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第五話 王都中央通り

「おぉ、こりゃまた……凄いな」


 薄暗い路地裏を抜けた俺の目の前に広がったのは、一瞬広場かと勘違いするほど大きく広い道だった。


「王都デュッフェルの南門から王城まで伸びる中央通りですから。昼夜問わず、王都で一番賑わっている通りです」


 なるほど。確かに中央の名に恥じない賑わいだ。

 ざっと見回しただけで地球ではお目にかかれないであろう様々な種族が見うけられ、買い物途中の親子の横を剣やら斧で武装したいかつい集団が当たり前のように歩いていき、客引きの声が響く中を馬車がカポカポと音をたてながら通り過ぎる。

 賑わっている上に混沌としていて、正直帰りたい。が、これ以上サボれば俺の胃が罪悪感でマッハだろう。おとなしく腹をくくるしかないようだ。


「ところで、マサトさん」

「なんだ?」

「朝食はまだですよね?」


 俺はこくりと頷き返す。

 なにせあの事務所にはなぜかキッチンがないのだ。風呂場がないのは百歩譲っていいとしてもキッチンがないとはどういうことなのか。これでは自炊のしようがない。


「そうですか、朝食を取るなら……えーと」

「あー、安ければどこでもいいぞ?」


 ユニアがなにやら悩みだしたので、軽く要望を出しておく。こうすれば選択肢も狭まって選びやすいだろうからな。

 言っておいてなんだがユニアは朝食を食ったあとだよな? 一緒に食べること前提での話だったらかなりまずいことを言ってしまったが。


「ではあちらのほうにいつものお店がありますから、そこで朝食をとってきてください。わたしはここで待っていますから」


 そう言いながらユニアが指差すほうには確かに店がある。看板から察するにパン屋のようだ。

 俺自身朝食はまだだし、店も通りのこちら側にあるので行くぶんには問題ないが。


「待つのか?」

「はい」

「俺が飯食ってるあいだずっと?」

「はい。そうですが」

「そうか。……じゃあ、行ってくる」

「どうぞごゆっくり」


 黒猫とニャーニャー言ってたときの愛想はどこにいったのか、そんなに俺と一緒は嫌なのか。一緒に食べる云々とか少しでも考えた俺がアホだったということか。

 そんなことを考えてしまい、罪悪感で身体を重くしながら早足でパン屋に向う。


「にゃぁ……」

「おっと、身体が重いと思ったらお前まだ乗ってたのか」

「ニャーン」


 どうやら身体が重いのは罪悪感のせいだけではなかったようだ。


「降りる気は、なさそうだな」

「うん、ないよ。あの子だけに任せられないし、キミのにおいは私好みだからね」

「そうか……ん? 今、お前喋ったか?」

「にゃ?」

「…………幻聴だな、うん」


 ユニアも元は猫だし、今さらこの黒猫が喋ろうが人化しようが少しも驚かないが、追及するのもめんどくさいし、ユニアも人化しないと喋れないと言っていたので幻聴で片付けておく。これ以上面倒事はごめんだ。


「ニャ、にゃぁー」

「絶対追及してやらねぇ……っと、ここか」


 俺は頭の上に黒猫を乗っけたまま目的のパン屋にたどり着いた。

 扉を開けて中に足を踏み入れると香ばしいにおいが鼻に入って来る。


「朝はご飯派だがなかなかうまそうだな」

「ニャーン」

「お前もそう思うかーなんて、ん?」


 黒猫の鳴き声にテキトーに冗談を返していると、見慣れた物が目に入った。


「新聞、か」

「にゃ?」

「ふむ、どれどれ━━」


 日本でたまに読んでいた物よりも、いくばくか薄いそれを手に取って読んでみる。


「王都新聞、ね。一面は……デュッフェル国王陛下、事態の終息を宣言?」


 そう銘打たれた一面記事には詳しい事が書かれた文章と共に、高そうな衣服に身をつつんだ髭のおっさんの写真が載っている。恐らくこの髭のおっさんがこの国の国王なのだろう。

 しかし事態の終息というからにはこの国では何かしらの問題が起こっていたということか。それが政治的なものなのか環境的なものなのか、あるいはもっとヤバいものなのかは俺には分からないが。


「まぁ、知らなくてもいいか」

「にゃ?」

「なんでもねぇよ。……他は、アーティファクトの盗難が続いているのか」

「ニャーン」


 わりとタイムリーな話だな。猫神様の言うとおりなら俺の仕事には、この盗難されたアーティファクトの奪還も含まれているのだから。


「しかしそうなると荒事になるのかねぇ……殴り合いは得意じゃないんだがなぁ」

「……にゃ?」

「おい、なんだ、その嘘だろ? みたいなニュアンスを含む『にゃ』は。俺は喧嘩は好きじゃないんだよ」

「にゃ?」


 この黒猫、一回ぶん投げてやろうか?

 だが、その反応は恐らく正しい。なにせ探偵の叔父さんにも。


『その腐ってる目とすれた雰囲気、いかにも喧嘩慣れしてそうだよな。というか二、三人殺ってそうなくらいだ。…………殺って、ないよな? な?』


 とか言われたし。しかしすれた雰囲気ってどういうことだ。目は腐ってるが、すれた雰囲気はみじんも出してないと思うのだが……あ、まさかユニアが恐がるのって俺のすれた雰囲気が原因なのか。いやそれだけだとも思えないし、やっぱり一週間前のアレコレが━━


「おい、買うのか」

「へ?」


 鬱々とした思考に入りかけていた俺を引き戻したのは、不機嫌そうなおっさんの声だった。

 振り返って見るとさっきまでは誰も居なかったカウンターにいかついおっさんが一人立っており、こちらに鋭い眼光を向けている。


「その新聞だ。買うのか?」

「あ、いえ。見ていただけです」

「……だろうな」


 だろうなって、売れてないのか? いや残ってる新聞は二桁ないし、見るだけで買わない人が多いのかも知れない。


「それで?」

「はい?」

「……てめぇはなにをしに来たんだ? 冷やかしか? あ?」


 ヤバい、このおっさんヤバい。なにがヤバいって目力がヤバい。もう二、三人殺ってるレベルだろこれ。

 俺は普通に買い物に来ただけなんだけどなぁ……てかパン屋の店員どこよ。このおっさんはあれだろ、用心棒だろ? あ、でも用心棒なら店員がどこに居るかも知ってるか。


「いえ、パンを買いに来たんですけど……その、店員さんは?」

「なんだ、客か。店員ならここに居る」

「……どこに?」

「お前の目の前に居るだろうが」


 目の前? 俺の目の前には用心棒のおっさん以外には……あ、もう一人ていうかもう一匹の腕が少しだけ視界に入ってたな。


「黒猫、お前パン屋の店員だったのか?」

「ニャッ!? にゃっ! にゃにゃ」

「てめぇ、やっぱり冷やかしか?」

「…………え? おっさんが、店員?」

「だからそう言ってるだろうが」


 嘘だろ。この筋肉モリモリなマッチョマンのいかついおっさんが、パン屋の店員? シュールとかいうレベルじゃねぇぞ。

 いや待て、恐らくあれだ。昔は冒険者とか傭兵とかやってたが膝に矢をうけて引退、その後なんやかんやあってパン屋の店員やってるんだな、うん。


「色々、あったんですね?」

「なに言ってんだ、こいつ。まぁ確かに色々あったけどよ」

「ニャーン」

「あ? よく見りゃその黒猫、アンジュじゃねぇか。いつもの白い嬢ちゃんは休みか」


 黒猫、アンジュって名前だったのな。

 しかしいつものと言うからには、ユニアは黒猫ことアンジュとよく来ていたということか。そういえばユニアもいつものお店と言っていたな。

 どうやらここはユニアやアンジュにとって馴染みの店らしい。


「えぇ、私と一緒は嫌なようで」

「……なるほどな。アンジュならともかく、白い嬢ちゃんは嫌がりそうだ」


 俺とユニア、初対面の人にも分かるほど相性悪いかね。書類上の話とはいえ同僚というか相棒というか、そんな関係なのだが。


「あぁそれだ、そのどろどろした腐った感じ、白い嬢ちゃんにはキツいだろうな」


 俺、初対面の人に貶されてないか? 腐った感じは認めるがどろどろした感じってなんだよ、スライムかなにかなわけ?


「……いや同じスライムでもある程度形状を保てていればマスコットキャラとしてまだワンチャン━━」

「なに言ってるのかよく聞こえんが……なにを買うんだ?」

「え、あ、そうですね。一番安いのはなんですか?」

「一番安いのはパンの耳だな。一袋銅貨二枚だ」


 銅貨二枚か、日本円で……あぁもう計算めんどくさい。

 百円はいかないだろうしユニアとアンジュ行きつけの店だ。ぼったくりはないだろうし買いでいいだろう。


「じゃ、それください。はい銅貨二枚」

「はいよ……確かに。ほらこれだ、持ってきな」

「了解です。それじゃあまた来ますね」

「はいよ」


 パンの耳がそれなりの量入った紙の小袋片手にパン屋を出た俺は、ユニアが待っている方向へのんびり歩きつつパンの耳をかじる。

 うん、悪くない。味のしない湿気ったせんべいよりは上手い。


「ニャ、ニャァ……」

「おい、なんだよ、その引いた感じの鳴き声は。食えるし、安いし、なにも問題ないだろ?」

「にゃぁ……」

「あ、もしかしてあれか。カロリーとか味とか、そういう話か?」

「ニャーン」


 なんとなくだが同意が返ってきた気がするな。

 ならば返答は決まっている。


「俺はそういうのはわりと気にしないからな。日本に居たころはパンの耳かもやしが基本だった」

「……ニャ?」

「言っとくが聞き間違えじゃないぞ。そういえば異世界来てからの食事は豪華だったな。毎日三度三度、マトモなパンや惣菜がいつの間にかカウンターに置いてあるんだもんな……あれやったのってアンジュか?」

「ユニアだよ。この眼球と一緒に性根まで腐ったヒモ男」

「……いまとんでもない罵声が聞こえた気がするが、そこだけスルーするさせてもらおう」


 そうか、あれをやってくれていたのはユニアか。

 ……あれ、ひょっとしなくても俺ニートどころか、見た目中学生の少女にたかるヒモ野郎なんじゃ━━


「い、いや、事務所の警備してるし。ヒモじゃないし……」

「どこに行くんですか? マサトさん」

「うへ? あ、あぁ、ユニアか」

「はい、そうですけど……マサトさん、それが朝ごはんですか?」

「そうだけど? 何か変か?」

「…………」


 おいちょっと待てユニア、なぜそんな憐れみのこもった目で俺を見るんだ。確かに貧乏臭いかもしれんが、別に金がないとかそういうのではないんだぞ? これは単に考えるのがめんどくさいからでだな。


「……なんだか、馬鹿らしくなってきました」

「にゃーん」


 解せぬ。ユニアの目に恐怖と緊張と同情の色が同居している。しかも三割は同情の視線だ。

 恐怖の割合が減ったのは良いことだが……いまいち釈然としない。


「それじゃあ行きましょうか、マサトさん」

「行くって、どこに?」

「……取り敢えず、中央広場に行きましょう」

「了解だ」


 俺はモヤモヤとしたものを感じながら、ユニアのあとに続いて中央広場とやらに向けて歩き始める。


「…………」

「…………」


 しかし先程のユニアの声音からはほとんど恐怖や緊張が感じられず、どことなくだがユニアの表情も柔らかいものだった。腑に落ちないものもあるが、さっきの一幕で俺の印象が変わったというのは事実のようだ。

 だとすればこのまま待っていれば、そのうちユニアの方から話かけてくれるだろう。なんせ俺が怖い人だという勘違いが訂正されたということだからな。


「…………」

「…………」


 沈黙が、重い。どうやら勘違いが訂正されたという考えが勘違いだったようだ。

 トラウマが思ったよりも深いのか、それともこれがユニアの地なのか。

 それと、この状況がまずいのは分かってるからアンジュは猫パンチを止めろ。


「ところで、その中央広場ってのはどんなところなんだ?」


 どちらにせよユニアから話を振るのは難しいだろうと思い、俺の方から話題を提供してみた。

 今までなら悪質なクレーマーへの対応のごとく、実に嫌そうに対応されるところだが。


「この王都の中心部ですよ。大勢の人が休めるようになっていて、広場の中心には大きな時計台が建っているんです。周りにはお店だけじゃなく、出店も出ていてとても賑やかなんですよ」

「イメージ的にはデカイ公園って感じか?」

「そうですね。だいたい合ってます」


 相変わらず硬さがあるものの、今までよりも遥かに好意的な返事が返ってきた。

 これなら関係の修繕にもメドを立てることが出来る。そう考えながら俺は王都の中心部へ、パンの耳をかじりながら意気揚々と足を進めるのだった。

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