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第一話 異世界探偵事務所

「くぁ……ふぁ……」


 穏やかな昼下がり。

 あまりの暇さに俺はつい、あくびをしてしまう。

 だがそれも仕方ないだろう。なにせ日本(むこう)から異世界(こっち)に来てこの仕事を始めて一週間が経つが、客が来たことは一度もないし、暖かみのある木材で作られた壁に床は懐かしさと安心感を与えて俺を眠りに誘ってくるのだ。


「ぬ、ぐ……」


 だがいくら客が来ないとはいえ、仕事中に昼寝する訳にもいかない。

 眠気覚ましをするべく、今のところ突っ伏して寝ること以外に使われていないカウンターを出て、外の様子が見れる窓に近づく。

 綺麗に掃除されたガラスには、目付きの悪い不健康な高校生程の男━━俺自身だ━━が映り、その向こうには日当たりが悪いのだろう、薄暗い石畳の道が見える。


「…………」


 暫くするとその石畳の道を馬鹿デカい剣を背負った二足歩行するトカゲが左から右へと歩いて行き、そしてまた暫く経つと右から左へと髭の生えた子供が酒瓶片手に歩いて行くのが見えた。

 普通なら、普通ならトカゲは二足歩行しないし、ましてや剣なんて持たない。普通なら子供に髭は生えないし、酒瓶なんて持たない。それが普通なのは異世界、それもファンタジー世界だけだ。


「異世界へようこそ、か」


 そう、ここは異世界、それも見ての通りファンタジー世界だ。その異世界ファンタジー世界で俺はなぜか探偵事務所を開いている。

 普通なら勇者か冒険者でもやってチーレム人生万歳なのだろう。それがなんだって探偵事務所を開くことになったかといえば俺にはチーレムなんぞなかったからで、異世界にくる直前にやらかした事が尾を引き、路頭に迷うか警察的な組織に突き出されるかの二択を選ばざるを得ないか、というところである人物に進められたからだ。

 ぶっちゃけ選択肢なんてなかった。


「くぁ……ダメだ。眠い」


 だがそんな状況でも、本音を言えば異世界に来れたのは嬉しいしありがたい。

 就活に失敗し、金もなく、コネもなく、唯一のツテである探偵の伯父に迷惑かけながら日銭を稼ぐ……そんな日々を脱却出来たのだ。嬉しくない筈がない。

 強いて難点を上げるとすれば文化の違いや娯楽の乏しさから時折、日本へ帰りたくなるいくらいだ。


「仕方ないな。仮眠だ、仮眠っと」


 しかし帰りたくともあと一、二年は帰れないそうだし、カウンターでボケッとしてるだけで給与が支払われ、衣、食、住、全てが完備されているこの超ホワイトな仕事は気に入っている。

 そんな訳で今日も今日とてボケーとするべく、カウンターに突っ伏して━━そろそろ寝れる、そう思った時。


「マサト君居るー? おーい、猫神様が来たよー!」

「……うるさいんですけど」


 気持ち良く惰眠をむさぼろうとしていた俺は馬鹿デカい声で叩き起こされる。

 文句を言いながら伏せていた頭を上げたところで、俺は固まった。


「どうしたねー? マサト君」


 目の前に女性の顔が、それも相当な美女の顔があったからだ。

 俺を見つめる曇りのない目は金色に輝き、雪の様に白い髪と白い肌も含めて神秘的だ。そして何より、彼女の頭についている猫耳が、彼女が人外の存在であることを主張していた。

 そんなどこか神々しい美しさを持つ美女と、息のかかる距離で見つめあう事数秒。


「顔」

「ん?」

「顔、近いです。離れてくれませんかね」


 僅かに硬直したものの、慌てふためく様な事もなく冷静に対応する。

 俺が彼女、猫神様の中身の残念さを知っているのも大きいだろうし、その行動に慣れて来たと言う事でもある。


「あぁ、ごめんねー」


 そう言いつつ、一部分を除いてゆったりとした純白のローブを揺らしながら距離を取ってくれる猫神様。

 もう少し硬直しているば良かったかと思わないでもないが、離れたら離れたで腰まである白髪が流れるように動く様と、ゆらゆらと揺れる二本ある猫のしっぽに目を奪われてしまう。


「えと、今日は何かご用で?」


 そんな無難な言葉を出すのに再び数秒の硬直。

 流石は神様と言うべきか、何度この人と会ってもどうにも慣れそうにない。猫神様と同じくらい神秘的で、猫神様の美しさと同じくらい可愛らしい美少女と同じ屋根の下で生活していると言うのにだ。どうしようもない。


「ちょっと様子を見にねー」

「様子、ですか」


 そう言いながら周りをキョロキョロと見る猫神様。

 この調子だと様子を見に来た、と言う言葉に嘘はないのだろう。その様子を見て正直俺はほっとしていた。もし進捗状況を聞きに来ていたらと思うと冷や汗ものなのだ。


 猫神様━━

 人外の美しさを持つ猫神様はその名の通り神様であり、間違っても一般人にしか過ぎない俺が会える様な存在ではない。それがこうして会うばかりか会話までしているのは猫神様が俺の雇い主にあたるからだ。

 俺は猫神様に頼まれたアーティファクトなるヤバそうな品の回収と、その合間になんちゃって探偵としての仕事をし、猫神様はそのあいだ衣食住などの生活基盤と必要な物資や給与の供給を行う。そしてアーティファクトの回収が全て終った時、俺は報酬片手に元の世界へ帰る事が出来る。

 あの日、迷子の子猫と一緒に突っ込んだ、異世界の裏路地で交わされた契約は今も有効だ。

 ……進捗状況を聞かれたら飛んでいくような、切れかけの契約だが。


「あ、そう言えば」

「……なんでしょうか」


 だからお願いです。猫神様。どうか進捗状況は聞かないで下さい。


「アーティファクト、回収出来た?」


 オワタ。

 さらば異世界世界。さらば現世。よもや異世界転移一週間目にしてピンチに陥るとは、やはり俺の人生はイージーモードではないらしい。

 いや待て、少し考えよう。まずアーティファクトの回収が一切進んでないと知ったら猫神様は……怒るだろうな。流石に。となると少なくともこの家から叩き出されるだろうし、食うものにも困るのは目に見えている。再就職先なんて当然ない。ご都合主義は猫神様で打ち切りだろう。

 結論、猫神様に知られてはマズイ。

 ではどうするか。


「あー、それなんですがね……」

「どうしたの?」


 そう言いながらゆっくりと立ち上がり、俺の目をじっと見つめてくる猫神様と視線を合わせないように、だが真面目に話をしていると感じられるように眉間の辺りを見ながら、若干のめんどくささを感じつつ言い訳を始める事にした。

 猫神様が人の心を読めたり、嘘が判別できる特殊能力を持っていないことを祈りながら。


「仲間って大事ですよね」

「ん? そうだね」


 猫神様は突然の話題転換に怪訝な顔をしながらも同意を示してくれた。

 ……後は一気に言いくるめるだけだ。


「仲間との関係も大事ですよね」

「大事だね」

「ならその仲間との関係が悪いままってのはマズイじゃないですか」

「マズイね」


 常識的な範疇で同意を得ながら、少しずつ話をそらしていった俺はその流れのまま、さも当然のことを聞くように。


「ならその関係づくりに一週間かけても仕方がないですよね」


 そう、言い訳をした。


「うん。……うん? 仕方がない、かな?」


 一度は同意を示してくれたものの、流石に無理があると感じたのか言葉を濁した後、熟考しようとする猫神様。

 ……だがそれを許す訳にはいかない。少しでも落ち着いて考えられたら俺のしょっぱい言い訳なんぞ見破られてしまうからだ。


「なかなか、難しくてですね……」

「なになに、仲悪いの?」


 意地でも熟考させない為に強引な話題転換を図る。

 流石に通用しないかと少しだけ思ったが、流石アホの子……ではなく、慈悲深い猫神様だ。乗ってきてくれた。


「年頃の女の子と言うのはよく解りませんし、なにより最初がアレで、その、怖がられてるみたいで」

「あー、うん。ユニアちゃんも女の子だしねー、出会いも確かにアレだったしね」


 ユニア━━

 俺がこの異世界に迷いこんだ原因とも言える少女……というか、白い子猫のことだ。

 彼女は子猫形態と少女形態の二つを自由に使い分けれるのだが、猫神様にアーティファクトの回収を頼まれたとき以来ほとんど会ってないし、更に少女形態に至っては片手程の数しか見ていない。恐らく転移直前に仕事かつ知らないこと━━伯父の探偵事務所経由で依頼されて探していた迷子の猫とよく似ていたし、当然ただの猫だと思っていた━━だったとはいえ、日本で散々追いかけ回したのがトラウマになっているのだろう。正直、酷い事をしてしまったと思っている。

 立場としては猫神様の部下と言うか家族と言うかそんな感じらしく、その関係から俺の助手的な役割を果たすべく、猫神様の口添えもあって同じ家で暮らしているのだが……


「えぇ、まぁ、その、ですね」

「でもアレは仕方のない、言ってみれば事故だったんでしょ? ユニアちゃんも事故だったて言ってたし」

「へ? そうなんですか?」


 それは初耳だ。だがあの一件が一種の事故であり、俺の故意によるものではないと分かっているのならば話が早い。

 アーティファクトの回収をスムーズに行う為にも、早急に関係の改善をするべきだな。


「ただ怖いのは同じみたいでねー」


 理屈じゃなくて感情の問題、それも結構なトラウマになってる訳ですか。

 うん、なるほど。要するにこれは……好感度マイナススタートというやつか。なんだ、いつも通りだな。

 ……やべぇ、いつも通りな世の理不尽さになんか腐りたくなってきた。精神的に。


「……なるほど。私のところによく戻ってくると思ったら、そう言う事だったのね」


 なにがなるほどなのか。

 というか子猫形態の状態すら見かけないと思ったら猫神様のところに行ってらしい。これじゃアーティファクトの回収も何もないじゃないし、そもそも言い訳する必要もなかったんじゃないか?


「うーん……うん、マサト君」

「なんです?」

「今からユニアちゃん呼ぶから、二人で話しなさい。いいわね?」

「…………はい?」


 この人は何を言っているのだろう。

 今自分でユニアが俺を怖がっているといったばかりじゃないか。そうそう和解できそうにない状態なのを把握したばかりじゃないか。というか呼ぶってどうやって呼ぶんだ。この異世界には携帯電話なんて便利な物はない。それともこれはあれか、どこに居るとも解らないユニアを走って呼んで来ると言うのか。やはりアホの子なのか。

 俺がうだうだと疑問点を頭の中で連ねている間、猫神様は俺に向かって手招きしていた。

 ……やはりアホの子らしい。

 俺がそう確定しようとした時だ。


 チリチリ━━


 どこか可愛らしい、すんだ鈴の音が背後から聞こえて来た。

 たしか、この鈴の音と同じ音色がする鈴をユニアも付けていたが……まさか。


「猫神様、呼びましたか?」


 どうやら、そのまさからしい。

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