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第三話 明日から仕事する

「今、なんて……?」

「ん? 回収できるだけ全部って言ったよ?」


 間違いない。猫神様は全部と言った。あの鈍器になりそうなほど分厚い書物が出来るほどの数、その全て、と。

 ……言いくるめよう。アホな事を言うアホの子は言いくるめてしまおう。一つか二つ集めたあたりで言いくるめよう。

 そんな俺の考えを察した訳ではないだろうが、猫神様は手を顔の前で振りながら。


「全部って言っても国や教会が保管してる、それこそ聖剣とかを盗んでこいって訳じゃないよ?」


 そんな当たり前の事を言う猫神様は、俺が口を挟むスキを与えないためか、まくし立てるようにして説明を続ける。


「闇市なんかに流れた物とか、悪事を企む人の所有物になってる物とか、色々あって場所が分からない物とか、あとは……」


 ……物騒だな。


「ほら、あとは、えっと……そう! 持ってるだけで呪われたり、正気を失う物とか!」

「ふざくんなっ!」


 言いくるめてやる。全身全霊で言いくるめてやる。


「物騒なことを嬉しそうに言うな! 持ってるだけで呪われたり正気を失う物とかふざけてんのか!?」


 あ、これ言いくるめじゃない。ただの文句だ。


「いやいや、ほら、そんなのほんの一部だし。マサト君に回収してもらう予定のアーティファクトの中にも少ししか入ってないし」

「少しでも入ってたらアウトだと思うんですが?」

「えっと、それは……」

「なんです? まだなにか?」


 俺がカウンターから身を乗り出してじりじりと詰め寄る中、猫神様は当たり前のことを言うかのように。


「ほら、ユニアちゃんもいるし」


 そう、言ってのけた。

 そして俺はなかば反射的に、猫神様の頬をつまんでおもいっきり引っ張っていた。


「いはいっ! いはいっはっは!」

「あなたは何を言ってるんです? ユニアに押し付けすぎでしょう。そもそも猫神様が自分で、そう自分で、回収すればいい話だと思いますよ?」

「はっへ! はっへぇ!」

「だっても、はっへもないです。だいたい初対面の俺に仕事を任せるのもおかしいんですよ。そこんとこ、解ってるんですかねぇ?」

「はっへぇ……」


 涙目でなにかを言っている猫神様のやわらかいほっぺを更に引っ張りながら、猫神様にはなにか自分で動けない理由があるのだろうとも考えていた。

 神は下界に干渉してはいけない、とかそんな感じの話はいかにもありそうだし。

 ……だとしても我慢の限界だった訳だが。


「ほひかくははしへ、ははしへよぉ!」

「離したら喋ってくれます? 疑問が多すぎて聞きたいことは山ほどあるんですが」

「しゃへふ。しゃへふかはぁ……」


 いよいよ泣き出しそうな猫神様を解放し、いつでも引っ張れる位置で猫神様の説明が始まるのを待った。


「うぅ、ひどい。私神様なのに……」

「正直、実感に欠けますけどね」


 俺の言葉がショックだったのか、暫く引っ張られた頬に手をあてながら落ち込んでいる様子を見せた猫神様だが、色々な痛みがひいたのか俺に向き直り。


「だってユニアちゃんはもうすぐ巣立ちした方がいいし、マサト君とも初対面じゃな」

「この、アホの子はぁ!」

「いはいっ!?」


 またアホなことを言い出した猫神様の頬をつまんで引っ張りながら、全力で睨み付ける。


「なにを言ってるですかあなたは! 俺と猫神様はあの時が初対面ですよ!」

「ひきゃう、ひきゃうほ! まえひあっはほほあふかはー!」


 猫神様がなんとわめこうがこれだけは間違いない事実だ。

 俺は異世界に来たこともなければ、猫神様にあったこともない。ユニアを追いかけてたどり着いた裏路地、あそこが異世界で最初に来た場所で、最初に猫神様にあった場所だ。


「うそしゃはい! うそしゃ」

「ま、だ、言うか。この、アホの子はぁ!」

「はっへ!」

「はっへもクソもねぇんですよ! 俺と猫神様はあの時初対面。だいたいユニアの巣立ちだって、わざわざ俺と組ませることはないでしょう!?」

「はっへぇー!」

「このっ!」


 アホの子発言をさらに連発しようとする猫神様に、生活基盤だの今後のことだのを全て放り投げて本格的にキレそうになった時、チリチリという綺麗な鈴の音がかすかに聞こえた。


「うん?」

「あかひゃんのほきにあっはこほかあふわよぉ! わすへはほ!?」


 一瞬気のせいかと思ったが、それから十秒と経たないうちにゆっくりと扉か開き。


「……ぇ?」


 明らかに困惑した様子のユニアが立っていた。


「あへ? ゆひはひゃん?」

「…………あ、やべ」


 ユニアの登場で怒りが冷めた俺は、仮にも神様である猫神様の頬をつまんで引っ張っるという暴挙に出ていたことに遅まきながら気づいた。慌ててつまんでいた手を離すが、どうやら既に遅かったらしく。


「こ、この━━」


 ユニアの表情がみるみるうちに困惑から怒りへと変わっていった。

 次の瞬間。


「よくも猫神様に!」

「ちょっ! まっ!?」


 ユニアは猫神様のすぐ後にいた。

 ユニアと猫神様の間には三メートルはあったはず、いったいなにがおこったのか。そんなことを考えた瞬間。

 いつの間にかユニアは猫神様と俺の間に割って入っていて。


「しっ!」

「ッ!?」

「ゆ、ユニア!? マサト君!?」


 気づけば俺はユニアから平手打ちをくらっていた。


「猫神様、大丈夫ですか!?」

「う、うん。大丈夫だよ?」


 俺をひっぱたいたユニアは、すぐさま後ろに振り返って猫神様を気遣い始める。

 その様子を黙って聞いていれば「ひどいことはされなかったですか」だの「お金を要求されたんですか」だのさんざんな言いようだ。

 俺はそこまでクズだと思われているのだろうか。


「大丈夫だから、私は大丈夫だから、ね?」

「でも、どこか食べられたりとか」

「ユニアちゃん、いったん落ち着こう」

「でも……いえ、ですが」

「ほら、それよりも」


 猫神様はそこで言葉を切り、まだ少しひっぱたかれた頬が痛む俺のほうを見てくる。

 ユニアも猫神様につられて俺のほうを見て、だんだんと顔が青ざめていく。猫神様と話ているときにはピンッと垂直に立っていた尻尾も、俺を見た瞬間下のほうに下げられ、カウンターに隠れて見えなくなってしまう。


「ぁ、ぅ」

「あー、マサト君。ユニアも悪気があったわけじゃないから、その、許してあげてほしいな。うん」


 怯えた様子のユニアに代わって、なぜか遠慮がちに猫神様が話しかけてくる。

 といっても許すもなにもないのだが。


「別にいいですよ? よくある事ですし」

「……いいの?」

「えぇ、気にしてませんし。だいたい犬に噛まれたり、猫に引っかかれたりはよくありますから」


 平手打ちはなかなか痛かったが、最初にやらかしたのは俺だ。

 それに犬に噛まれたり猫に引っかかれたりするのも事実で、ユニアの本来の姿が猫であることを考えれば、特に気にするようなことではない。

 それよりも大事なのは。


「それよりも、アーティファクトの話をしましょう」

「うん? 別にいいけど、いいの? こう、えーと……色々と」

「あー、そうですね、もういいです」

「?」


 もう一週間か二週間のあいだ、今のグダグダで生産性のないやり取りを繰り返すというのも考えなくもなかったが、そのたびにユニアから猫パンチ(平手打ち)をくらうのは避けたい。

 それに俺自身少しサボりすぎだとも思っているのだ。惰眠をむさぼるのにも飽きてきたとこだし。


「そうだねぇ。マサト君もやる気になってくれたようだし、明日から本格的に始めようかな」


 やる気がないの、バレてたのか。

 これはひょっとすると、猫神様はただのアホの子ではないということか。


「もちろん、ユニアも一緒にね」


 訂正、ただのアホの子だ。


「ね、猫神様?」

「なに? ユニア?」

「え、ぇと……なんでも、ないです」


 俺からは見えないが、おそらく今のユニアの目には絶望の色が浮かんでいることだろう。

 まるで猫神様がユニアをいじめているかのようにも見えるが、これで猫神様には一切悪気がないのだから驚きだ。


「と、いうわけで」


 どういうわけだ。


「マサト君は明日の朝までにそれ、読んでおいてね」

「……このアーティファクト全集第一巻を全部、ですか?」

「うん、そうだよ。それじゃよろしくねー」


 猫神様はそう言うと手をひらひらと振りながら出ていってしまった。

 しかしこの分厚い図鑑を一日で読め、か。暗記しなくていいなら出来なくはないが……うん?


「どうかしたか?」

「ぃ、いえ。なんでも」

「そうか」


 猫神様が出ていったあともユニアがなぜか帰らなかったので声を掛けてみたが、俺に話すようなことはないらしい。……あるいは話たくもないのか。だとしたら流石にへこむが。


「……失礼しました」

「あ、あぁ」


 結局なにがしたかったのか、ユニアはしばらく迷ったような仕草を見せた後に出ていった。

 最後に見えた後ろ姿では、尻尾がローブを巻き込むようにして足の間にあったが……


「調べれば分かるか」


 猫神様の無茶ぶりもあることだし早めにやったほうがいいだろう。

 扉に鍵を掛け、アーティファクトと猫の尻尾について書かれた二冊の本を持って二階へ上がる。


「ユニアのやつこの家にほとんど居ないのに、なぜか掃除は確りしてあるんだよな」


 人を化け物扱いするわひっぱたくわのユニアだが、やることは確りやっている。階段にも二階の廊下にも埃や汚れはなく、隅のほうまで掃除が行き届いているのが一目で分かる。この調子だと二階に二部屋あるほうの片方、自分の自室も掃除しているのだろう。

 そんな綺麗な廊下を見ながら、俺は自分の部屋の扉を開ける。


「そしてこの落差である」


 そもそも汚れるほど生活もしてなければ物も置いてないのだが、一人暮らしの男の部屋としては片付いているほうだ。

 それでも部屋の隅には軽く埃が溜まっており、廊下との落差はいかんともしがたいものがある。


「さて、と」


 部屋には机や椅子なんて便利な物は置いてないので、ベットに腰掛けながら本を読む。分厚いのは後回しにして、猫の尻尾からだ。


「えーと? 猫の尻尾が足の間にある時は……恐怖を感じているとき、か」


 恐怖、か。そんなに俺が嫌か、ユニア。

 しかし猫神様は意地でも俺とユニアを組ませるつもりだ。となるとユニアは今後も恐怖を感じながら、それを怒りでごまかさないといけない。


「ユニアのストレスがマッハだよな、これ」


 ユニアが俺と組むのはもはや決定事項で、後回しも限界に近づいたため明日から動くのも決定事項だ。ならばせめてユニアが恐怖を感じないように道化でも演じてみるか……


「……とりあえず保留だな。んで、こいつか」


 猫の尻尾の本を枕元に置いて、アーティファクトの本を開く。

 改めて読んでみると魔剣だの聖剣だのの類いはごくわずかで、そのほとんどは生活用品と言って差し支えないものばかりだ。アーティファクトという名前の仰々しさとはなんだったのか言いたくなる。


「まーこれなんか電気、ガス、水道を一つにまとめてあるし……便利というか、ライフラインの一個なんだろうな。アーティファクト」


 だとしてもアーティファクトという名前は仰々しいと思うが。

 あとは……日本人の名前が大いな。スズキ以外にもサトウだのカトウだのどっかで聞いたような名前が製作者として書かれている。

 俺のような転移者は珍しくないのかもしれない。


「……時間かかりそうだし、ゆっくりやるか」


 日が沈んでいく中、俺はベットに横になりながら分厚い本を少しづつ読んでいった。


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