ぷろろーぐ
やっぱり…見れば見るほどに麗しいなー、皇帝陛下はー。
数度目の対面により、そろそろ見慣れてきた皇帝陛下を見上げて、リオンはぼーっとそう思った。光に染まらない漆黒の髪は女性でも嫉妬するのではないかと思うほどに艶やかだし、程よく焼けたはずの肌は絶妙な小麦色でどこか美しい。切れ長の目は最高品質の紅玉のような美しい色をしているし、鼻も口も作り物かと疑うほどにきれいな造形をしている。それがベストポジションと言わんばかりの場所に鎮座していれば作り物めいた美しすぎる御顔ができるのも当然と言えるのだろう。
小柄な彼女にはうらやましいほどに高い身長と、細いながらも鍛えてるとわかる引き締まった体躯は、まさに大陸一の軍事国家と名高い帝国の皇帝陛下にふさわしいものだった。
見慣れても見飽きることのない御顔にしばらく見惚れていた彼女は、皇帝陛下が何か言おうと口を開いたと同時に思い出した。
今日自分がこの皇帝陛下に嫁いできたことと、ここが寝室であること、そして自分が初夜向けの薄い寝衣に身を包んでいることも。
「へ、陛下…っ!」
リオンは叫ぶように皇帝陛下を呼ぶと、その場に正座をした。それは一国の王女の行動…そして一応曲がりなりにも皇妃教育を受けてきた人間としてはかなりよろしくないものではあるが、彼女にはそれを意識している暇はない。
ろくな”対策”を講じずに今この瞬間を迎えてしまったことに対する罪悪感と申し訳なさでいっぱいいっぱいでそれどころではないのだ。
「……なんだ?」
「わ、私、わかっているのです…。あ、あなたが…いえ、あなたの気持ちを…っ!」
「…………」
その言葉に、皇帝陛下は視線をそらした。ほのかに耳が赤く染まっているのを認め、彼女は自分の推測が正しかったのだと結論付けた。
「…貴方の気持ちを考えず、勝手にこのような結婚を要求した。すまないと思っている」
気まずげに告げられた皇帝陛下の言葉はがっちりと彼女の心をつかんだ。
人の心配をしてくださるなんて…やっぱり噂とは違う、優しい人なんだ…。
静かに感動し、彼女は覚悟を決めて告げる。
「…いいえ。私の気持ちなど良いのです。お心遣い痛み入ります。……ですが存じ上げているので大丈夫です。…私から申し上げるべきではないかと思いましたが…陛下が私と夜を共に過ごすのは…」
ありえないですよね?相手にも申し訳ないですし、陛下にもそのようなご無理をさせるつもりはありませんから、私は皇妃の寝室にて眠らせていただきます、、、
と、確かに彼女はそう言おうとした。言えなかったのは彼女が言う前に皇帝陛下が気まずげにつぶやいたからだ。
「そうか…」
「…申し訳ありません。聞くつもりも見るつもりもなかったのです。……大丈夫です、口外しませんから!!」
彼女はそう言うと自身の胸をどんとたたいた。彼女が自分で思っているよりもずっと豊かな胸が揺れ、皇帝陛下は静かに視線をそらした。
「………気遣いが足りなくてすまない。……だが初夜を別の寝室で過ごすのはまずい。………ここで寝てはもらえないか……?」
皇帝陛下の言葉に、彼女は納得した。
自分が皇妃の寝室で眠れば皇帝陛下が自分を愛していないのが露見されてしまう。そうなればこの結婚に意味がなくなってしまうのだ。
彼女はすぐに自分の考えが足りていなかったことに気付き、静かに頭を下げた。
「申し訳ありません…。私の考えが及ばず…」
「…いや、こちらこそ、無理を言ってすまない…。もう遅い、こちらへ」
皇帝陛下はそう言って彼女を視線で促し、そして自らも寝台に身体を滑り込ませた。
お互いに背中を向け、とても気まずい初夜となったのだが、二人は気づかない。
双方共に勘違いしていることを…。