この世界で
「賢者殿、もう一度手合わせを」
国王親衛隊の訓練施設から木刀の交わる音と怒号が響く昼下がり─
「止めとけよ。これで何連敗だ、スウェン」
「155連敗だったか」
「まだ153連敗だ!!」
周りからは「対して変わらねぇ」との声と一緒にゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。
しかし、親衛隊の中で賢者と呼ばれている三波智幸(通称トモ)からは誰も勝利を挙げてはいない。
エリートの中のエリートが集められた特別親衛隊。
その部隊に僅か三ヶ月前に召喚された18才の青年が事実上エースと認識されている。
「この前の約束破っておいて、まだ勝負ってのは嫌だね」
「その通りだなぁ。約束は守らんとな」
トモの隣には黒で統一した武具を着こなした、如何にも戦歴の雄姿と思われる人が、何時の間にか姿を現していた。
彼は特別親衛隊〔フレノガウズ〕隊長でるウィルバー・ディジタル。
25才にして親衛隊に引き抜かれ、その2年後には新設部隊の隊長に抜擢された戦略家である。
「どうせ夕飯代でも賭けてたんだろう?」
「飯代でも二週間分も約束破られてるんすよ。最高級ステーキでも合わないよ。ちゃんと守ってくれてるの隊長だけっすよ」
愚痴を溢しながら周りの隊員を睨みつける。隊員全てが一斉に顔を背ける。
中には顔色が真っ青になっている隊員もちらほら見える。大体顔色が悪いのは古参の隊員である。
隣を見ると隊長は青筋を立てながら息を大きく吸い込んだ。
不味い、早く耳を塞がないと・・・。
その後の行動はとにかく速い。耳を塞ぐまで1秒もかからない。
「貴様ら、いい加減にしろ!!今すぐ約束分を納めろ。納めなければ五倍の支払いだ!分かったな」
「「ハイ!!!」」
皆、隊長に怒られてから素直になるんだから。少しは学習しろよ。
でも、こんな雰囲気が良いんだよな。記憶が殆ど無い異世界から来たこんな俺を受け入れてくれた。
・・・もうすぐこの部隊も戦場に向かう。とても重要な任務を遂行するために。
だからこそこの人達を失いたくない。俺の力でこの国を、世界を変えてやる。
おなんたって俺は、先代賢者の血を受け継いでいるんだから。不可能はない。