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「イチコの哲学」  作者: 京衛武百十
9/28

「父の日の逆転劇」

「今日の自習時間は、臨時の学級会を行います」


一時間目、教科担任の先生が体調不良で自習になったのをいいことに、星谷ひかりたにさんがいきなりそんなことを言いだした。


もちろん教室内は少しざわついたけど、別に殆どの人が真面目に自習しようとか思ってなかったし、勝手にやってれば?っていう空気だったと思う。でも思えば、それが星谷さんの狙いだったんじゃないかな。


「今回の議題は、クラスを一軍から三軍にグループ分けすることです」


そう言いだした星谷さんに対して、さすがに「はあ?」みたいな反応する生徒もいて、「お前何言ってんの?、バカじゃね?」とまで言った男子生徒もいた。だけど彼女はそんなの意にも介さない感じで、


「このグループ分けは、能力のある人を一軍として、その一軍が責任ある立場に立ってクラスを引っ張ることで無駄な諍いを無くしてクラス運営を円滑にし、ひいては高校生活を楽しく有意義なものにするために必要なものなんです。大人の社会でも、能力の無い人が無駄に権利を主張して大事なことが決められずにグダグダになってる例を、私達は見て来てるはずです。だから、私達はそんな大人の失敗を繰り返さないように、責任を負える能力を持った人によって社会を引っ張っていくことを実践するべきだと思うんです。その為に、今からそういうことを身に着けていくべきだと思うんです。それがこのグループ分けの目的なんです」


って、まるで選挙演説みたいに身振り手振りを交えて熱弁を振るってた。


最初は「何言ってんの?」みたいな反応だった他の生徒も、<能力の無い人が無駄に権利を主張して大事なことが決められずにグダグダになってる例>っていう辺りからちょっと真面目に彼女の話を聞き始めたように見えた。


彼女の言ってることは、一見、もっともらしいように私にも聞こえた。正直言って、私もそんな風に思ってた時期もあった。テレビとか見てて、反対反対しか言わない野党とか、訳分からないデモばっかりしてる宗教じみた集団とか、そんなのがいるから世の中が良くならないんだみたいに思ってた時期があった。彼女の言うことは、そういうのをやめてちゃんと社会を良くして行こうっていう風に聞こえなくもなかった。


実際、この時にはもうクラスの生徒の半分以上が彼女の言葉に頷いてるみたいになってた気がする。だけどそれでも、


「能力のある人間が一軍って言うけどよ、じゃあどうやってその能力のある人間ってのを区別すんだよ。成績か?」


男子の一人が、ちょっと食って掛かるみたいにそう言った。なのに星谷さんは、逆に感心するみたいに両手を広げて、


「そう、それです!。それでいいんです。あなたの様に自分の意見をはっきりと口にできる人こそが一軍に相応しい。頭の中で思ってるだけでうじうじしてる人に社会は動かせません。意見のある人はどんどんおっしゃってください」


と言った。するとそれに応えるように次々と発言が飛び出して、彼女はそういう人達をみんな「あなたも一軍です」と、勝手に一軍認定していった。


それはまるで、催眠術師が集団催眠を掛けるみたいにも、詐欺師が詐欺的商売で品物を売りつけていく様子にも見えた。巧いと思った。自分達に逆らいそうな、はっきりとものを言うタイプの生徒は一軍として仲間に引き込んで、反対する空気を作らせないようにしてるんだと思った。


結局、そんな感じでクラスの半分近くの生徒が一軍入りを果たした。残りの半分の殆どは、積極的に意見を言ったりしないけど、その場の空気を読んで流れに合わせる感じの子ばかりだった。それが二軍だった。


そして、積極的に意見は言わず、しかも場の空気にもあまり興味を持たない、マイペースで自分の世界を持ってる子。イチコを始めとした私達三人と、同じように独特の空気感を持っててクラスに溶け込んでなかった男子二人の計五人だけが三軍ということに、勝手に決められてしまったのだった。


私達は呆気にとられてた。イチコはあんまり興味無さそうにしてたけど、私とカナはさすがに納得いかなかった。だから思わず星谷さんを睨みつけていた。そんな私を見て星谷さんは言った。


「あら?。意見があればおっしゃってくださいと言った時には何も言わなかったのに、三軍の方が何か不満でもあるんですか?」


そう言った星谷さんに合わせて、一軍の生徒だけじゃなく二軍の生徒までが私達を見た。それは明らかに非難の視線だった。


「田上さん、昨日も言いましたけど、リボン、Aタイプを着けていいのは一軍だけですからね。次の制服販売の日までは猶予しますけど、来週からはちゃんとBタイプのリボンにしてきてくださいね」


二軍の子の中にもAタイプのリボンを着けてる子はいて、星谷さんの言葉に一瞬「ええ~っ!?」って声が漏れたけど、すぐその場の空気を読んだのか、諦めムードが漂ってた。予備としてBタイプを持ってた子なんか、その場で着けかえるのまでいた。


何なのこれ、何が起こってるの…?。


もう何が何だか分からなかった。そしてその後の時間はまるで地獄だった。元々私達はクラスに溶け込んではなかったけど、そんなにはっきりした壁もなかったと思う。なのに今では、一軍二軍の生徒との間にははっきりとした壁、それも、明らかに私達を見下すための壁があるのを感じていた。


それでもイチコは、そんなに気にしてないようだった。彼女にとっては他人の評価とか、ほんとにどうでもいいんだって思った。カナも元々、女子女子してなくてちょっと浮いた存在だったからか、怒ってたのは二時間目くらいまでだった。


だけど私は、この雰囲気には耐えられそうになかった。休み時間ごとにイチコになでなでしてもらって癒してもらったけど、それでも全然追いつかなかった。だから放課後、それが爆発してしまったのだった。


今日は、教師の研修会の為に部活はすべて休みで一斉下校だったから、校門のところで星谷さんを見かけた時、思わず言っちゃったんだ。


「星谷さん!、あなた何様のつもり!?。一軍とか二軍とか三軍とか、勝手にそんなこと決めないでよ!。スクールカーストの真似事!?。ドラマとかアニメとかの真似したいんだったら妄想の中だけでやってよ!。人を巻き込まないで!。何が三軍よ!。三軍って何よ!。ふざけないで!。三軍って…三軍って、なによう…」


正直言ってその時は、自分でも何を言ってるのか分かってなかった。ただもうとにかく出てきた言葉をぶつけただけだった。それと一緒に涙が溢れてきて、最後はしゃくりあげてしまって何も言えなくなってた。


イチコとカナが私の背中をさすってくれるけど、涙は止まらなかった。


星谷さんは黙って私を見てたけど、そこに男の人が現れて彼女を車に乗せて行ってしまった。私はイチコとカナに促されて、学校から出た。しばらく歩いてやっと落ち着いてきて、「ありがとう…ごめんね」とだけ言った。だけどこれでもう完全に星谷さんにはターゲットにされたと思った。一軍と二軍を使って、私達にいろいろ嫌がらせをしてくると思った。でも私は仕方ないけど、イチコとカナが巻き添えになるのは嫌だった。どうしたらいいのかと思って途方に暮れるしかなかった。


さすがにそのまま家に帰る気にはなれなくて、またイチコの家に集まることになった。しばらくしたら急に私の携帯が鳴った。お母さんからだった。どうしたのかと思って出ると、「今どこにいるの?。早く帰ってらっしゃい」って言われた。訳も分からず家に帰ると、家の駐車場に、見たことのない、ううん、どこかで見たような気もする高級そうな自動車が止まってた。


玄関を開けると男物の革靴と見慣れないローファーが並んでた。お客さんかなと思ってリビングに入ると、そこにいたのはすごくバツの悪そうな顔をした星谷さんと、スーツ姿の中年の男の人だった。


何で?。どうして?。


私が混乱してると、中年の男の人は立ち上がり、それと一緒に星谷さんも立ち上がった。そして男の人は星谷さんの頭を掴んで下げさせて、自分も深々と頭を下げて言った。


「この度は、私の娘が大変なご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


「…はい…?」




その男の人は星谷さんのお父さんで、一部上場企業の役員さんだということだった。実は以前にも私のお父さんのお客さんとしてうちに来たことがあって、それで私の顔を知ってたらしかった。それが今日、たまたま仕事のついでで娘の星谷さんを学校に迎えに行ったらあの場面に出くわして、事情を問い質したらグループ分けのこととかリボンのこととかを白状したから、私の家までお詫びに来たということらしかった。


その後も、私のお父さんにもお詫びしておきたいとか言って星谷さん親子はしばらくうちにいた。お父さんが帰ってくると私にやったみたいに星谷さんの頭を抑え付けてまた謝らせていた。


わざわざお父さんにまで直接謝ろうとしたのは、実はお父さんが、企業に対して許認可を与える部署の偉い人で、企業の役員である星谷さんのお父さんとしては絶対に敵に回したくない人だったんだってことをこの時知った。


その時、星谷さんのお父さんと向き合ってるお父さんは、私がこれまで見たことない顔をしてた。だらしなくてぐうたらした粗大ゴミみたいな中年おじさんじゃなくて、仕事をしてる男の人の顔だと思った。星谷さんのお父さんがご迷惑をおかけしたお詫びにと差し出した品物を絶対に受け取らなかったのは、賄賂とみなされる可能性があるからだと後で知った。


「あなたのお子さんがしたことは、私の仕事には関係ありません。私は定められたことを粛々と行うだけです」


お父さんがそうきっぱりと言うと、星谷さんのお父さんは安心したような顔をして、何度も頭を下げながら星谷さんを連れて帰って行った。


家では娘の私からも馬鹿にされて、お母さんにはATM扱いまでされて、だけど、仕事をしてる時のお父さんは立派な人だったんだと初めて知った気がした。


星谷さんが作ろうとしてたグループ分けは結局うやむやになって、クラスも少しの間ぎくしゃくした感じだったけど、しばらくしたらまた元の感じに戻ってた。御手洗さんも、一週間ほどで戻ってきた。あのまま星谷さんの思った通りになってたら、うちの学校にもスクールカーストが広まってたかもしれないと思った。お父さんは、自分でも知らない間にそれを阻止したんだね。


そう思ったらなんだかちょっと可笑しくなった。そして、そのお礼をしたいと素直に思った。明日は確か父の日だったね。今までプレゼントなんてまともにしたこともなかったけど、お父さん、今回はちょっと違うかもね。


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