第七話 路地裏の戦闘
ユニアが斬り合いをしているという予想外の光景に、俺は戦いに割って入るタイミングを逃してしまった。
そうしてためらっているあいだにもユニアと黒服の戦闘は継続しており、黒服の一人が黒塗りの短剣でユニアに斬りかかる。
ユニアはそれを短剣━━別れる前に少しだけ見せてくれた、あの白銀に輝く短剣だ━━で弾き、お返しとばかりに黒服めがけて短剣を振るう。だが黒服もユニアの攻撃を弾き、再びユニアに斬りかかる。ユニアはその攻撃を弾くことはせず、横に飛ぶようにして移動することで回避する。
俺が呆けているあいだにも戦闘は続いていた。
「…………」
ユニアは後ろを取られないようにするためなのか、壁を背にした状態で黒服の攻撃をしのいでいる。黒服の攻撃を受けるその姿に危なげな感じはなく、それどころかどことなく余裕があるようにも見えた。
一方黒服三人は一人がユニアに斬りかかっているだけで、残りの二人は暇そうに突っ立ているだけだ。雑談こそしてないがあれでは隙だらけだろう。
「マズイわね」
「なにがだ?」
目の前の状況は一見かなりヤバイものに見える。
だが油断している黒服二人もそうだが、彼らよりも更に離れた場所に気絶しているらしいチンピラ転がっているあたり、俺が思う以上にユニアは余裕があるのかもしれないのだ。
「なにって、見て分からない?」
「いや、だってチンピラ連中を気絶させたのユニアだろ? なら短剣で武装してるとはいえ三人ぐらい余裕じゃないのか? 見た目チャラいチンピラ連中が武装したいかにもな黒服と敵対するとは思えないしな」
「あー、そう考えるのね。はぁ……」
頼むから頭の上でため息を吐かないでほしい。
「まずキミがチンピラって言ってるの、うちの子達だから」
「……え?」
うちの子、つまり味方ということだろうか。
パッと見たときにはチャラい野郎の集団にしか見えなかっが、よくよくみれば頭にはネコミミが、尻の辺りからは尻尾が生えている。
ということは。
「まさか、ユニアを援護しようとして黒服連中に返り討ちにされた?」
「たぶんね。キミを監視してた組や事務所に居るはずの組もまとめてやられてるし、かなりマズイと思う。……ただ、あいつらに殺す気がないのがせのてもの救いかな」
「……監視とか聞いてない。俺は監視とかいう単語は耳に入らなかった。うん」
「いや、流石に監視ぐらいつけるよ? 私が、だけど」
「聞いてない聞いてない。追及するとめんどくさそうな単語は聞いてない。それよりも、だ。暗殺者か忍者みたいな格好してる黒服連中に殺す気がないってのはどういうことだ?」
黒服連中にユニアやネコミミ野郎どもを殺す気がないのは落ち着いて見れば分かった。ネコミミ野郎どもが気絶しているだけなのがいい証拠だ。
だがなぜ首チョンパしなかったのかまでは分からなかったので聞いてみた。ああいう手合は見られたからにはうんぬんというのが基本だと聞くし。
「んー……処理が面倒なのか、それともクライアントの意向なのか。見てるだけじゃ、ちょっと分からないね」
「そうか。ひとまずは安心、なのか?」
「さぁ? だから確認のためにもちょっと行ってきてよ」
「おい待て。行けって、あの中にか?」
「そうだけど?」
そうだけど、って軽く言ってくれるな。
忍者モドキの黒服連中には殺る気も、おそらくやる気も無いのは分かった。だからといってあんなキンキンと金属音出しながら、ガチなチャンバラやってる中に飛び込むのは容易ではないのだが……
「自称事務所警備員さん? さっさと行ってきてくれますか?」
「いや、しかしな……」
「……ただ飯食らい」
「うぐっ」
「この意気地無しの根性無し! か弱い女の子に戦わせておいて恥ずかしくないのか! それでも男か! この目付きだけのハリボテ犯罪者!」
「だぁれが二、三人は殺ってそうな犯罪者だぁっ! ぁ、バレたじゃねぇかっ! ああぁ! こうなりゃ自棄だぁぁぁ!」
人を犯罪者呼ばわりしてくれたアンジュへの怒りを黒服連中に転嫁しぶつけるべく、アーティファクトぽいバールを右肩のほうへと振り上げつつ突撃する。
アンジュへの大声での反論で黒服連中は俺という存在には気づいたようだが、どうにも予想外なことであったらしく暇そうな二人も、ユニアと斬り合っている黒服も動きを止めた。
そしてユニアは……なんだよ、その意外そうな顔は。
「いけいけー」
「畜生めぇぇぇ!」
俺というイレギュラーな存在の登場による停滞、そこからいち早く抜け出したのはユニアだった。
ユニアは意識を俺のほうにとられている目前の黒服の横腹に鋭い蹴りをいれる。その威力は物理法則を超越するものがあったらしく、蹴られた黒服は俺のほうへと勢いよく飛んできていた。
「そこっ! フルスイング!」
「っ!」
そして俺はアンジュの指示に従って、飛んでくる黒服の腹へとバールをフルスイングした。
手に伝わる重い衝撃、何か硬い物がぶつかったかのような音。
それらを感じているうちに俺が殴った黒服は仲間のほうへとすっ飛んでいき、いまだに立ち直れていなかったお仲間の黒服二名を巻き込んで地面に激突した。
「……ホームラン、かな?」
「そこまで飛んでないし、どっちかって言うとストライクじゃない? あの感じだと」
「それもそうか」
人が物理法則を無視してぽんぽん飛んでいたからだろう。アンジュとの軽口にも現実味が薄い。
だがここはファンタジー、現実味なんてあってないような物であり、気にしたら負けだ。それよりもユニアとケモミミ野郎どもを連れてこの場から逃げるか、おまわりさん的な人を呼ぶかすべきだろう。
……いや、おまわりさんよりも先に救急車が必要かもしれないな。この場合、正当防衛は成立するのだろうか? しなかったらアンジュだけは道連れにしよう。
「アンジュお姉ちゃん! ……と、マサトさん。来てくれたんですか?」
折り重なって倒れたまま動かない黒服連中のほうに注意を向けながら、駆け足で近づいてくるユニア。
どうやら姉だったらしいアンジュには笑顔を向けるものの、その数センチ下にある俺の顔を見るなり複雑な表情になる。
ユニアからすれば逃げだしたくなる程には嫌な奴に助けられた訳だし、その顔も分からんではないのだが……その圧倒的ギャップにそろそろ泣きたくなってくる。
「そうよー? ユニアちゃん怪我してない?」
「うん、わたしは大丈夫。けど……」
「ん? あぁ、うちの子達なら大丈夫じゃないかな。死んでないし」
判断基準そこかよ。
あそこの壁にもたれ掛かってる奴とか泡吹いてるし、あっちの転がってる奴は痙攣起こしてるんですけど。アンジュ基準だと問題なしですかそうですか。この感じだと労災とかないんでしょうねぇ。
……お姫様を守ってこれじゃあケモミミ野郎どもも報われないな。俺もだけど。
「ええと、その、アンジュお姉ちゃんありがとう。来てくれて。けっこうまずかったから助かったよ」
「可愛い妹の為だしね。……それに、こんなときに一人にしちゃったのも悪いし」
あ、はい、俺のせいですね分かります。気配を操作できなかったのが悪いんですよね、分かってますから尻尾でペシペシするのやめてくれません?
「それじゃあ帰り「ユーニーアー?」うぅ、分かってるよぉ……お姉ちゃん」
おっとアンジュさんなかなかにドスの聞いた声ですねぇってなんでユニアは俺を見てるの?
おいばか、ヤメロ。そのすんだ綺麗な目で俺を見るんじゃない。そんなことしたらあんまし見たくない、死んだ魚みたいな目をした人がすんだ赤い瞳に映っちゃうじゃねえか。
「…………マサトさん」
うわぁ、ユニアの瞳に映ってるの誰よ。絶対二、三人殺ってるだろ、目の腐り度合いからして。
あ、これ俺か。……はぁ鬱だ。なんで一日に何度もこの腐った目を見なきゃならんのだ。もう帰って寝よう。
報われないないしな、嫌がられるしな、無駄骨折らされるしな、ははは……
「その、あり、がとう……ご、ございましたぁ!」
前言撤回。更に前言撤回。もう一個オマケに前言撤回。
報われたわ。ものすごく報われた。スマンな、ケモミミ野郎ども。お姫様からのふくれっつらでのお礼は俺が受け取らせてもらった。
「う、うぅ……うぅぅぅ!」
おーおー、顔赤くして。肌が白いから分かりやすいな。
しっかし、たとえ恥ずかしくても相手が嫌な奴でも、しっかりお礼を言うあたりユニアって真面目だわ。でも見ようによってはこの状況はただの━━
「……ツンデレ乙、てか?」
「っ!? う、うあ、ああぁぁぁ……」
ありゃりゃ、頭抱えちゃった。近くでも聞こえないぐらいに小さい声で言ったんだが。いや、ユニアは猫だから耳もいいのか。ていうかユニア、この感じだとツンデレの意味を知ってるんだろうな。こりゃ失言だ。
「あぁもう、ユニアで遊ぶのはそのへんでやめてくれない? ほら、キミは向こうで転がってるアホどもを調べて来なさいな」
「それはいいが。アホどもってどっちだ?」
「キミねぇ……まぁ、負けてるから否定できないし、事実けっこうアホだけど。あの子達に直接言わないようにね?」
「善処しよう」
「はぁ……黒服のほうよ。はい、さっさと行く」
「了解だ」
俺の頭から降りてユニアを慰めているアンジュを置いて、気絶しているらしい黒服連中に近づいていく。
この黒服連中、最初見たときは似たような背格好だと思ったが、どうやらそれは衣服や装備で誤魔化した結果だったらしく、近くでよく見てみるとそれぞれチビ、デブ、ノッポと特徴のある連中である事が分かった。
こういうコンビはどこにでも居るものだなと思いつつ、短剣などの武器、ついでに金目の物を剥いでやろうと手を伸ばしたとき。
「……あ? おぉ?」
「うぐ、ぐぬっ」
「なにが、どう、ぐおっ!? あ、足が! 足首がっ!?」
仲良く同時に目を覚ましやがった。
一名ばかり軽く潰されているのがいるが戦闘は避けられないと思い、急いで後ろに飛び退いてバールを持つ手に力を入れる。
「っ! てめぇ、その手に持っている妙な棒は、アーティファクトか」
以外にも最初に戦闘体勢をとったのは俺がおもいっきりぶっ飛ばした黒服、見た目がノッポの奴だった。残りの二人が未だにその後ろでゴタゴタやっているあたり、こいつがリーダーなのかも知れない。
ユニアと斬り合いしてたのもこいつだし、ぶっ飛ばされたのに平気な顔で興味深いこと言ってるし。
「へぇ、そういうの分かるもんなのか」
「あぁそうだ。なんせオレは「ア、アニキィ! 助けてください! 足首を挫いて動けません!」……それぐらい自分でどうにかしろ」
アニキ、か。やはりこいつがリーダーで間違いないだろう。
呼び名と雰囲気も合わせれば暗殺者とかよりも、ヤンキーやチンピラをまとめる番長といったイメージが強くなってくる。
それに落ち着いてよく見れば、着ている黒服も忍者服とかスーツとかよりも学ラン的な感じでぴったりだ。
「さて、なんせオレは「つかてめぇさっさと退けよ! て、ギャアァァァ!? このデブ野郎なにしやがる!?」……なんせオ「あ? 手が滑っただぁ!? ふざけんなよ!」お前がふざけんな! 暫く黙ってろ!」
台詞も満足に言わせてもらえない、か。配下や部下になる人間は選んだほうがいいぞ? 同僚に嫌われてる俺が言えたことではないが。
しかし気の抜ける、まるでコントのようなやり取りをしているにも関わらずつけ入る程の大きな隙はない。先程の猫キックからのホームランアンドストライクは偶然の産物だったのではと疑ってしまう程だ。油断はできそうにないな。
「ちっ、白けちまったな。仕方ねぇ、この場は預けるぜ」
「逃がすとでも?」
むしろ憂さ晴らしにボコらせろ。悪人に人権はねぇんだからな。たぶん。
「逃がすさ。いや、お前らはオレらを逃がすしかねぇんだよ」
「へぇ? どうしてそう思う?」
「簡単だ。この場にゃ怪我人がいっぱい、にも関わらず動けるのはてめぇと白いのと、あと妙な黒猫だけだが……白いのは疲労困憊、あとは妙な黒猫と素人のお前だけだ。分かるか? お前らはオレらを逃がすしかねぇのさ」
今度は俺が舌打ちする番だった。
ノッポが言う通りなのだ。動けないケモミミ野郎どもは戦いになれば邪魔な上に人質にもなりうる。それに俺が戦いの素人なのは事実で、ユニアが疲労困憊だとしても別におかしくはないし、アンジュの特殊性もある程度見破られている。
これからもう一戦、というのはかなり難しい。だがユニアを襲った奴らをこのままみすみす逃がしてもいいという訳でもないのだ。
なにか打つ手はないか考えようとした時、背後から声が掛かる。
「いいわ。この場は見逃してあげる」
アンジュだ。
見逃すとはいったいどういことかと思わず振り向くと、そこには装飾の施された黒のドレスに身を包んだ美女が居た。
腰にまで届く長く艶やかな黒髪、ユニアや猫神様と同じような白い肌、不機嫌そうに吊り上げられ金色の瞳。そして黒髪から覗く猫耳と、なぜか威圧感を感じるリズムよく大きく動く黒い尻尾。
一瞬誰か分からなかったが、状況を考えるにこれがアンジュの人化した姿なのだろう。
美しさの度合いはユニアや猫神様といい勝負だが、アンジュに隠れるようにして立っているユニアとも、もちろん猫神様とも似ていない。しいていえばユニアと似てるのは肌の色くらいで、むしろ目の色や光かた、さらには自己主張しているある部分からしても猫神様の子ども、もしくは姉妹と言われたほうが納得できる。ユニアはお姉ちゃんと言っていたが、これは血の繋がりはない系のやつかも知れないな。
「話が早くて助かるが━━てめぇはさっきの黒猫か?」
「だとしたら、なに?」
「なんでもねぇよ。ちっ、報酬のよさはこういうことか……おいお前ら! とっとと帰んぞ!」
「やっと出れた……って、帰るんですかい? アーティファクトはまだ一つも取れてませんぜ?」
「いーんだよ、この仕事はやめだ。割りに合わねぇからな。……お前ら返事はぁ!」
「わ、分かりやした!」
「……うす」
「じゃあな、白いのと黒猫と素人の。二度と会わねぇことを祈ってるぜ」
ノッポはそれだけ言うとチビとデブを引き連れて、路地裏の奥へと消えていった。
つか素人のってなんだよ、弱そうじゃないか。弱いし素人だけどさ。次会ったら容赦なくボコって警察的なところに突き出してやる。
「さて、と。私はこの子達を家に連れて帰るから。マサト君、ユニアをよろしくね?」
「え、よろしくって……?」
「なに、事務所まで送っていかないの? こんな物騒なところにか弱い女の子を放置するつもり? この素人の「分かりました送ります!」うん、よろしい」
これ以上罵倒されてはたまらない。ましてや今のアンジュは猫ではなく人化している。それもとびきりの美人。
俺が変な性癖に目覚める前に大人しく従うことにして、不機嫌そうなユニアに声を掛ける。
「えと、じゃあ、帰りますか?」
「……そうですね」
どこか緊張した様子のユニアを連れて、俺は事務所へと帰るべく路地を歩く。
「マサトさん、そっちは事務所の方向ではないですよ?」
「…………」
落ち着きのないユニアの尻尾を見ながら、俺は事務所へと帰るのだった。