黒板のジャングル⑤
「何?志穂ちゃん」
莉音は志穂に言われた通りに空き教室の階にやって来た。そこには志穂が一人壁にもたれながら考え事をしていた。
「……こちらから攻めていこうと思うの」
「どういうことなの?今、戦闘が起きたわけではないの」
「そうね。戦闘が起きたわけではない」
「……じゃあ、なんでこちらから攻めようとするの」
「専守防衛や駆け付け警護じゃあ限界なの」
「何が限界っていうの?」
「……もう、誰も失いたくはないの」
「………………」
莉音も志穂も沈黙する。
志穂はそう言うが、そもそもすみれは戦闘によって死んだわけではなく、災害によって死んだのである。
たしかに少なからずヴィルが関わっていたのかもしれないが、だからと言って土砂崩れが食堂を襲うことは予想できなかっただろう。
「やられる前にやる」
「でも、志穂ちゃん。それで一体何が解決できるの」
「アイラを斃す。それでこの戦争は終わるわ」
そんな確証はない。志穂は確証を持たずに言っている。
「……仮に戦争が終わるとしても、甚大な被害が出るよ。そして私は間違いなく回復魔法を使うしすべてを回復させる」
「……それでもかまわないわ」
「志穂ちゃん昨日と言ってることが違うよ」
「莉音が、去ってから考えたの。初撃を受けてからやり返そうなんて、そんな嘗めたことやってるから……余計な被害が出るのよ」
「つまり、余計ではない被害が出てもいいってことなの」
「その言い方は違う。必要最低限の被害。つまり影響力の無い程度の被害にして、回復し続ける」
「……どうやって必要最低限の被害にするつもりなの?」
「それができるのが、先制攻撃よ」
「…………」
「だって考えてみなさい。敵が来る、電磁フィールドを展開する、魔法少女に変身する、戦闘が始まる、被害が出る、敵が撤退する、残ったのは甚大な被害の風景よ」
「でも、先制攻撃も被害が出るよね」
「それは敵地攻撃よ」
「…………」
「別に敵地だからいいってことじゃないけど、もちろん莉音が回復してもらえばいいのだけど。
こちら側の被害は出さずにいければいいのよ」
「…………そう……だね」
莉音はしぶしぶながらも志穂の気持ちを受け取った。莉音はどちらかというと、先制攻撃には消極的だ。もし自分が先制攻撃で多大な被害が出たらと考えると、やりたくはない。
しかし、志穂の言うことも一理あってこのままではいけないとも感じていて、莉音はようやくその考えを呑んだ。
「マキャファートがどこかで見ているから、電磁フィールドが展開して戦闘が始まるからね」
「えっそうなの」
「ええ、どこかにいるのかは知らないけど」
そう言って志穂が会話を切り上げ、教室へ戻ろうと階段に差し掛かったそのとき、
RRRRRRRR
志穂のスマホがメールを知らせる着信が鳴った。
志穂はスマホからメールアプリを開き受信したメールの文面を見る。
[美春を知らんか]
送り主は千代子だった。
「志穂ちゃん。メールが……」
「ええ。こっちにも来たわ」
「大変だよ」
「な、何が」
「もしかしたら、みはるん誘拐されたかも」
「いやっ、そんなことそうそうないわよ」
「でもっ、みはるんは芸能人なんだよ!」
「うっうん、そうね。じゃあ莉音は知ってる?」
「知らないけど、GPSがある!」
「えっ?何それ」
「地球全土に渡る発信器みたいなものとか」
GPSはアメリカ軍の軍事的な偵察衛星によって作られたものだが、大韓航空機事件以降に民間の安全のために開放された。一応、80年代には無いことはないが、この時の志穂はGPSは知らない。
「……怖いわね。憑き纏いはやめてね」
「そんなことしないよ。ってか今そんな場合じゃあなくて」
この時代、まだストーカーという言葉はなかった。
「ほらっ!みはるんは今ここ」
莉音がスマホからGPSアプリを開いて現在美春の位置情報を志穂に見せた。ちなみに美春も千代子も情弱であまりスマホを扱いきれてない。
「これをメールに添付して、送信!」
莉音は千代子に美春の位置情報付のメールを送った。
「志穂ちゃん、私たちも行くよ!」
「うっうん。……莉音は美春のことになると本気になるのね」
二人は急遽、美春を探しに学校を出た。
「私はアイラ・ミカラギ・スタインバーグ
真に国家を愛する者だ」
「はぁ?」
「ゴミどもが下衆なことをして、恥を知れ!」
アイラが不良どもに一喝をすると不良どもはそれに反攻する。
「ちっ、うっせーな。反省しませーん」
不良はアイラに殴りにかかろうと前方へと足を蹴ったが、
「──雑魚が」
アイラはそれをするりと躱し、不良の下顎を拳で薙ぎ払った。不良がグラリとよろめくと、すかさず不良のみぞおちに鉄拳をかます。すると不良はその場にくずおれた。
まわりの不良たちは何が起こったのかわからないようで、呆気に取られている。
「失せろッ」
「ひぃぃ」
不良どもはなさけない声を上げ、地面に横たわっている不良を担ぎ、逃げ去った。
「衣咲殿、大丈夫か」
アイラは茶巾縛りで拘束されていた衣咲を解放した。
「ええ。なんとか」
衣咲が安心したそのとき。
「あいぽん」
美春が後ろからアイラに抱きついた。
「怖かったです」
「ああ、そうか。貴公も無事であったか」
「あいぽん……?」
「…………美春殿からそう言われておるのだ」
美春が思う存分にアイラに抱きつき終えると、アイラは衣咲に話を切り出す。
「ところで、衣咲殿よ」
「アイラさんの言いたいことはわかるわ」
「では、世界がオーバーライドしたことはもう存じておるのだな」
「わかるわよ。前の世界では私は生徒会長だったのに、今の世界はいじめられっ子よ」
「ふぇ。どういうことなんですか?」
美春は何も知らないので二人の話に割り込んで問う。
「世界改変よ」
「そう、前の世界から今の世界にオーバーライドしたのだ」
衣咲とアイラがほぼ同時に言うが、美春は全然わからない。
「えっと、あまり突飛なことなので、よくわからないのですが」
美春が言うのもそれもそのはず、よくわからないことだ。
「では、私はわかる?」
「えっと、衣咲先輩ですよね。生徒会長の」
「衣咲は合ってるけど、生徒会長ではもうない。それは前の世界の私」
「ふぇ?」
「私は生徒会長ではなく、いじめられっ子の衣咲よ。ふふ」
衣咲は自嘲する。前の世界の生徒会長時代の衣咲は粉骨砕身で生徒会を率いてきたのに、今の凋落ぷりにもう嗤うしかなかった。
「生徒会長衣咲というプロフィールがあるとする。それは前の世界、第一版のだ。しかし次の世界、つまり今の世界は第二版。第二版では改訂が起きて、いじめられっ子の衣咲というプロフィールになった。そう捉えてもらってかまわない」
アイラが衣咲の補足をするように美春に言う。
「なるほど。つまり昔のこち亀の作者名は『山止たつひこ』だったけど、今はもう『秋本治』に変わった、みたいなことですね」
70年代のこち亀はまだ山止たつひこ名義であった。80年代になると重版ですべて秋本治名義に変わったのだ。ちなみに80年代のこち亀は過激で、たばことか、四千円とか、そのままになっていたが90年代の自主規制によりそれ以降の重版からは再編集がありつまらなくなった。
これが良くない世界改変だろう。
「おそらく、私がいじめられっ子になっているということは悪い世界改変なのでしょう。ジャンプ本誌では乳首はNGだけどコミックスなら乳首解禁というような良い世界改変ではない」
「なるほど。なんとなくですけどわかってきました」
「それで衣咲殿。世界改変のトリガーとなったのはやはり……」
「ええ。莉音さんの回復魔法ね」
「ふぇ?莉音さんがっ!?」
またしても美春は二人の会話に割り込んできた。
「ええ。広範囲の回復魔法がご都合を起こし世界改変をも起こす」
「んん??」
美春はまたわからない状態になった。
だが今度はそれを放置した。話が長くなるからだ。
「とりあえず、衣咲殿。対策を取る」
「いい対策?悪い対策?」
「こちら側に都合のいい対策だ」




