて、やせ我慢して格好いい奴でなくちゃ、取り返しの無いぐらいグレるか壊れるしか無かった。そーゆー事だったのよ」
聞きながらシエラは涙をこぼした。
「……マリエル姉さまと同じだ」
「まあ、実家を離れた理由はそれだけじゃなかったんだけどね。徹也さんを轢き殺した犯人って、実家と道場のすぐ近所の奴。おまけに子供の頃一矢を苛めた内の一人。流石の一矢も、そんなんで平気にご近所付き合いをするのは無理だったみたいよ」
「……」
「まったく、ゲロ吐くほどの不幸よ! 『親父が生きててうどん屋をみんなでやれたら、きっと家族仲良くなれたのにな』って、『親を学校に呼び出しさせる訳に行かないから、もう喧嘩もできないな』って、何もかも諦めて生きて! それでも一矢がまた格好良くなったのは、シエラ。貴方の所為なの! だからまた一矢が格好悪くなったら貴方の所為よ!」
「……駄目だ」
「何でよ!?」
「私がこのまま一矢に嫌われれば、一矢はきっとマリエル姉さまを好きになってくれる。私は友達で良い。……だからだ」
「!? 何考えてんのよ? 信じらんない! 貴方見た目は美人だけど性格ドブスよ!!」
「………姉さまの命の時間は、もう、残り少ないんだ………」
斉藤は息を呑んだ。
もう何も言葉を続けられなかった。
ただただぎゅっとシエラを抱きしめた。
(神様の馬鹿野郎! もしいるなら、マリエルさんの寿命を沢山沢山延ばして、ついでに素敵な彼氏をつくってやれ! でなきゃ絶対に許さない!)
-8-
洋上を颯爽と帆船が――――
進まなかった。
「だーめだー。また風が止まっちまったべ」
水夫が桁の上で嘆く。
「しょうがなかんべ~」
「休憩だべ。休憩。楽士さん方、また一曲頼むべよ」
「わかりました。どの曲がいいですか?」
マリエルが陽気に引き受ける。
「ひ……、歌姫さま。無理をなさっては」
オフィーリアが心配する。
「大丈夫です。それにみんなの役に立てるのは嬉しいですわ」
楽しい。
それは嘘では無い。
城や療養所の中で大切にされるだけでは無く、外の世界で皆の役に立てるのは本当に嬉しかった。
輝く笑顔がいくらでも浮かぶ。
水夫たちがうっとりホンワカな目でマリエルを崇る。
「……いいひとだ」
「彼女にして―」
「馬鹿、みんなそう思ってんだべ! 抜け駆けすんなよ」
「ゴホン」
船長が咳払いし、皆を黙らせる。
「まことに申し訳ありません。船足が遅れた挙句、こんな頼みまで引き受けて頂き」
「……いつも通り夕餉に肉を一切れ余計にな」
ブランドーは不機嫌に答える。
何故自分は不機嫌なのか、珍しくわからぬ。
だがある考えに思い当たる。
(まったく、何故誰も彼もこのバカ娘を世間知らずのまま甘やかすのだ。それ故ムカつくのだな)
「言い訳になりますが、この季節は風が少なく、たまに吹いても船足を出せぬ逆風の南風です。御容赦下さい」
それくらいは皆(マリエル以外)知ってはいたが、船足の速い蒸気船に乗るわけには行かなかった。
乗れるぐらいの金はミレーユに滞在中に稼いだのだが、蒸気船を使うのは貴族や大商人達であり、マリエルの風貌を知る者が多かったらだ。髪の色を変えたぐらいではすぐばれてしまうだろう。
「それでも私どもの船は信用があるお蔭で何とかやっておりますが、儲からなくなったものは海賊に転ぶ始末です。いつまでこの商売が続けられるかと皆暗い思いに沈んでおりましたが、貴方がたのお蔭で気鬱が晴れる思い。誠に感謝しております」
「感謝するのは早いかもしれんぞ」
ブランドーが西の洋上を指差す。
「あの船影、あれはその海賊船やも知れぬ」
船長が顔を青ざめさせ、水夫たちはカトラスを取りに慌てて船倉に駆け込んだ。
―第三話へ続く―
はー。
一矢とシエラのパートは書いててしんどかった。
はー。
マリエルとブランドーが今後何をしでかすか予測がつかなくてしんどい。
はー。
ヴァーリのおっさん達がまさかの心の息抜きになろうとは(爆)。
エンディングもア(バ)ウトラインも既に決まってますが、まだまだ難産しそうです。
久方ぶりのレイド(?)指揮は・・・・・・それなりかな。
基本、プラモ作るのもギャザのデッキ組むのもゲームするのも仕事するのも〇☓△するのも、大事小事にかかわらずプレッシャーは同じノリの変な人です。
相手が大きな図体ほど予測が付きやすくて楽なこともありますしねー。
脱線しまくりましたが、次の第三話はしばらく先になりそうです。
一先ずは『十三個目のピーピングジャック』の第二話を書く傍ら、脳内で煮詰めていく感じですね。
ではでは。