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八枚の翼と大王の旅  作者: 豊福しげき丸
1/31

マリエル姫と勇者の冒険

 初めましての方は初めまして。前のペンネーム(豊福茂樹)から御存知の方はお久しぶりです。

 本作をお目に留めていただきありがとうございます。

 本作は前作品、六枚の翼(前篇)、の続きとなっております。

 なぜ本作のタイトルが、六枚の翼(後編)で無いのか、それは過去のコメントを参照下さい(TT)。

 前作のコメントの予定日からずいぶん日にちが延びてしまいました。御免なさい。

 本作ともう一つのSF作品、十三個目のピーピングジャック、を並列作業したせいでお互いに延びて、結局同日アップになったというのを言い訳として聞き入れ下さると幸いです。

 それはさておき。

 前作を読んでなくても楽しめる作品にしたいと思いました。

 結果は……皆様のご判断をお待ちします(汗)。

 今回は(も?)主人公達の恋愛模様にひたすら皆様をやきもきさせたいと思っております。

 それでは。

 

 八枚の翼と大王の旅


 ―第一話―


 -1-


 結局一矢は、あの後高橋理大の特待生推薦枠入試に落ちた。

 一連の事件と戦争で頭を使い過ぎたからか、試験前日に38度9分の知恵熱を出してしまい、這う這うの体で受けた面接も筆記も惨憺たる結果に終わったからだ。

『話と違って礼儀がきちっとしているどころか、ゆるみきっているではないか』とは面接官の弁。

 だが意外とその事で落ち込む事は無かった。

 以前ならば、父が死んだ分もしっかりしなければならない、親戚や周囲の期待に応えねばならない、と、自分を責め思い詰めていただろうが、自分の価値を示さねばならぬ相手はクレア女王であり、信頼に応えねばならぬ相手はシエラであると思い定めてからは、その事で迷う事は無くなった。

 残った迷いと悩みはラ・フォーロ・ファ・ジーナと地球の行く末と、シエラが自分をどう想っているかである。

 そう、問題はシエラだ。

 以降、物憂げに伏し目がちになり、笑う事が少なくなり、一矢とも必要最低限しかしゃべらなくなった。

「俺、シエラさんに嫌われたのかな?」

 ある日、シエラがいない時に一矢が皆にそうこぼすと、レイチェルとパランタンとエリスロは永劫とも思える時間(実際には三秒)、固まった。

 生き残った者の談によれば銀河宇宙が垣間見えたそうな(おいおい)。

「ちっ、違う違う!違うよ!」

 慌てて否定するのは、金の髪をバレッタでまとめ上げた活発な少女、レイチェル・リリエンタール。

「姫様には別の事情が有りましてでーすね」

 フォローに回ったのは、頭も運動神経もいいのに残念ハンサム、パランタン・フェモーク。

「そ、そう、やんごとない事情なの~」

 まとめにかかったのは、気怠げな印象の最近幸せモードな琥珀の少女、エリスロ・ラスゴー。

「……そうか。じゃあ、俺じゃあ下手に口出せないし、力になれないんだな」

 一矢はほろ苦く笑い、歩き去る。

「「「あ――――」」」

「何だ?一体」

 剛毅純朴を絵にかいたような青年、カロは不思議に思い訊ねる。

 エリスロは恥ずかしそうに膝の上で拳を握り、渋々口を開く。

「……あのね~、もしあの時カロが一矢を殺してあたしを奪っていたら、自分の為にそこまでって、嬉しいのと、周りを不幸にした罪悪感との板挟みで、あたし達凄く苦しんだと思うんだ~。自分の所為でって。だから姫様も……」

「……。あー」

 カロは言外に込められた事情まで察し、顔を赤くしたり、青くしたりする。

「成程な……。それはシエラ様が落ち込み苦しまれるわけだ」

「自分の為にって思うのも、ひょっとしたら自分の為じゃ無いかもって思うのも苦しいのよね~」

「何でこう二人とも気が小さかったり自信が無かったりするかな」

「まあ、いじめられっ子だったりした過去もありまーすからね」

「自分に優しいのはみんなに優しいからだとも思ってるよね~。それはそれで間違ってない所が余計どツボよね~」

「……。つまり、周りが余計な口を挟むには、ちと問題がある訳だな。なら、俺は一矢が自信を無くさぬよう、稽古場で剣で会話するさ」

 そう言ってカロは一矢の後を追う。

「お前は行かないのかよ?」

 レイチェルは横目でパランタンを睨む。

「オーウ、私には可愛いリリたん(レイチェルの事)と漫才を繰り広げ、世界を笑いで平和にするとゆー至高の使命がありまーす。故に君の側を離れる訳にはいきませーん」

 レイチェルの炎のアッパーカットが炸裂。パランタンの飛距離、上空5メートル70センチ(ウソ)。

「うるさい! 冷静で合理的な判断なら、お前も行くべきだろーが!」

「……。はー、やれやれ。剣の稽古ならカロだけで充分だと思うんでーすがね」

 顎をさすりながらパランタンも渋々と後を追う。

 エリスロは呆れて溜め息をつく。

(多分、二人とも心の中で言ってるよね~。『いっそ殺せ』って。こっちもこっちでなんだかな~)

 それに気付かぬレイチェルは自分の事を忘れ、シエラと一矢の為に悲痛な祈りを漏らす。

「誰かどうにかしてよ。このままじゃ、折角明るくなった姫様が昔の姫様に戻っちゃうよ」


 風巻光水流を学ぶもの、尻尾を丸めず腰と志を立てるべし。

 即ち尾骨(骨盤)を軽く後ろに引き、なるべく斜め下に傾けつつも、仙骨(背骨の付け根)は緩めて立たせ、下丹田に圧を鎮め高めやすくなるための仙骨から背骨へかけての柔らかく大きな自然な球の丸みをもたせる。

 能の姿勢やバイクのライディングポジションと要領は同じである。

 更に付け加えると、腰帯二本差しにくさびを締めるようにと宮本武蔵も説いたように、腹の前に力を入れるより、横に圧を意識すると、頭(上丹田)と胸(中丹田)から手放した気の圧を肚(下丹田)に鎮め高め易い。

 言ってしまえばただの基礎を、より正確に精密に、1ミリ、0.1ミリ、0.01ミリ、と追って行く、果てしない作業。

 剣を構えて力みを抜き、骨に力を、肉に気合いを漲らせ流し続ける。

「待たせたな」

 カロが声をかけると一矢は剣を下ろした。

「どうもこの袴という奴は慣れん」

「別にジャージで構わねーだろ」

「まあ、折角パランタンが教えてくれるし、郷に入りては郷に従えという奴だ」

「フッ、どうせミーは器用ざーんす」

「お前、心なしかいつもより、やさぐれてねーか?」

「うるさいざーんす、とっととはじめるざーんす」

 三人は入れ代わり立ち代わり剣を交わす。だがどうしてもパランタンは一矢達に一歩及ばない。

「なあ、パランタン。お前そんなに弱くないだろ。どうして魔法使わないんだ?」

「……剣の稽古に魔法は無粋で卑怯ざーんしょ」

 一矢とカロは顔を見合わせ、噴き出した。

「いや、悪ぃー悪ぃ-」

「お前が魔法使ってくれなきゃ、俺たちはどうやって魔法も使う奴相手の稽古するんだ?」

『剣も魔法も両方一級品の腕前で使えるなんて狡い』『あいつばかり才能に恵まれている、狡い』

 子供のころからの呪縛。

「はー、やれやれ。結局まーた、リリたんに助けられたでーす」

 解けて行く呪縛。

「ゲームやスポーツじゃないんだから、現実の戦いなんて何でもありさ」

 パランタンにそう言いながら、一矢も心を決めた。

 やんごとない事情がなんだ。

 シエラが自分にそれを話してくれなくても、それを察し、何でもありで立ち向かえばいい。

 道はきっとある。

 

 -2-

 

 そして月日は流れ。


 異世界ラ・フォーロ・ファ・ジーナ。

 東の半球の北方のローンガルト、中央のミッデルシア、南方のジュデッカの三大陸。

 この内ローンガルトとミッデルシアの二大陸を軍事連合として統一せしめた偉大なる武王、その名も高きヴァーリ大王は僅か3人の供を連れ、ジュデッカの一国、グラスノの数多の国の人々と物が行き交うバザールで、目立たぬ平服で呑気に物見遊山をしていた。


「思えば余がアホウであった」

「いつもの事でございましょう」

 近衛騎士団長グスタフは年配者らしい落ち着き払った声音で応えた。

 ブルハンの代わりに団長職に着いたこの男はそれまでの筆頭であり、繰り上がり人事である。以前も本来ならばブルハンよりも年かさのこの男の方が団長にとの話もあったのだが、目立たぬ性格故、カリスマたるブルハンの陰に隠れていた。

「まこと、男の中の男、ドアホウでございます」

 近衛騎士筆頭代理ジッタが追従と云うより心からそれを信じて疑わぬ断固とした口調で応えた。

 グスタフの代わりに筆頭を決める試合に於いて優勝したのはカロであったが、本人がこれを辞退したため、その代理としてこの男が選ばれた。剣の腕と云うより、面倒見がよく、そしてまた周りもこの男の面倒を見てやろうと思わせる人柄を買われての事だ。

「……誰かこの人達止めて」

 キーパというこの人物、見た目と声は女と見間違う美青年だが、魔術師としての腕は超一流、剣の腕も身を守る分には申し分無し。ヴァーリの妃のエセルリーシャが、暴走しがちなこの面子(主にヴァーリ)の管理役として同行するよう、友人のこの男(既婚)に頼み込んだのだ。

「余の言いたいのはそう言う事ではない。世の賢者の記した書だの、優れた軍書戦略書だのに惑わされ、余の、そして世の喧嘩の流儀を見失っておったわ。キーパ、書き留めよ」

「はっ」

 懐からメモ帳を取り出す。

「そも余はこの世界の物や地球の物も含め将棋だのチェスだのの類が好かぬ。真の戦に於いては全ての駒がすべて同時に動くのが当たり前で、同数の兵力をそろえた場合、ミスの無い限り必ず対消滅にしかならぬ。ならば相手より数を多く、勢いのある軍を揃えた者の勝ちよ。そして歩と云う駒も好きになれぬ。同じ性能、個性の歩などこの世には有り得ず、もし同じ駒として扱えば足並みの揃えられぬ者を出来損ないとして扱う羽目になり、結果全体の速度は落ちる。故に先日のような不出来な戦しかできぬ」

「「「あれを不出来とおっしゃるのは大王様ぐらいのものです」」」

 総ツッコミである。

「仮に戦局を限定して一対一の戦い、駆け引きを問うならば、おそらくは囲碁とやらの方がより正しく美しい。あまりに綺麗過ぎて余は眺めるばかりで自分で指す気にならぬがな。たまに妃と指すぐらいよ。それすらも白黒のみならず万色ある現実には及ばぬ」

「なるほど」

 キーパが肯く。

「わかったか?」

「いえ、さっぱり」

「非情になれだの、より優れた知者の言う事を聞けと云うのもわからん。人は皆それぞれその人生における最高の智者よ。科挙(役人採用試験)の点数に優れた者や、レティーグの様な者ばかりを側近に置き、近衛や市井の者を遠ざけておったのもアホウであった」

「レティーグ殿はついてきませなんだな」

「あの阿呆、付いて来いと命じたらば『嫌です』とぬかしおった! しかものろけ話までつけてぞ! 妃と離れて暮らさねばならぬ余へのあてつけか? 危うくブチ切れてあやつの首を締める所であったわ!」


 『謀略』のレティーグがクロースリア王都に戻った時、それを一番喜んだのは彼が数多く囲う妾のある一人であった。

「レティーグ様がまた楽しそうな顔になられて何よりです」

「そんなに以前はつまらん顔をしておったか?」

「はい。おひとりで策謀を練られている頃より、以前も、今も、『四本の剣』の皆様と御談議を交わされている時の顔の方がずっと輝いておられます」

「……そんなにか?」

「それに、以前旦那様は女王様を女狐と罵っておられましたが、女王様もシエラ様も、どちらかと言えば群れ思いで誇り高き狼の様な方々です。森の賢者であるが故にたまに狐に見えるだけで。どちらかといえば旦那様こそ狐でございましょう」

「……馬鹿にするのか?」

「狐でいいではありませぬか。あのブドウは酸っぱいと文句を言いながらも、何か事があれば知恵をお絞りになられる。そんな狐のような旦那様を私は好いておりますから」

 次の日、レティーグは他の妾に十分な金を与えて暇を出し、家まで豪邸からどこにでもある様な大きさのものに引っ越した。

 更には後日、クレアとヴァーリに謁見し、マリエルへの求婚を正式に辞退して謝罪し、謀略の為に徒に人の命を弄んだのは間違いであった。二度とかような事はお命じ下さるな。と、号泣して土下座した。

「思えばクレア様もヴァーリ様も拙めの不出来を常に尻拭いして下さりました。殊に大王は王道を敷かれる方。拙などが暗き剣を振るえば却って足を引く事になりかねませぬ。間者共も大王の勅ならば喜んで従います。バンデル王もゲラード王も、きっと大王の威徳に従いましょう。拙の手助けなど不用にて」


「「「えー話やー」」」

 三人は抱き合って泣き始める。

「まー、余も少しはほろっと来たし、異は唱えんが、その分苦労するのはワシなんよ」

 ヴァーリはやれやれとばかりに耳をほじる。

「グスタフ、ジッタ。手筈は整っておるか?」

「はっ、予定通り大王直属近衛精鋭二千四百、クロースリア魔法騎士精鋭千二百、間者密偵四百、それぞれ各個にミッデルシア商人に紛れ込み、上陸した頃合いかと」

「みんなやる気満々でさあ」

 かく言うジッタも指を鳴らす。

「大王、この数、精鋭中の精鋭とは言え、軍事力としてはあまりに中途半端で少なすぎます。一体何をさせるおつもりで?」

 キーパが筆を止めて質問する。

「当たり前の事をさせる」

「は?」

「おイタをしたものを叱らせる。それだけよ」

「はあ?」

「そもそも現在のこのジュデッカ大陸の混乱をお主はどう見る?」

「各国、各部族の覇権を求める行き過ぎた欲望が原因かと」

「つまらん」

「え~?」

「科挙の答案に書けば百点満点が出ようがな。ジッタ、お主ならどう答える?」

「大王のおっしゃる通り、おイタをしても叱る者がいないせいに決まってまさあ」

「……そんな単純な答えでいいの?」

「人間、いや、生き物とはすべからく恐怖を与えられた時、その相手を真似ようとする。それが本能よ。猫が自分より大きな相手に襲われた時、毛を逆立てより自分を大きく見せようとするようにな。ガキの喧嘩で自分より力の強い相手と対する時、より力を出さねばならぬと筋肉に力が入り過ぎ固くなった事がお主も一度は有ろう」

「はあ、それはそうですが」

「故に奪われた者は自分も奪わねばならぬ、奪わねば生きて行けぬと恐怖に怯える事になる。強盗、略奪、殺人、何でも起こる。自分の好いた女は奪われる、自分が殺される前に血筋を残さねばならぬとレイプも将棋倒しのように蔓延する。難民の数が増え続ける道理よ」

「確かにそれは道理です。ではそもそも大本の恐怖の原因は?」

「魔法よ」

「……まさか」

「そもこのジュデッカ大陸は人を寄せがたき巨獣達の神域と見做されておった。地龍、ベヒモス、獅子、象、麒麟、これに挑むは人も死を、それも大勢の死を覚悟せねばならぬ。故に人は食べる以外不必要な殺生をせず、全ての生き物と互いに縄張りを犯さず生きておった。それでも縄張りを犯す悪霊憑きの巨獣があれば、それに立ち向かうは命を賭す真の戦士と呼ばれた」

「……それは存じておりました」

「だが魔法の書物が世に溢れ、特にミッデルシアの魔術師が大量にこの大陸に訪れた時、話は変わった。巨獣達が命を賭す事無く容易く、しかも食料ではなく毛皮や牙を得る為だけに、もっと酷い時にはただの遊びで葬られた。真の戦士ですら、魔法の前に葬られた。ミッデルシア人たちは恐怖に怯える彼らを従順な奴隷として奪い持ち帰った。ジュデッカの植民都市で、ミッデルシアで、奴隷、奪われた者達はその宿命としてまた人から奪い、それ故にジュデッカ人は犯罪者、強姦魔として差別された。地球に於いてはおそらくは銃が魔法に当たろう。そして似たような歴史を歩んだのよ」

「「「ひどい、酷過ぎるよ~、あんまりだ~、おか~ちゃ~ん。え~ん、え~ん」」」

「故に命じた。奪う者に相応の痛い目を見させよと。しかし奪うな。必要とあれば骨の一本くらい自己判断で折っても良いが、決して金も命も何も奪うなと。悪い事をしたからと命を奪えば、結局は恐怖を止める事は出来ぬ。ただ叱り、己の奪われた本当の望みに立ち返れと説けと」

「流石大王です」

「まことに」

「で、でも、普通そんな事を言っても聞く相手ばかりとは」

「故に少し卑怯な手を使う。一騎当千とまでは行かずとも、一人で十人の手練れを相手にできる近衛と魔法騎士を三人一組で一駒として用いる。大抵の相手はそれで対処出来よう。文句があるなら70万の兵を率いる二大陸の盟主たる余に言えとしてな。先の戦は不出来であったが、余の喧伝にはなった。この際何でも使えるものは使う。相手が少数、小悪党ならば近衛達の個人の武に怯え、それなりの大勢、大悪党ならばそれ故にこそ、余の軍事力と二大陸の経済力に怯えるしかあるまい。キーパ、この策、クロースリア王宮に通信魔法を飛ばし、詰んでおるか詰んでおらぬか、四本の剣を始めとするブレインたちに検算させるがよい」

「はっ、ただちに」

「まあ、結構余は大雑把故に、皆の助言があった方が有り難くは有るのよ」

「大王、鼻をほじりながら言ってはなりませぬ」

「いやいや、大王はこれでいいんですよ。あまり女子にモテるとエセルリーシャ様が焼きもちを焼かれますから」

「それは内緒!」

 後が怖いと思うキーパであった。

「地球の賢者の書に敵を知り己を知れば百戦して危うからずとかあったが、余はちと足りぬと思う。己の中も含め、すべての者の中に敵はおり、すべての者の中に味方はおる。まともに剣を学べば誰もが知っておる事なのに、どうも世には頭でっかちばかりよ。まあ、言うなれば、常在戦場にしてすべての民草を余の民草と思えば即ち無敵。これこそが大王の戦よ。それを見失っておったとは、またあの世のヒエンに頭をどつかれる所であったわ」

「バンデル王とゲラード王も民草ですか」

「連れてきちゃいましたね。無理やり」

「ひどい話だ」

「まあ、今のところ何の役に立つかは知らぬが、曲がりなりにも王ゆえ、いずれそのうち使い道も知れよう。それまでは下働きとしてこき使えと命じてある。まあ、良い薬であろう」

「して、最終的にはどうなさるおつもりで?」

「70万の軍を動員するに足る国力が整うは4年後。それまでにちゃんとした正義の味方最精鋭が4千も暴れ回れば世の風向きも変わろう。その時こそ70万と飛んでお主ら3人の軍を以ってジュデッカに堂々と威を唱え、その上であれをこれでする」

 ヴァーリは腰帯を叩いた。そこに吊るされていたのは、お忍び故わざとみすぼらしい鞘に収められた王威の剣ドゥーハンと、鈍い金色のありふれた生活雑貨であった。

「余こそはローンガルトにその名も高き、モップの戦士ヴァーリ大王よ」

 不敵な笑み。

「「ま、まさか!」」

 その時核に匹敵する爆発が起こった(おいおい)。

「それでナニにアレするお触れをお出しするおつもりで?」

「そんなあれを法として敷かれれば、確かに誰も人の物を奪おうとは思いませぬ!」

「「ヴァーリ、恐ろしい子」」

 ○ラスの仮面の如き青い無数の縦線を顔に引き、戦慄するジッタとグスタフ。

「えー、話が見えないんですけど」

 一人首を傾げるキーパ。

「これでエセルリーシャの占術に出た災いが収まればよいのだが、どうも嫌な予感がするのー」

 顎に手をやるヴァーリであった。


 -3-


「くしゅんっ」

 ミッデルシア大陸中央、クロースリア王城。

「どうなされた、エセルリーシャ殿」

 王城の主、クレア女王は賓客である大王妃に尋ねる。

「何か酷い事を言われている気がするのよね」

 銀の長髪の絶世の美女と名高いが、性格は少し大人気ない。

「まあ、美女は妬まれる事が多い故に」

「お互い損ですよねー」

「して、やはり占術の卦に変わりは無いのですか?」

「そうですね。この茶番の道を歩まねば、もっと酷い道しか残されておらぬと出ています」

「茶番ですか?」

「茶番です」

「……はあ、あんなアホの子を世に送り出すとは気が進みませぬが」

 重い溜め息をつく二人であった。

 

 さて、この物語、主人公は一矢、シエラ、パランタン、レイチェル、カロ、エリスロの六枚の翼とヴァーリ大王で相違ございませぬが、大筋の、高貴な女性二人の語る茶番劇の主役は残りの二枚の翼でございます。

 どうかこの二人のお話を、笑うなり泣くなり、好きにお楽しみください(ひでー)。

 

 -4-


 その男、ブランドー・タイグライトはジュデッカ大陸最強の剣豪と名高い。

 だが彼は今、ミッデルシア大陸中央、クロースリアの街道を旅していた。

「有難うございます。有難うございます」

 街道沿いにある小さな村の村人達は、ブランドーに何度も頭を下げた。

「気にするな」

「そうはもうしましても」

「俺はただ目障りで生意気なチンピラをムカつくから虫の様に払うただけだ。恩に着る程も無い」

「そうは参りませぬ」

「あ、あの、助けたお礼を是非させてください」

 貞操の危機を救われた村娘は頬を上気させながらブランドーに訴える。

「はっきり言っておく。乞食に戯れに破滅するほどの金を恵む鼻持ちならぬ金持ちがたまにおろう。そんな金を分不相応に持てば、たちまち周りの乞食やチンピラから殴られ奪われるのがオチなのに、ただ己が金持ちだと優越感に浸る為にだ。俺も同じよ。ただ使い道に困る程の剣の腕を持つが故に、気まぐれで恵んだ。後の事も考えずに。故に恩になど着るな」

「………」

 村娘の顔が泣きそうに歪んだ。

「もう一度言う。恩になど着るな。高々一度命を助けたぐらいで何度も何度も人にたかるのがヤクザのやり口よ。所詮この世は弱肉強食。お前らはお前らの羊の暮らしに心を砕けば良い。虎に恩など着るな」

「……なんと高潔な」

「はあ?」

「貴方様への恩は、同じ羊の、迷える羊を助ける事でお返しします!」

「私も!」

「俺も!」

 ブランドーは頭を抱え、掻きむしる。

「知らん!好きにせよ! 御者、早く馬車を出せ!」

 ブランドーはそう言い捨てると麦藁を運ぶ馬車の荷台に飛び乗り、不貞寝をすべく寝そべる。

「何なのだ、この大陸の者は、まったく! 脳味噌に花が生えておるのか?」

「はあ、騎士様が皆立派なのは女王様の治世のお蔭だで」

 御者がのんびりと答えた。彼は荷台に立派な勇者を乗せる事が出来て鼻高々である。

 

 クロースリア王城。

 白亜の巨城の門兵たちは、魂消た表情をし、おろおろと顔を見合わせた後、誰何してきた。

「失礼、ジュデッカの剣豪、ブランドー様で相違ございませぬか?」

「ほう? 知っておるのか」

「その風貌と背中に佩く長壮な剣、噂に聞く通りでございます」

「ならば話が早いゆえ、用件を言う。俺に並び立つと言われた達人ブルハンを破った男一矢と、それに互角する腕の持ち主と云う大王の近衛筆頭のカロとやらと会わせろ。仕合を申し込みに参上した」

 門兵たちはまたも顔を見合わせざわめき立つ。

「恐れながら、それにはクレア女王様の許可が必要でございます。謁見には時間がかかります故、それまで城に御逗留ください」

 ブランド―は眉をしかめる。

「ならば適当に居心地の良い安宿に泊まる。場所は後で伝えるゆえ、謁見のその時呼びに来い」

「こ、困ります! タイグライト殿程の高名な御方には是非歓待をさせて頂かねば!」

「いらん。こんなお上品な城に泊まるなど、想像しただけでもケツが痒くなる」

 門兵たちの顔が青ざめる。

「……では、お泊り頂けなければ、仕合の話はお受けできぬという事では?」

 ブランド―はまたも頭を抱える。

「……やはりこの大陸の者は変だ」

「は?」

「何でも無い。そう言う事なら世話になる。ただし賓客用の部屋など用意するな。厩舎の藁小屋にシーツと毛布と酒とつまみだけ用意せよ。それぐらいの方が俺は落ち着く。騎士の情けと言うものがあるのなら、是非そうしてくれ」

 門兵たちの顔がまたも青ざめる。

「…っ、是非そうします。それではお通り下さい」

 ブランド―が付き添いとともに城門をくぐると、残された門兵たちは青ざめた顔のまま口々に呟いた。

「どっ、どうする?」

「本当に女王様の言われた通りになったぞ」

「やはりまたドラゴンから予言を授けられたのでは?」

「と、言う事は、あの方は世界の趨勢にお関わりになられると?」

「勇者の宿命か」

「……ある意味御可哀想に……」


「何だ、このつまみは?」

 シーツを敷いた藁床の上でブランドーは辟易する。酒もつまみもそれ一つのみを問うならば、一級品には違いあるまい。だがその組み合わせの相性が悪いものを平気で出す。食通とやらの権威に盲従する貴族や料理人がたまにやらかす事だ。だから安宿で自分の好きな安酒とつまみを頼むのが良かったのだ。

「スマンが貰うぞ」

 馬たちに謝ると、大桶から小桶に水を組み、それで水を飲む。つまみを残すのももったいないので水で流し込み、自分の鞄から干し肉と干しイモを取り出して、残りの酒のつまみとする。

 食べ終わると寝そべり、別の酒瓶を開け、今度はつまみなしで少しずつ喉に沁みわたらすように、ちびり、ちびりと呑む。

「俺は何をやっているのだろうな」

 強いとは何であろう?

 自分が強いのは知っている。だが、それの意味とは何だ?

 人は自分に言う。『貴方なら人が夢見る武の頂点に行ける』と。

 頂点に立つ男と名高きブルハンの噂は聞いていた。しかし北の果てのローンガルトまで行くのも面倒だし、戦場で会うならともかく、お行儀のよい試合で他人に勝敗を決めてもらうなど何かが違うと思っていた。

 だが、戦場でブルハンは一矢に敗れ、その一矢にカロは放っておけば死に至る深手を負わせたと言う。

 興味が湧いた。

 死合で無く試合でもいいから剣を交えてみようかと気まぐれに思った。

 頂点とは、武の頂とは何であろう?

 何故皆そんなものに幻想を抱く?

 本当にそんなものがあるとでもいうのか?

 強いなど、ただそれで他の者より贅沢に肉が食える。ただそれだけではないか。

「一矢であろうがカロであろうが、ただ勝ち、生き残り、肉を食らう。それだけよ」

 その時、ふと遠くから人の気配。

 だんだん近づいてくる。

「マリエル姫様、お待ちください」

「ゴメンね、ばあや。でも急ぎたいの」

「物珍しさもいい加減になさいまし」

(俺はは見世物扱いか? これだから貴族という奴は)

「京香曾御婆様がハルナと名付けた馬を是非見たいの。なんでも日本の言葉で『春』と言う意味だそうよ。私のマリエルと云う名前も古い言い回しでは『春の日差し』と言う意味ですもの。仲良くなりたいの」

(何だ。俺では無く馬か)

「で、ですが、その馬は人を噛むと言う噂ですよ。やめておきなさいませ」

「大丈夫よ。きっと仲良くなれるわ~」

(脳味噌が馬犬並みのバカ娘だな)

「ハルナちゃん、仲良くなりましょう。きゃっ」

「ほら見なさい、噛まれたでは無いですか」

(どこまでイラつくバカ娘だ)

「大丈夫。怖くない怖くない。………。どうしましょうばあや、施療院の子達ならこれで分かってもらえるのに、この子もっと噛んできます……」

 涙声。

 ぷっつん。

「この俺をストレスで殺すつもりかー! このバカ娘がー!」

 ブランド―は藁小屋と馬房を仕切る扉を思わず蹴破っていた。

「な、何ですか貴方は?」

 マリエルは慌てふためき赤面する。

「馬を躾けるのにそんなやり方が通じるかこのボケナス! 噛んだら叱れ! どっちが主人かはっきりさせろ!」

「わっ、私は馬さんと友達になりたいんです。それにこれはシエラちゃんに教えてもらった御伽草子に記されていた由緒正しいやり方なんですよ!」

「そんなものが現実で通用するかこのオタンコナス! 大丈夫とは噛むのを止めた時に別にお前を嫌って叱った訳では無いと言い聞かすのに使う言葉だこのスットコナス! この馬の性格が悪いのはお前等みたいな馬鹿貴族を飼い主に持ったせいだ! 大体お前等みたいな馬鹿貴族は表面だけ取り繕って偽善で人におべっかを使って、陰で心にもない言葉で機嫌を取ってやったのに気に喰わぬ事ばかりすると文句を言う。そんな中で育てられれば誰だって何がしていい事か悪い事かわからなくなるのは道理だろうが! お前のした事は、まさにそういう胸糞悪い偽善だ! このブサイクナス!」

 ブランドーは更に叱りつけようとマリエルの顔を見据える。

 ブサイクなどでは無かった。

 控えめに言っても整った顔立ちだった。

 全てを包み込む慈母の様な雰囲気と、清らかな幼子のあどけなさを同時に内包する、聖女の様な神秘的な容貌であった。

(だ、騙されん。見かけなどに騙されんぞ!)

 マリエルは瞳を潤ませ、顔をさらに赤くし、右手の指を四つ折る。

「………四回もナスって言った」

「……ハア?」

 マリエルは走り去る。

「ひ、姫様~」

 慌てて追いかけるばあや。

 残されたブランドーは―――

 まんじりと眠る事も出来ず、朝までハルナの噛み癖を根気よく躾け続けた。

 

 -6-

 

「それがお主の望みか?」

 クレア女王が謁見の間で剣豪を玉座より見下ろしながら訊ねる。

「そうだ。仕合、それもかなうならば死合を申し込む」

 ブランドーも傲岸不遜に腕組みをして見上げ返す。

「生憎一矢もカロも遠くに出かけておる」

「では居場所を教えろ」

「生憎言ってもにわかには信じられぬ処に居る」

「出任せでは無かろうな?」

「わらわの器量がその程度に見えるか?」

 家臣たちはハラハラしながら見守り、騎士たちはブランドーの態度にいきり立つ。

 だが誰もが滲み出る剣気に呑まれ、剣を抜くどころか口一つすら挟めぬ。

 クレアの豪胆さに舌を巻くぐらいだ。

 まさしく人の形をした虎であった。

「取引をせぬか、ブランド-・タイグライト。お主の剣の腕を貸して欲しいのじゃ。褒美は一矢とカロの居場所を教え、仕合を承諾させる事に加えて、剣を一振り授けて遣わす」

「なまくらなら要らぬぞ」

 クレアが目配せをすると、一振りの大野太刀が運ばれてくる。

 丁度ブランドーが背に佩く剣と同じ長さであった。

「銘を『斬徹の十二』と言う」

「では残り十一振りは在るのか?」

「もちろん。残りは六枚の翼が腰に佩いておる。これで無くては一矢とカロに太刀打ちできぬぞ」

「吹いたものだな」

 そう言い捨てながらも、ブランドーは斬徹に手を伸ばす。確かに並みならぬ剣であるとの予感がしたからだ。

「盾を構えよ」

 クレアは親衛騎士の一人に前に出るよう下知する。

「慈悲があるならば、腕までは斬らぬでくれ」

「そんなものは無いが、別段つまらぬ血まで見る趣味も無い」

 斬徹を抜きざま斬りつける。

 剣は一つもひっかかりを見せる事無く、閃くままの疾さで盾を二つに割った。

 皆が凍りつく。

 恐るべき太刀筋。恐るべき剣。

「なるほど、言うだけの事は有る。知らず持たずで立ち向かえば、負けたやも知れぬな」

 ブランドーは初めて子供の様に笑い、剣を翻しては眺めるを繰り返す。

「良いのか? 王家の宝剣か何かであろう?」

「生憎最近鍛えられたばかりのものじゃ。なんでもタングステンカーバイドとやらを古伝丸鍛えとやらの製法で、二回折り返しの斬鉄古刀(粘りがあり鉄や甲冑を斬るのに適した強靭さを持っている)と、十五回折り返しの革斬り新刀(脆いが硬く鋭く、鎌倉時代に来寇したモンゴル兵の革鎧や江戸期より流行った巻き藁を斬るのに適している)の両方の長所を、魔法を使う事によって併せ持たせ改良した地球で言うチートな剣だそうじゃ」

「何を言っておるかはわからぬが、これならば刃筋を過たぬ限り、何を斬っても欠けそうにない」

「何でも斬れる、とは言わぬのか?」

「それは俺の腕次第。斬れぬものがあれば、敗れ、死ぬまでよ」

「取引の内容が終わるまでは、死んでもらっては困るのじゃが」

「これほどの玩具を貰えるのだ。余程の取引で無ければ断る道理も無い」

「……言いにくいが、その余程かも知れぬ」

「お母様!」

 怒ったような上ずった声。

 謁見の間に早足で乗り込んできた姫君を見てブランドーは固まり脂汗を流し始める。

「まさか……」

「そう、その子の子守じゃ。ジュデッカへやらねばならぬ用事が出来ての」

「こ、子守とはひどいです! 私はもう二十は過ぎておりますよ!」

「よりによって、こ、このバカ娘をか?」

 ブランドーの言い様に騎士や家臣たちは激昂する。

「失礼な! マリエル様は馬鹿などでは無い!」

「いつも弱者や民や時にひねくれた悪人でさえ労わられる真の聖女ぞ」

「時に姫様が、『この世は私の命などより素敵で大切なもので一杯です』と仰られるのを聴き、我らがどれだけ己の未熟を悟ったか」

 ぷっつん。

 ブランドーの中でまた何かが切れた。

「このバカ娘の脳足りん嬢がー! 一体どれほど甘やかされればその様なふざけた事が言える! いいか、この世に自分の命より大切なものなど無い! たまにあっても一つぐらい、それが普通の人間、生き物と言うものよ! それを『一杯』だとぉ! お前の言っておる事は、明らかに現実と言うものを知らぬ者の世迷い事よ! それとも正気で言うておるのであれば、紛れも無きキ○ガイ(注、筆者自身ADHDを始めとする精神疾患を抱えた事があり、このような表現は不快に思いますが、作品上必要に感じ使用しております。文句があるなら如何様な反論でもどうぞ)だ! もう一遍言う、お前は○チガイだ!」

 クレアは口元に当てた扇の陰で笑みを浮かべる。

「では断るか?」

「気が変わった! いいだろう! このバカに現実と言うものを思い知らせ、『私はやっぱり城の中に引き籠っていた方が良かったのです。身の程知らずでした』と泣きべそをかかせてやろう!」

「何だとぉ!」

「陛下、やはりこの様な無頼漢など止め、我等こそを守護の任にお付け下さい!」

「ならぬ」

「そんな!」

「何故です?」

「この男は明らかにお主ら十人が束になったよりも強い。この男の代わりにお主ら十人を守護に当てれば、その娘はどこの大貴族の娘かと要らぬ注目を浴び、百人の敵を呼ぶ事になろう。百人の守護を当てれば千人の敵を呼ぶ。イタチごっこよ。その男とお付き数名を当てた方がよほど安全じゃ。わらわの言う事は間違うておるか?」

 誰も反論できない。

 そこに飛び込んでくる小さな男児。

「お前などがマリエル姉様を守るなど、この僕が許さぬ!」

 王太子、フィスレイである。

「何だこのガキは?」

「無礼な! そもそもマリエル姉様を守る者は、一矢の様に智勇に優れおおらかで強く、カロの様に一途で実直に強く、ラスゴー宰相やセントゥリウス将軍等重臣の様に賢く弁に優れ、騎士の鑑の様な礼儀正しき者でなければならぬのだ!」

「分かった、ガキと言うのは取り消す」

「い、今更謝った所で許すと思うなよ!」

「ガキと言うのは取り消す。お前は糞餓鬼だ」

「な、なにー!」

「お前ら糞貴族と言うものは全く始末が悪い。人にあれにも優れろ、これにも優れろ、完璧になれと無理難題を吹っ掛ける。成程、何でもできる人間もたまにはおるかもしれん。だが大概はただ能力に優れるだけの薄っぺらい張りぼての様な人間か、更には多くはその紛い物の、全てに完璧でなければならぬと怯える張りぼてですらない風船よ。お前らは人にそれを強いて恥じる事の無い恥知らずだ」

 ぱちん。

 マリエルはブランドーの頬を叩いていた。

「フィスレイちゃんに謝って下さい! 憧れる心は誰だって自由でしょう!」

 ブランド―は呆然とした。

 自分はなぜ叩かれた?

 殺気や悪意や敵意の類を自分が読み違えるはずが無い。有ったとしたらとうに死んでいるはずだ。

 一体この女は何を考えて自分を叩いたのだ?

 クレア女王は扇子を閉じ、娘をたしなめる。

「マリエル。お前の言う事にも一理はある。じゃが此度はブランドー殿の言が正しい。なんでもできる者もまたその人間の個性と言えば個性。そしてまた何かが出来て何かが出来ぬ者もその人間の個性。誰にも彼にも万能の完璧を求めるのは暴力であろう。たとえそれが自分であっても、個性を認めてやらぬは先々王ライリック様のもっとも嫌う所。忘れた訳ではあるまいな」

 マリエルは俯いた。

「ブランドー殿。礼を言う。どうかその調子でこのバカ娘の不出来な所を磨いてたもれ」

 ブランドーは思いっきり眉をしかめた。

「……はめたな」

「良い爪砥ぎ板を見つけたとでも思うてたもれ」

「は、母上、いくら母上でもそのように姉上を侮辱するなど!」

「ではフィスレイ。そなたもブランドー殿への侮辱を詫びるか?」

 フィスレイは唇を噛む。

「……見ておれ、ブランドー! 僕はいつかどんな手でもそなたより強くなって、姉上をそなたより奪い返すからな!」

「別にこのバカ娘はどうでもいいが、喧嘩を買うのは好き故、いつでも受けて立とう」

 大胆不敵、傲岸不遜な笑みを浮かべる。

 狼と言えど子供では本物の虎の威にかなうものではない。

 フィスレイは顔を真っ赤にして涙を浮かべて我慢したが、やがて、

「見ておれ!」

 と、言い捨てて逃げ去った。

 ブランドーは今度はマリエルに思い知らそうと振り返る。

 ―――と―――

「では、私を守って下さるのですね。やっと冒険に出られますわ!」

 目を輝かせるマリエルがいた。

 ブランドーは眩暈がした。

 

 エセルリーシャは一部始終をヴェールの陰から眺めつつ、昨夜のマリエルの顔を思い出す。

『あの方、四回もナスって言いました。では、あの方がそうなのですね!』

「命が尽きるまでの間……か」

 果たしてこれは本人に告げていい予言だったのかどうか、いつも思い悩む。

 でもせめて夢ぐらいは見させてやりたかった。

 

 -7-


 春は門出の季節である。

 マリエル達が旅の支度を整えるのと時を同じくして、地球の一矢達も進学した。

 シエラ達は高橋理大に普通入試で合格した。

 カロは農業大学の聴講生となった(エリスロの指導により片言の日本語が出来るぐらいにはなったのだ)。

 斉藤はロケット研究室のある難関大学に見事合格し、吉田も就職し影山も進学した。

 一矢は設計製図の専門学校に進んだ。

 得意な科目は教師も目を瞠るほどだが、外国語など不得意な科目はとことん不得意な事もあり、大学の授業に付いて行ける否か疑問であったし、やりたい事や目指すべき事が分かっているのなら、別段学歴に拘る必要も無いと言う割り切りである。

 剣指南役の給与は高額な私立大学の学費では無く、自分で会社を興すための資金にする肚積りもあった。

「いいのかな~」

「姫様が強く頼めば一緒の大学に来てくれたと思うのに、ああ! やきもきするぞ!」

「それはわかっていても無理な話でーす」

「……参ったな。そこまでこじれた話だったか」

 紅玉の髪を持つ美しき王女・シエラザード・クロースリアは、自室で一人膝を抱えていた。

「一矢は……マリエル姉さまにこそ相応しかったのだ。それなのに私は……」

 一矢に飛び込む勇気も、身を引く勇気も、どちらも持てずにいた。

 

 一矢は以前クレア女王とシエラに、マリエル暗殺未遂事件の首謀者アーネス公爵に加担した商人や貴族を、見逃す代わりに戦争に必要な資金を提供させるよう進言した事があった。

 そして今回、一矢はなんと彼らに最小位の銅ではあるが、戦功勲章を国民の前で授与するよう進言した。

 最初は皆その正気を疑ったが、彼らの不満を抑える実に効果的な策であった。

「功は功。これからはその勲章に恥じぬ行いをせよ」

 民の前での堂々たる宣言。

 銅勲章を授けたシエラの凛とした態度と、国民の間で高まった名声が彼らの枷となった。シエラの心算一つで、彼等へ集まった国民の注目がどうとでも転ぶのである。

 だが実際、評判がいい事で彼らのほとんどは商売が上向いたし、就航を始めた蒸気船による貿易に便宜を計っても貰えた。

 今までは風任せで不定期な(魔術師がいないと凪が続けば周単位で遅れる事もある)帆船による海上輸送が、高速かつ大量、天候に左右されぬ定期的なものになったという事は、貿易を営む者達にとっては莫大な恩恵である。

 地球の感覚では当たり前に思う事だが、必要な時に間に合わなかったり、届いてみれば腐っている商品に高い値を付ける買い手などいない。計画通り、約束通りに進む商売こそ、互いに利のあるより儲かる商売なのである。

 厳格ではあるが公正なシエラのその態度に、表立って歯を剥く者は現れず、逆に心から膝を折る者が次々と現れた。

 自分の金も是非次の戦に役立てて欲しい、その代わり蒸気船に便宜を、と願うものは後を絶たぬまでになった。

 だが、一矢の策によってシエラの身と名声が守られ、高まる程に、シエラの心が追い詰められている事に、まだこの時の一矢は気付けなかった。

 

 -8-

 

 クロースリア王国の学問所の学長、シエラ達の曾祖母である京香は学長室の椅子に深く腰掛け、昔に思いを馳せていた。

 夫であるライリック・クロースリアと、一矢の曽祖父、風巻剣人との会話を偶然立ち聞きした時の事だ。


「剣人、頼みがあるんだ」

「何だ?」

「昔、京香が君に憧れていた事は気付いていただろう?」

「憧れに過ぎぬ。真の徳、心重ね合わす相手はお主であろう」

「うん。別に僕は彼女との愛を疑っている訳じゃないんだ。でも彼女の昔の願いを違う形で叶えてあげたいと思ってね」

「フム。何となく察しはついた。だが私の子もお主の子もどちらも女ではないか」

「孫でも曾孫でもいいさ」

「気の長い事だ。まあ、娘には言い含めておくが、あまり期待はするなよ」

「おいおい、夢ぐらいは見させてくれよ。お姫様と武人の恋物語なんて、ありふれてるけど逆に言えばそれくらい素敵な物語だって事だろう」


 そして時は流れ、ほんの少しの昔。

「それでその子ははどんな男の子なの?」

 幼きシエラの問い。

「う~ん。それが、『まったく武人になる見込みの無い軟弱な曾孫で申し訳ない』と、剣人の手紙には書いてあった」

 老いたライリックは赤い髭を溜め息に揺らした。

「まあ、まつ毛が長くて女の子みたい」

 幼きマリエルは写真を見て笑った。

「あら、成長したら案外剣人さんのような人になるかもしれませんよ」

 京香がたしなめる。

「僕が生きている内に立派になってくれるといいんだが」

「じゃあ、いつか私がマリエル姉さまの代わりに見に行ってあげる」

 石化の病に罹っているマリエルは転移の魔法で地球には行けない。あまりに濃いマナに晒されると一気に石化が進むことがあるからだ。故に魔法で治療する事も出来ない。

「姉さまに相応しい人かどうか見て確かめて、相応しい人なら連れて帰って、悪い奴なら吹っ飛ばしてやるわ!」

「あら、じゃあ私に相応しくなくていい人だったらどうするの?」

「……ま、まあ、駄目な奴でも、いい人だったら私が曾御爺様と曾御婆様の夢を考えてあげてもいいわよ」


 物思いはドアをノックする音で破られた。

「お入りなさい」

 ドアを開けて入って来た人影は京香の思っていた通りの人物であった。

「もうすぐ出立するのね。マリエル」

「はい。曾御婆様」

「気持ちは変わらないの?」

「はい」

「………」

「手紙が来なくなっちゃったんです」

 マリエルの言葉に京香の瞳に差す翳が濃くなった。

「一矢さんはこんな人だって教えてくれる手紙も、姉さまで無く私でいいんだろうかって訊ねてくる手紙も、申し訳ないごめんなさいって謝る手紙さえも、絶えちゃったんです」

「貴方の所為では無くてよ」

 京香はその言葉が虚しい事を知っていた。だが、正しくは有っても何の役に立たぬと分かって尚、言わずにはいられなかった。

「あーあ。来ちゃいました。みんなの重荷になってる事は覚悟してました。でも遂にシエラちゃんの重荷になる日が来ちゃいました。それだけは耐えられそうにありません。だってシエラちゃんが大好きなんですもの。シエラちゃんが私の事を大好きでいてくれたんですもの。だから、最後にちょっとだけ冒険に出るんです。憧れていた冒険に。何よりも憧れていた冒険に。命を燃やし尽くすまで」


「「私が」」

「シエラちゃんの」

「マリエル姉さまの」

「「幸せを奪いたくなんかない」」


 -第二話へ続く―


 いかがでしたでしょうか?

 今作は前作よりも武術成分薄目で行こうと思っておりますが、この作者の事なのでいつ暴走するかわかりません(おい)。

 どういう結末を迎えるかはもう既に決まっていますが、道中彼らが何をしでかすかは未だに予想が付きません(おい×2)。ブランドー可愛そうに(おい×3)。

 さて、前作の時も書きましたが、一矢の思い悩む地球の行く末、それを解決する為の策を託されたのが同日アップしましたもう一つの作品、十三個目のピーピングジャック、の登場人物、大城実朝です。

 あっちはハードボイルドサイバーパンクSFですが、地続きの続編とでもいうべき作品です。

 宜しければそちらもどうかご愛顧お願いします。

 ではまた、なるべく早いうちにお目にかかりたいです。

 再見!

 

 

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