アメリカンスーパーマーケット 後編
「……今回の参加者は二人だけだって、莉音」
「一騎討ちになること?」
「ええ、参加費の下級金貨が払えない人がいるからよ。1億スーパードル。9845万0000ドル。約197億円ほどが」
「そしたら、もう下級金貨が尽きたんじゃないの?」
「まぁ、そうだけど。でも上級銀貨でなんとかなるわ」
「えっ? どういうこと?」
「発行株数が12枚となっていて、参入できる通貨が上級銀貨となってるの」
「一株、上級銀貨で何枚と言い合っていくの?」
「まぁ、そういうこと」
「なるほど」
現在、志穂の保有するスーパードルは下級金貨1枚と上級銀貨9690枚となっている。
上級銀貨を12分割すると、807枚となる。つまり、志穂の宣言できる一株の上級銀貨数は807枚までとなる。
志穂はできるだけ、一枚でも少ない枚数で買い付けができればよい。
現在の上級銀貨一枚の米ドルは9845ドル。日本円で196万9000円。ちなみに、87年にNTTが上場したとき160万円ほどだった。現在は一株でも買えるが昔は1000単元の銘柄でバラ売りがなかった。
「絶対に買い付けよう。莉音」
「参謀本部長! 相手が決まりました」
「誰だ」
「それが、魔法少女二人です。日本からの…………おそらく」
「アイラ様が相手にしてた彼奴らか」
「…………そうだと言っても過言ではないでしょう」
「そうか」
転移魔法は高額の魔法だ。アイラが転移魔法を使いたいと大本営に申し出たときにもすぐには承認はしなかった。アイラはすみれが総合病院の霊安室に保存してあるときも、いつでも奪える状態だったが転移魔法使用の承認まで時間がかかった。
今回、参謀本部長たちが転移魔法を買いに来たのもアイラが使用した転移魔法の補充のためなのだが、志穂たちが邪魔しに来てしまった。
参謀本部長は知らないが一度、アイラは志穂たちに負けた。買い付けに失敗した。
継承システムも安くはない代物だが、システムであり魔法ではない。魔法とシステムなら魔法の方が高額だ。
「絶対に買い付けなければならないな」
アメリカンスーパーマーケットの取引時間がきた。
取引会見場に、執事服を着た店員の声が響く。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。これより、最高経営責任者、莉音氏と最高執行責任者、志穂氏のTOBと参謀本部長、有栖川大将のTOBを開かせていただきます」
店員の開幕の挨拶が終わると、まず始めに志穂が舞台に出てスピーチを始める。
「どうも。COOの志穂です。本日はお集まりいただきありがとうございます」
志穂はペコリと頭を下げた。
「さて、今回のTOBの発表についてです。我々、莉音、志穂の共同代表が転移魔法株を上級銀貨388枚でTOBさせていたきます」
会場がざわつく。一株388枚ということは転移魔法をスーパードルの上級銀貨4656枚で買うということ。4583万8320ドル。約91億6766万4000円。
「これは我々とロック・フォードの共同戦線であり、共闘して転移魔法買収に当たります」
おおお、と更に一段と会場がざわめく。ロックフェラー家傘下の投資銀行の名が出て驚く。ここはアメリカだ。ロックフェラー家の庭だ。ロックフェラー家が大統領を決める。民主党にも共和党にも金を流してる。それだけ、ロックフェラーの名はアメリカでは非常に有用である。
志穂がTOBの宣言をし終わると、会場にいる記者から質問が飛んだ。
「旭日新聞、渡辺です。今回の経緯をもっと具体的に知りたい。ロック・フォードと志穂COOには何か絡みがあるのですか?」
「絡み、というニュアンスがわかりかねますが……共同事業化しようとしているわけですから、絡みがないわけがありません」
「いや……志穂COOのバックには外資がいるのではないかと思えるのですが……。もっと突っ込むと、実は志穂COOは外資に操られているだけなのでは? ……という感想を抱いてしまうのですが……」
「それは……ロック・フォードに何か偏見があるわけですか?」
「……彼らは名うての投資銀行です。……何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうわけです」
「裏はありません。目指す転移魔法株取得は、35%がロック・フォード、65%我々、莉音、志穂の共同。このように資本関係は公明正大に開示されている通りで、それがすべてです。もし裏があるなら、ロック・フォードは、わざわざ名前など出しません。以上です」
「……ありがとうございました」
記者は何か言いたそうにしながらも、それ以上の突っ込みをせず、礼を言って席に着いた。
志穂は嘘をついた。ロック・フォードの出資は100%である。35%ではない。堂々と嘘をついたのもあって、最後はぴしゃりと締めた。
「では、続いて参謀本部長、有栖川大将のTOBです」
店員が進行すると、参謀本部長が舞台に出てスピーチをする。
「どうも。参謀本部長、有栖川です。本日はお集まりいただきありがとうございます」
参謀本部長もペコリと頭を下げた。
「我々、参謀本部は転移魔法株を上級銀貨630枚でTOBさせていただきます」
会場がざわめく。志穂たちの1.6倍の価格だ。242枚も多い。上級銀貨7560枚。7442万8200ドル。約148億8564万0000円。
「今回のホワイトナイツ役を引き受けてくれるのは參菱商事、參井物産、共に630枚でのTOBをしてくださることを同意していただきました。どうか我々のTOBに応じていただきたい」
ホワイトナイツとは、友好的な買収企業のことである。
「あの、参謀本部長……慣れてないわね」
「どういうこと? 志穂ちゃん」
「転移魔法は高額魔法よ。あまり、参加できる者はそうそういない。おそらく、あのお坊っちゃんはエリートよ。エリートサラリーマン上がり。乱暴な事が出来ない。裸一貫で起業なんてしたことがない。そんな者がいざ戦争になったとき、甘ちゃんな考えを出すわ」
「えーと、どういうこと?」
「日本の大企業の名を出しても、ここアメリカじゃ不利よ。日本ならまだしも。元財閥系といってもアメリカじゃそれより上はいる。まぁ、地の利が無いということよ」
「でも、日本の大企業でも世界的に有名なのはあるよね」
「まぁ、そうだけど。でもどちらかというと技術系かな。日本の技術なら世界的にインパクトはあるだろうけど。でも金融は違う。欧米に有名な金融業がある」
「……それはやっぱり、第二次世界大戦で負けたから?」
「そうね、財閥も解体したし。アメリカとイギリスは戦争に負けてはいないし、革命も起こってない。連合という吸収合併はあるけど、一度もシステムが断行したことがない。日本は敗戦でフランスは革命で中国も敗戦でソ連はもうすぐ新たなシステムを敷いた国家になるでしょうし」
「ということは、勝てるの?」
「うーん、どうだろう。金額も信用できる金額だし。慣れてないとはいえ、ビギナーズラックもあり得るわ」
「じゃあ、どうしたら」
「莉音のスピーチになったとき、金額をつり上げて。地の利も金額も上回れば勝てるわ」
「ええ、無理だよ。こんな人がいる前でスピーチなんて」
「大丈夫。相手も素人よ。どうせ、高額すぎるから対決できずに不戦勝で買ってきたんでしょうから」
「うう、わかったよ」
参謀本部長のスピーチと質疑応答が終わり、店員は価格の変更はないかと二回目のTOBを莉音に促す。今までのは立論で、これから反論が行われるので最初の価格のリビルドが行える。
莉音は、再構築を行うと店員にアピールし舞台に立つ。
「どうも。CEOの莉音です。本日はお集まりいただきありがとうございます」
莉音はペコリと頭を下げた。
「さて、価格の変更があります。上級銀貨800枚でTOBさせていただきます」
おおおおおっ!!!と会場が騒ぐ。あり得ない金額だ。上級銀貨9600枚。9451万2000ドル。約189億0240万0000円。
「なお、ロック・フォードも想定内のことで了承済みです」
莉音のスピーチが終わると、店員は記者の質疑応答を飛ばし、参謀本部長に向ける。
「先程の質疑応答で私は、相手側がTOB価格をつり上げてきたら『必ず我々はそれ以上高い価格をつける』と公に宣言しました。しかし、私は約束を破らなくてはなりません。相手側が提示してきたTOB価格800枚、この値段より上はつけられないのです。誠に申し訳ございません。公約を破ることになったのは、すべて私の安易な発言によるものです」
参謀本部長は謝罪の言葉を口にした。
有栖川大将は、どこまでも率直である。頭を下げるべきときは下げる。言い訳はしない。
参謀本部長は悔しさを滲み出し、価格の変更はないと言った。というよりできないのだ。
すぐさま、質問に立っていた記者が言う。
「今回TOB価格が相手側を超えられない原因は何ですか?」
「相手側の提示は、魔法価値を超えています。……景気が冷え込んでるこの時勢、參菱商事も參菱商事も、一定の価値を超えているTOBには踏み切れないのです。また、我々が資金調達をして価値をつり上げることも、金融機関の同意が得られませんでした」
このときの日本の景気は、バブル景気である。アメリカは失業率が高くなり、ジャパンバッシングをするほどで、アメリカならよくないのだが。
参謀本部長は今更ながら、アメリカに媚びを売り始めたが、時すでに遅し。逆に嫌みを聞いているようでかなり不快であった。
「もう、無理ね。何を言っても無駄だわ。今の日本の銀行は案外どんぶり勘定をしていたりするのよ。いずれ破綻しそうだけど。
まぁ、誠実さ95%、嘘5%にしてればよかったかもね。アメリカの自動車会社のビッグスリーからお金を借りましたって言えばね」
志穂の言う通り、参謀本部長は何を言っても無駄だった。自分の経験の無さを呪い。志穂とエリシアのタッグだった自分の不運にも呪うがいい。
「えーー。それでは取引時間を終了させていただきます。有権者の皆様方はどうぞ、応募会場の方へ足を運んでください」
「彼女らに売り渡してはなりません! どうか、我々に救いの手を! アイラ様に良い報告を!」
参謀本部長としては、そういう論調に持っていくしかないのだろう。
だが、ここまできてしまったら、何を訴えようとも遅い。たぶん参謀本部長もそれをわかっているが、それでもなお、最後の望みにすがろうと必死だ。
敗軍の将は責任を取らなければならない。
途中で諦めては、部下に示しがつかない。
間違っていようとも、負けようとしても、最後までやり抜かなければならない。
参謀本部長の悲痛な叫びの姿は、ジャパンバッシングをするここアメリカでは何とも思わなかった。むしろ、清々しいくらい気持ちがいいものだろう。
結果が発表される。
「莉音氏、志穂氏、両代表のTOBが成立いたしました」
その瞬間、わあああと会場が叫ぶ。割れんばかりの拍手もする。アメリカが日本に一泡を吹かしたからだ。それは、バックの話だが。
「これで、転移魔法が私たちに……」
「左様でございます。志穂様。こちらが、転移魔法でございます」
志穂は店員から球体の形をした転移魔法を受け取った。
「志穂ちゃん、これで……」
「まだよ、転移魔法ですみれを電脳世界から現実世界に来れてもまだ、死人のまま。できればすぐさま、蘇生魔法をしたい」
「えーと、このあとどうするの?」
「ロンドンに行って、首と上級金貨を交換して、インターネットで上級金貨と蘇生魔法を交換すれば、すみれは生き返る」
すると、その話を聞いた参謀本部長が志穂たちに近づいてきた。
「貴様らが、アイラ様の……持っておるのか?」
「っ!? ええ、そうよ」
志穂は不意に話しかけられてすぐさま戦闘の体勢に入るが。
「そうか、なるほど。貴様らだったのか」
「たしか、参謀本部長さんよね。有栖川大将ですよね」
「そうだ」
「80年代の担当さん?」
「ほう、そこまで知っておるのか」
「盗み聞きしたのなら、わかってますよね」
「……わかっておるが、今は上級金貨は持ち合わせてはいない」
「でしょうね」
「現実世界のロンドンの宮殿でだ」
「あら、じゃあ、アポイントメントをとってくれるのかしら大将直々に」
「いいだろう。だが、わかっておるな。アイラ様のを必ず持って来い。国葬を行わなければならぬ」
「それで、戦争が終わるの?」
「終わらさせたければ、持って来い。でなければ民は納得せん。軍部の保守層もな」
「わかったわ」
そう言い終わり、参謀本部長はくるりと踵を返した。その背後は哀愁に満ちていた。倒産間近の進退窮まった経営者の姿だ。
志穂はその姿に目をやり、参謀本部長に言った。
「ロンドンで待ってるわ」
その言葉に参謀本部長は振り返りもせず、右手を上げ、『了解した』と言った。




