そして辿り着いた楽園(前)
「だから俺の負けなんだよ」
「誤魔化すな!」
「剣術と剣道は何が違うんでしょうか?」
「結局俺には剣しか思いつかぬ」
「ブランドーさんはそれでいいのでしょうね」
「分かったような事を」
追い続けた答え。
探し求めた楽園。
ある者は辿り着き、ある者はまだ道に迷う。
てなわけでお久しぶりです。無事予告通り六月にアップできて、ほっとしてます豊福です。
いよいよ物語は第一クライマックス!(第一って何?)
ストーリーがやっと一つの答へと、うねりながら収束していく様を、存分にお楽しみください。
それでは本編をどうぞ。
八枚の翼と大王の旅 ―第十五話―
-1-
一矢は風巻本道場の庭を掃く竹箒を止め、堂島を見据えた。
「――――断る」
「何だとう!?」
「別に今更勝負しなくても、剣道じゃあ、お前の方が強いよ。俺はもう普通の竹刀は一年近く触れてもいない。差は猶更開いてる。意味が無ーよ」
「嘘を付け!」
「嘘じゃないさ」
「嘘だ! あのインハイ県予選の時、あれが本当の真剣の切り合いだったら、勝っていたのはお前だろうが!?」
「………だから俺の負けなんだよ」
「誤魔化すな!」
「………違う。だからって言うのは、真剣の切り合いを持ちこんだから負けたって意味だ」
「まあまあ~」
見かねたエリスロ達が仲裁に入る。
「相手してあげてもいいじゃアーりませんか、丁度いい息抜きになるかもしれないでーすよ」
「息抜きだとう!?」
ゴスッ
レイチェルのバックスピンキックの踵がパランタンのレバーを捉える。
「げふう」
崩れ落ちるパランタン。
「……いや、そこまではしなくても」
ややひく堂島。
「いいのいいの。でもこいつも悪気があった訳じゃなくって、むしろ君の味方をした事は認めるべきだぞ!」
「ぐぅっ」
恐縮する堂島。
「あのー、俺は君とは初めて会うんだが、口を出してもいいかな」
カロが遠慮がちに口を開く。
「あ、ああ」
「真剣の切り合いに拘るんだったら、剣道じゃなくて、剣術の試合をすればいいんじゃないか?」
堂島が顔を輝かせ、一矢が苦虫を噛み潰した上に、犬の糞を踏み付け、その上財布を落とした様な顔をする。
「よし、剣術で勝負だ!!」
「駄目だ」
「何だと? この上何の理由で尻込みする!?」
「……それなら剣術に入門して剣術の礼儀作法を学んでくれ。お前だって喧嘩ならともかく、剣道の礼儀作法も知らないでルール違反をして勝ったと言い張るような奴と、剣道の試合をするか?」
「―――――っ」
堂島はたっぷりと逡巡したがやがて、
「いいだろう! 入門してやる!!」
と見栄を切った。
「はあ」
一矢の溜め息は気乗りしない重さに満ち満ちていた。
そして、シエラは貝の様に口を閉ざしたまま、立ち尽くす。
-2-
隠れ里に辿り着き、路を往くマリエル達を、ある者は畑仕事をしながら、ある者は羊や山羊を追いながら、誰もが慈愛と喜びに満ちた笑顔で迎え入れる。
「ようここまできなさった」
「今までさぞ辛かったろう」
「もう大丈夫ですよ」
「あっちが領主様の館じゃから、挨拶してきんさい。そうすれば、アンタらもここの仲間じゃよ」
その暖かい言葉に喜ぶ者もいれば、堪え続けてきたモノが溢れて、泣く者もいた。
彼等が落ち着くのに時間がかかり、領主の館に着く頃には日が暮れ始めてしまった。
貴族の城、と言うほど大きくは無いが、その代わり領民達が心を込めて手入れしているのが、夕光の中でもよくわかる館だった。
庭園の草花も、門や壁の装飾も、派手さは無いが、人の心に寄り添うような緻密さと艶やかさと温もりがある。
「これは……」
ブランドーの長い長い旅の中でもこれほどのものは記憶にない。
「綺麗。クロースリアの御城よりも綺麗です」
「姫様……」
オフィーリアは反論しようとしたが、自分でも認めて口を噤む。
「何ていうのかさ、これまでもっと派手なのはいくらでもあったけど」
「グッときますよねえ」
「ここが隠れ里じゃなかったら、これだけで金が取れるんじゃね?」
「グレガンさん、生臭いですよ」
「そうだ、失敬だ。ルーフェスの言う通りだな」
「ちょと待て、隠れ里を襲うつもりだったアンタが言うかあ?」
「私は悔い改めたのだ。この際だから君も改めるが良かろう」
ズーが涼しい顔で受け流す。
「俺はとっくに、麗しの君に諭されて悔い改めてんの!」
「では君の修行が足りんのだな」
「何おう!?」
「まあまあ、領主様がお見えになりやしたよ。喧嘩はその辺で」
ザッパの声に、グレガンはばつ悪く、ズーはしれっと居住まいを正す。
「皆様、ようこそお越しくださいました」
現れたのは、金に白髪の多く混じる、穏やかな壮年の紳士だった。
気品と徳が滲み出る姿に、残りの者も自然と居住まいを正す。
「ザッパ、今回もご苦労様でした」
「お気持ち、有り難く頂戴します」
「皆様も、今日はささやかな宴を開きます。飲んで食べてよく眠って、旅の疲れを癒してください」
-3-
「剣術と剣道は何が違うんでしょうか?」
風巻道場に入門して二日目、堂島は英明に尋ねる。
「それにはまず、道とは何か、から言わねばなりませんな」
「道、ですか」
「道とは、それを生業にする事。生業とは基本、どの職、どの芸でも、人を喜ばす事です。料理人なら食べる人を喜ばす。それを楽しめるから、いつまでも続く道となる。つまり、剣を道とする事は、観る人や応援して下さる人を喜ばすためにする事です」
「? それはスポーツなら当たり前ですが?」
「そうですな。仰る通り、剣道はスポーツです」
「剣術は違うんですか?」
「違いますな」
「やはり、人斬りの技術だからですか?」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
「………」
「剣術を学ぶ者にとり、道とは、生きる事そのものでなければなりません。剣はその術の一つ。もしそれを人を斬るために使うのは、ある意味既に、己の不始末を拭うための物でしかないのです。一人の罪人を斬る事で十人の命を救う。成程他人事の話としては感動したり面白いでしょうが、そうなった時点で生業では無く殺業。既に道からは外れているのです」
「なら意味が無いのでは?」
「少なくとも、人を斬った負かしたと喧伝して人を喜ばそうとしたり褒められようと思うなら、まったくの無意味ですな」
「では何のための術なんですか?」
「剣とは意のまま思いのまま。意味は貴方が決めなされ」
堂島は困惑するばかりである。
-4-
隠れ里の人々の顔は、光輝いていた。
手厚い保護を受け、安楽に暮らしているはずのクロースリアの石化病の人達でさえ、穏やかではあっても、怯えの混じった暗い屈託した虚無の陰が消えないというのに。
不思議に思った皆は里の者に尋ねる。
「ああ、それは皆が好きな事をしているからですよ」
「??」
「いや、皆が手足が不自由ならば、尚の事嫌な事もしなければ、村落が立ち行かないのでは無いのか?」
ズーが訴える。
「儂等もそう思った事はあります」
「ですが、領主様はそれは違うと仰って下さった」
「んだんだ」
「嫌だのなんだの言ってられないのは、誰かや里全体が困っていて、それを助けなければいけない時だけでいいと」
「むしろ不自由な者がその上嫌な事をすれば、余計に手が遅くなるから効率が悪いと仰る」
「こうも仰った。かえって本当に好きな事をした方が人を思いやれると」
「例えば鍛冶屋なら、鍬や鎌の使い心地を知るために進んで百姓の手伝いをするようになるし、包丁の使い心地を知るために料理人の手伝いをするようになる」
「それが服屋でも靴屋でも料理屋でも同じでさあ」
「だから色んな事を試しにやらせてみるけど、それは自分の道を知るため探すためで良いと仰られた」
「儂等は普通の者より劣っておる。だからこそ、余計にその道の達人名人になる必要がある。だから好きな事をせよと」
「………そうか」
ズーはボロボロと涙をこぼした。
「私は、貴族の家などで無く、この里の者に生まれたいと、生まれる前に神に願えばよかった………」
「……今からでも遅くは無かろう」
「んだんだ」
「わ、私は、以前、この里を襲おうとしたいたのだぞ………」
「そうだか」
「だが、今のアンタさんを見ていると、本当はそれが嫌だったとようわかるけえ、ええよ」
膝を落とし嗚咽するズーの肩を抱き、励まし続けたのは、普段一番仲悪く見えたグレガンだった。
「生まれ変わればいいんだよ、何度でも、生まれ変わればよう――――」
「好きな事か」
ブランドーは呟く。
「結局俺には剣しか思いつかぬ」
「ブランドーさんはそれでいいのでしょうね」
「分かったような事を」
マリエルは、ブランドーが以前は独りでしていた修行の時にまでついて来る。
背中のリュックにはサンドイッチとお茶と水と、冷たい水で濡らしてから固く絞ったタオルと乾いたタオル。ぎっしり中身が詰まっている。拒んでも恩返しのためだと言って聞かない。
結局ブランドーが根負けした。
「この間からずっと足さばきの訓練ばかりですね」
「まあな」
「以前とどう違うのですか?」
どう違うかはわかってはいないが、変化した事自体は気付いたらしい。
「ジュデッカの爪先立ちの剣術では摺り足が出来ぬと云うのに腹が立ったのでな」
言っても分からぬと思うのに口に出る。
「では出来るようになられたのですね」
「出来るようになった事も有るが、出来ぬ事も有った」
「???」
「摺り足とやらは先足が常に虚で、送り(後)足が実。故に常に実の脚を軸に前後左右に動ける」
「船の舵の様なものですか」
「まあその様なものだ。ならば爪先立ちでも、先足が地に着くまでは、送り足の爪先を地面から離さず軸とすればよい。爪先で地面を蹴るのではなく、足指で地面を噛み掴む様にする訳だ。そうすれば、常に送り足を軸に左右に身を翻し得、隙を失くす事が出来る」
ブランドーが辿り着いたのは、沖縄古流空手や中国南派拳の一軸の脚捌き(歩法)である。
「??では何が出来ないんでしょうか?」
「後ろにはあまり器用に動けぬ。摺り足と違い荷重が常にほぼ真下にある訳では無いし、先足は地面から浮かさねばならん。で無ければ確かに石や段差に躓いて転ぶ」
苦虫を噛んだ顔。
「残念ですね」
「そう思うのは武術を知らぬ馬鹿m者だ」
今度はしたり顔。
「この大野太刀(斬徹の十二)と同じ事。確かに小太刀の如き小回りの利く素早さは無いが、足を摺り足よりも長く使うが故の、いわば切っ先の速さは上。得物の長所短所をわきまえ扱えば良い事よ」
「ブランドーさんは負けず嫌いですね」
「お前とてそうだろう」
「えへへへ、ばれていましたか」
「この俺に、あれだけ平気で我が儘を言える者などそうはおらぬ」
「嬉しいです」
「褒めた訳では無い」
「それでもです」
ブランドーはやれやれと溜め息をつき、剣を鞘に納める。
マリエルはいそいそと食事の準備を始める。
「毎日ピクニック、楽しいです」
「恩返しでは無かったのか?」
「だからと言って、楽しんでいけない訳では無いでしょう?」
ブランドーは呆れながらも隣に腰を下ろし、タオルを受け取り裸の上半身を拭きながらくつろぐ。
一通り汗を拭いたら、今度はマリエルが冷たいタオルを差し出す。
「この気の効かせ方はオフィーリアに聞いたのか?」
「はい」
十分に体の火照りを取り、その次に差し出されたた水の入った椀を受け取り飲む。
ブランドーは奇妙な感覚に陥る。
剣に身を捧げた以上、変わらぬ明日など無いと身に染みてわかっているはずなのに、こんな日がいつまでも続けばいいと願う、まるで当たり前の百姓の様な感慨。
続けて口にした茶も食事も、最初は酷いものだったが、ここ数日で着実な上達が感じられる。
小腹を満たし、上着を羽織り直して寝転がる。
するとマリエルが上から覗き込む。
「私の膝を枕にお使いください。恩を返させて下さる約束でしょう?」
グレガンが見たら何と言う事やら、と思いつつも、なんとなく断れず、頭を膝に乗せる。
心地よさに身をゆだねて行くと、深く、深く、それに入って行った。
――瞑想――
死んだが如く、一切の思考無き忘我。それでいて全ての感覚が開かれ、意識は冴え、己が体の内の全てを味わう。
――放鬆――
松の木の姿の如く、在りのままの骨身人生の姿を晒(曝)し、松葉の如く、肉の筋、血管、神経全ての繊維が解れ開かれ、氣(気合い(愛))に満ちる。
細胞の一つ一つがつぶさに感じられ、全てが海の如くたゆたいながら繋がる、完璧な内観。
一人では聴く事の敵わなかった、己自身の身体の声が、その時間、全て聴こえて観えた気がした。
果たしていつまでそうしていた事だろう。
うっすらと、目を開けると、周りにはいつもの仲間と、守り連れてきた子供たちの姿。
「……まるで気が付かなかった」
だが不覚を取ったとも、自分が弱くなったとも感じられぬ。
むしろ、自分の身の内全てに漲るこれは何だ?
「それは、みんなが、ブランドーさんを守りたいとしか思わなかったからです」
その答えが、今まで追い続けていた答えがもうすぐ出そうな―――
「守る事と守られる事は同じだからですよ。ブランドーさんが今までみんなを守ったのも、貴方の心をみんなが守っている、それを感じていたからです」
この旅の中、いや、それよりも前からずっと、ただ人を助けたのは、強者の奢り、気まぐれや戯れだと思っていたそれは―――
ブランドーはゆっくりと起き上がり、正面からマリエルを見据える。
「人は、補い合うように生まれついているのです。私は最初から知っています」
「マリエル」
ブランドーはマリエルの手を握った。
この女となら行けるのではないか、分かるのではないか、出せるのではないか、武の頂と言う、形の無い答えを―――
「俺の女になれ」
「………断ります」
目の前が真っ暗になった。
―第16話に続く―
「己が斬られたと思えば負け、勝敗は当人で決める事。己を偽らず欺かぬ事もまた修行。それでは始められよ」
ついに剣を交える堂島と一矢。
「エセルリーシャ様の嘘付き」
「この臆病者!」
「旦那じゃなきゃ駄目なんだよ!」
そして彼らが出す答とは。
次回、『そして辿り着いた楽園(中)』に請うご期待。
では次回予告が終わった所で今回の解説。
先月アップした『十三個目のピーピングジャック』でも出したのですが、今回ブランドー、いわゆる『身勝手の極意』に到達してます。
実在するんですよ(笑)。
ちなみに俺の記憶する限り、この極意をヲタク作品で最初に書いたのは、とよたろう先生では無く、冨野監督の小説版『リーンの翼』が最初です。そして無論描写も、冨野監督の方が実在の本当の本物。
だから『リーンの翼』がライバルなんて最初に言った訳ですね、筆者は(苦笑)。
『リーンの翼』の主人公は、妖精の女王との情交によって。拙作『十三個』においては、賢一少年は亡くなった祖父の愛情を思い出すよう諭され。『拳児』に於いては、祖父と太陽の愛を感じる事によって。『セイバーキャッツ』においては、主人公、光が守りたいのは、ヒロイン、チカとの幸せな日々の温もりと気付いて。
「武術するにも、家族は大切よ」
炎老師の名セリフです。
解説するのも野暮ですが、この場合家族とは血の繋がりと言うより、その心の温もりと安らぎの事でしょう。
その温もりを与えてくれる人達は、どうか大切にしてくださいね。
貴方の、生きる気合いの源ですから。
後、活動報告でログホラのモデル?となった時代の話を書くと言ってましたが、先月『十三個』をアップした時からもう始めちゃってます。
是非前回の活動報告からご覧ください。混乱した方御免なさい(平伏)。
それでは今回はここまで。次回、7月にお会いしましょう。
まったねー。




