台風の学校⑥
莉音は息も出来ないほど台風の暴雨と暴風に吹き付けられていた。それもそのはず壁なんてない渡り廊下にいたからだ。
渡り廊下は教室棟と体育館棟の間にある。管理棟と教室棟は一繋がりの校舎になっていて体育館棟は一つの校舎になっている。その体育館棟は一つで独立しているが完全に独立しているわけではなく教室棟と第一部室棟とをつなぐ架け橋がある。
本当に完全に独立しているのは渡り廊下から見渡せる食堂だ。莉音のいる渡り廊下とすみれとマキャファートとヴィルのいる食堂は一つの区間にあった。
学校の裏山には午前11時05分に土砂災害警戒情報が入った。 それから一時間半のたった、午後12時25分のこと。
ゴゴゴと地響きにも似た轟音が空気を切り裂いた。地震のように連続して地面を揺らす。次第に大きく揺らしドドドと岩石が転がっていく。
土砂崩れだ
学校の裏山は豪雨により多量の水を含み一つの地層が滑り落ちる。地辷りではなく山崩れだ。
緑の山肌をひっぺ剥がし茶色い土肌が一筋流れ山津波がおこる。
山津波は周りの木々を巻き込んで下り更に木々を巻き込む。下れば下るほど被害は大きくなり八の字型に土石流は太くなっていく。
土石流は太くなりスピードは加速する。それは全てを飲み込む。木々も土も岩石も泥土も砂岩も土水も生命も財産も飲み込む。
〈オオオオオオオオオオオオオ─────!!〉
唐突に咆哮が上がった。
誰だ?いや何か?
鼓膜を打ち震わすその咆え声は、まるで空気の怒涛。
弩!怒!怒!怒!怒!怒!怒!怒!怒!怒!
その何かが怒ってる。何を?
〈グアオオオオオオオオオオオ!〉
また腹の底を震わせる咆哮が上がる。
それは火のごとく木々が土石があればあるほど食べ死ぬまで食べ尽くす。
その腹の空かさせた何かは腹一杯になるまで喰う。喰らい尽くす。学校まで。
莉音は異様な光景に目を奪われるが異様な轟きに耳を奪われる。その轟きに莉音は振り返る。
「──なっ何!?」
渡り廊下からでもわかる。学校の裏山が土砂崩れをおこしたのだ。
「あっあっああぁぁ」
莉音は言葉にならない声をあげた。今、すぐそこで、危険が迫っているのだ。
莉音はあまりの恐怖で脚がすくみすぐには動けなかった。莉音は初めて感じる。
『すぐそこに死がある』
死にそうではなく。
死ぬのである。
本当にすぐそこまで。
死が這い寄ってくる。
──死ぬ──
莉音は一瞬で感じた。すると全身がフッと軽くなったと思ったら力が入らなくなり腰が抜けた。
ばたんと糸の切れた操り人形のように後ろに倒れた。全身を渡り廊下のコンクリートに打ち莉音は身体の緊張がとける。
「っはっ」
莉音の身体は痛みを感じ膠着状態を脱した。莉音は全身に痛みを感じながらすぐさま逃走の行動をとる。
「はっはっはっ」
莉音は息を切らしながも逃げる。この渡り廊下から体育館棟へと逃げる。生きるために逃げる。死にたくないから逃げる。逃げる。
「っんぁ」
そして莉音は渡り廊下を走りきり体育館棟に飛び込む。その際に身体にすり傷ができるがそんなの今の莉音には痛くもない。
「っっはっ!!」
莉音はすぐさま立ちあがり渡り廊下をつないでいた体育館棟の扉を閉める。扉を閉め鍵も閉めたあと、莉音は全身の力が抜けペタンと床に倒れた。莉音が一瞬の安堵をしたあと。
〈ガガガガガガゴゴゴゴゴゴ〉
土石流が渡り廊下を飲み込む音がした。莉音は見えぬがその轟きは聞こえた。
あと少しでも逃げるのが遅かったら莉音は巻き込まれていた。
「はぁはぁはぁ」
莉音はその恐怖に呼吸が乱れる。本当にあと少しで死ぬところだった。
莉音は初めて死線を超えた。
「…………ダメ……ダメ……もう……壊れる」
莉音は学校がもはや安全ではないことを悟った。もしまた土石流に巻き込まれたら今度は死ぬ。間違いなく死ぬ。
「……そうだ」
莉音はすぐさまスマホを取り出し、志穂に電話をかけた。
電話のコールが一回鳴ってすぐに志穂は莉音の電話に応えた。
「もしもし、莉音!?」
「もしもし、志穂ちゃん!?」
「莉音、あなた大丈夫!?」
「うん、……私は……なんとか。……間一髪」
「間一髪って、まさか莉音!?本当に大丈夫なの!?怪我は!?」
「うん、……ちょっとすり傷が……あるだけ。でも全然大丈夫。はぁはぁ。……志穂ちゃんは?」
「私は平気よ第二部室棟にいたから」
「……そう、……よかった……じゃあ……私もそっちへ……い……ま……行く……から……ね」
「何言ってんの!?待って!私がそっちへ行くから!すぐ行くから!」
「……そう……わ、……わかった…………」
プツッと電話は切れた。莉音は同時に緊張の糸がプツッと切れた。
ばたっと体育館三階の観客席の床に倒れた。
「………………」
莉音は極度の緊張により力尽きた。
「会長!!」
「ええ。もちろん。行きましょ。体育館へ!」
志穂と衣咲は第二部室棟の生徒会室にいて土石流から難を逃れていた。二人とも無事だ。
そして二人は体育館棟へと向かう。第二部室棟から階段を上り下りしてプールのある第一部室棟と着く。そこから体育館棟と第一部室棟とをつなぐ小さな校舎がある。そこは普段更衣室や体育倉庫として使われるぐらいのなんてことない建物だ。そこを突っ切ると体育館へと出る。
「莉音っ!!!」
志穂が莉音の名を呼ぶ。しかし莉音は返答しない。返答する体力がなくなったのだ。
そして志穂は体育館全体を隈無く捜す。
莉音、莉音、莉音、莉音、莉音、莉音、莉音、
探し続けると三階の観客席に倒れた人影らしきものが志穂の目に映った。
「莉音っ!!!」
「志穂さん。ステージ横の体育倉庫から三階へと続く階段がある。そこから近いので行きなさい」
「はいっ!!」
志穂と衣咲はステージを横切りステージ横の体育倉庫を入る。体育倉庫にはバスケやバレーなどのボールがカゴに置かれてる奥に三階の観客席へと続く階段があった。階段を上ると事務机があり体育関係の資料が無造作に置かれていた。それに目もくれず机とは反対側に観客席へと続く扉があり開いた。観客席はステージを正面にコの字型になっていて志穂たちは観客席を真っ直ぐ行き右へと行く。
「莉音っ!!」
すると体育館棟と渡り廊下をつなぐ扉はひしゃげたまま閉まってて押しても引いても開かない状態だった。
その土石流の恐ろしさにおののきながら志穂は倒れた莉音に近づく。
「大丈夫!?莉音!」
「志穂さん、あまり身体を動かさないで」
志穂は莉音を抱き、呼び掛ける。
「……う、うぅん……志穂ちゃん」
「莉音!大丈夫?」
「うん……なんとか……ちょっと……緊張の糸がね……切れちゃっただけ……」
「そう、よかったぁ」
志穂はどっと力が抜け莉音が無事なことに安心する。
「ところで、志穂さん。今日は、莉音さんと一緒に来たの?」
「いえ、美春と千代子とすみれの五人で来ましたので…………はっ」
「すぐに他の三人に連絡をとって!!」
「はいっ!」
志穂は他の三人に連絡をとる。祈るように連絡をとる。
(──お願い!生きて!!)
「……はいっ。次のニュースです。初音川近くの山が崩壊しました。土砂崩れをおこしました」
【午後12時25分】
「……えー。ヘリからの中継です」
「……えー。こちら初音川近くにあります学校上空にいます。えー。あちら側に見えるのが学校の裏山です。えーご覧の通り土砂崩れにより山肌が削れて茶色い一閃があります」
「……現在、被害の状況はどうでしょうか?」
「……えー。はいっ。学校が土砂によって一部が飲み込まれています。校舎とおそらく体育館でしょうか、えー寸断されています」
「……学校に人影は見られませんか?」
「……えー。現在報道ヘリの見える範囲ではそういった人影は見当たりません」
「……はい。えーお伝えしていますように台風13号の影響によって土砂崩れがおきました。土砂は学校を飲み込んでおります。」
「……学校は夏休みですよね。でしたらあまり学校に取り残されているというわけではないんでしょうか?」
「……いや、補習や部活等で夏休みで学校に来ている生徒もいるでしょう。それに先生方は夏休みといっても盆休みしかないんだし」
「……あのちょっと待ってください。現在報道スタッフが学校関係者に問い合わせております」
「……そうですか。わかりました。なるべく学校に取り残された人がいないことを祈っております」
「……えー。お伝えしていますように台風13号の影響により初音川が決壊しました。近隣の住民のかたは建物の二階などに避難してください。救助が来るまで決して諦めないでください……はい。入ってきました?」
「……えー。学校関係者によりますと、台風が近づいていますので学校に残っていた生徒は『全て』帰らさせたそうです。初音川が決壊する前に学校『全体を』見回りし、生徒も教員も『全て』帰らさせたそうです。現在学校に人はいないそうです」
「……それはよかったですね。もし取り残されていると土砂災害に巻き込まれたかもしれません」
「……えー。それではこれまでの台風13号の情報を整理します」
台風13号水害情報
【午前10時35分】
初音川が氾濫危険水域
【午前10時45分】
初音川の近隣住民が避難準備
【午前10時47分】
一日の降水量が800ミリを超え観測史上最大を記録
【午前11時05分】
土砂災害警戒情報が入る
【午前11時30分】
初音川が越流
【午前11時35分】
千原町、栄原町に避難勧告が出る
【午後12時00分】
初音川が決壊
【午後12時25分】
学校の裏山が崩壊。土砂崩れをおこす
「……初音川が氾濫危険水域になって二時間でここまできましたか…………」
「……えー。引き続き、台風13号の影響に注視してください。お伝えしていますように…………」




