「苦みばしったニクいやつ」
私、田上文は部活とかメンドーだなと思ってやってなかったんだけど、イチコが茶道部だっていうから最近ちょっと気になってきてるんだよね。
でも、あのイチコが茶道部?。何か全然イメージできないや。あ、でも、運動系の部活よりはまだらしいって言えばらしいのかな。
だからイチコに訊いてみたんだ。
「ねえ、茶道部って楽しいの?」
そうしたら、
「楽しいよ。私、抹茶好きだし、抹茶と一緒に食べるお茶菓子も美味しいし」
って。その時は「ふ~ん」って思ってただけなんだけど、イチコが続けて、
「私んち、お菓子あんまり食べさせてもらえないんだ。お父さんが買ってくれなくて。でも、部活で出るのは和菓子とかがメインだからいいって言ってくれてる」
と言ったのには、マジ?ってなった。
「お菓子食べさせてくれないとか今どきありえなくない?。もしかしてイチコのお父さんって厳しい人?」
って思わず訊いちゃった。そしたらイチコは何言ってんのみたいな顔して、
「私はそんなに厳しいとか思ってないよ。て言うかむしろ甘々なんじゃないかな。機嫌が悪い時は確かに怖いけど、私達に対しては滅多に怒らないし、あんまり煩く言わないし、家ではゲームとかやり放題だし」
だって。
「うっそお!?。じゃ、どうしてお菓子はダメなの?」って私が訊いたら今度は、
「お菓子がって言うよりスナック菓子が駄目ってことみたい。ジャンクだから?。それに全然駄目ってわけでもなくて、一週間に一度くらいはOKなんだよ。食べ過ぎは駄目ってことかな」
とか、やっぱり私には理解できない返事が返ってきた。何なの?。この家庭。ゲームはやり放題だけどスナック菓子は一週間に一回って、わけ分かんない。ここまで聞くと、今度はイチコのお父さんにちょっと興味が出てきた。入学式に見た時の人がそうだったら、ただの普通の中年のおじさんだった気がするけど。
でも今日のところはそうじゃなくて、
「ふ~ん、そうなんだ。まあいいや。それよりさ、今日、イチコが部活終わるまで待ってていい?。一人で帰るのつまんなくてさ」
ってようやく本題に入れた。そしたら、
「騒いだりしなかったら茶道部は見学OKだから、一緒に行く?」
とか言われちゃって。別にそこまでって思ってたし、何か茶道部って厳しそうな感じがしたから中に入るのはちょっとと思ったけど、「見学の人にもお菓子出ると思うよ」って言われてじゃあいいかな~って思っちゃったんだよね。
それで茶道部の部室に来たんだけど、何か思ってたよりも全然おカタい感じじゃなくて驚いた。テレビとか見たのと同じで畳に正座なんだけど、椅子みたいなのを使ってる人もいるし、割とみんな普通に雑談してるし、ほんとお菓子食べながらお茶飲んでるって感じだった。聞いたらうちの学校の茶道部って元々本格的なそういうのを目指すっていうより、気軽に抹茶を飲む文化を残すっていうのが目的なんだって。よく分かんないけど。
「お一つ、いかがですか?」
部長さんに言われて何となく断り切れなくなった私も一杯いただくことになっちゃった。テレビとかで見た感じでお椀に入れた抹茶を小さい泡立て器みたいのでシャカシャカして、私の前に出されたのを、イチコに言われたとおりに手で回して、ちょっと飲んでみたら、
「苦っ!」
って思わず声に出ちゃった。そしたら他の子らにくすくす笑われて。やっぱり止めといたらよかったかな~って思ってた私に、
「お茶菓子と一緒にいただいたら美味しいよ」
とイチコが言うから、お餅みたいなお菓子と一緒にいただいたんだよね。そしたらびっくり。お餅みたいなお菓子の甘さと抹茶の苦さがちょうどいい感じになって、ちょっと抹茶アイスとかあの感じに。あ、こういうことなんだってなんか納得した。
イチコはって言ったら、お菓子なしでも抹茶だけで飲んでてほんとに好きなんだなって思った。しかも、他の部員の子と抹茶の濃さの好みがどうとかどのお菓子が一番合うとか、私には分からない話で盛り上がってて、なんだか少し悔しいような感じがした。クラスでは私とくらいしか話さないのに、ここではこんな姿も見せるんだ。
やきもちっていうわけじゃないと思うけど、私ももっとイチコと一緒にいたいって思って、その場で茶道部への入部を申し込んじゃった。
部活が終わって一緒に帰る時、イチコに言っちゃった。
「なんだか不思議だよね。茶道なんて全然興味なかったのに、結局入部することになっちゃった」
とこそこまで言ったところではっとなって、
「まさか、イチコの策略!?」
と彼女を見たら、
「なんでやねん」
とツッこまれた。イチコ、そんなこともできるんだ。
「…ただいま」
家に帰ったら、久しぶりに<ただいま>なんてちゃんと言ってしまった。出る時は仕方なく<行ってきます>って言ってたけど、帰りはお母さんと鉢合わせたりしなかったら言わなかったのに、誰にも会わないのに言ってしまった。だけど<おかえり>みたいな返事は無くて、私はすぐに自分の部屋に閉じこもった。
制服を脱ぎながら鏡を見た時、私のことを見てくれるイチコの顔が頭に浮かんだ。
「…早く、明日にならないかな…」
思わずそんなことを言ってしまってて、イチコに会いたいって思ってる私に気が付いてしまった。
好きっていうのとはちょっと違うかな。ううん、友達として好きっていうのは確かだと思うんだけど、その、LOVEっていう意味の好きじゃないっていうのも確かだと思う。それよりもっと何て言うか、優しいって言うか、リラックスしてるって言うか…
…家族に、会いたい…
って、感じ…?
どうしてそう思ったのか自分でも分からないけど、何かそう考えるのが一番しっくりくる気がしたんだよね。