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「イチコの哲学」  作者: 京衛武百十
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「浮かれ気分でセレブリティ(後編)」

学校の仲良し四人組で一緒にお風呂となれば、普通の人ならここでお互いのプロポーションの話や恋愛話で盛り上がるところなのでしょうが、私はそういうことをしたくて今回のことを計画したわけではありません。私は、イチコの、いえ、イチコの家庭の秘密を知りたいのです。


イチコのお父さんが、イチコに生まれてきて良かったと思わせてくれる人だというのは分かりました。悔しいですけど、私には生まれてきたからには何かを成し遂げたいという気持ちはずっとありますが、生まれてきて良かったと思えなかった時期があったのは事実です。幼い頃、両親の仕事が忙しくてあまり顔を合わすことさえできなかったことが寂しくて、私なんていない方がいいのかもと考えていたことがあったのを覚えています。しかしそれこそが私の意欲の根源だと思っています。私の存在を両親を始めとした多くの人達に認めさせるために私は努力を続けているのです。


なのにイチコには、誰かに自分のことを認めさせたいという強い願望のようなものを感じないのです。しかもそれは、諦めや投げやりな無気力ではなく、積極的に主張はしないのに確かにそこに存在するという、私がこれまでに実際に出会ったことのある人達とは違う存在感を感じてしまうのです。


それが、イチコが感じているという、<自分は生まれてきて良かった>という圧倒的な自己肯定感によるものかどうか、もしくはそれ以外の何かによるものかどうかを私は確かめたいと思いました。


「イチコ。私は人は誰もが平等だという言葉が嫌いです。なぜなら、人は生まれた時点ですでに平等ではないからです。あなたの家と私の家とはこれほどまでに差があり、あなたのお父さんでは決して与えられないものを、私の両親は与えてくれました。これのどこが平等なのでしょう?。平等だというのなら、あなたにも私と同じものが与えられるべきだとは思いませんか?」


楽しいお泊り会には相応しくない質問だと自分でも思います。だけど私には必要なことなのです。イチコ達と出会ったことで私の価値観は大きく揺さぶられています。そこに生まれた矛盾や論理の隙間を埋めるものが必要なのです。それが無ければ、私がこれまで保ってきた意欲を維持することができないかもしれないからです。


だけどイチコは、やっぱりいつもと変わりませんでした。


「う~ん。それって、平等っていう言葉の解釈の問題じゃないかなあ。生まれた状況に左右されるのって、別に人間だけじゃなくて動物だってそうだよね。生きやすい環境で生まれたら生き延びる可能性も高くなるし、厳しい環境で生まれたらそうじゃなくなるって言えるよね。じゃあ動物も平等じゃないのかな?。動物は平等じゃないってことで不満を感じたりするのかな?」


「それは…」


「私がお父さんから聞いた平等の意味って、人間は誰でも、自分でどう生きるかを自分の意思で決めることができるという点だけが平等であるべきってことだったんだよね。生まれた時にたくさんのものを持ってる人も確かにいるけど、そんな人の中にもそういうのをわざと捨てる人もいるよね。持ってるものを活かすのも捨てるのもそれを決めるのはその人だってことが大事なんじゃないかな」


「…」


「それに、私もピカみたいにお金持ちだったら買いたいゲームがたくさんあるけど、一日が24時間しかないのは誰でも同じだから、やりたいゲームを全部やってたら勉強とかする時間なくて私きっとおバカさんになっちゃう気がする。だから、どうしても欲しいゲームしか買ってもらえなくて、だから勉強する時間も作れる今の方が私には合ってるんだと思うんだ」


「それは、負け惜しみってやつじゃないですか?」


「そうかもね。でもいいんだ。だって、お父さんがいてヒロ坊がいて私がいる今の家が好きだもん。お金がいくらあったって、お父さんやヒロ坊がいないのは嫌だ。どんなにお金があったって、家族のことが好きじゃないとかいう家も嫌だ」


私は、普通なら相手が怒りだしても仕方ない質問をしたつもりでした。明らかにイチコのお父さんを見下す言い方をしたつもりでした。なのにイチコは怒るどころか、私の質問に対してよどみなく平然とそう答えたのです。本当にいつもと変わりない感じで。イチコにとっては、私の質問の無礼さとか、何の関係もないみたいでした。


しかもイチコの言うことにも一理あると思いました。むしろ、私が感じてた平等っていう言葉の矛盾に答えが出てしまった気がしました。そうですね、人間は誰しもが自分のことを自分で決められるべきという点だけなら、他人からの干渉を無くすようにすることで実現できてしまうかも知れません。他人の選択に意図的に干渉することがなぜ問題かっていうこともそれで説明がついてしまう気もします。


これだけの話を、こんな、お風呂の中で緊張感のない締まりのない顔で、まるで世間話でもするかのように答えてしまうとか、彼女は、私がこれだけの家に生まれつきながら持っていないものを持っているのだと改めて感じさせられました。確かに経済力とか、経済力で何とかなるものについては私の方が圧倒的に恵まれているはずなのに、彼女は私が持っていないものを持っているのです。


そして私は思い知りました。人間は平等じゃないなんてことを平気で言えるのは、自分が持ってる側だからだったということを。私は今、私が持っていないものをイチコが持っていることにはっきりと嫉妬を覚えたのです。人間は平等じゃないという言葉が、また私自身に返ってきてしまったのです。


だけど不思議と、そんなに嫌な気分じゃありませんでした。何だかいろんなことに納得がいってしまった気がしました。


それはたぶん、イチコが、私がやってるように相手を見下すような形で言ってないからだと思いました。私は相手に揺さぶりをかける意味も兼ねてわざとそういう言い方をしてるというのもありましたけど、彼女はそんなことを全く必要としてないんだと思いました。相手より優位に立つとか、相手を誘導しようとか、そんなことを考えてないのが分かるから、自分が負けたような気がしないんだと思いました。


「どうかな?。ピカにも少し分かったかな?」とフミが言い、


「我らがイチコ姫のすごさが」とカナが笑いました。


「そうですね。私が持ってないものをイチコが持ってるってことが分かりました」


その時の私は、気の抜けたような顔で笑っていたような気がします。


それから私達はお風呂から上がり、しばらく寛いだ後で庭でバーベキューを楽しみ、50インチのTVでゲームをしたり映画を観たりした後、キングサイズのベッドで四人一緒に眠りました。翌日も、庭でテニスをしたり、また映画を観たり、夜には星を眺めたりして、三泊二日の別荘生活を堪能し、私達が出会って初めての夏休みの最後の思い出にしたのでした。


私自身、こんなに充実した夏休みを過ごしたのは初めてのような気がします。世間ではよく、お金には代えられないものとか言ったりするのを内心では馬鹿にしていたりもしたのですが、確かにそういうものがあるのを私は知ったのかもしれません。


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