邂逅
初回投稿です。生ぬるく見守ってやってくださいませ。
死神を堕とした女
act 0 邂逅
「アンタ、何人潰せば気が済むわけ!?」
別にレイプされたわけでなし、お互いに納得しての付き合いならSMだろうがコスプレだろうが好きにすればイイと思うけれど、一週間で三人も過労で入院と聞いては黙ってもいられない。
「オレが頼んだわけじゃない」
あいつらが離さなかったんだ、仕方ないだろ。
悪びれるどころかうんざりと言わんばかりの態度に、コチラも思わず舌打ちをする。
「でも、遠慮なくヤりまくったんでしょ」
ヤりまくって、死にかけるほど。
腹上死って女でも言うのかね等と、馬鹿なことを考えてみた。
女にとっては最高の死に方だという説を聞いたこともある。最も美しい死に顔になると。
今回、この男の誘いに乗った女達に自殺願望があったかどうかは知らないが。
「‥‥オレはいつだって飢えてる。くれるってモノを拒めないほどに、な」
「セックス依存症?もしくは中毒、とか」
「好きに思え」
恥じるふうもなく平然と言い放つ男をマジマジと見つめる。
銀髪金目だが、顔立ちや肌の色は北欧系にしては微妙に抑制が効いているあたり混血なのだろう。日本人の目には純血の外国人より好感度が高いかもしれない。日本語の発音にも違和感はなかった。
それでも、この男は余所者だ。この《夜街》に馴染むのに一週間は短過ぎるが、馴染む気もないらしい。
此処にいる理由は知らないが、明らかに短期滞在のお客様だ。旅の恥はかき捨てるとばかりにヤりたい放題の輩は珍しくもないが、浮かれても調子に乗っているようでもないあたりが妙に気にかかって無視できない。
「アタシが、相手してやろうか?」
「‥‥文句を言いに来たんじゃないのか?」
ヤられた友達に代わって、慰謝料寄越せとか。
軽く目を見張っているわりに表情は変わらない。感情の起伏も少ないのだろう。
「アタシは一応、この街のボスの一人だから。馬鹿なことやらかしそうなヤツの顔を確認に来たんだよ」
「一人で、か?」
「何か問題?」
自慢だが、女だてらでも我が身ひとつくらいはきちんと守れる。そうでなければ、この街でボスなどとは名乗れない。
「アタシのコトはとりあえず、姫と呼んで。色情狂」
「‥‥ディだ。後悔するぞ」
呆れたように名乗った男に、自信満々に笑ってみせる。
「させてみせてよ、出来るものなら」
「や‥ああぁ‥‥ぅ、もう‥」
苦痛と快楽が混じったそれは、明らかな喘ぎ声。羞恥心など感じている余裕もない素直な啼き声にソソられ、無意識に動きを加速させる。
「ほら、まだよく締まる。遠慮するっ‥な」
「‥勝手なっ‥‥コト‥をっ」
ぐったりと力の抜けた姫と名乗った女の身体をひっくり返しながら、ディと名乗った男にして死神は低く薄く笑う。滴り落ちる汗で夢中になっている自分に気づいて、内心慌てて手加減をする。
殺してしまってはマズイ。
しかし、あまりにも極上の相手に制御できないのだ。
「まさに姫、だな」
普通の女なら気力体力共にとっくに尽きて気絶しているはずだが、姫はまだまだ余力がある。本人がなんと言おうが、ディにはハッキリと見えるのだ。
姫の身体から溢れる圧倒的なオーラが。
「意味、わかん‥‥ないっ」
「守り、守られ、愛し、愛される。自覚ないのか?」
自分でも信じられないような甘い声で、ディは囁く。
この惑星そのもののような、魅惑的な『青』のオーラ。
灼熱を思わせる彩と、凍結を感じさせる色とが絡み合うような、矛盾するかのごとき生命力に満ち満ちた青く耀く生気。
そんな生気は自らの生命力だけで作り出せるものではない。人間のみならず周囲の環境、草木一本に至るまで愛されて初めて持ち得るもの。魔術師や精霊使い、巫女など異種と関わる特殊な能力に繋がるもの達に多いタイプである。
「もうちょいボリュームが欲しいな」
小振りな胸を揉みながらふと呟けば、拗ねた声がすぐに応じる。
「アンタの‥っための、モンじゃない‥‥のっ」
「‥‥そうだな」
だからこそ、ディが好き放題貪っても大丈夫なのだ。もちろん気力体力値の高さは、姫自身の日頃の努力のなせる技だが。
「こんな女が、オレを二度も選ぶわけがない」
この幸運に二度目はないと思うと、まだ離せない。
この惑星の、特にこの街の女はみな生命力に満ち、強いオーラを纏っているが、姫は質量共に桁違いだった。まさにディのために誂えられた贄のごとく‥‥。
ディが、死神が女を抱くのは、性交自体が目的なわけではない。
生きているものが生きているがゆえに持つ《生気》を穏便に、出来るだけ気付かれることなく奪うためだ。
その気になれば触れるだけで十分なのだが、いきなり貧血を起こしたり気絶したりされれば本人のみならず周囲も原因を探るだろう。真相にたどり着くコトはなくとも、疑惑を生み排除される。それならばヤりすぎたという明確な理由がある方が、誰にとっても納得しやすい。
ディは他者の生気を奪わなければ生きられない特定生物《死神》にして、宇宙連邦特殊捜査部の工作員なのだ。辺境未開のこの惑星で、正体をさらせるはずもない。
もっとも、さらしたところで信じるものなどいないだろうが。
「‥謙遜‥‥ってイヤミ‥ぁあっ」
「なら、おまえはオレをまた、選べるか?」
戯れ言を装った、本音。
この広大な宇宙でも極めて稀少な、豊富な生気を惜し気もなくディに与えてくれる女。
無知で無邪気だからこそ、ディを、死神を自ら受け入れた姫。
「自分を滅ぼす死神を、ワザワザ選ぶ馬鹿いないだろ」
生きているものには、死にたくないと言う本能がある。たとえ催眠術にかかっていても自殺させるのは難しい。
女は、男に、子に、与える生き物。
だからこそ一時ばかりは、たとえ生気を奪われても許容できる。
しかし、我が身を危険にさらすのだから生存本能が拒絶するのだ。初回は快楽のあまり狂ったとしても、二度とディには近づかない。
もちろん、姫も。
抱き起こし、対面に座らせ緩く快楽を送りながら、優しいキスをしてみる。久しぶりの満ち足りた気分に、ついしゃべりすぎたが、快楽に振り回されている姫が理解出来たとは思えない。
それでいい、のだ。
「‥ぁ‥んた、馬鹿だね」
「何が?」
その言葉というより口調に手を止めて、姫を見つめる。
ディを真っ直ぐに見返す黒目には、恐怖も軽蔑もない。
「惚れてもいない相手に一緒に居て、抱かせてくれって言っても頷くわけないでしょ」
絶世の美貌でも妖艶な身体でもないが、姫の身体は健康的でしなやかで柔らかかった。それなりに鍛えられてはいても、筋骨隆々にはならない身体らしい。
これまで抱いた最高級のどんな女より、そんな女が欲しいと思う。生気だけでない何かが、温もりが、不思議なほどにディを満たすのだ。
「‥‥惚れたと言ったら?」
「アタシを惚れさせてみせろ、かな」
その笑顔を見た瞬間、ディは見事に赤面した。決して見せられない顔をしていると自覚してなお、固まったまま動けなかった。死神と知らされて以降初めての、大失態だ。
出会ってはならない相手に出会ってしまったのかもしれない。
その思いは幸福より恐怖を呼び起こした気がしたが、今更出会わなかったコトには出来ないのである。