いっぽうつうこう
ご無沙汰で申し訳ありません。
1話から3話まで(大幅には変わってませんが)訂正済みです。
質素、それが着せられたワンピースの第一印象だった。けれど実際、質素に見えてたぶん絹でできた上質なものだし、何よりも動きやすい。すごく軽い。飛んでも跳ねても楽しい。皇妃としての教育を受けた者としてどうかと思うけれども。もう今更だし、この服の時点で皇妃には見えないだろう。
ー街にでもでようかな
ふとそんなことを思った。この格好なら余裕だし、私の平凡極まりない顔なら目立ったりしないだろう。そーっと後ろを横目で確認すれば、着替えを手伝ってくれた侍女さんたちは静かに控えてくれている。
「…今日の予定について……皇帝陛下は何かおっしゃってた?」
その言葉に侍女さんたちは一瞬ぴくっとした気がした。けれど特になかったようで口々に否定をする。特に公務などはないようだ。まだ皇妃としてのお披露目もしてなければ、式も挙げてないから当然と言えば当然なのだろう。一応正式に婚姻は結んであり、書類上は夫婦ということになってはいるけれど、皇妃としての私はまだほとんどの人に知られていない。
と、言うことでヒマで(しかもお飾りな)私は皇帝陛下の許可さえいただければ、目立たない程度になら好きにしていても良いのではないだろうか。自己中心的な考えであることは否定しないが、勝手にそう結論付けて、私は侍女さんたちに再度聞いてみた。
「お城の外に出ることは可能かしら?」
少々気取った言い方になってしまった。そんなことを思いながら侍女さんたちを見ると少し気まずげな表情を浮かべている。もしかして、あまり声をかけない方が良いのだろうか。
「皇妃様、発言をよろしいでしょうか?」
一人の侍女さんがそう言った。そのあまりに丁寧すぎる発言に私は倒れそうになる。自国での私は、リオ姫だなんて呼ばれて、侍女さんたちにも割と気さくに声をかけてもらっていた。何度頼んでも敬語は外してもらえなかったが、けっこう楽しく会話させてもらっていたのだ。それとのあまりの違いに驚きつつ、私は辛うじて笑みを作った。
「私はまだ正式に皇妃としてお披露目されてはいないし、これからお世話になるのにそのように呼ばれるのは寂しいわ。リオンと呼んでいただけないかしら?それと、普通に会話をしてほしいの。せめて、公式の場以外では…」
ああ、また気取った言い方をしてしまった…。皇妃としての対応や考え方は教えられてきたつもりだけど(ただし身についているかはまた別として)なかなか実践ができない。出来損ないで申し訳ないけれど、こればっかりは向いていないとしか言えない。母国からついてきてくれた侍女二人以外の侍女さんたちは少ししてから小さくうなずいてくれた。
「かしこまりました。では、リオン様…先ほどのご質問ですが、外出は出来かねます。基本的に皇妃様の外出は陛下の許可や御命令の下、もしくはご公務や休養等何かしらご用件がないとできません。どちらにしろ、わたくし共の判断でリオン様を王宮の敷地外に出して差し上げることはできません。陛下にお聞きくださいませ」
そうですよねー、なんて冷めた言葉が出そうになる口を慌てて閉じて、私は困ったように微笑んで見せた。言えるわけがない。あの優しい陛下は私の頼みを無下にできずに対応してくれるかもしれない。
そんなことになったらこちらがいたたまれなすぎる。ただでさえ役立たずのお飾りなうえ、きちんと役に立てていないのだ。せめて迷惑はかけられない。
「……私が言ったことは陛下に言わないでちょうだい。気を遣わせてしまうのは申し訳ないもの。私はお部屋で刺繍でもしようと思います。……用意してもらえるかしら?」
「……かしこまりました、リオン様。朝食後、ご用意させていただきます」
侍女さんたちはそう言ってくれた。侍女さんたちは少し困ったような表情を浮かべていたような気がするけど、きっと気のせいだろう。でも……もしかして私、何か間違えた……?
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「……城下に出たいと、言ったそうだが…」
ふわふわと舞い上がりそうになる気分と、それに比例して弾みそうな声を必死に抑えて、皇帝陛下が皇妃に聞いたのは朝食が始まってすぐのことだった。誘うか誘うまいか悩んでいた皇帝陛下のところに飛び込んできたのは、皇妃が街を見たがっているという話だった。これは好機であると、皇妃に問えば、彼女は静かに息をのむだけで何も言わなかった。
「……とんでもないことです」
静かに真顔で告げる皇妃に皇帝陛下の気持ちは一気に墜落した。だがしかし、彼女につけた侍女に聞いた話であり、先ほどの話だということなのだ。皇妃に口止めされていると言っていた侍女たちにわざわざ言わせたので間違いはない。
「……別に構わない。せっかくこの国に来たのだ。見てみるのも悪くないだろう」
本当は自分から、共に行かぬかと誘いたかったのに…そう思いつつ皇帝陛下は続ける。
「まだ公の場にも出ていない。行きやすくはあると思う」
違う、そうではない。騒がれる前に新婚気分でデートがしたい、皇帝陛下はそう告げるつもりだった。そう素直に言えないだけで。城下に出たいならちょうど良い、もとより今日行くつもりであった、そう告げたかったのに…。どんどん自ら誘いにくくなっていく中、皇帝陛下は皇妃の様子を見た。彼女はと言えば、相変わらず真顔で、しかも若干俯き、口を閉ざしている。
「どうだろうか」
何がどうだろうかなのだ。誘ってもいないくせに…、などと自らツッコみ、皇帝陛下は聞こえてしまいそうなほど緊張して高鳴る鼓動を感じながら必死に待った。
「陛下のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。ほんの気まぐれで言った言葉が陛下に伝わってしまうとは思いもしませんでした。本日は部屋で刺繍でもしようと思います。陛下のご公務のお邪魔にならぬよう静かにしておりますので、何か御用があれば申し付けてくださいませ」
昨晩の慌てふためきぶりが嘘であったかのように真顔で静かに告げ皇妃は皇帝陛下が口を開くのを待った。
本当であればかなり行きたかった。必死に真顔を保たないと、表情筋がうれしさのあまり緩みそうなほどに皇帝陛下の申し出はうれしかった。しかし、自らがこぼした失言のせいで皇帝陛下の公務の予定が滞ってしまってはまずい。真実ではないのに(実際真実でないこともないが)皇妃可愛さゆえに執務をしなくなった、などと言われたら申し訳が立たなすぎる。自分のような仮皇妃に気を遣って提案してくださるなどどれだけ優しいのだろう、皇帝陛下は。 などと勝手に結論付け、勝手に納得した皇妃には皇帝陛下の内心も提案も届かなかったのである。
「私の失言のせいで申し訳ありません。気を遣っていただき、ありがとうございました」
何とか口元に小さな笑みを浮かべ、皇妃はそう言った。皇帝陛下と言えば笑うことすらできずに、そうか、と短くこぼすだけであった。