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「イチコの哲学」  作者: 京衛武百十
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「望まれぬプレゼント」

「9月7日はカナの誕生日でしたね。ご予定は?」


新学期が始まってすぐ、私はカナ、イチコ、フミの3人に尋ねてみました。別荘で同じ時間を過ごした私達は、それまで以上にお互いを身近に感じていました。イチコの時は参加できず残念でしたが、今度は優先的に予定を入れさせていただきます。


「そうだった。でも、平日だからな~、その後の日曜日とかの方がいいと思うんだ」


カナがそう答えます。確かに今年のその日は平日ですからね。では、後は場所ですね。


「日曜だったら元々うちに集まる日だし、うちでいいと思うよ~」とイチコ。


「じゃ、それで決定~」とカナ。


「りょうか~い」とフミ。


という感じであっさりと決まってしまったのでした。やはり皆さん庶民ですから、その方が落ち着くということでしょうか。まあいいでしょう。私としても彼に会えるのでしたらどこでも構いませんし。


彼というのは、イチコの弟さんの、山仁大希やまひとひろきくんのことです。8月の半ば、イチコ、フミ、カナの3人を別荘に誘うべく訪れたイチコの家で初めて出遭って、私は運命的なものを感じてしまったのでした。それから、時間の都合がつく限り毎日訪問させていただいて、和菓子やスナック菓子の差し入れをさせていただいたのでした。それはもちろん、彼にお近付きになるためです。


ですが、和菓子は彼にはまだ早かったらしくすぐに飽きられ、スナック菓子は彼の家の<スナック菓子やジャンクフードの摂取は控える>という方針に合わないと考えて私の方から自重させていただきました。


そこで私は今、彼に対してプレゼント攻勢をかけているところです。毎日の訪問はさすがに控えた方が良いと判断させていただいたのですが、何か理由があるのなら問題はないはずです。所用に合わせてプレゼントをお渡しする分にはきっと喜んでいただけるでしょう。今回も彼が好きなミニカーで遊べる、ビル型の玩具をすでに用意させていただいています。


もちろんカナにもプレゼントは用意します。音楽ゲームの最新のソフトをご用意させていただきました。


場所はイチコの家。時間は2時、おやつだけの質素なパーティということでした。いえ、パーティですらない気がします。結局、皆さんただ集まりたいだけなんですね。まあいいでしょう。おやつとして私の方でちょっとしたデザートを用意させていただきましょう。




カナの誕生パーティの当日、わたしは予定の時間より早くイチコの家を訪れました。先に彼へのプレゼントをお渡しするためです。荷物が多くなってしまったので少し大変でしたが、彼に会えるなら苦にはなりません。玄関のチャイムを押すと、家の中から「はーい」という声が聞こえてきました。その声を耳にした瞬間、私の体温が上がった気がします。ふわふわとした気持ちになり、地に足が付きません。


「あ、ピカちゃんだ。いらっしゃい」


扉を開けてくださった彼が私の姿を見た瞬間、にっこりと笑ってくれました。その笑顔を見ると、私は足に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちそうでした。それを何とかこらえて、「こんにちは」と挨拶をさせていただきました。そしてまず抱えていた荷物を玄関の上がり口に置かせていただいて、


「はい、これ、ヒロ坊くんへのプレゼント」


と、彼へのプレゼントを渡させていただきました。


「やった~。ありがと~」


彼には少し大きすぎるくらいの箱を抱えて、狭くて急な階段を器用に上っていく彼の後を目で追いながら、「おじゃまします」と上がらせていただいて、私も残りの荷物を抱えながら慎重に階段を上っていきました。


「ピカちゃん、開けていい~?」


二階の部屋から彼がそう聞いてきましたので、もちろん「どうぞ」と返事をさせていただきます。私がようやく二階に着いた時には、もうすでにラッピングははがされ、「すげ~!」と彼が目を輝かせながら玩具の箱を眺めているところでした。


「ごめんね、ピカ。またこんなのもらっちゃって」


すでに二階で待機していたらしいイチコが、申し訳なさそうに声を掛けてきます。


「いえいえ、これは私のほんの気持ちですから」


そう答えたのは私の本当の気持ちです。これは私が好きでやってることなのですから、どうぞ遠慮なさらないでください。


そういうやり取りをしている間にも彼は箱を開けて、玩具の部品を取り出して、説明書を見ながらではありますがみるみる組み立てていきました。さすが男の子ですね。その姿も楽しそうで、喜んでいただけたみたいで私はとても満足でした。


その後、本来の今日の主賓であるカナが来て、そのすぐ後でフミもやってきました。けれど彼は組み上がったビルの玩具に夢中で、そこにいくつもミニカーを走らせていました。その玩具はモーターでミニカーを上へと持ち上げて、レールのような坂道を下らせて、それをまたモーターが上へと持ち上げてという形で、延々とミニカーを走らせ続けるという玩具でした。


「それ、カッコいいな、ヒロ坊」


カナが声を掛けると、


「ピカちゃんにもらったの!」


と彼が嬉しそうに答えてくれます。するとカナとフミが、何やらニヤニヤと笑いながら私を見たのでした。


「ピカはマジでヒロ坊に夢中なんだな」とカナが言い、


「これは私達じゃ到底かなわないや」とフミが肩をすくめます。


そうです。それだけ私は本気だということです。誰にも文句は言わせません。


でも、肝心のカナの誕生パーティの方は、私が持ってきたイチゴムースのミニケーキを彼も含めた皆でいただいているとき以外は、玩具の騒音の中で執り行われることになってしまったのですけれど。しかも途中からイチコとカナとフミも一緒になって彼の玩具で遊び始めてしまって、さすがにこれは少し失敗だったかなと思いました。


それでも皆で楽しい時間を過ごせたことには間違いありませんでしたし、私は彼が楽しそうにしてる姿をたくさん写真に収められましたし、カナへのプレゼントも渡せましたので結果としては良いパーティだった気がします。


ですが…。


三時間ほどたっぷり楽しんで、そろそろ解散となった時、カナとフミは先に家を出て、「じゃあ、またね」と帰って行ったのですが、彼と離れたくなくて私はゆっくり帰る用意をしていたのでした。それでもいつまでもそうしてはいられません。名残惜しいですが、彼に見送ってもらい玄関から出た時、不意に「ごめん」と声を掛けられたのでした。


「ちょっと、いいかな」


それは、彼のお父さんでした。お父さんが珍しく起きてこられたということは、彼へのプレゼントのお礼でもしてくださるのかと思いました。『いえいえ、これは私の気持ちですから』と次のセリフを頭に思い浮かべていた私の前で、お父さんが急に深々と頭を下げられたのです。


「申し訳ない。ヒロ坊へのプレゼントは、しばらく控えてほしい」


…え……?


突然そう言われて、私は何が何だか分かりませんでした。戸惑う私に向かってお父さんは、


「ヒロ坊を好きでいてくれる君の気持ちは嬉しいけど、簡単にああいうものが手に入るようになってしまったらあの子が物を大切にできなくなってしまうかも知れないから、今後のプレゼントはクリスマスや誕生日だけにしてあげて欲しい」


とおっしゃったのです。


何ということでしょう…私は茫然としてしていました。でも、お父さんのおっしゃることも一理あるかも知れません。考えが浅かったのは、私の方だった気がします。ですが、だとすれば私は、どうやって彼と仲良くなればいいのでしょうか…?。


「もしまだヒロ坊と仲良くなりたいと思ってくれるんだったら、あの子の遊びに付き合ってくれるだけで充分だと思うよ。小さな子の遊びに付き合うのは大変かもしれないけど、そうしていただけると私も助かる」


その時の私がよほど落ち込んでいるように見えたのでしょうか。お父さんがフォローするようにそうおっしゃってくださったのでした。そして私はその後、彼のお父さんのおっしゃるとおり、彼と一緒に遊ぶことを実践したのでした。けれどその時の私は、「大変かもしれないけど」という言葉の意味を、ほとんど理解していなかったのでした。



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