今も昔も人は時に道に迷い
それは江戸の昔、風巻家の起こりの物語。
とある大名の息子は妹を連れ山寺へと向かう。
目当てはそこに住む奇妙な噂の禅僧。
だが、そこでは意外な出会いが――――
一矢とシエラは道に迷い、
マリエルたちは旅路の最後に待ち受けていた過酷な難所に呆然とする。
お久しぶりです。
今回もご覧いただき感謝の豊福です。
予告通り3月は飛ばして4月の掲載となりました。その代り2日にアップしたので許して下さい。
次回は5月アップを目指します。
それでは本編をどうぞ。
八枚の翼と大王の旅 ―第13話―
-1-
時は江戸の昔。
大名が嫡男、森時宗は焦燥に駆られていた。
森家は尚武を旨とし、藩内に於いても多くの武術家を擁護してきた。
そして森家伝の剣も戦国に於いて最強の剣の一つであったと自負している。
だが―――
『強ければよかろうの、格も品位も徳も無い剣』
その陰口は江戸に於いて常に付きまとった。
鬼武蔵と呼ばれた悪垂れの先祖に恨みの一つも言いたくなる。
その上―――
『その癖、いざと言う時に主家も守れぬ不甲斐無き剣』
との陰口も付きまとった。
信長の小姓を勤めた柔弱な先祖に恨みの一つも言いたくなる。
後にして思えば、そのような陰口は誰もが誰かに言われており、ほんの少しばかり自分が目立つから多かったまでと悟るのだが。
とかく若者とは己を守るのに不器用で、往々にして傷付き易いものではある。
おまけに藩の跡取りであったからか、一人で抱え込む癖もあり、孤独をこじらせていた。
「兄上、また眉間に皺を寄せております」
五つ歳下の妹の小春が小言を云う。
「いらぬ世話だ。藩主とは威厳があるくらいが丁度いいのだ。それよりお前、何で付いて来た?」
年の割にませた小春は、母に危なっかしい兄の手綱を握るよう言われていたのだが、おくびにも出さず、
「江戸屋敷は故郷の鶴山と違うて、造りも女房(妻では無く所謂メイド)もよそよそしく、息が詰まります。息抜きぐらい良いではありませんか。兄者の腕は父上もそれとのう認めておられますし、女子一人連れても障りは無いでしょう?」
「うーむ。まあ、そうか」
そこはかとなく妹と父に頼りにされていると思って、騙されるあたりもまた青い。
「それはそうと、噂の御坊様とはどういう御方なのでしょう?」
「うむ。暁鐘寺の御住職では無く、居候に過ぎぬらしいのだが」
曰く、禅僧の癖に腰には木刀を下げ、その木刀を真剣相手に一度も折られた事も断たれた事も無く、負けた事が無い。
曰く、禅僧として余程徳が高いのか、幕府の要職に就く者や大名さえもが彼に教えを請いに行く。
「眉唾ではあるが、一度腕前を見ても良かろう」
噂倒れで弱ければ、打ち負かして己の武名にすれば良し。そう覇気ある若者らしく考えていた。
だがその一方で、噂通りならば教えを請えば、他人に格も品位も徳も無い剣などと呼ばれる事も無くなるのではないか。そう思い縋る気持ちも心の片隅にあった。
―――自分ほどの腕ならば、他の誰にも教えぬ秘伝を明かしてくれて、森家の嫡男はひとかどの者であると幕職や大名に大いに説いてくれる―――
まあ、若者らしい妄想ではあった。
だが常に行動に移す分、大した男でもある。
そうこう他愛も無いやり取りをしていると、山寺に辿り着く。
「頼もう」
すると門の向こうから、
「別に閂はかけておらん。俺は寝転がるのに忙しいゆえ、勝手に開けて勝手に入れ」
との男の声。
いささか腹を立てながら時宗は門を開くと、確かに寺の縁側に寝転がる一人の禅僧がいた。
だが境内には無心に木刀の型を繰り返す、自分より一つ二つ位年若い坊主もいる。
「失礼だが御坊、門を開けるくらい、そこの小坊主にさせても良かったのではないか?」
「見てわからぬか? こいつはこいつで忙しい。世の人は誰もみな自分の事で忙しいのだ。勝手に入る許しを出しただけでも有り難いと思え」
正論ではあるが、あまりにも失礼ではないか? そう腹を立て叱ろうと思ったが、
「それより名を名乗れ。客ならばそれが筋だろう?」
先に遣り込められた。
「………森家嫡男、時宗と申す。そちらは?」
「そうよな。一銅と名乗っておる。虚仮脅しの金の箔が剥がれた、寺の鐘や小銭に使われる只の銅だ」
そう言って寝転がったままケツを掻く。
「……一銅殿、先ほどから黙っておれば無礼にも程がある! 卑しくも私は武家にしていずれ一国を継ぐ身であるぞ!」
そう言われてやっと一銅は起き上がって胡坐をかいた。そしてじっと時宗の眼を覗き込む。
「な―――」
時宗はたじろいだ。
「敬意を払われぬのがそれ程恐ろしいか。それがお主の悩みと見える」
「っ!」
髷の先から足の爪先まで、己の内全て見透かされた気がした。
だが冷えた肝を温めるため怒りの熱を呼び起こす。
(こいつは自分を値踏みする為にわざと非礼を尽くしたのだ、卑怯にも程がある)
「それで今日のお主の用件は何だ? 悩みの相談か? それとも剣か?」
「剣だ! 俺と立ち会え!」
「よかろう」
一銅は涼しく応えると、
「一風、相手をしてやれ」
先程の小坊主に顎をやった。
「畏まりました、師匠」
邪気の無い、あどけないとすら呼べる笑みで応える。
「馬鹿にするな! 俺が若いからと侮るか!?」
「ほほう」
一銅は笑って無精ひげをさする。
「若いからと言って一風を侮っているのはお前さんもだろう」
また正論で遣り込められた。
「もういい、こいつに勝てば、次は貴様だ! 文句は無いな!」
「いいとも」
時宗と一風は境内の真ん中へと移動し、一足を踏み込めば、剣の触れる間合いを取って木刀を構えた。
時宗は大上段、一風は八双である。
「真剣でなくとも良いのか?」
一銅が茶々を入れる。
「森家の剣は『人間無骨』、木刀であろうとも兜ごと頭と首の骨を紙風船の様にひしゃげて見せる」
「それは恐ろしいですね、師匠。いかようにすれば?」
「いつも通り、風になれば良かろう」
「承知」
飄々とした子弟の会話に時宗はまたイラつきを感じたが、そこは日頃の修練。
(落ち着け、敵が挑発するなら、その火も闘志にくべるのみ)
一風がゆらりと動いたと見るや、踏み出し真っ向振り下ろした。
凌ぎ切る、鎬を削ると言う言葉がある。
しのぎ(凌、鎬)とは刀の側面の丘の事であり、互いに脳天を狙って同時に剣を振り下ろした時、鎬同士は激しく削れるように擦り合わされる事となる。
この時、『滲み月(突き)』と同じ軌跡を以って、剣を皮三枚(1ミリ)身体ごと相手の剣に寄せれば、相手の剣が逸れ、己の剣のみが相手の脳天を断ち割る。
あらゆる古流剣術の基本にして究極の斬撃である。
そして同時に両者が『鎬切り』を放った場合、普通ならば論を待たず、より剛の剣が勝つ。
時宗の『人間無骨』の剣は確かに一風の剣を押しのけた。
のだが―――
額の前で寸止めされたのは一風の剣であり、時宗の剣は一風を捉え損ね空を打ったのである。
「…………何故?」
呆然とする時宗。
「そいつはお前さんの所為だな」
一銅はどこから出したのか徳利に口を付けながら評した。
「お前さんの剣が余りに強すぎたから、剣のみならず、一風自身まで押しのけてしもうたのよ」
「な………」
「剛力は確かに無いよりは有った方が良いが、それよりも己の身一つ剣一つをちゃんと御せる者の方がより強い。一風の剣は小手先では無く、易骨に依ってしっかり背骨腰骨まで繋がっておった。剣骨身一体に立つ、ただの基本、それが真の金剛力。後は風の如く歩を流せば今の通り。恐れも同じ。己を悪く言うた人の事よりも、きちんと己を素直に認め御せば良い。それだけよ」
時宗は木刀を取り落した。
そして一銅に向き直ると膝を衝いて頭を下げる。
「一銅殿、是非秘伝を、いや、ただの基礎でもよい、私に剣を、禅を、お教え下され!」
放って置けば土下座になりそうなそれを見かねて一風が時宗の肩を引く。
「それ以上なされては武家の恥になりますよ」
「しかし……」
「私でよろしければ、お教え、いえ、稽古仲間になりましょう。いいでしょう? 師匠」
「好きにせい」
「………素敵」
小春が時宗の見えぬ背後で頬を赤らめる。
時宗は一風の手を借りてようやく立ち上がる。
「一風殿、そなた言動卑しからぬは、出家なさる前、さぞや高貴な御生まれでは?」
一風は困り顔になった。
「それを言うと、時宗様にも迷惑がかかります故御容赦を」
帰りの路。
「一風殿は、気がお優しく大らかな感じが素晴らしいです」
「確かに」
「気が強いばかりで気が小さいどこかの莫迦兄とは大違い」
「気が強いばかりで気が小さいのはお前もだろうが! この莫迦妹が!」
後に時宗は一風を自領に迎え、還俗させ風巻の性を寄せて召し抱えた。
一風はその際、小春を娶る事になる。
それについては暁鐘寺にて、一銅と島津、細川、加藤、福島、池田を交えた大騒ぎがあったのだが、また別の話である。
-2-
現代日本。
機械整備・製図専門学校、職員室。
「今日も風巻は来てないのか?」
「ですね」
「もうすぐ夏休みだが、こんな感じだと、明けてからも出て来ず退学するかもな」
「良く有る事なんだが、惜しいな。優秀な奴なのに」
友達の前では平気な振りをして―――
仲間の前でも平気な振りをして―――
ネットでも平気な振りをして―――
でも、学校に行く気力は無かった。
この先、何を成し遂げ、何を得ようが、何を認められようが、
ただ幸せになる、ただそれだけの事はどう努力しても何をしても手に入る気がしなくて、
図書館のパソコンの前で、一矢は、独り黄昏ていた。
-3-
高橋理大。
そこにシエラはいたが、シエラはいなかった。
気が強くて明るくて、誇り高くて快活で、悪戯っぽい笑みを浮かべる、面倒見と気風の良い彼女はいなかった。
気が小さくて、無愛想で、不器用で、潔癖で生真面目なだけの、暗い顔のいじめられっ子だった頃のシエラがいた。
もうその彼女を男達は構いはしない。
それでも彼女の元に残ったのは昔からの友達と、同じようにいじめられっ子だった経験のあるヲタク女子だけだった。
シエラはそれも仕方が無いと思っていた。
何より大事だったマリエルを裏切った罰なのだから。
幸せを求めた事が間違っていたのだ。
-4-
ジュデッカ大陸、熱風吹くラッカール大砂漠。
「嘘だろ!? ここを行くのかよ!」
グレガンはザッパの正気を疑った。
「ええ、そうですよ」
「死の大砂漠を越えねばならんとはな。道理で今までどの国も隠れ里を見つけられなかった訳だ」
ズーが溜め息をつく。
「で、目的地はどの辺なんですか?」
クロブが諦観を漂わせながら訊ねる。
「南南西に一週間前後です」
「ぶっ」
イシュヴァーナが噴き出す。
「冗談はお良しよ、あそこは大砂漠のど真ん中で、草一本生えぬ正真正銘の死の岩巨峰、ベルゼウス火山しか無いじゃないか?」
「ザッパが言うのだ。間違いはあるまい」
「旦那は信じちゃうの?」
「山の近くに隠れたオアシスでもあるんですかね?」
「いや、オフィーリアさん、そんな辺鄙なとこにあるオアシスじゃ、たかが知れてますって。元からの住人にこの人数が加わったら、水源なんか干からびちまうぜ!」
「グレガンさん、ザッパさんが言うから、きっと大丈夫なんですよお」
「麗しの君~、こればっかりは楽観できませんよぉ~」
「じゃあ行くのを止めます?」
兄弟弟子になったせいかグレガンに対して遠慮が減ったルーフェスが意地悪を言う。
「んな訳ねえよ!」
「では覚悟を決めるんだな」
「「「ハ~イ、旦那」」」
「………ハア、とほほ」
―第14話に続く―
ついに旅路は終焉を迎える。
「……信じられない」
「神の奇跡だ!」
「綺麗……、シエラちゃんにも見せてあげたい」
マリエルたちはその絶景に息を呑む。
大王の開拓地では恋バナが?
そして夏休みを迎えた風巻道場には、一人の客が訪れる。
とまあ、次回予告はこの辺にして、今回の後説。
今回は時代が江戸まで遡ったので、そこだけまた文体が時代小説調になってしまいました。ご容赦を。
とはいえラノベなので、実在の人物をモデルにしたのは一銅さんだけで、後は禄に資料も調べてない創作上の人物ですwww。もし大名森家に時宗、小春の名があったとしても偶然の一致なのであしからず。
一銅さんは皆さんが良く知ってる(はずの)人物の後年をモデルにしてますが、木刀持ってるからって坂田〇時さんじゃないですよ。あの人平安の人ですし、〇休さんは室町の人ですよ。あくまでも江戸。
しかし書いてみると、なんかヴァーリのおっさんに似てますね。
きっとこの作品の世界線上では生まれ変わりか何かでしょうwwwww。
当初設定では時宗は小春の父ちゃんでしたが、作品上華が無いのでお兄ちゃんにしました。
お兄ちゃんは辛いよ。
関係ないけどままれさんもお兄ちゃんだから頑張ってください。
関係ないついでに元号も令和に決まりましたね。
皆さんも時宗と小春のように、楽しく喧嘩しながらも仲良くお過ごしください。
それではまた、次回もご覧いただける事を願って。
再見。




