きっかけ
************から目線が変わります。
私にはずっと不思議だったことがある。それは私の婚約者のことだ。
もう十年も前から、なぜだか私の婚約者は大陸一の力を誇るアデラス帝国の現皇帝…クロディス=アデラード様だった。
私は一応、王女だ。身分だけ見ればつり合いが取れているように見えなくもない。けれどうちはさほど大きな国ではない。いやぶっちゃけて言えば弱小国だ。国王である父の手腕は悪くないし、民も幸せそうに暮らしている。変な貴族が力をつけて父から王位を奪おうなんてこともなければ、内戦続きということもない。よく言えば平和、悪く言えば特に特徴のない普通の国だ。大国が手を結ぼうと考えた際、真っ先に除外されそうな国なのだ。手を組んだところで害はないが、利もない、そんな国代表だと私は思っている。
それなのに。
気づいた頃には私の婚約者は当時皇太子だったクロディス様になっていたのだ。
父がとても困っていたのを、私は子供ながらに覚えている。うちのような弱小国が断れるはずもないけれど、私に皇妃としての器はないことも、皇妃教育などというものが私には絶望的に向いていないことも、父はしっかり理解していた。一応父はさりげなく苦言を呈したらしいが、あまり聞く耳を持ってはもらえなかったらしい。結局私は理由もわからないまま、与えられるがままに皇妃教育を受けることとなった。まあ、受けることと身についていることは同義ではないけれど。
そんな幼少期を過ごして来た私だけれど、今日、このアデラス帝国に初めて来て分かったことがある。
私は必死に気配を殺し、木の後ろから抱き合う男性二人を眺めた。
勘違いしないでほしいのは、別に好きでこの状況にないということだ。今日、このアデラス帝国にやってきた私は、暇な時間に中庭を散策する権利を得た。母国からついてきてくれた侍女二人と歩いていたはずが気づけば迷子。そして迷い込んだここで、抱き合う二人を目撃してしまったのだ。とっさに隠れたのは空気を読んでだということをわかってほしい。別に覗きたかったわけではない。むしろ早くこの場から立ち去りたい。
片方は何度かお会いしたことのある皇帝陛下だった。そしてもう片方はわからないが、たぶん高位の文官とかなのではないだろうか。
皇帝陛下は頬を赤く染めていて、相手の方は背中をさすっている。二人が親密な関係にあるのは見て取れた。そしてすべて察した。
おそらく皇帝陛下はあの方を愛しているのだ。けれど皇帝陛下には跡継ぎを残す義務があるし、そもそもこのご時世、同性愛者に対するあたりはまだ強い。いくら皇帝陛下といえど、相手が男性だと押し切れない。そこで考えたのが、普通に結婚してその結婚を隠れ蓑にして付き合っていくことだったのだろう。
けれど国の貴族では露見されたときにすぐに家族に連絡されてしまい、広まっていく可能性が高い。だからすぐには身内と連絡が取れず、且つ、多少雑に扱っても文句は言えない弱小国の姫たる私が皇帝陛下の妃に選ばれたのだ。すごく筋が通っている。我ながら賢い。
つまり、私の仕事は皇帝陛下の秘密を守り、二人をそのままにしてあげることだ。外では皇帝陛下と仲の良い素敵な皇妃様を演じ、そして陰で二人の時間を作ってあげる。それが皇帝陛下の望む良い皇妃。
まず最初にやることは初夜を回避することだ。
私は未だ抱き合う二人に背を向け、静かに歩き始めた。
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美しい、、、
皇帝陛下は目の前の娘を不躾にならないように眺めつつそう思った。
光の加減によっては白くも見える淡い金の髪は背中の真ん中までを覆い、その髪と同じ色の長いまつ毛に縁どられた空色の瞳はとても澄んでいる。日焼けを忘れたような美しい肌は陶器のように滑らかで、無意識のうちに手を伸ばしてしまいそうだと、皇帝陛下は静かに自らの手に力を込めた。
リオン=フレイシア、、、それが少女の名前だ。
皇帝陛下が十年も前に一目ぼれしたフレイディ王国の王女である。なかなか会うこともできないまま長年欲し続け、そしてついに叶う今日を皇帝陛下は待ちわびていた。楽しみ過ぎて三日前から眠れず、睡眠薬を投与するも眠れず、挙句の果てに酒に手を出し、酔いつぶれるほどに。
それ故の失態だった。酒には強いと自他共に認める皇帝陛下だが、三日も続けて飲めば酔いが回る。と、言うより吐き気と頭痛で死にそうだった。
顔合わせを手短に済ませた皇帝陛下は空気を吸うべく中庭に出た。彼女に失態をさらすわけにはいかない。少し外の空気に当たればよくなるだろう、そう思って逃げるように中庭に出た皇帝陛下は自身が思うよりひどい状態だった。一人で立つことが困難になり、傍にいた幼馴染の男に抱きかかえられるほどに。
「……ちょっと…楽しみすぎて三日前から眠れないってどうなの」
軽い口調で言う男の声は若干引いていた。皇帝陛下は自分の情けなさに羞恥し、頬と耳を染める。
「………長年…好きだったんだ。………やっと、彼女を近くに置き、愛することができる…」
「ああ。確かに。あの王女は愛らしいな。なんかちょっと抜けてるとこもあった気がするけど」
「そこも含めてずっと……うっ」
まさかその彼女に見られてるとも知らず、皇帝陛下はしばらく心を許した幼馴染に体重を預けていた。
「夜まで寝たらどうだ?……どうせ今夜は寝ないつもりだろ?」
「……いや……気持ちも伝えていないのに…身体だけ求めるのは申し訳ない…。力で彼女を手に入れたからな…。き、気持ちを伝えてから………」
「あー、もう、しゃべるな…。はぁ…このまま隠し通路から部屋に連れて行くから…ちゃんと歩け」
「…悪い、レオ」
「はいはい」
レオと呼ばれた男はそうして皇帝陛下を引きずって歩いた。誰にも見つからないよう、細心の注意を払ったが既に手遅れだったのだ…。彼らのミスは、噂の王女様が意外と隠密行動にたけているということを想定していなかったことだ。