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第四話 始めての外出

「マ……さん、起き……」


 誰かの声がする。

 その愛らしい声には聞き覚えがあるが、思い出すのは少しめんどくさい。昨日は深夜過ぎまで分厚い本を読んでいて眠いのだ。さっさと二度寝してしまおう。

 ……しかし俺はあの本を全て読んだのだろうか。なんだか途中で放り出して寝た気もするが。


「マサトさん! 起きてますか!?」


 あぁ、思い出した。ユニアだ。

 白髪赤目のネコミミ美少女だが、人のことを化け物扱いするわひっぱたくわの失礼な子だ。とはいえ俺に全く非がないわけではないし、嫌っている俺と無理やり組まされたりする不憫な子でもある。

 ……しかしなぜユニアの声がするのだろう。まさかまた猫神様に無茶ぶりでもされたのか。いよいよ不憫な子だ。軽く泣けてくる。


「━━入りますよ!」


 入る。今ユニアは入ると言ったか。となると寝たままというのはまずかろう。なにがまずいのかは寝起きの頭では分からないが。


 ドアが開くのよりもわずかに早く上半身を起き上がらせた俺は、扉の向こうに立っている白い少女を目にする。

 病的なまでに白い髪と白い肌、宝石を思わせる紅い瞳、頭の上のほうに生えている可愛いらしい猫耳。間違いなくユニアだ。

 だが昨日までのユニアとは決定的に違う点が一つ。ユニアは昨日まで来ていた良く言えばシンプルな、悪く言えばやぼったいローブではなく、長袖の白いシャツと白のロングスカートだった。手には白いコート……恐らくダッフルコートを持っており、いかにも外出用といった服装だ。


「ユニアか。どうしたんだ?」

「起きているなら返事をしてくれませんか?」

「あーうん、そうだな。気をつける」


 いかにも不機嫌ですといった様子のユニアになおざりな返事を返す。

 言ったあとでテキトーな態度では文句の一つでも出るのでは思ったのだが、ユニアは嫌そうな様子のまま扉の取っ手を掴み。


「外出の用意をしたら、外に出てきてください」


 そう言ってドアを閉めた。

 分かっていたことだが会話も最小限にしたいらしい。俺としては少しさびしいものだ。


「それにしても……外出、ね」


 こちらに来てからというもの外に出る用事もなかった為に、事務所という名のマイハウスにずっと引き込もっていたので外出は初めてだ。いやがおうにも期待は高まる。気分はすでに旅行にきたときのそれに近い。


 外出の準備をするべくベットから起き上がり、部屋に置いてある家具そのニであるクローゼットを開ける。

 中にあるのは長袖のシャツと長ズボンがニ着づつにコートが一着、下着がいくつかとこちらに来たときに着ていたジャージ上下が一着のみだ。服の少なさもそうだが今着ている分も含めて全て黒地なのは、こちらに来たときに着ていた物を除いてすべて猫神様からの支給品だからだ。

 これは猫神様に着るものを聞かれたときに「服、ですか。最低限でいいです。え? 色ですか? できれば暗色系がいいですね」なんて言ったためだ。改めて考えるともう少し吹っ掛けてもよかった気がしてくる。


「そういえばユニアも白一色だったな」


 ひょっとしたらユニアなりのこだわりがあるのかもしれないが、あれら全てが猫神様からの支給品だとすれば色合いの少なさも納得だ。

 ……もしかしなくても下着も白一色なのだろうか。


「…………」


 おっと、ユニアを待たせているんだった。急いだほうがいいな。うん。

 やたら着心地がいい猫神様から支給された服に着替えた俺は、ベットに置いてあった二冊の本を部屋に置いてある家具その三である本棚に置き、他に置く場所がないからと本棚に放置していた財布の中身を確認する。


「銀貨数枚に銅貨が十数枚、それと金貨が一枚と」


 流石に金貨を持ち歩くのは怖いので本棚に置いておくとしても、そこそこの額を持ち歩くことになりそうだ。銀貨一枚が日本円で千円ぐらいだったか。

 そう考えると軽く遊んで飯食うには充分な額がある。まぁ、女性と買い物をするには恐らく足りないのだろうが。


「忘れ物は……ないな」


 部屋には家具は三つしか置いてないし、私物もそれにみあった量しかなく忘れ物のしようがない。

 強いて言えば寝癖をなおしたりトイレに行ったりはあるかもしれないが、手洗い場は一階だ。とりあえず一階に下りても問題ないだろう。


「……うん?」


 一階に下りても問題ない。そう判断して一階に下りた俺は奇妙な感覚を覚える。

 違和感、ではないし、既視感、でもない。なんとなくイライラする。日本にいた頃はよく感じていた物だが……どんな状況でこれを感じるのだったか。


「んー?」


 俺が視線を巡らしているうちに妙な感覚はしなくなった。ただの気のせい、だったのかもしれないが……


「……軽く、調べておくか」


 手洗い場に行くついでに、俺は事務所の一階を軽く調べることにした。


 ◇


 結論から言えば事務所の一階には特に何もなかった。カウンターに手洗い場、階段下の地下室入り口まで調べたが何もなかった。

 そう、この家は欠陥住宅……ではなく、事務所の中には異常はなかった。事務所の中には。


「そっか…………うん、分かった。猫神様には必ずやりとげて見せますって伝えてくれる?」

「ニャーン。にゃーにゃ、ニャニャ?」

「えっと、にゃー? にゃにゃ?」

「にゃーん、ニャァ……にゃーにゃ?」


 事務所の外に出るとすぐに目に映る薄暗い路地裏。そこに異常はあった。


「にゃぁ。にゃにゃにゃ」

「ニャァ」


 俺に気づいていないのだろう。

 黒猫を抱き抱えて優しく撫でながら、楽しそうに猫語を話しているダッフルコートを羽織った白い少女。


「にゃぁ。にゃぁー? にゃにゃ……」

「にゃぁー……ニャニャ?」


 俺の目と耳が腐ってなければ目の前の白い少女は間違いなくユニアだ。だが俺の知るユニアはにゃーにゃーと猫語を話すような子でもなければ、あんな可愛らしい、自然な笑顔を見せるような子でもない。こう、もっと……人に会えばひっぱたくかにらみつけるかする凶暴かつ失礼な子で、常に怖がってるか怒ってるかしており、誰にたいしても敬語を使って近寄るなオーラを発し続け、笑顔を見せたと思ったらひきつってるか社交辞令。そんな子だったと記憶している。

 それが、なんだ。この可愛らしい生き物は。


「にゃぁ、にゃぁ。……にゃぁー」

「ニャ、にゃぁ」


 いや、よくよく考えればユニアの着飾った姿を見るのは今日が初めてだ。服装のそれによる気のせいということもある。

 例えばふくらはぎを完全に覆っているロングスカートは肌の露出を最小限にし、清楚な印象をあたえてくる。更にいえば少し大きいのだろうダッフルコートは小柄なユニアには若干不釣り合いで、背伸びをしているようでどこか可愛らしい。しかもパーカー部分にはネコミミ付きだ。ネコミミパーカーだ。ユニア自身が猫耳を持っているので文句のつけようがない。パーフェクトだ。ついでにいえばものすごくモフりたい。

 トドメにあの思わず漏れました言わんばっかりの優しげな笑顔。日本で追いかけ回さなければ、あの笑顔を普段から見れていたのだと思うと実に歯がゆい。つい一週間前の自分を殴り飛ばしたい気分だ。


「…………」


 いや、そうではない。それも大事だがそうではない。そもそも俺はここに何をしに来たのか。


「ニャーもうなんか、疲れたなぁ」

「にゃ、にゃーにゃぁ?」


 いかん、ユニアの笑顔と愛嬌のある猫語にあてられて、なにをしに来たのかを忘れた。忘れたが……なんかもうどうでもいいな。どうせ面倒事しかないし。


「ううん。猫神様の頼みだからマサトさんには会うし、案内もするよ。ただちょっと、ね」

「……にゃにゃ?」


 なんか俺の名前が出た気がしたけど、めんどくさいし左右にゆっくり動くユニアの尻尾でも眺めとくか。右、左、みぎ、ひだり……


「うん、悪い人ではないんだろうけど……なんか嫌な感じするし」

「ニャァ。にゃ、にゃ。……ニャ? ニャニャー?」


 みぎー、ひだりー、みぎー、ひだりー……


「……ぇ? あっ」

「みぎー、ひだりー、みぎー、ひだりー」

「にゃぁ……ニャッ!」

「みぎー、黒猫ー、飛んでー……飛ん? うぉっ!?」


 軽くトリップしていた俺の頭にいきなり黒猫が落ちてきた。

 落ちてきた黒猫は俺の頭に華麗に着地したあと、なぜか二、三度俺のおでこに軽く猫パンチを放ち、そのまま頭に居座ってしまった。

 振り落とすわけにも行かないので掴んで引き離そうと、右手を肩のあたりまで上げたところでユニアと目があった。


「…………」

「…………」


 偶然とはいえ盗み聞きをしていた罪悪感からだろう。素直に謝ればいいのか、それともごまかしに挨拶すればいいのか瞬時に判断がつかない。

 即座に行動しなかったせいで沈黙が漂い始め、俺の口を余計に重くする。肩まで上げた腕も重く感じられ、それも下げてしまう。場は沈黙に支配されつつあった。


「…………」

「…………」


 そしてどうすればいいのか分からないのはどうやらユニアも同じらしく、ネコミミをペタンとふせてからは身動き一つしようとしない。

 すんだ紅い瞳には動揺が浮かび、ゆるんでいた口元はひきつり、心なしか顔も青い気がする。さっきまでの笑顔は幻想かなにかだったのかと、そう考えてしまうのも仕方ないほどに。

 しかしユニアの笑顔が消えた原因は一週間前の自分であり、今の俺だ。だとすれば先ほどの笑顔は幻想でもなんでもなくごく普通のことで、しかも本来自然に得れるものだった訳だ。

 ……過去に戻れるアーティファクトとかないだろうか。わりと切実に。


「ニャァ! ニャァッ!」


 場の沈黙に耐えかねたのか。俺の頭の上に器用にのっている黒猫が人のおでこに向かって再び猫パンチをし始めた。

 そこまで痛くはないが言わんとすることは分かる。ようするに「なんか喋れ。できれば場を和ませろ」といったところだろう。

 だとすればなんというハードミッションだろうか。俺からすれば難易度が高すぎるうえにめんどくさい仕事だ。

 しかし、しかしだ。それの最終的な報酬がユニアの笑顔なら、どうだろうか。少なくとも悪い話ではないし、やりがいすらあるだろう。だが、めんどくさいことには変わりない。

 さて、どうするか。


「……ユニア」

「は、はい」


 俺は少し考えた後、ユニアに声を掛ける。

 そして。


「その、すまん。ユニアがこの黒猫とニャーニャー言ってたのを聞いてしまった」


 頭を下げ、ごまかすことなく謝る。

 俺はユニアに対して罪悪感なんて重たいものをこれ以上感じたくはない。だから煙にまくようなことはせず、誠実に対応した。


「……頭を上げてください」


 ユニアには謝ってばかりな気がする。

 そんなことを考えながら頭を上げた俺はユニアのまっすぐな目を直視してしまい、すぐに目線をわずかにずらした。

 ユニアは俺の微妙な動きに気づかなかったのか、真剣な眼差しのまま口を開く。


「どこからですか? いつから聞いていましたか?」

「あー猫神様に伝えるとかなんとか、ユニアが猫語? で喋りだしたあたりからだな」

「そうですか。ならいいです」

「いいのか?」


 正直拍子抜けだ。最初の雰囲気的に部外者に聞かせられない話をしていただろうし、なによりニャーニャーと猫語で話しているのを見られたのだから、もう少し詰問されると思っていたのだが。


「はい。それより前を聞いていないのなら大丈夫です」


 いい、のだろうか。いや、そこも確かに重要だろうがそうじゃないだろう。


「猫語を聞いたのはいいのか? ニャーニャー言ってたのを聞いた……いや、盗み聞きしていたんだが?」

「……わざと、だったんですか?」

「いや、違う。偶然だ」

「ならいいです。問題はありません」


 問題なくはないと思うが……いや、よく考えればユニアの本来の姿は白い子猫だ。

 だとすればニャーニャーと猫語を喋るのはごく普通なことで、人に見られて困ることでも、ましてや恥ずかしいことでもないというわけだ。それなら納得できる。

 ……となるとあの可愛らしい猫語は一週間前のアレがなければいつでも聞けたということか。マジでタイムマシン的なアーティファクトねぇかな。


「分かった。今後は充分に気を付ける」

「お願いします」


 俺の言葉を信じたのか、ユニアはそう言うとそれ以上なにも言わずに大通りのほうへと早足で歩き始めた。


「ユニア? どこへ行くんだ?」


 ユニアの後を追いながら、俺はそう尋ねた。外出するとは聞いたがどこへ行くかは聞いていなかったからだ。


「王都を案内します」

「そういえば事務所からでたこともなかったんだよな……よろしく頼む」

「分かっています」


 ユニアの少し後ろを歩きながら、俺は異世界の街へと足を向ける。

 ふせられたままのネコミミを目のはしにとらえながら。

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