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八枚の翼と大王の旅  作者: 豊福しげき丸
16/31

そして辿り着いた楽園(中)

「では、危険と思えば止めますが、剣道で言う審判は致しません。己が斬られたと思えば負け、勝敗は当人で決める事。己を偽らず欺かぬ事もまた修行。それでは、始められよ」


「―――エセルリーシャ様の、嘘付き――――」


「誰が臆病者だ!?」


(こんなのは嫌だ、これではまるで―――)


 こんにちは。予告通り7月にまた会えまして嬉しい豊福です。

 第一クライマックスも佳境に来て、やっとここまで来たなあ、と、遠い目をする今日この頃です。

 

 さて、普通の読者の方にとっては、もちろんマリエルとブランドー、一矢とシエラの二組の恋の決着が一番の関心事でしょうが、武術ヲタクの方々にとってはとある名シーンの種明かし編ともなっております。

 『拳児』作中のクライマックスシーンにおいて、それまで全く敵わなかった拳児が、何故、愚直に真っ直ぐに突いているようにしか見えない八極拳の技のみ、トニーを捉え得たのか?

 とくにSさんと中華風武術シナリオに集っていた皆さん。

 某キャラや本作中でもブランドーが言ったように、『その一つの流れ(究極の一撃)を得れば、拳(剣)は自由自在』も一つの答えですが、それでも尚愚直な一撃を求めるのならば、ちゃんとその答えは有るのです。

 それでは、本編をどうぞ。


 八枚の翼と大王の旅 ―第十六話―

 

 -1-

 

 風巻本道場。

 堂島は打ち合い稽古が許される為の、必要最低限である四日間の修行を終えた。

 五日目の今日はいよいよ打ち合い稽古である。

 本来は、相手をするのは同じぐらいの入門期間の者同士か、胸を借りる形で師範の英明と決まっているのだが、当然、堂島は強く一矢との稽古を希望した。なにしろそれが最初からの目的である。

「では、それが叶うか否かは、己の剣で証明成され」

 つまり、最低でも新弟子同士では相手にならないと、実力で証明する事。

 堂島と、今年の春から入門した新弟子たちが向き合う。

 高校生、大学生、社会人の三人の男女である。

 剣道に於いては堂島の如き華々しいキャリアは無いが、剣術ではほぼ四か月先を往く。

 堂島へ向ける気迫は鋭い。

 無論、堂島も怯む処では無いが。

 先鋒の高校生の少年が、袋竹刀を片手に前に出る。

「では、危険と思えば止めますが、剣道で言う審判は致しません。己が斬られたと思えば負け、勝敗は当人で決める事。己を偽らず欺かぬ事もまた修行。それでは、始められよ」

 英明の合図に、少年と堂島は歩を進める。

 

 -2-

 

 ベルゼウス山、隠れ里。

 ブランドーは荷造りをしていた。

 ここから立ち去り、クロースリアに一人戻る為である。

 そしてクレア女王に、報酬である一矢とカロとの試合の約束を果たさせ、また気ままな一人旅に戻る。

 義理は果たしたのだから、文句を言われる筋合いは何処にも無い。

 そうして腰帯に下げる大振りな革鞄の中身を整理していると、横笛が出てくる。

 二本。

 一つは昔から持っていた葦製の簡素な物。

 もう一つは造りの凝った木製の、この旅の間、皆で楽士の真似をするのに使った物だ。

 葦笛をカバンに入れ直すと、もう一本の木笛を手に持つ。

 そして宿に貸し与えられていた小屋の戸から出ると、その前に青い顔で立っていたマリエルに木笛を手渡す。

「これは返す」

 強引に受け取らせると、彼女の顔をそれ以上見ようともせず、背を向け歩き出す。

「もう会う事も無かろう。さらばだ」

 

「―――エセルリーシャ様の、嘘付き――――」

 見送りながらそっと呟く声は、誰の耳にも届かなかった。

 

 ブランドーが里の出口へと向かっていると、ザッパに声を掛けられた。

「旦那、丁度良かった。今からそっちに行こうと思ってたんでさあ」

「何の用だ?」

「マリエルさんと旦那を、うちの女房が作った夕食にお誘いしようと思いやして」

「済まんが俺はもうこの里を出る。夕食には馬鹿娘だけを誘え」

「それまたどうして?」

「……戯れで俺の女になれと言ってみた」

「それで?」

「向こうは断った。こちらもそれほど未練も執着も有る訳でも無し、清々して出る事にした」

「はあ、いつもの事ですな」

「何?」

「いえ、いつもの痴話喧嘩にしか聞こえませんでしたので」

「誰の何がどこが痴話喧嘩だ?」

「どこからどう見ても痴話喧嘩でしたが。あっしも女房とよくしますよ。原因は大抵お互いの甘え過ぎでさあ」

「下らん。向こうが甘えても、こっちは甘えた覚えは無い」

 ザッパは堪らず噴き出す。

「ヒッ、ヒヒヒ、ウヒヒィッ。いや失礼、若いっていいもんですな」

「何がおかしい?」

 流石にブランドーのこめかみに青筋が立つ。

「まあ、とにかくウチに寄って下さい。夕食がてら、ゆっくり話しますんで」

「いらん。からかうつもりなら断る」

「そうじゃありやせんよ、旦那、待ってください」

 足早に去ろうとするブランドーをザッパが追う。

 だが、ブランドーを追う者がもう一人。

「ゼェッ、ま、待ってください、ブランドーさん~」

 息も絶え絶えに必死に走って追いすがるのはクロブだった。

 仮面が呼吸を妨げて、もはや拷問。

 ブランドーはしかし、二人を無視して立ち去ろうとする。

 ぶちぃっ

 切れるクロブ。

「ゼッ、ま、待たんかい、ブランドー、このクソ野郎、ゼィッ」

 尚も無視するブランドー。

「待てっと言ってるんじゃ、この臆病者の弱虫イ●ポ!!」

「何だとぉ!?」

 ブランドーは振り返った。

 

 -3-

 

 風巻本道場。

 流石に慣れぬ剣術の試合に、堂島も手こずった。

 足でも肩でもどこでもお構いなしに打って来るし、激しく剣の横腹(鎬)同士をぶつけて斬り付けてくるのにも調子を狂わされた。

 成程、この流儀では、普通の竹刀ではすぐに革の装具が千切れてしまう。袋竹刀でなくてはすぐ壊れる。

 スマートで無い事この上無い。本物の剣でもすぐにボロボロになるのではないか。

 だが、落ち着いて剣を引くなり、いなして鍔迫り合いに持ち込めば、どうという事は無い。

 遠間からの素早い打ちこみ技、そして引き際の技は剣道の技で十分通用する。

 てこずりながらも、新弟子三人に負けを認めさせた。

 息を荒げながら、英明と、そして座して待つ一矢に射貫くような視線を向ける。

 さあどうだ?

 俺の闘いぶりは、奴に届くものだったのか?

 固唾を呑んで英明の判断を待つ。

「どうする、一矢?」

 英明が一矢に視線を向ける。

「いいですよ」

 それは溜め息か、息吹か。

 ゆっくりと、深く静かな息を吐きながら、一矢は袋竹刀を片手に立ち上がる。

「お相手しましょう。堂島君」

 

 -4-

 「誰が臆病者だ!?」

 ブランドーが吠える。

 彼自身の剣の戦いに於いて臆病者と呼ばれる真似などした覚えなど無いのだから、彼にとっては当たり前だ。

 そう、剣の戦いに於いては。

「ええ、臆病者だ! 貴方はずっと、この旅で、貴方自身がこれまで臆病で避けていた、逃げていた事に、彼女の言葉と彼女自身に押されて、励まされて! 立ち向かえていたのに、それを認めようともしない!」

「―――――っ!」

 ブランドーはクロブの言葉に頭が真っ白になった。

 何も言い返せず、ただ茫然と立ち尽くす。

「何故分かるかって、そりゃ解りますとも。私だって、貴方と彼女に背を押されるまで、自分の人生から、音楽から、逃げて立ち向かえずにいた臆病者だったからですよ!

 自分が親や周囲に逆らえずにいる臆病者だったのに、周りが自分を苦しめているとひねくれました。

 自分が苦しめられているんだから、人を苦しめて何が悪い。苦しめれば苦しめた数だけ、自分だけが苦しい孤独から解放されて楽しい。

 こんな楽しい事ならば、いっそ世界なんて滅びてしまえばもっと楽しいだろうって、そう思ってましたよ!

 でもそんなんじゃ、世界を滅ぼす力どころか、自分を思い通りにする力すら手に入りはしない。

 ドラゴンの手駒にされるピエロがいい所でしたよ。

 幼い頃は、魔力を自在に操れる神童だってもてはやされていた、過去の栄光に酔っていただけ。

 抜け殻の肥大した自我。

 何故そうなったかは、今ではよくわかりますとも。

 何より愛した音楽だから、ずっと音楽を続けていれば良かった!

 魔法を上手く操れたのは、旋律を愛するように、魔力の流れを繊細に操れたから。それだけの事だった!

 なのに、ただ魔法にストレスをぶつけるように、力押しのゴリ押しで魔力を操ろうとした。でも、そんなのじゃ最初はうまく行ってもそれ以上には決して行けない。マナを有効なエネルギーに変換するには、結局、貴方の剣と同じような無理の無い誤魔化しの無い、正確で精密な流れのコントロールが必要だからです! ただ、マナの声とエネルギーの流れに耳を、心を傾ける、それだけの事が。

 口先だけじゃない、自分の気持ちを押し付けるだけじゃない、愛する事が……。

 でも、それだけの事をするのに、誰だって、とてもとても大きな勇気が必要なんです」

 気付けば、クロブも、そしてブランドーも一筋の涙を落としていた。

 自分が、マリエルの膝に身を預けて、得たそれは。

 ただ己に耳傾けるのに必要だったそれは―――

「私には、貴方達が、いつもこう、励まし合っているように見えた。

『挫けて夢見る事を忘れた事が有った』

『どうにもならない現実が在った』

『でも大丈夫、諦めそうな時は、私が貴方を励ますから』

『道を切り開く時は、俺がお前の剣になるから』

『『大丈夫、お互いが居るから』』

 いつだって貴方達はそう言い合っているように見えたんだ!

 もう一度言ってやる! この臆病者の弱虫毛虫! 貴方なんかお姫様に励まされなければ、適当に諦めて適当に人殺しして『またつまらぬものを斬った僕ちゃん可哀想』って自己憐憫の酒呑んで管巻くだけのろくでなしだ!

 誰一人、生(活)かす事も、救う事も出来やしない!

 貴方達は独り片側ずつでは飛べない、二人で一対の天使の翼なんだ!

 分かったなら! 今すぐ! お姫様を攫いに行け!!」

「だが……俺は、拒まれたんだ」

「いいですか?」

 ザッパが口を挟む。

「あっしらも身に覚えがあるんですがね。石化病ってのは、いつぽっくり行くかわからねえ病気なんでさあ。だから、互いや子供を置いて死ぬのが嫌だからって、所帯を持つのに二の足を踏んだ事が有ります。

 マリエルさんもそうなんじゃないですかね?」

 そして――――

 言葉を最後まで聞かず、ブランドーは走り出していた。

 

「旦那?」

 イシュヴァーナは遅れて追い付いたが、それにブランドーは目もくれなかった。

「……やれやれ、ふられちまったね」

「いいんですよ。これで」

「クロブ、あんたもお姫様に惚れてたんじゃないの?」

「憧れですよ。聖母のように慕っていました。でも、恋人としてならイシュヴァーナさんの方が魅力的です」

「馬鹿……」

 イシュヴァーナはクロブの服の袖を握る。

「こんなタイミングで言うなんて卑怯だよ」

 涙がこぼれた。

 

 -5-

 

 堂島は正眼(青眼)に構え、一矢は八双(八相)に構える。

 実はこれはどちらも防御の型である。

 必殺の初太刀を誇る示現流のイメージから、八双は攻撃の型に思われがちだが、古流では本来、八方向どの斬撃にも『鎬斬り』を合(双、相)せる、カウンターの為の型でる。

 無論それには折り畳んだ肘をしなやかに繰れる、柔軟な気合い(この場合、中国武術で言う放鬆)あっての話ではあるが。

 そして堂島は、それを身を以って味わう事になった。

(こっちの剣が、全部滑らされる!)

 まるで大きな球の表面や、氷の上に剣が滑らされているような感覚。

 相手の剣は確実に自分を捉える。

 堂島は理解した。

 剣の横腹をやたらにぶつけてくる、あの剣の完成形はこれなのだと。

「もう一本!」

 何度そう言った事だろう。

 やがて一矢は上段に構えた。

 蹂躙が始まった。

 

 『曝し』とは、武術の極致の一つである。

 中国武術では、爆発に始まり、曝発に至るべしと有る。

 曝発に至りて裡門を打ち開けば、頂肘、川掌(千招)、ことごとく敵(意)を打つ。

 爆発的なスピードで相手に反応を許さず敵を打ち据えるのが爆発であり、反応する敵にすら、相手の拳を己に中てるがごとき『曝し』をもって、相手の防御攻撃を滑らせ反らし、カウンターを許さず己の攻撃のみを当てるのが『曝発』。高度な化勁、化歩を以って為す、極致である。

 日本古流における『鎬斬り』、『滲み月』、円、球の『合気』は、これと本質的に同じである。

 ある中国帰りの日本人武術家は語った。李書文が他門派の手刀を学んだのは、技を増やすためでなく、日本古流で言う所の『鎬斬り』を、即ち、ただ一つの、裡門『曝発』を極める為に学んだのだと。

 ただし、相手の切っ先を己の中心に中てるがごとき『曝し』を会得するのは容易な事ではない。

 己の命を捨てるが如き覚悟がいる。

 さもなくば相手の剣を恐れて逃げ回るか、やはり相手の剣を恐れて剣で剣を押しやってしまい、只の押し合いになり、懐(裡門)に滑り入る事が叶わない。

 剣(拳)骨身一体、小手先でなく己自身を以って剣(拳)を反らす。

 たかが1ミリ、されど一ミリを追及する境地。

 だが、『曝し』にはもう一つの意味がある。

 己を、人を、日輪の如くありのままに晒し、照らし、愛すると言う意味が。

 だから、今の一矢が居るのは『曝し』の境地では無く、只の自暴自棄だった。


 一矢は思う。

 自分は弱くて醜い人間だと。

 シエラにフラれたぐらいですぐ自暴自棄になる。

 いや、その前からそうだ。

 父親が近所の先輩の車に轢かれて死んだ時、年老いた祖父母を捨てて母と姉に付いて出て行ったのは、自分の憎しみに負けたからだ。

 先輩が側に居ると、自分の不幸を全部彼のせいにして、憎んで殺しに行く衝動に負けてしまうと思ったから。

 憎まないため、と言えば聞こえはいいが、逃げ出した。

 シエラが現れた時、虫のいい心を抱いた。

 もう、憎まずに済むと。自分は幸せだと。

 でも、それは叶わなかった。

 八つ当たりだとは分かっている。

 その持て余す憎しみを堂島に向ける自分を、どこか冷めた目で眺めていた。

 

「あちゃ~」

「むごいざんす」

「やり過ぎだよ」

「だが、堂島もやめないんだ、見るしかない」

 シエラはその時、

(こんなのは嫌だ、これではまるで―――)

 心で血の涙を流していた。

 

 -6-

 

 駆けるブランドーに、必死な形相のグレガンが駆け寄る。

 彼は泣きながら走っていた。

「どうした?」

「だ、旦那!」

「いいから、落ち着いて訳を話せ!」

「う、麗しの君が、自分は死ぬって、火口に身を投げて死ぬって言って聞かないんだ! 俺じゃ駄目なんだ! 俺が一生側に居るって言っても駄目だったんだ! 旦那じゃなきゃ、ダメなんだよぉ!!」

 ブランドーは、ただ漢の眼差しでグレガンの瞳を見据え、力強く肯く。

「―――任せろ」

 そしてブランドーは火口へと向かう。

 

 ―第十七話に続く―


 ―――そして、楽園に辿り着く―――

 

 次回予告はこれだけです。

 後は8月に、御自分の眼で、彼らの長い長い旅路の果てを御見届け下さい。

 

 でも、もうちょっと○○んじゃよ。

 じゃあ、まったねー。

 

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